突然の警戒アラートの音。
オーブ軍令司令部は接近してくる、二機の不明機の確認作業で
蜂の巣を突っついたかの如く、色めきたっていた。
「一体、どこの機体だッ!!」
司令官と思しき、中年の男がヒステリックに叫んだ。
「一機はフリーダム、もう一機は・・・先ほど、領空侵犯をしてきた
ザフト機の模様。」
「まったく、なんだって今日のこんな日に限ってッ!!」
今日の日、という言葉。
国の長たる、代表首長の結婚式。
警備という警備は、殆どが式場の方へ廻され、手が薄くなっている。
「スクランブルを掛けろッ!!警告後、返答がない場合は迎撃を許可する!」
慌しい命令が下され、オーブ空軍機、『ムラサメ』が次々と離陸していった。
その様子をモニターで確認していたアスランは、ゆるりと自機体をバンクさせた。
フリーダムを下ろし、減速、セイバーをアーマーからモビルスーツへと変形させた。
《上空の援護は僕が。アスランはカガリを!》
《解った。》
無線からキラの指示の声が飛んだ。
前もって、会場とされる場所は教えられていた。
フリーダムとセイバー。
一糸乱れぬコンビネーションは、迎撃に牙をむいた、M−1アストレイ、そして
上空を飛び交うムラサメを撃ち落していく。
が、撃ちはしても、あくまでも不殺の理念。
機体に損傷は与えても、パイロットの命までは奪わない。
ふたりの暗黙の了解だった。
程なくして、滑空する前方にピラミッド型の式会場が確認できた。
壇上の一番最上階、白のウエディングドレスを身に纏ったカガリの姿が、アスランの
瞳に映った。
「カガリッ!」
叫んだ処で、声が届く筈もないが、自然に漏れてしまうのは・・・
彼女こそが最愛のひとだから。
近づいてくる、見慣れぬ真紅の機体に、カガリは驚愕の色を灯した瞳で見上げる。
巨大なモビルスーツが近づく圧迫感。
彼女の夫となるべき男は、恐怖にいた堪れず、妻となるべきカガリを残し、脱兎の
如く逃げさっていた。
逃げ足だけは、素早い。
アスランはコクピットの中で、皮肉気な苦笑を浮かべた。
彼は、カガリを傷つけないよう、機体の両アームで彼女の身体をそっと掴み、空へと舞飛んだ。
「貴様ッ!!誰だッ!!放せッッ!!この馬鹿野郎ッ!」
ありったけの雑言で、カガリはセイバーの手の中で叫ぶ。
くすっ。
アスランは、カガリのその様子をモニターの中で見ながら、苦笑を漏らす。
《キラ、カガリは無事に捕獲した。》
《了解。》
通信をフリーダムに入れてから、アスランはセイバーのコクピットハッチを開け放つ。
腕を伸ばし、彼女を中に抱き入れ、ハッチを閉じる。
自分をさらった犯人の顔を見て、カガリは瞳を開いた。
「・・・ア、・・・アスラン!?・・・お前、・・・どうして?」
「詳しい話はアークエンジェルに着いてからしよう。」
「アークエンジェル?」
《キラッ!離脱するぞ!》
彼女の返答も待たずに、アスランはキラに通信を入れる。
あっという間、というには、正にその言葉通り。
護衛として配備されていたアストレイ、ムラサメは反撃することも叶わず、戦闘不能状態
にされ、追う暇も与えられぬまま、二機のモビルスーツはオーブ領空を飛び去ってしまった。
しかも、国の代表をさらわれる、という失態は、後世まで笑いの種にされるであろう、事柄。
警備の任を任されていた者は、完全に首を飛ばされることは確実。
癇癪を撒き散らし、ユウナは叫ぶ。
カガリを取り戻せと。
だが、時既に遅し・・・
二機のモビルスーツは、追尾も不可能な距離を遥かに先行していた。
花嫁を目の前で奪われた、という憤りは、ユウナの感情を抑えられぬ程、醜い醜態を
晒させる。
警備主任とやりとりをしていた無線機を彼は地面に叩きつけた。
無残なまでにバラバラになった無線機の部品を見て、彼の傍に居た軍幹部の男は
小さく呆れた息を零したのだった。
無事にアークエンジェルに着艦を果たし、カガリはアスランの腕に抱かれながら
機体下部に身を下ろした。
一体、なにがどうなっているのかさっぱり解らない。
落ち着く間を与えられ、キラとアスランに導かれながら、カガリは軍服に着替える
ことを薦められた。
確かに、自分が纏っているドレス姿では、身動きが取り難い。
ちらっ、と伺った彼女の視線は、アスランを捕らえた。
が、直ぐに視線を外したのは・・・ 気まずい雰囲気を作っただけだった。
取り込まれた機体のコクピットの中では会話らしい会話もなかった。
いや、出来なかったのだ。
言葉を交わすこともなく、カガリは軍服に着替え、派手なメイクを落とす。
艦橋に案内されてから、カガリは自分の思いを吐き出すように叫ぶ。
「結婚式場から、国家元首をさらうなど、一体なにを考えているんだ!あなた方はッ!」
そのカガリの声に、言葉を返したのはバルトフェルドだ。
「いや、なに・・・ これ以上、姫さんに馬鹿な行動とられると色々と面倒でね。」
「馬鹿なこと!?馬鹿なこと、ってどういう意味だ!・・・私だって考えて、考えて・・・
これ以外道がない、と思って選んだことなんだぞ。」
最後の声は消え入りそうな小さな響き。
今にも泣き出しそうな彼女の吐露に、バルトフェルドは苦笑を漏らす。
カガリを宥めるような声音で、バルトフェルドは言葉を紡いだ。
「セイランは、アスハの名前だけが欲しい、ということには気がつかないのか?」
「アスハの名?」
「そうだ。・・・もし、この婚姻が成立していたら、セイランはより巨大な権力を手に入れる
ことができる。 そして、君は二度と政界の表舞台に立つ事はなくなったはずだ。」
おどけた表情の中でも、バルトフェルドは確信を持った意見をカガリに告げていった。
「ま、式さえ済んでしまえば、あとはどうとでもなるさ。 新妻修行とでもなんでも代名詞
並べ立てて、体よく屋敷に監禁、ていうのがオチだと思うがな。」
「なんだと?」
カガリは唸り、信じることが難しい、とでもいうような表情を作った。
「叩けば、親子してホコリが舞い立つ程だぞ。 親父の方は賄賂横行は当たり前。
ああ、国庫の資金にも手を付けてるみたいだし、息子は女遊びが派手で、金を掴ませて
黙らせるようなことはリストアップしたらいくらでもでてくるぞ。」
「!!」
信用していた。
まだまだ、首長としていたらない自分を支えてくれていた、と思っていたのに。
カガリは言葉を失い、深く俯いた。
そんな彼女の態度、苦しげな表情を伺う度、アスランはなにも出来ず、彼女を支えることすら
出来なかった自分を悔やんだ。
究極の選択。
国のためにと・・・
それが最善だと思ったことは・・・
バルトフェルドの言葉は、あの親子の手の中で踊っていただけなのだ、ということをカガリに
再確認させたのだ。
「アスハの意思、とでも云えば、他の首長家を抑えることなど、容易だろ?姫さま。」
小さく笑い、バルトフェルドは続ける。
「今は、俺たちもどうするかは解らない。だが、この先、オーブの体制は君のお父上が
望んで、受け継がせたいと思った想いからは外れていくだろうな。」
バルトフェルドの言葉を引き継ぐように、キラも言葉を漏らす。
「そんな馬鹿なこと、僕も皆も、カガリにはさせたくなかっただけなんだ・・・
それに、国を思うカガリの気持ちは解るけど、それは自分の幸せと引き換えにしても
釣り合いの取れないものになっていったら、後悔するだけじゃない?」
「・・・キラ。」
「ほら、アスラン。 ちゃんとカガリと話合う、てさっき云ってただろ?」
ぐいっ、と強くキラに腕を引かれ、アスランはカガリの前に押し出された。
緩い笑みを灯し、艦橋に集まった面々の顔が綻ぶ。
「本当に、コーディネイターとナチュラルの融和を望むなら、君たちの繋がりこそ、
俺は是としたいんだがね。 オマケにそれが一番手っ取り早い!」
向かいあったカガリとアスランを見、豪快に笑うバルトフェルドにふたりは赤面した。
艦橋での話の終着を迎えてから、アスランはカガリを艦内の展望室へと連れ出す。
折角、ふたりきりになれる時間が持てたというのに・・・ 互いの口は重い。
「・・・あ、・・・あの・・・」
「ごめん。」
口を開こうとカガリが言葉を発した瞬間、それを遮り、アスランは謝罪の言葉を口にする。
「えっ!?」
訳が解らず、カガリは瞳を開いた。
「カガリがずっと辛い立場に居たのを、俺は知らなかったとはいえ、気付いてやれる事も
出来なくて・・・ ごめん。」
カガリは小さく首を振った。
「お前に責任はない。 自分で望んだ道だ。・・・唯、私は未熟で力がなくて・・・足掻いて、
足掻いて・・・どうにかできるものだと信じていた。けど、やっぱりそれって甘かったんだな、
って・・・ 再確認させられただけだった。」
力なく、笑みを浮かべる彼女。
「もっとカガリの味方を増やせ。」
「アスラン?」
「君を心から支持してくれる味方を見つけるんだ。そして、軍を掌握する。軍を味方に
つければ、政権をカガリの手に取り戻すことも可能なことじゃないか?」
「なに、物騒なこと云ってるんだ? それってクーデターしろ、ってことかよ?」
「カガリが理想とする国を確立させたいなら・・・ それしか選択の道はないんじゃないか?」
「考えられん、そんな馬鹿げたこと。」
彼女は室内の手摺に寄りかかり、空を仰いだ。
アスランの云う事は、夢物語にしか聞こえない。
国を脱してしまった自分。
今の立場は、なんの力もない、唯の小娘だというのに。
「いずれ、そうなる時が来たなら、俺は君のために俺のできることをする。」
「まぁ、そんなことはない、とは思うけど・・・」
くすくす。
可笑しそうな声でカガリは小さく笑う。
沈黙を破り、いつものふたりの口調が戻ってくる。
「・・・お前、ザフトに戻ったんだな・・・」
「議長の計らいでね。・・・必要だと思った。 唯の民間人では駄目なんだ。
・・・今は。」
「お前が決めたことだ。・・・それが必要なものなら、生かしてみれば良いさ。」
「すまない。」
「また謝る!」
「あっ・・・ ごめん。」
「だからッ!」
ぷっ。
妙な問答に、ふたりは堪らず噴出した。
一息ついてから、カガリは気まずそうな瞳を向け、アスランを見つめる。
「謝るなら・・・私の方がしないといけない。」
「カガリ?」
「国のために・・・そう思って決心した結婚だったけど・・・。 お前が私を迎えに来てくれた時、
私がどんなに嬉しかったか解るか? ・・・自分勝手だよな。 お前の手を振り解いて、結婚
勝手に決めたくせにさ。」
「あの時はカガリはカガリなりに決めたことだから、俺が君を責めるのは見当違いだろ?」
「アスラン?」
「あの強行に及んだのは、俺がカガリを手放したくなかった。それだけのことだ。」
軍服のポケットを弄り、アスランはキラから返された指輪を自分の手の中で掴んだ。
開き、それを彼女に見せると、カガリの瞳が驚きに言葉を失った。
「・・・カガリが許してくれるなら、・・・これをもう一度、君の指に嵌めさせて欲しい。」
すんなりと、受け入れてくれると思っていたのに、彼女の反応は彼の考えとは正反対だった。
激しく首を振り、彼女は自分の左手をもうひとつの手で包み、拒んだのだ。
「駄目だッ!そんな都合の良いことできないッ!お前を裏切ったんだぞ!私はッ!」
身を引き、カガリはアスランから数歩、後退した。
「そんな・・・ 都合の良い・・・こと・・・。」
声が振るえ、彼女の身体は小刻みに震えた。
溢れ出す涙を止めることなど出来なかった。
自分が許せない。
決めた結婚が破談になった途端にアスランに縋るなど、彼女には出来なかった。
「・・・カガリは悪くない。」
アスランは優しい響きの声で彼女を包む。
激しく首を振る度に、カガリの涙が飛び散った。
「・・・カガリ。」
優しく、深く、どこまでも柔らかい声音。
「・・・俺にはカガリが必要なんだ。・・・カガリ以外の女なんていらない。」
首を振り続ける彼女の身体を、アスランはそっと抱き寄せる。
「・・・アスラン。」
どんなにこうして抱き締められることを思い、考えたか解らない。
式の最中だって、誓いの言葉を告げられなかったのは・・・ 彼が忘れられなかったから。
自分が信じる神、ハウメアを偽れなかったから・・・
「カガリ・・・。」
震える手を解きほぐし、アスランは開いた彼女の左手薬指に、再び真紅の光を放つ指輪を
嵌め込んだ。
彼女の顔を起こさせ、唇を重ねると、カガリの閉じた両眼からは止まることのない涙が
頬を伝わって落ちていく。
・・・ふたりだけのエンゲージ。
断ち切った絆を再び結び合わせる、口付け。
より深く、激しくなっていく唇の感触。
何時の間にか、カガリはアスランの背に両腕を廻し、指先で彼の軍服を握り締めていた。
角度を変え、幾度も繰り返される、キス。
アスランはカガリの金の髪に両指を絡め、激しく吸い付いた。
「んっ・・・んッッ・・・ ッぅん・・・ アス・・・ラン・・・駄目っ・・・もう。」
かくん。
あまりの激しい口付けに、彼女は腰を抜かしてしまう。
膝から力が抜け、立っていることができない。
漸く、解放される頃には、彼の支えがなければ座り込んでしまいそうな程、脱力していた。
抱いて欲しい・・・
仄かに湧き上がる欲情の炎。
カガリはアスランの胸に縋る。
「・・・もう、いかなくちゃ・・・」
えっ!?
このまま、流されても構わない、と思ったのに・・・ 彼から求められる処か、突然の
出立予告にカガリは愕然とする。
「・・・えっ??・・・ あっ、・・・うん・・・そっか・・・」
ははは、と乾いた笑いを浮べ、カガリは真っ赤な顔をし、視線を彼から逸らす。
意地悪気な翠の瞳が彼女を覗き込んだ。
「なんだ?・・・俺とやりたくなった?」
「ば、馬鹿云うなッ!! だ、誰がッ!!」
ふんっ!
意固地な態度で、カガリは彼の身体を緩く押した。
それを許さず、アスランは再び、彼女の身体を抱き締める。
「放せッッ!!」
「ご褒美。」
「はぁ〜?」
意味が解らない、彼の囁きの。
「本当は・・・今、直ぐにでもカガリを抱きたい。・・・けど、ここでしちゃったら、
きっと俺の方が手放せなくなっちゃうから・・・ だから、我慢する。」
『ご褒美』と、呟いた彼の言葉の意味がなんとなく解った。
「次に逢えたら・・・ 絶対2回はしたい。」
ことん、とカガリは彼の胸に頭を凭れさせる。
「・・・2回で良いのか?」
「なに? もっとやらせてくれるの?」
にこっ。
嬉しそうに笑んで、彼は彼女の頬に唇を落とす。
「・・・じゃあ、3回・・・」
「もう一声!」
なんの談合だ!? これは・・・
そう云わんばかりに、カガリは落ち着きなく視線を泳がせた。
諦め、息をつくと、彼女は彼の首筋に両腕を絡ませた。
「・・・お前が満足するまで、付き合ってやる。」
嬉しそうに笑み、彼は彼女の頬を唇でついばむ。
緩々と身体を離し、別れの口付けをふたりは交わした。
程なくして、アークエンジェルを離艦したセイバーは、飛行形態をとってから
まるで、別れを惜しむかのように数度、上空を旋回する。
アスランはレバーを握り直し、前方を見詰めた。
思いを振り切り、彼は機首をカーペンタリアへと向けたのだった。
・・・まだ、先の見えない道。
与えられた力と地位。
『生かしてみせろ。』
彼女がそう云った言葉は、深くアスランの胸に刻み込まれた言葉。
叶えてみせる。・・・必ず。
平和を掴むために・・・
君のために・・・
■ End ■
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★ あとがきv
久し振りの小説アップです。(^-^ ) ニコッ
今回は、種デス、14話、15話のイイとこ取りな
時間差無視な話です。(爆)
いや、やっぱり14話の花嫁奪取作戦は
アスランにしてもらいたかったな〜〜
なんて漠然と考えていただけなんですが。
どうでもイイが15話、アスランが帰ってきたシーン、
のっけはめちゃカッコ良かったんだけど、
同時にかなり大笑いもしておりました。
いや、あまりのアスランの大ボケぶり炸裂に。
「なんで撃ってくる!」て云った日には、『あほ〜』
と思わず言ってしまったオレ。だって武装ばりばりの
機体で入国したい、って言われてもね〜〜
どう考えたって、貴方のしてることは『領空侵犯です』
と声を大にして言ってしまいそうでした。(T▽T)ノ_彡☆ばんばん!
まあ、そんなボケっぷりもアスランの良いトコなんだけどさ。
なんか軍人のクセに、種のキャラってどっか抜けているんだよな〜
ま、そこが突っ込みドコロ満載で面白いんだけど。(爆)