『リング 〜Ring〜』A
その昔、巨神の時代からギリシャ神話に語られている神々の時代に移ったのち、
世の中は人間が中心の世界になっていきました。
最初、天をゼウスが、海をポセイドンが、地をハデスが治めていましたが、
人間が地に住むようになりハデスは冥界を治める神となりました。
やがて神々は人々に混じりその姿を隠しましたが、絶えてしまった訳ではなかったのです。
ゼウスは人間を好んでいましたが残りの二人の兄妹はあまり好ましくは思っていなかった様です。
そこで人間に仇なすものから守るため、いつしか人々の中にアテナが遣わされるようになったのです。
新しいアテナがこの世に生を受けると、少し遅れてニケが誕生する。
アテナが順調に成長しその地位に就き、その力を失う前にニケから産まれた次期アテナが
その地位に就くことになる。そうすることで人間にとって仇なすものから平和を守り続ける事が出来る。
勿論、ニケや次代アテナの身に何かあればその誕生は更に遅れ、ともすればアテナ不在の事態を
招くことにもなる。
また、『ニケ』が次期アテナを産めるのは、神が定めた相手に純血を捧げることにより、
その偉大なる生命を身の内に育むとされている。
そのため、ニケの純血を守るために彼女達は神の信頼を受けた人の基に産まれ、
それを阻む者の手に落ちぬよう育てられるのだ。
しかし、成長するにつれニケを守ることは民間人には難しいものとなり、それを容易にするために
この神殿に連れてこられる。しかし、それではニケにとって軟禁されているのとかわらない。
いくら人々の平和のためとはいえ、ただ子供を産むために自分が存在することを若い女性が
理解し得るものではない。
そのために考え出されたのが、ここを守る一二宮の聖闘士の誰かと結ばれれば良いのだ
ということになったのだ。
最初にその役を担ったのが磨羯宮の者であった。
元々ニケは神が選んだ者と結ばれることでアテナを宿すことが出来たので、それ以来一二宮の
いずれかと結ばれる事となり、一番多く磨羯宮の者が選ばれた事から『次代アテナは磨羯宮の
者と結ばれたニケから産まれる』と神がお定めになったようです。
ここで産まれたアテナは正しい教育を受けるために、我々神々の手に委ねられます。
そして、ニケは・・・・・・。
何者かの気配を感じ、アテナは口をつぐんだ。
「私を愚かと哀れんでいるのでしょう?大丈夫よ。フェリスは眠っている。
私の戯れ言など耳には入っていまい」
アテナの背後に一人の男が立っていた。
長身で浅黒い肌に見事なまでに美しい銀髪を無造作に束ねた、一見物腰の柔らかそうな男だった。
彼はアテナの前に跪くと、彼女の問いにこう答えた。
「畏れながら、分かり切っておいでの質問なら、お答えすることもありますまい」
判っている・・・判っているからこそ、この逃げ場のない想いの行く先に困っているのだ。
彼女は自分の立場も忘れて叫んでいた。
「定められし者としか結ばれず、産み落とした我が子と別れさせられ、挙げ句の果て
自分の命さえ・・・。確かにニケは悲しい存在だわ!でも、私だって。この身は人でありながら、
その存在は神なのよ!人として、女として生きることなど始めから与えられなかった私だって!」
ヒステリックになり、自分の声の上擦りに気付くと、彼女は何とか理性を保とうと息を整えた。
「この間のことを気になさっていらっしゃるのですね。あれは私のせいです。
あなたが気に病むことなど無いのです」
理性を保とうとした彼女の努力は彼の言葉で無と化した。
美しく輝くその瞳から涙が止めどなく溢れだす。
すっと立ち上がり、彼はアテナを抱き寄せた。
ここで彼女に触れることを唯一許されている彼だからこそ、彼女も身を委ねる。
「泣きなさい。それで少しは気も晴れましょう」
アテナとニケはまるで連なったリングのような存在だが、アテナはそれとは別の鎖でも
繋がれている。
なぜ、アテナ自身が次代アテナを産まないのか。
その答えは簡単である。
アテナの力はその純血によるものなのだ。
彼女が身籠もるということは純血を失うということである。
次代アテナが無事に産まれるまでアテナ不在となってしまうからだ。
そのため聖闘士達は、神であるアテナと女であるアテナを己の全てを懸けて守り抜く。
ある意味で究極の男女の愛であるとも言えるが、その恋は成就などあり得ないのだから、
俗世間の恋愛からすれば最も悲しい恋である。
アテナの誕生とニケの誕生が規則正しく行われていれば問題はないが、不慮の事故などで
その関係が崩れると、アテナ不在とならないとも限らない。
そのため、ニケの予備のような存在が現れる。
彼女たちは最初からニケであるのではなく、人生の途中でそのように定められるのだ。
神が定めた人の基に産まれるニケと違い、その所在は掴めない。
誰かと交わる前に見つけ出し、一二宮のものと添い遂げさせなければ、真のアテナを
得ることが出来ない。
今までは、準ニケに当たる女性を見つけることは非常に難しかったのだが、これまでの研究で
正当なニケが産まれた場所を中心に半径三〇キロメートルの地域に存在していることが分かった。
また、その時のアテナの年齢より一〇歳若いか、正当なニケとほぼ同じ年齢の女性が準ニケで
あることも分かっている。
そのため、該当する女性の近くには必ず青銅クラスの聖闘士が配備され、恋が芽生えていった。
準ニケから産まれた子供は真のアテナと比べて些か力量は劣るものの、アテナ不在よりは
ましと考えられたのか、『アテナ候補者』となる。
通常その事は本人も知らないため争いなど起きないのだが、時折、アテナの座を奪おうとする
不心得者が現れるのもいたしかたのないことなのだ。
しかし、争いによりアテナが傷を負うことのないよう、彼女たちには守護者が付けられている。
それが先程の男でありユニコーンの聖衣を纏う者だ。
青銅のユニコーンとは違い、こちらはクリスタルの聖衣だ。
アテナやその守護者の力が強いほどその聖衣の透明度は増すと言われている。
彼らが聖衣を纏うのは、アテナ同士の戦いを避けるためだ。
アテナの座を懸けた戦いが始まると、お互いのユニコーンが相対する。
彼らの戦いではアテナの力量が勝っている方が必ず勝つ。
そのためアテナ同士が戦わずとも、どちらが勝者なのかはっきりするのである。
そして、ユニコーンを失ったアテナは敗者となり人として生きることを強制される。
しかし、純血を失わない限りアテナの力は失われないのだから、ただ約束するだけで
許されるわけではない。
人となる決意をしたアテナはその場で純血を奪われるのだ。
けれども、アテナを守る者だからこその情けを彼らはかける。
相手のユニコーンにとどめを刺さず、アテナの純血を奪う者としてその命を長らえ、
夫婦として生きるように配慮するのだ。
しかし、先日の戦いは不幸にもアテナの座を狙った候補者がユニコーンを失った後も
現アテナに刃を向けたため、彼により切り捨てられてしまったのだった。
まだ幼い少女であったことが、アテナの心を痛めたのは言うまでもない。
おそらく何者かにそそのかされたのであろう。
しかし、そうまでしてアテナの座を守らなければならない理由を彼女は見いだせなかった。
この座に付きたい者がなるのが一番ではないのか。
例えその力量が多少劣っていても。
何のためにアテナやその候補者達は存在する必要があるのだろう。
知らされなければ人としてささやかな幸せを満喫できただろうに。
それほどまで今の世の中は平和で満ちているのだ。
・・・リング。
金色の細いチェーン。
人の手でたやすく切れそうなネックレスのような。
けれどその輪は切れることはない。
多くのアテナを守ろうとする者たちの、ひいては平和を願う人々の祈りによって、
しなやかに弧を描くだけ。
アテナがいなければ産まれぬニケ。
ニケがいなければ産まれぬアテナ。
どちらがより不幸なのでしょうね。
どちらがより幸せを掴めるのかしらね。
私は、フェリスあなたを守り抜くことで運命を変えられるのかしら。
アテナは今日の晩餐にフェリスを招いた愚かさを十分理解していた。
しかし、それが必要なこともあるのだ。
たった一人の人間を守りきれずに全ての人間の平和など守れるはずもない。
誰もがこの私を守ろうとする中で、私自身が特定の人を守ろうとするなど、聖闘士達は
馬鹿げたことと言うかも知れない。
けれども、それが唯一自分の存在理由なのだ。
運命という神しか変えられないものに立ち向かい変えられてこそのアテナなのだ。
立ち上がり天に向かい大きく手を広げ、アテナは何かを愛おしむように抱きしめていた。
星々がそれに答えるように瞬く。
アテナの小宇宙が人々を包んでいる。
これからも、ずっと果てしないリングの中で・・・。
■ Fine ■
★感謝のコメント。
こちらの作品は発行を諸事情で中止してしまった星矢本『Private eyes』に
寄稿していただいた瑠璃 希羅々さまの作品です。
自分とこの話も半分できてはいたのですが、活動ジャンルの移行にあたり、
未発表・・・の憂目・・・(;>_<;) エーン でも、折角サイトも持ってるのだから、
こんな素敵な作品をお蔵、なんて絶対したくないッ!!と、思い、無理を承知で
web小説への切り替えを具申した処、快くOKをいただけたので、今回サイトアップに
踏み切らせていただきました!! 小説家、瑠璃 希羅々の視点からみた、
ウチのシュラとフェリス。原作の自分よりも踏み込んだ内容に驚き、そして感動
いたしました!!なによりも新しい視点でのアプローチ内容。
クリスタル聖衣のユニコーンの存在は驚愕。私じゃ絶対考えられない内容です。
希羅々さん自ら、書き下ろしてくれたことに心より感謝いたします。
なによりウチのふたりを理解し、物語を展開させていただけたこと飛び上がるほど
うれしかったです。まだまだ、お話のストックがある、とのことなのでいただけたら、
その都度アップしていく予定です。希羅々さん、本当にありがとうね。
私とはまた違った展開のお話、どちらも独立した
内容で楽しんでいただければ嬉しいです。(o^<^)o クスッ
Back イメージング