静寂は、突如として破られた。
安穏と、平穏な日々の中で、予期もしなかった銃火に晒されるなど、
誰が想像しただろうか?
守るべき命のために、白き翼は再び羽ばたく。
《自由》という名を掲げて。
時を同じくして、白亜の大天使も船出を是とせざる終えなくなった。
密かに、オーブを脱したアークエンジェル。
今はまだ、何処に行くのかさえ、目的もないまま・・・
『 IF ・・・。』
《オーブコントロール、聞こえるか!? こちら貴国に接近中のザフト軍、モビルスーツ。
貴国に寄港中のミネルバと合流したく、入国の許可を・・・》
厚い雲を抜け、アスランは新しく愛機となったセイバーを既に自分の手足とし、
鮮やかに駆る。
コンタクトをとろう、と無線を開いた瞬間、機体のセンサーが警告音を発した。
《『ムラサメ』?》
呟く間もそこそこに、警戒音は悲鳴をあげる。
《ロックされた!? スクランブル機?》
返答もなく、いきなり追尾をかけられ、アスランは驚きに瞳を開いた。
反射的に回避行動をとると、必死に応答を試みた。
《俺は、ミネルバと合流したいだけだッ!なぜ撃ってくるッ!!》
《貴様、知らんのか!? オーブは大西洋連邦との同盟に参加した。現在、ザフト軍とは
交戦状態にはないが、敵国と識別する機体と戦艦を我が国が受け入れる筈がなかろう。》
ムラサメを駆るパイロットは、無線を通じてアスランに告げる。
《大西洋連邦に?》
信じられない。
自分がプラントへ旅立つ別れ間際、彼女は言っていた。
連邦に組みするような愚かな選択は間違ってもしない、・・・そう言った筈。
抑えられなかったのか? ・・・カガリ?
苦しげな表情を浮べ、アスランは小さく息を吐いた。
やはり、彼女の味方が存在しない、今の行政府のあり方は不利な現状をより濃くした
だけなのかも知れない。
《では、行政府を!アスハ代表と直接話しをッ!》
《貴様ッ!寝ぼけたことぬかすな! 国の長たる代表が、そう簡単に連絡をとれると
本気で考えているのかッ!?》
喧嘩ごしに近い、相手機との通信内容。
このまま、カガリと会うことすら、・・・いや、言葉を交わすこともなく、離れなければならないのか。
アスランの中で、苦虫を潰したような思いが過ぎる。
そんな最中、その無線のやり取りを傍受する白亜の艦。
「・・・これは・・・」
「どうしたの?」
インカムに耳を欹てていたチャンドラの呟きに、艦長席のマリューは素早く反応する。
「オーブ領空にて、ザフト軍機とスクランブルであがったオーブ機が交戦中。
ザフト側のパイロットが代表首長との交信を求めている模様。・・・ザフト機の方は
アレックスと名乗っています。」
「アレックス!? ・・・アスラン!?」
艦橋にいたキラは、その通信内容に驚きの声をあげた。
素早く通信を受け持つチャンドラの傍に駆け寄り、ザフト機とのパイロットと交信は
可能かどうかを聞き尋ねた。
素早い動きで、チャンドラは周波数の調整を行う。
自分のインカムをキラに渡し、静かに頷いた。
・・・その頃、まるで空域から追い返されるような形でアスランはオーブ領空を離脱していた。
状況がまったく理解出来ない。
もっと詳しい情報が欲しかった。
せめて、カガリと話せれば・・・こんなことにもならなかったのだろうか?
不透明な感覚に囚われながら、彼は溜息を漏らした。
不意に、雑音に混ざって愛機が拾う、無線波。
《・・・アス・・・ラン・・・ アスラン、・・・聞こえる?僕だよ。》
聞きなれた声。
アスランは驚きながらも、入信してきた声に応える。
《キラ!?・・・ キラなのか!?》
《良かった。戻ってきたんだね。》
《・・・あっ、・・・うん。・・・それより、一体オーブはどうなってしまったんだ!?
現状がまったく解らないんだが・・・》
《詳しいことは合流してから話そう。》
間を置かずして、無線から聞こえる幼馴染の合流ポイントを知らせる声が響いた。
ザフトの陣営でオーブから一番近い場所はカーペンタリア。
だが、プラントから無補給で飛び続け、オーブ領空での予想しなかった交戦状態に、
愛機のエネルギーゲージは既に半分を切っている。
この状態で、カーペンタリアに向うのは無理だな、という判断。
キラの指示のまま、アスランは指定されたポイントへ機首を向けるしかなかった。
指示された場所は、どこまでも広がる広大な大海原。
地表すら見えないこんな場所・・・ 間違いじゃないのか?
と、眉を潜めた刹那、海面がざわめきたった。
ゆっくりと浮上してくる、その姿は・・・ 見知った白亜の船体。
いつの間にあんな改良・・・ と思いつつ、自分だってザフトの最新鋭機を駈っている。
仮初の二年の間に、軍備の拡大が止まることはないのだったろう、証。
アークエンジェルの上空を旋回していたアスランは、迎え入れるように開いた
艦の滑走扉を視認した。
モビルアーマーから、モビルスーツへと機体を変形させると、アスランは鮮やかに
華麗なテクニックでセイバーをアークエンジェルに着艦させた。
格納庫に収容され、機体のワイヤーを使って地に足をつけると同時に待ち受けていた
キラが声をかけてきた。
「やぁ、アスラン。 おかえり」
にこやかな笑みで歓待はされても、アスランは笑顔でそれに応える余裕はない。
一刻でも早く現状を把握したい。
その思いだけに突き動かされ、彼はキラに迫った。
「みんながブリッジで待っている。 詳しいことは着替えてからそこで話そう。」
促され、アスランは頷く。
更衣室で持参してきたダークレッドの軍服に袖を通し、彼は息をついた。
この姿を見たら、批難されるだろうか?
それでも、今はこの姿こそが自分の選んだ道。
隠しても仕方ない。
更衣室を出、キラの案内のもと、艦のブリッジに導かれた。
「酷いめにあったな。」
からかった響きを含んで、バルトフェルドがいのいちにアスランに声を掛けてくる。
「ザフトレッドの軍服ねぇ〜・・・ 軍に復帰したのか?」
「・・・力が必要だと・・・ そう判断しました。」
俯き、アスランは苦しげに言葉を漏らした。
「オマケに『フェイス』か? 随分とまぁ、待遇処置が上級だな。」
「なんですか?その『フェイス』って?」
艦長席のマリューは、自分の隣のバルトフェルドに聞き尋ねる。
「評議会直属の特務隊の一部さ。 なみの隊長より格は当然上級。単独での
行動が認知され、指揮から立案、命令系統も動かすことができるエリート部隊のことさ。」
バルトフェルドの説明に、そこに立ち会った者たちは一同に感嘆の息を零す。
「君が選んだことだ。・・・これからどう動くかは・・・自分で考えるんだろ?」
「そのつもりで居ます。・・・それよりも、オーブが大西洋連邦と同盟を結んだという話、
詳しく教えていただけませんか?」
「姫さんも、随分がんばっていたみたいなんだけどな、・・・あの狸に狐の群れの中を
掻い潜りたいなら、もっと狡猾にならなけりゃ辛いだろうに・・・。」
「・・・カガリの立場はそんなに悪いんですか?」
「二年も傍にいて、気がつかなかったのか?」
鋭いバルトフェルドの突っ込みに、アスランは口を引き結んだ。
「・・・カガリは ・・・彼女はなにも心配するな、とそう云っていつも笑っていたので・・・」
彼女の苦しさ、置かれた立場の辛さをこんな形で再確認させられるなど、アスランは
考えもしなかった。
「健気だねぇ〜 君に心配掛けさせたくなかったんだね、お姫さまは。」
「・・・すみません。」
「謝る相手が違うだろ?」
苦笑でかわされ、アスランは鎮痛な面持ちで項垂れる。
「まぁ、今はこんな問答より、別の問題を解決する方が先決だから。」
「別の問題?」
アスランは視線をあげ、バルトフェルドを見た。
その会話に割り込む様で、キラが言葉を紡ぐ。
「カガリの結婚式があと、二時間弱で始まっちゃうから、その妨害しに。」
「結婚!?」
キラは今、なんて言った?
結婚?
カガリが!?
・・・そんな馬鹿な事。
「政略結婚。 アスハとの繋がりを持って、より政界での権威を強固にするために
セイランが仕掛けたんだ。 この結婚が成立したら、国はきっと傾く。・・・それに
アスランだって嫌でしょう?」
苦笑を浮べ、キラはアスランをみた。
「あ、当たり前だッ!!」
怒りと興奮と、訳の解らない感情でアスランは叫んだ。
「これね、カガリがアスランに返して、って僕に寄越したんだ。」
オーブ軍の軍服のポケットから、キラはカガリからの預かり物を取り出し、アスランの
手のひらにそれを乗せた。
驚愕に瞳を開き、アスランは小さく震えた。
それは紛れもなく、カガリとの別れ際に彼女に贈った約束の指輪。
待っていて、と囁き、口付けを交わした、あの日の出来事。
鮮やかに甦る記憶にアスランは指輪を握り締めた。
「・・・カガリが悪いわけじゃない。だから、怒らないであげて・・・ そして、もしアスランが
まだカガリを許してあげられるのなら・・・ もう一度、それを嵌めてあげて。」
「・・・キラ。」
「時間がない、我等が姫を誘拐しに行ってきます。」
艦長席のマリュー、そしてバルトフェルドに会釈するような軽い仕草でキラは敬礼すると
アスランを促し、艦橋をあとにした。
それぞれの愛機に搭乗し、キラは無線でアスランに告げた。
《カガリを取り戻しにいこう、・・・アスラン。》
《ああ。》
渡さない。
誰にも・・・
カガリは俺の・・・ 俺だけのものだ。
叫ぶ心の声。
白亜の艦から飛び立つ、二機のモビルスーツ。
離艦し、安定空域に達してから、アスランは機体をアーマーへと変体させた。
《乗れッ!キラッ!》
あ、うん、の呼吸で、フリーダムはセイバーの背に機体を預ける。
秒速の速さ、機体が固定したのを確認してから、アスランは愛機のスピードを一気に
音速まで引き上げた。
《振り落とされるなよッ!》
無線から響くアスランの切迫した声。
キラは苦笑を浮かべ、モニターに視線を移したのだった。
今頃は、きっとカガリは結婚式の会場へと向うパレードの最中のはず。
この勢いを駈れば、間に合う。
助けに行くから・・・
唯一、残された自分の肉親。
大切な半身。
想いを共有した二機の機体はオーブ本土を目指したのだった。
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