身を清め終わり、アスランが浴室からでてくると、キッチンと接してる
ダイニングのテーブルには出前物の箱重がふたつ置かれていた。
キッチンではなにやらカガリが鍋と格闘中。
思わずその姿にアスランは噴出してしまう。
「あ、あがったのか?ちょっと待ってて。今、味噌汁作っているから。」
「へ〜 初めてだな。 カガリの料理食べるなんて・・・。て、云うか・・・
その前に食べれるモノ、でてくるの?」
くすくすと、可笑しそうな声音の彼に、カガリは頬を膨らませた。
「じゃあ、味見してみてよ。」
小さな味見皿に取った汁をカガリはアスランに突き出した。
それを受け取り、一口啜った彼の表情が一変する。
「美味しい。」
「だろ?」
にぱっ、と笑う彼女に、彼は破顔した。
「味噌汁はちょっとだけ自信あるんだ。」
「昼間は出来ない、て云ってたのに。」
「だ〜か〜ら。今、出来るのはコレだけ、ていう事。」
「センスは悪くないから、じゃあ、後はカガリの努力しだいだな。」
にこっ、とアスランは微笑んだ。
「肩の具合は?」
「まだ少しね。」
その言葉を聞き、カガリは鍋の火を止めると冷凍室から氷嚢を取り出した。
アスランを椅子に座らせ、彼の着ていたパジャマの上着をはだけさせる彼女に
真っ赤な顔で彼は慌てる。
「い、いいよ!自分で出来るッ!」
腫れ上がった右肩が痛々しい。
その部位に氷嚢をあてがいながら、カガリは溜息をついた。
「明日は青痣だな、コレじゃ。」
「だから、こんなのしょっちゅうなんだ、ってば。」
「運動部員の気持ちなんて理解できないから、私は。ただ・・・」
「ただ・・・?」
「アスランがダメージ受けた時、心臓が止まるかと思った。」
くすっ、と彼はカガリの漏らした言葉に苦笑を浮かべた。
「心配性なの?カガリは?」
「別に・・・ただ、アスランがケガするとか。そいうの目の前で見て、良い気分なわけが
ないじゃないか・・・」
心から自分の事を心配してくれる彼女の優しい気持ちは、まるで沁み込むような不思議な
感覚を彼に齎した。
「ありがとう、カガリ。」
自然に漏れるアスランの言葉。
そのアスランの礼の言葉はカガリにも苦笑を齎した。
「食事が冷めちゃう。食べよう。」
促す彼女にアスランは首を傾げた。
「数足りないけど、俺食べちゃって良いの?」
「兄様の分の事?だったら大丈夫。さっき電話あった、外でラクスさんと食べてくる、って。」
「そう。なら、遠慮なく。」
彼女が作った味噌汁をよそってもらい、アスランは割り箸を口に咥え、割った。
箱重の蓋を取ると、食欲をそそる匂いが立ち昇る。
「カツ重か。」
「勝手に頼んじゃったけど、好きだったよな?確か。」
カガリは不安そうな瞳をアスランに向けた。
「肉は好きだから、大丈夫。」
「そりゃ、運動部だから肉、肉もイイけど、野菜も魚も食べないと血がどろどろになるぞ〜」
思わず、そのカガリの言葉にアスランは思いっきり笑ってしまう。
「どろどろ?そりゃ、大変だ。」
「そんなに笑っていたって、アスランが魚食べてるトコ、見た事ないからな。」
「魚・・・ん〜魚ね〜。ま、青魚以外なら食べるけど、積極的には遠慮したい。」
「やっぱ近い将来、どろどろだな。」
厭きれ、カガリは箱重の中身を突っつきながら、テーブルを挟んだ真向かいに座る
アスランを見据える。
「野菜の方で努力します。・・・で、イイ?」
苦笑を浮かべるアスランに、カガリは破顔したのだった。
食事を終え、洗濯と乾燥を済ませたアスランの制服にカガリはアイロンを掛け、それを彼に
渡した。着替え終わり、兄であるキラが帰宅するまで、という事で勉強で解らない部分を
アスランに教えて貰う為に教科書とノートを引っ張りだしてくる。
それを笑顔で快諾、教え始めるその空間は穏やかな空気。
気がつけば、時刻は夜の九時を廻っていた。
「兄様・・・遅いな〜」
呟いた瞬間、玄関先に感じる人の気配にカガリは腰をあげた。
「兄様?」
出迎えるように、彼女は居間から廊下に飛び出す。
が、その瞬間、顔を真っ赤に染め、カガリは立ち尽くしてしまった。
その後を追うように、アスランも顔を出す。
しかし、アスランも顔を紅葉させ、カガリ同様、立ち尽くして居る。
そのふたりの妙な態度にキラは首を傾げた。
「どうしたの?ふたりとも。」
そう尋ねたキラの腕をアスランは掴むと、カガリから僅かに離れた場所に引っ張って
いった。 そして、小さく耳打ち。
「唇、口紅付いてる。」
真っ赤な顔で、アスランはキラに忠告した。
「う、嘘。」
慌て、キラは服の袖で自分の唇を拭った。
訝しげな瞳を向けるカガリを気にし、キラはさっさと二階の自室にあがっていってしまう。
はぁ〜と、何故かカガリとアスランは同時に溜息をついた。
「じゃあ、キラが戻ってきたから、俺は家に戻るよ。」
「あ、うん。ありがとう、付き合ってくれて。」
「いや、こっちこそ夕飯ご馳走様。」
笑顔で返事を返すと、アスランは思い出したようにカガリの方を振り返った。
「明日は登校、歩きでイイ?・・・肩、やっぱりちょっとしんどいや。」
「うん、全然構わない。」
笑顔の彼女の即答に、アスランは優しい笑みを浮べる。
お休み、と玄関先で見送るカガリに告げ、ヤマト家を後にしたのだった。
翌日の事、何時も通り、学校の授業と部活を終え、今日もカガリとアスランは仲良く
下校時間を迎えていた。
空は夕闇に包まれ、昨日と同じ空模様。天空には一番星が輝いていた。
まだ旅先から戻らぬ両親の事を理由に、カガリはアスランを家に招くつもりだった。
学校の昇降口を出た瞬間、アスランは教室に忘れ物をした事に気がつく。
「直ぐ戻るから。」
緩く頷くカガリを残し、彼は校舎の中に再び駆け戻った。
彼を人気の途絶えた昇降口を降りた場所で待ちながら、カガリは思い巡らす。
今日はちょっとだけ頑張って、手作り料理でも作ってみようか?
などと、彼女は考えていた。
そんな事をすることで、少しでもアスランが喜んでくれたら、嬉しいな・・・という、
女らしい、本当に小さな優越であったのだが・・・。
カガリがアスランと離れたほんの僅かなこの時間。
彼女は自分の身に起こる、これからの出来事など考えもしなかった。
背後から声が出せないように、大きめの布で突然口元を塞がれた事に彼女は驚く。
次に襲ってきたのは、恐怖という感情。
必死に、カガリは叫びすら発する事のできない口元でアスランの名を呼んだ。
助けてッ!アスランッ!!
・・・だが、その声は届かない叫び。
ドサッ、と手にしていた彼女の学生鞄が地面に落ちた。
引き摺られるように、彼女の身体は体育館裏の道具倉庫に引っ張られていく。
その拉致までの時間は、ほんの数分の出来事だった。
「ごめん、待たせて。」
用を終え、カガリが待っていると思っていた昇降口まで戻ってくると、アスランは
カガリの姿がない事に眉根を寄せた。
「・・・カガリ?」
ふと、足元を見れば、彼女の学生鞄が落ちている事に気がつき、アスランは嫌な
予感を覚えた。
辺りを見回し、カガリの姿を探し求める。
昇降口のステップ階段を降りると、なにかを引き摺ったような痕跡が地面に残されていた。
その痕は、体育館裏に向かっているのに、アスランは不安な気持ちを抱えたまま、
走り出した。
その頃、倉庫に連れ込まれたカガリは、見覚えのある少女と数人のガラの悪い男子生徒に
取り囲まれていた。
「気に入らないのよ。目の前でアスラン君といちゃいちゃしてくれちゃって。」
冷酷な笑みを浮かべる、同じ部の少女。
親しく言葉を交わした事はなかったが、それでも見知った顔の犯行に、カガリは脅えた
顔を向けた。
「二度と、彼に振り向いて貰えない身体になっちゃいなさいな。」
くくく、と喉を鳴らすような残酷な冷笑。
顎をしゃくるように、カガリを囲んだ男子生徒たちに合図を送ると、獣と化した男たちが
カガリの細い身体に覆い被さってきた。
「いやぁぁッッ!!アスランッ!アスランッッ!!」
泣き叫び、呼んだ声は、カガリが密かに想いを寄せてる少年の名。
その刹那、彼女の心臓が中から突き上げるように、鈍い痛みを訴える。
その感覚、発作の痛みが彼女の左胸を走った。
「・・・ぐぅ・・・うぅ・・・心臓・・・痛い・・・」
ぱたり、と力の抜けた腕が冷たいコンクリート床に零れ落ちる。
見る間に、カガリの唇が紫色に変色を起こしていく。
「お、おい・・・なんか様子が・・・」
動かなくなった、金の髪の少女に、その場にいたカガリを襲った首謀者の少女、行動を
起こした男子生徒は色めきたつ。
ひとりの男子が、ぐったりとしたカガリの鼻元に手を翳し、呼吸を確認すると途端に飛び退った。
「・・・呼吸していない。 し、死んでる!」
ひいいッ!と、悲鳴を挙げ、倉庫に居た面子はカガリを残し、中から飛び出した。
それを鉢合わせするように、後を追ってきたアスランにぶつかる。
「おいッ!お前らッ!カガリになにをしたッ!?」
瞬間的に様子がおかしいことを察し、アスランは飛び出してきたひとりの男子生徒の
学生服の襟を鷲掴みにし、問いただす。
「な、中ッ!倉庫の中ッ!!死んで・・・俺はなにもしてないからなッ!」
襟を鷲掴んだ、アスランの手を振り解き、男は転がるように逃げ走った。
アスランはその聞いた言葉に蒼白になると、倉庫の中に駆け込む。
そこで、ぐったりと、床に倒れこんだカガリを見つけ、駆け寄った。
彼女の身体を抱き起こし、アスランは必死に声を掛ける。
「カガリッ!カガリッ!!眼を開けろッ!カガリッ!!」
その彼の声にも反応を示さない彼女に、彼は耳元をカガリの胸に押し付けた。
普通なら、・・・生きているのなら・・・聞こえる筈の鼓動が・・・
・・・しなかった。
心停止。
恐らく、彼女の抱える持病が齎した発作に違いなかった。
どうすれば良い?
どうすれば・・・
落ち着け!アスラン・ザラ。
落ち着いて考えろ。
自問自答の様に、彼は心の中で繰り返した。
去年、夏の合宿に参加した時、偶々教えを学んだ人命救助の方法。
どうやった!?
どうした!?
思い出せッ!アスラン!
彼は必死になって自分の記憶を辿った。
カガリの身体を床に寝かせ直させてからアスランは彼女の額に右手を当て、左手の薬指、
中指で彼女の顎を持ち上げる。
彼女の顎を仰け反らせるようにして逸らした。
気道確保。
彼女の呼吸は完全に停止している。
アスランは迷う事無く、カガリの唇に自分の唇を押し当て、息を吹き込んだ。
その処置に空気が彼女の肺に送り込まれる反応。
ゆっくりと、カガリの胸が膨らんだ。
その反応を見ながら、アスランは連続して二回、同じ行為を施した。
脈拍の確認。
反応なし。
今度は、彼女の胸骨の下半分、乳頭を結ぶ線の中央の指一本下に両手を重ね、胸部を
5cm程押し下げ、圧迫した。
毎分80〜100回くらいのリズムを付けながら、アスランは刺激する様に習い覚えた事を
繰り返す。15回、胸骨を圧迫した段階で再び彼は人工呼吸を施した。
数度、その動きを繰り返すと、カガリが自力での呼吸をし始めた事に、アスランは胸を
撫で下ろした。
だが、油断は出来ない。
彼女の意識はまだ回復していなかった。
普段はあまり使ったことはなかったが、制服の胸ポケットにあった携帯で彼は救急車の
要請をした。
状況を報告しながら、カガリの様子を観察していると、電話をしてる最中、近くにサイレンの
音を確認する。
倉庫の近くにある裏門は今は閉じられていたが、サイレンを聞きつけた、まだ職員室に
居残っていた職員が何人か飛び出してきた。
素早く、アスランは倉庫にカガリが居る事を告げに走る。
担架で運ばれ、救急車に乗せられるカガリ。
アスランは付き添うように、その車内に飛び乗った。
車内では、カガリは酸素吸入の処置を施され、バイタルの確認が行われる。
が、心臓の発作の患者に対してはあくまでもこの処置は応急でしかない。
カガリの掛かりつけの病院に着くと、彼女は処置室へと運ばれていく。
病院になんとかカガリを運び込めた事に、アスランはホッと、安堵の息をついた。
アスランから連絡を受けたキラが、僅かな時間を置いて病院に駆けつけてきた。
様子を伺うキラに、まだ旅先から戻らない、ふたりの両親とは連絡がついた、
との言にアスランは静かに頷いた。
カガリが処置を受け、その瞼を開いたのは次の日の早朝。
ふと、目覚めた先で、右手に感じる温もりにカガリは視線を移した。
そこには、彼女の手を握り締めながら、彼女のベッドにうつ伏せのように頭を預ける
アスランの姿がその金の瞳に飛び込んでくる。
「・・・アスラン。」
呟く小さなカガリの声に、アスランはゆっくり瞼を開けた。
「・・・気がついた?カガリ・・・」
「ありがとう・・・」
意識はなかったが、彼が自分を助けてくれたのは錯覚ではない、という自覚が
彼女の中にはあった。
「先生、呼ぶ?」
アスランの言葉にカガリは小さく首を振った。
「アスランが居てくれれば、・・・良い。」
短いカガリの弄え。
状態が完全に落ち着いたのは昼近くだった。
駆けつけた両親と兄であるキラがカガリのベッドを囲んだ事に、アスランは静かに
席を外した。
病室の廊下に設けられた長椅子にアスランは腰掛け、家族の談話が済むのを
彼は待った。
程なくして、ヤマトの両親とキラが病室からでてくる。
ヤマト夫妻は、カガリが命を取り留めたのは、アスランの御陰だ、というのを聞き、
素直に礼を述べた。
そのヤマト夫妻の態度に、アスランは当たり前の事をしただけ、と云い、恐縮した
言葉を紡いだ。
落ち着き、キラは苦笑を浮かべながら、アスランに告げる。
「カガリが呼んでいる、行ってやって。」
軽く頷くと、アスランは再びカガリの病室へと入っていった。
ベッドの角度を緩くあげ、背凭れに背を預け、佇む姿は儚げで、今にも消えいって
しまうのでは・・・ と、思う程、か細く弱弱しいカガリが彼を待っていた。
彼は静かにベッド脇にあった椅子に腰を降ろす。
アスランはカガリに具合の様子を伺った。
ふいに、カガリは視線を外し、言葉を零した。
「・・・今までは、薬でなんとか誤魔化してきたけど、・・・もう、私の心臓、ダメだって
云われた・・・」
寂しげな言葉を漏らす彼女にアスランは戸惑う。
「でも、なにか方法が。」
必死に、請うように彼は言葉する。
「方法はひとつだけ。移植を受ける事だけなんだって。・・・でも、手術受けたら、
ここからここまで、大きな傷が残る。」
カガリは胸元左の鎖骨部分から、指先で辿って腰の部分までの軌跡を描いた。
「そんな大きな傷、残ったら、完全にお嫁さん、・・・行けなくなっちゃうな・・・」
寂しげな微笑が彼女の顔を彩った。
「手術、受けろ。」
「アスラン?」
不思議そうなカガリの瞳がアスランを見詰めた。
「元気になる方が先だろ?・・・それに、俺は傷なんて気にしない。」
「・・・アスラン?」
「云っただろ?俺はカガリを嫁さんにする、って。」
「アスラン。」
頬を染め、カガリは彼を見詰めた。
「俺が大学卒業したら、俺はカガリを貰いにいくから。・・・だから、早く元気な
身体に・・・なって欲しい。」
僅かな時間を置いて、カガリは苦笑を浮かべた。
「・・・料理、全然出来ないけど、それでも良い?」
「そんなの、慣れだ、って云っただろ?」
苦笑のまま、仄かに薄く紅に染まったカガリの頬。
そして、その目尻には涙の粒があった。
静かに椅子から立ち上がると、アスランはベッドのカガリの身体に右腕を廻す。
そっと、彼は優しく彼女の唇を塞いだ。
カガリの記憶の中では、初めて感じたアスランの唇。
優しい抱擁、・・・密かに望んでいた口付け。
穏やかな風が病室の窓のカーテンを静かに揺らした・・・。
◆ END ◆
★あとがきでございます。
や〜っと書き上がりました〜〜(i々i)] ハゥ〜
なんか仕事が忙しくて、ちょこっと書きしかできなくて
えらく時間掛かってしまいました。
取りあえず、コレはキリ番号、20000番を申請して
くれた悠城 愛羅さまに捧げる一品になっております。
色々キャラの設定なんかも頂いたのですが・・・
やっぱり終始、アスカガになってしまいました。
ははは・・・ヽ (´ー`)┌ ま、アスカガフリークの自分が
書く話なんてこんなモンです。ププッ ( ̄m ̄*)
しかし、初めてお話頂いた時に、カガリが心臓病、という
設定貰った時には引っ繰り返りそうになりました。
(T▽T)ノ_彡☆ばんばん! 元気印命のカガリが
心臓病!!???キャー!ビックリ(*゜ロ°)ノミ☆(;>_<)バシバシ
ま、偶には、こういうかけ離れた内容も勉強のウチ?
なにはともあれ、書いてくウチになんか長い気が・・・
こういう内容、纏めるの大変です。(T_T) ウル
こんなんで大丈夫ですか?愛羅さま。
まずは進呈品、そんでもって脱稿、ちゅうことで・・・