『プレゼント』2



眩しい太陽、照付ける陽射しが肌を焦がす。
「・・・溶けるぅ〜〜 暑い・・・」
今朝、早くに目的地に着いたは良いが、早朝にも関わらず、ギラギラと眩しい太陽が輝く、
この地は既に熱さは大の苦手とするアスランの気分を随分削いでいた。
反してカガリは元気120%。
うんざりした顔のアスランとは雲泥の差だ。
赤道に近い、この島は気候がオーブに酷似している。
真夏のオーブもかなり堪えるが、それの比ではない暑さ。
オーブに住まうようになってもう、何年も経つが暑さだけは未だに慣れない彼。
早速、宿泊先に指定されているコンドミニアムに足を向ける。
完全隔離されたプライベートを維持できる空間が提供される代わり、自炊というのは
必須条件。それをするのが面倒なら、近くにレストランもある。
こういう建物はとかく不便を感じさせない作りになっているものだ。
「うわぁ〜 ロフト付きか!最高ッ!!」
扉を開けたカガリの第一声。
とにかく、見学するより先に空調設備を動かすのが先決だ、といわんばかりの
アスランはクーラーの前に座り込み、陣取った。
やっと人心地ついてから、まだ室内の探索に忙しいカガリに視線を向ける。
涼しい風にあたりながら、アスランはぼぉ〜とした顔で空を仰いだ。
突然、自分の肩を後ろに引かれ、彼は現実へと引き戻される。
「出掛けるぞ。」
「俺、留守番してる。」
「お前、引き篭もりのそのクセ、治せ!折角遊びに来てるんだぞ!
留守番なんか私は認めないからなッ!!」
どこまでも、アクティブな彼女。
休みに来てるんだから、言葉通り休んでることのどこが気に入らないんだ?
小さく溜息をつき、アスランはのろのろ立ち上がる。
促され、引き攣られるままカガリと来たのは、地元のマリンショップ。
スキューバーの道具をふたり分レンタルすると、今度はビーチに直行。
オーブでの暮らしが長いせいもあるが、潜りなら嫌いな方ではない。
午前中、彼女希望の海中散歩に付き合い、気分もリゾートに傾きつつあった。
海の青は癒しの色。
カラフルな色彩を放つ熱帯魚の群れに歓待されれば、殺伐とした気持ちも
潤されていった。
潜る時、パートナーの称する用語を『バディ』という。
仲間、相棒、という意味を含む言葉だが、万が一の事故などに際し、相手を
救う場合もある繋がりを持った者をさす。
エアーきれなどに遭遇した時、パートナーに酸素の供給をしながら浮上する
ことなどは基本。
だが、今のふたりは、言葉の意味以上の繋がりで結ばれた関係。
仲良く手を繋ぎながら、水中散歩を楽しんだ。
言葉を交わすのは手話。
珊瑚礁の間に付着したイソギンチャクの中を出入りするクマノミの姿を見つけ、
カガリはアスランの手をそっと引いた。
暫く、その小さな魚たちの動きを鑑賞し、飽きればまた泳ぎだす。
幾度か、それを繰り返し、陸にあがってくる頃は程好く空腹感を感じていた。
昼は手を抜き、近所のレストランへ。
夜はバーベキューの材料を仕入れ、庭先で堪能。
星が零れ落ちそうな夜空に見惚れながら、肩を寄せ合えば、自然、空気はムーディな
方向に傾いていく。
調子にのって目眩を覚える程、アルコールを摂取したせいか、カガリの視線が
妙に艶かしい。
そっと、耳もとで囁き、ベッドに誘う言葉を紡げば何の抵抗も示さず彼女はやんわりと
アスランの肩に凭れ掛かってきた。
本当に気持ちも身も高揚してる感覚は互いに久し振りのこと。
場所が変われば気分も変わる。
まさにそれを実感できる初日。
次の日は、ビーチに誘われ、カガリ自らの指導でサーフィン。
運動能力に掛けては、天下逸品の彼。
あっという間に中級クラスの波も乗りこなせ、カガリを驚かせる。
冬になればスキーはアスランに教わっていたが、未だ満足に滑れない彼女は、
悔しそうに歯軋りするのを彼に笑われた。
少しは先生面でもして威張りたかったのだろうか。
そんな日程で繰り返し日々を過ごし、三日が過ぎた。
朝からカガリはビーチで肌を焼くと言い、アスランをいつもどおり引っ張っていく。
「はい、これ。」
「へっ!?」
すっとんきょんな声をあげる彼。
彼女から渡されたのは日焼け用オイル。
ビキニのブラの部分を外し、彼女は胸元が見えないように片手でそれを押さえながら
砂浜にうつ伏せになった。
「早く塗って。」
催促され、アスランは言われるまま彼女の背にオイルを塗る。
「暫く寝るから。」
そういうとカガリは眼を瞑った。
このクソ暑い砂浜で寝る?
信じられない、というような表情でアスランは彼女を見下ろした。
ビーチパラソルの下に居ても、茹だるような暑さだけはいかんともし難い。
こんな環境では落ち着いて本も読めないな・・・
さてどうするか・・・と考えている彼の顔が自分の隣で寝入る彼女の
姿を捉え、瞬間、僅かな悪戯心が過ぎった。
スヤスヤ。
気持ち良さそうな寝息が漏れている。
アスランは手に砂を取ると、器用に手にした白砂でカガリの背に砂文字を
書き始めた。
完成し、意地悪気な翠の瞳が揺れた。
昼近くになり、カガリに気付かれないよう背の砂を払い落とし、アスランは
くすくす可笑しそうに小さく笑った。
これに気がついた時の彼女のリアクションが楽しみだ、と呟き、彼は彼女を
揺り起こした。
宿泊先に帰ると、身体の砂を完全に落とそうと彼女はバスルームに足を向ける。
キッチンシンクに寄り掛かり、アスランはまるで他人のようなすっ呆けた表情で
フルーツバスケットから取った林檎を齧っていた。
途端、建物を揺るがすような悲鳴が浴室から響く。
ばたばた。
慌しい駆け足の音を響かせ、カガリは胸にバスタオルを捲いた格好という
あられもない姿でキッチンに駆け込んできた。
「ア、アスランッッ!!!」
「なに?」
にっこり笑顔の彼。
「お前ッ!!どういうつもりだッ!この背中ッッ!!」
くっきりと小麦色の彼女の背中には『アスラン大好き byカガリ』と白文字印字
が浮びあがっている。
「おー。 お見事。」
ぱちぱち。
彼は拍手でそれを喜んで彼女をからかった。
「アホタレッッ!!こんなモン書きやがって!こんなんじゃ、背中の開く服、
着れないじゃないかッ!!」
涙眼で癇癪をぶちまけるカガリに、彼はしれっとして視線を外し、林檎をひと齧りする。
「そんなもん、着なきゃイイだろ。」
簡単なことだ、と言わんばかりの彼の態度。
カガリは思いつく限りの雑言を彼に浴びせた。
その日の夜。
何故かベッドに独り寝状態のふたり。
いや、元々ベッドはふたつあるのだから、これが普通なのだが・・・
独り寝は・・・やはり肌寒い。
「・・・カガリ、・・・こっち来ないか?」
天窓から差し込む月明かりだけの照明の中、彼が隣のベッドで背を向けている
彼女に声を掛けた。
「行かない。」
「じゃあ・・・」
「こっちに来たら殴るぞ。」
・・・し〜ん。
悪戯が過ぎたようだ。
怒りの納まらない彼女に、彼は溜息を漏らす。
「悪かった、てば・・・」
「知らない。」
謝っても、返ってくるのは不貞腐れた彼女の声だけ。
諦め、彼も彼女に対し背を向けると掛け毛布を頭から被った。
彼女の怒りが完全に治まるには暫く掛かりそうだ。
毛布の中で再び小さな溜息が零れた。
翌日。
悶々とした空気に眠りも浅く、彼女と言葉を交わすこともなかった。
ベッドを先に抜け出たカガリは、アスランに声を掛けることもなく室内をでていく。
気配を感じながら、彼も敢えて声を掛けず、ベッドで寝た振り。
彼女がでていってから、彼はむっくりと身を起こした。
「なにかご機嫌取りの良い方法て、ないかな〜」
カリカリと頭を指先で掻きながら彼はごちた。
取り合えず、団子で誘ってみるか。
色気より食い気の彼女。
美味い物で釣れば、ご機嫌が向上するかもしれない。
安直だが、今はそれしか手段が浮ばない。
立ち上がり、窓からすぐ見えるビーチを見れば、彼女は浜に寝そべり、また
肌を焼いていた。
どうやら二度焼きして、昨日の文字を消すつもりらしい。
本日は、強制的に別行動か・・・
自分が招いたことだが、今日は最後の日だっただけにかなり痛い。
アスランは気持ちを切り替え、シャワーを済ませてから居間に移動。
読書をすることに決め、ソファに寝転んだ。
時刻が午前十一時を廻る頃、昼の準備と彼が立ち上がった刹那、彼女が
浜から戻ってきた。
「・・・いたたたッ・・・」
「カガリ?」
背に手を廻し、彼女がうめきながら戻ってきたのに彼は瞳を開く。
様子がおかしい。
彼は彼女に近寄った。
見れば、彼女の背中は真っ赤。
日焼けを通り越して、火傷状態だ。
驚いた。
いくらなんでもこれはやり過ぎだろう。
見れば、背文字はキレイに消えている。
無理したかいはあったのか?
「なにもこんなになるまで焼かなくても・・・」
「誰のせいだ!誰のッ!」
「だから、悪かった、って言ってるだろ?」
「ふん!」
意固地な彼女の態度に彼は緩く眉を寄せた。
「とにかく薬塗ろう。 やってあげるから。」
「ほっとけッ!」
これじゃ、いつまで経っても平行線。
「悪かったっ、て言ってるだろ!?」
ここまで態度が硬いと、自分が悪くても段々腹がたってくる。
彼女の身体、腹部の部分に片腕を廻し、アスランは片腕一本で彼女の身体を
軽々と持ち上げた。
「降ろせッ!!」
「やだ。」
暴れる彼女を物ともせず、彼は寝室のベッドに彼女をうつ伏せに寝かせた。
薬箱を用意し、その背に消毒を施し軟膏をやさしく塗っていく。
大人しく、黙ってされるがままカガリは身を彼に任す。
もっとも、反抗したくても、背中が痛くてそんな気分にもならない。
「今、氷嚢作ってくるから。少し冷やした方が良い。」
「・・・ありがとう。」
小さく漏れた彼女の声が部屋からでて行こうとした彼の耳元に届いた。
「・・・カガリ。」
「ん?」
振り返り、彼は苦笑を浮かべる。
「本当に悪戯が過ぎた。悪かったな。」
素直な謝罪。
「やったことは仕方ない。特別に許してやるさ。」
視線を合わせず、彼の気遣いと謝罪の気持ちを彼女はやっと受け入れた。
次の日、ふたりは無事に旅程をこなし帰路につく。
出掛ける前、キサカに約束させられた通り、待ち受けていたのは半端な量
では片付けられない仕事の山にふたりは半泣きだった。
それでも、約束は約束、と腹を括り、デスクに向かう。
が、程なくしてカガリの身体に異変が起きた。
「・・・か、痒い・・・」
ぽりぽり。
仕事着の軍服のうえから必死に指先を伸ばし、彼女はデスクに向かいながら
背をしきりに掻いている。
「・・・くっ・・・ひぃぃ・・・だぁぁ〜〜〜っ!!もう我慢できないッ!」
叫び、椅子から勢いよく立ち上がると、カガリは隣接するアスランの仕事部屋に走った。
隣のカガリの執務室から聞こえる、騒がしい物音。
アスランは眉根を寄せ、山積みの書類の間から顔をあげた。
バンッ!!
叩きつけるような勢いで、執務室と彼の仕事部屋を区切る扉が激しく開いた。
驚き、彼は固まった。
歩きながら彼女は軍服のスカーフを解き、上着をはだけさせていく。
カガリのその姿は・・・ 正直、かなり破廉恥な格好に彼は赤面した。
「な、なんだッ!!??」
「背中掻いてッッ!!」
「はぁ!??」
「早くッ!!」
アスランの仕事部屋の応接セットの長ソファにふたりで移動、座り、彼はカガリの
はだけた軍服の下、肌着代わりのタンクトップの下から手をいれ、彼女の背を指先で
掻いてやった。
「あ〜〜 気持ちイイ。 極楽、極楽。」
「焼き過ぎなんだよ。」
「誰のせいだ、誰のッ!」
振り返った瞬間、身を乗り出し過ぎて彼女の身体は彼に圧し掛かるような格好で
バランスを崩す。
刹那、開く扉。
そこには、固まったカガリつきの秘書官、カレイラが真っ赤な顔でふたりを見詰めていた。
「し、失礼しましたッ!!」
バタンッ!!
激しく閉まる扉の音。
カガリとアスランは呆然とし、身動き出来ない。
「・・・誤解されたな。」
「アホッ!のんびり構えている場合かッ!」
「俺、どっちかっていうと、押し倒されるよりは押し倒す方が好きなんだけど。」
ぱっかぁ〜〜ん! 
瞬時にアスランの頭部にカガリの平手が飛ぶ。
慌て、カガリは身を整え、自分の執務室に駆け込む。
「誤解すんな!カレイラッ!私はアスランとはなにもしていないぞッ!」
「誤解もなにも。おふたりが仲の良いご夫婦なのは存じていますが、場所をお考え
ください、カガリ様。」
不毛な会話だ。
響く秘書官とカガリの興奮し、ヒートアップしていく声にアスランはソファに寝そべったまま
小さく溜息を零す。
「背中掻いてもらっていただけだってッ!」
「背中が痒いなら、『孫の手』でも使ってくださいッ!」
真っ赤な顔でカレイラはカガリに怒鳴った。
「緊急事態だったんだってばッ!」
「と、とにかく、こんな人目がある処であのようなことは・・・」
「それは誤解だって言ってるッ!!」
必死に、自分の無実を訴える仕草でカガリは赤面しながら声を荒げる。
「お立場を考えて・・・」
「だからッ!なにもしてないって言ってるだろッ!!」
・・・虚しい・・・
終わりがいつ来るのかも解らない会話。
それを隣部屋で訊いていたアスランは疲れ、呆れたような複雑な溜息を再び
漏らしたのだった。








                                       ■ END ■




★あとがき。
さて、今回はお題チョイス。
日記で予告していたお話です。(^-^ ) ニコッ
なんとな〜〜く、むらむらで書いてしまった
ギャグですが、これで心置きなくオフに
移行できます。
本編があんまりにも痛い展開なんで、
多分無意識に潤いを求めた結果かと。
そんなわけでして、純粋に楽しんでいただければ
それでようございます。(o^<^)o クスッ






                           


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