高度1万フィート。
快晴。
コクピットの中から下方を見下ろせば、眼下に広がる荒涼とした
砂の大地と連なる山脈が見渡せた。
《対地速度600マイル、現在高度1万フィート。風速南風10メートル。
感度良好。 そっちは大丈夫か?》
フラガは無線でアスランに今の状況を伺う。
《火器管制システムオールグリーン。 大丈夫です、いつでもどうぞ。》
《そんじゃま、ちょっと慣らしでもしますか? 俺の後ろにつけ。
多少荒っぽいかも知れんが、身体慣らしだ。》
《了解》
ムウの指示に、アスランは自機体をフラガのスカイグラスパーの後方に
滑らした。
《エンジン吹かした時に起こる乱気流に留意しろよ。》
《解ってます。》
冷静な声でアスランはムウの言葉に返事を返した。
ぐっ、と操縦桿を握り直し、前方を飛行するムウのスカイグラスパーを
睨みつけた。
ゆっくりと機体が上昇、輪を描くようにループしていくと、アスランは自分の
身体に掛かる、強烈な気圧の変化に眉を寄せた。
「あ〜あ〜・・・もう、ムウたら・・・初心者にいきなりあんな事させて。
困ったひとね〜・・・もう。」
その様子を地上から見ていたマリューは小さく溜息を漏らす。
だが、カガリはそのマリューの言葉に動じた様子も見せず、話返した。
「あのくらい、どうってことない。 私自身もモビルスーツに乗ったから解ることだけど、
モビルスーツの瞬時の変加重に比べれば、軽い方だ。それに、あの程度で
一々眼、廻していたらモビルスーツになんて乗れないさ。」
アスランとムウが駆る機体、スカイグラスパーは360°ループ回転をした後、
空中競技アクロバットで行われる技、下方空中開花をしてのける。
その難易度、レベルAクラスの技にも、アスランはぴったりと、離れることなく
フラガの機体に喰らいついていた。
《良し、そんじゃ、そろそろ本番といきますか?》
《解りました》
あくまでも、冷静な声の響きで応えるアスランに、ムウは小さく舌打ちする。
《可愛くないね〜まったく。 ・・・ま、いっか。 コンバットフォーメーションオープン!》
そのフラガの指示に従い、アスランの機体は左に、ムウは右にと、機体をバンクさせた。
互いの様子を伺うように、旋回をする二機のスカイグラスパー。
どうやって仕掛けた方がより有利にバトルを展開できるか?
先に行動を起こしたのはアスランの機体だった。
旋回飛行から一気に90°機体を引き起こす。
ムウの機体の警戒レーダーが騒がしく警告音を発した。
《正面!?無茶するぜ!あの坊やッ!!》
音速で機体同士がすれ違う感覚は、翼端僅か1m。
ほんの僅かでも接触したら、お互いの機体は忽ち墜落してしまう程のギリギリの距離間。
それはアスランの正々堂々とした宣戦布告のなにものでもない。
すれ違う瞬間、ムウの視線はしっかりとアスランの表情を捉えていた。
《笑ってやがる。 ケッ、イイ根性してんじゃないの!こちとら先輩なんだよッ!
舐めてると痛い目見るからなッ!!》
ぐぐぐ、と操縦桿を更に右に倒し、ムウは機体を右に急旋回させ、アスランの機体の後方に
自分の機体を着けた。
《後ろ!?》
アスランの機体の後方警戒レーダーが警告音を発する。
咄嗟の動きで、彼は機体の主車輪を開放、同時に逆噴射バーナーを掛けた。
《んなッッ!!??》
アスランの機体にロックを掛けようとしていた段階で、急激な空中制動を掛けられ、
フラガの機体は彼の機体を追い越す様に通り過ぎてしまう。
《やってくれるじゃないの!!》
にやっ、とムウは笑うと、始ったばかりの久し振りの手応えのあるバトルに身体中の血が
沸き立つ感覚を覚えた。
ムウは機体を急上昇させ、太陽に飛び込む。
《くそッ!太陽に飛び込むなんてッ!》
完全に眼眩らましを喰らった状態。
太陽光線と軸線が同化したせいでレーダー波が乱れ、アスランは完全にフラガの機体を
見失ってしまった。
突如、アスランの機体の後方レーダーが再び感知、作動、けたたましいくらいの警告音を発した。
完全に後ろを取られ、逃げることが出来ない。
《ご愁傷様。夕飯はおごってもらうぜ。》
そう呟き、フラガは完全にアスランの機体にロックを掛け、バルカン砲のボタンに指を掛けた。
その刹那、まるでアスランの機体が空中から忽然と姿を消すように掻き消えた。
《なにッ!??》
確かに、自分は彼の機体を完全にロックしていた筈。
マジックじゃあるまいに、一体何所に消えたというのだろう?
ムウは完全にアスランの機体をロストしていた。
狐につままれたような表情で、レーダーの確認もするが、レーダー自体もなんの機影の
姿も捉えていないのにムウは首を傾げる。
《くそッ!何所行きやがったッ!》
吐き捨てた瞬間、ガクッ!と下から突き上げるような感覚がフラガの機体を揺さぶった。
《んなッ!?》
その脇を掠めるように、アスランの駆るスカイグラスパーが急上昇をしていく。
《俺の勝ちですね、先輩。》
不敵な笑みを伴ったアスランの声がムウの無線機に飛び込んでくる。
今の感覚は間違いなく、被弾を受けた衝撃。
素直に自分の負けを認め、ムウはアスランを伴って地上に降り立つ準備に入った。
離陸時同様、着陸も鮮やかなまでに綺麗な形で二機揃って滑走路に舞い降りてくる様を
カガリとマリューが出迎えた。
「御疲れ様、ふたりとも。」
優しい微笑を湛え、マリューが言葉を掛け、カガリも笑顔でそれを迎える。
ムウは自分の機体を降りると、機体の下部に潜り被弾箇所を確認した。
エンジン部分に集中的にペイント弾がマーキングされているのに、ムウは苦笑を漏らした。
実戦中にもアスランが掲げていた、不殺傷の構えが、今もまだ生きている事をまざまざと
見せ付けられたからだ。
後、ほんの数センチ、打ち込む場所がずれればコクピットは直撃しているだろう場所。
だが、機体自体の攻撃能力さえ奪ってしまえば、パイロットの命までは必要ないのだ、
というなによりの証であった。
「・・・あの、・・・すみません、無茶しまして・・・」
申し訳なさそうな声音を漏らし、アスランはムウに謝罪をしてきた。
「なんで君が謝るのさ。 久し振りに手応えのある勝負ができて楽しかったよ。」
にっこり、と笑顔でムウはアスランに応える。
「ところで最後、レーダーにも感知できなかったアレ、どうやった訳?」
ムウは素直に目の前のアスランに問うた。
「え!?あれは・・・その無我夢中で・・・後ろに着かれた時、咄嗟にラダー蹴飛ばして、
垂直横転させたんです。 機体の重さまでは考えてなかったんで、失速状態で
あっという間に1000mくらい落ちちゃったんで、俺の方がビビッてましたけど。」
無意識にその行動が出来る・・・
元、とはいってもパイロットとしての本能と本質は見失っていない、というのを、
ムウは改めて突きつけられた。
冷静に考えてみれば、レーダーの感知範囲は前方120°後方60°のみしか映らない。
真下は死角。
あの状態で攻撃を掛けられれば、自分自身も逃げる事も叶わない。
「まったく、君の腕には感服するよ。 そんじゃ、約束通り、今夜は改めて、夕飯
ご馳走させていただきますよ、お隣のお姫様も一緒にね。」
爽やかな笑顔のムウに、アスランとカガリも苦笑を浮べ、互いの顔を見詰め
合わせたのだった。
時刻は夕刻を示す時間帯へと移り変わっていた。
山脈に沈み行く太陽の姿。
砂漠地帯の夕焼けは、鮮やかなまでのオレンジ色に大地を染め上げていた。
取り合えず、フラガの勤務終了時間が済むまでは、ということで、マリューに案内され、
カガリとアスランは基地内の談話室へと案内される。
静かな談笑を楽しもう、と思っていた矢先だったのに、先ほどの鮮やかなフラガとの
一騎打ちの模擬戦闘に、基地内に居た兵士たちで囲まれ、彼らの周りは人の波が
切れなかった。
その人垣の間から首を出すフラガにその波が真っ二つに割れる。
「おいおい、俺の客なのよ、あんまり弄くるの止めてくれない?」
ムウは呆れた声音で、周りの若い兵士たちを見据えた。
「でも、先輩、あんな凄い操舵技術、俺たち見るの初めてで。」
「ん〜・・・解るよ、それは。俺もやられた側としちゃ、かな〜り悔しいからな。」
言葉と態度がまるっきり反比例してるのに、マリューは可笑しそうに小さく笑った。
「仕事終わったから、行こうか?」
満面の笑顔を浮べ、ムウが促すと、それに誘われるように三人は椅子から腰を上げた。
基地の駐車場までくると、ムウとマリューは自分たちの愛車に、カガリとアスランはここまで
くるのに空港と連帯してるレンタカー会社から借りた車に乗り込んだ。
広い本土を有するアメリカでは車はなくてはならない足のひとつ。
旅行者が空港と連帯してるレンタカー業者を利用するのは極当たり前の事だ。
連帯してる業者を使えば、車を使い終わった時に空港の駐車場に置いて置けば、
使用済み連絡をするだけで、あとは業者が勝手に車を回収してくれるので、
はっきり言って便利なシステムになっている。
自分の愛車のハンドルを握るムウの後ろにつき、導かれる様に、アスランとカガリは
一軒のレストランへと入っていった。
車を降りながら、ムウは自慢気に言葉を漏らした。
「ここのメシは美味いよ、遠慮しないでじゃんじゃん食べろよ。」
頷くふたりを確認すると、四人は店のドアを潜った。
二時間ばかりの時間、談笑しながら食事を済ませ、店を後にしたのは夜の9時。
「今夜の宿は決まってるの?ふたりとも?」
何気に、ムウはアスランとカガリに尋ねた。
「市街地まで戻ってホテル探します。」
アスランが素直に答えたのにマリューもムウも笑顔で返答した。
「決まってないならウチ、泊まれば?」
さり気無い誘いの文句に、ふたりは顔を見合わせた。
カガリの瞳を覗き込めば、甘えちゃう?と言ってるように見える。
折角のお誘い、便乗ついでにお世話になるか・・・
考えたこの決断。
ふたりは痛く後悔する事になるのをまだ知らなかった。
レストランから10分程車を走らせ、ムウの自宅に着くと、まだ時間が若干早いせいも
あってか、軽く酒を嗜みながら、笑い声が絶える事はない。
夜の11時を廻り、カガリとアスランはバスルームを完備したゲストルームへと案内された。
そこで、就寝の挨拶をする。
カップル同士に別れ、それぞれの部屋に入って行くと、まだ眠りが訪れないことも
あってか、ベッドにふたりで寝ながら、話がぽつぽつと続いていた。
深夜12時を廻り、そろそろ寝ようか?
と、思った矢先、隣部屋から聞こえる妖しい女の声音にふたりはぎょっ、とした。
隣部屋に居るのはムウとマリュー。
少なくみても、カガリもアスランも隣部屋から漏れる、その女性の挙げる妖しい
嬌声には身に覚えがある。
隣部屋でなにが行われているのかは・・・おのずと理解できた。
こんなに声が丸聞こえなんて、この家の壁は薄いのか!?
訳の解らない憤りがアスランの顔を彩った。
チラッ、と互いの視線をぶつける、カガリとアスラン。
が、次の瞬間、意識したように互いに背を向けた。
未練がましく、アスランがカガリの身体に触れようと伸ばした手先。
それすらも、素気無く振り払われるのに、彼は溜息をついた。
延々と夜中の2時まで、その声を聞かされ続け、眠るどころではない環境。
妙な甘え心など持たずに、素直にホテルを探してさえいたら、今頃は自分達だって
楽しく、甘い一夜を過ごせたのに・・・と、今更後悔の念が溢れだしてきた。
チラッ、と隣のカガリに視線を向ければ、彼女も気になるらしく、もじもじと身体を
しきりに捩っている。
アスランは静かに身を彼女に向け直す。
「・・・カガリ?」
「・・・今日はダメだからな!」
「わ、解ってるよ・・・」
幾ら、隣が騒がしくても、人様の家で妖しい行動に出られる程、カガリもアスランも
度胸が良い訳ではない。
「・・・あんまり触るな、って!」
「イイじゃんか!触るくらいッ!」
「私が困るんだってばッ!!」
赤面しながら、カガリが彼に小さく怒鳴る。
やっと静けさを取り戻したのは朝方の事。
とてもじゃないが、眠るなんて出来る環境ではなかったのは当たり前で・・・
朝食を持て成してもらってから、飛行機の時間に遅れるから、というのを理由に
そそくさとふたりはフラガ邸を後にした。
それをムウとマリューに見送られ、カガリとアスランは車を走らせ始めた。
ふたりの車が視界から消えると、マリューはじろっ、と自分の隣のムウを睨みあげた。
「昨夜、ワザとでしょう?」
「はて?なんのことやら。」
すっとぼけて、ムウは視線を明後日に彷徨わせた。
「もう、なんで貴方はそうやって若いコたち煽る訳?」
「そんな事云ったって、マリューだって嫌がってなかったでしょう?」
「嫌だって云ったって、止めなかったのはムウじゃない!」
「おや?怒っているんですか?マリューさん。」
にやっ、と優位な立場でマリューの顔を覗き込むムウの顔に、真っ赤な顔で彼女は
視線を外した。
完全に遊ばれていた、など、車中のふたりは気づく筈もない。
悶々とした感情が拭えぬまま、車中では言葉も少なく、何時ものふたりらしからぬ有様。
国道を空港の道に向かってハンドルを握るアスランは、寝不足気味の顔で小さく欠伸を
噛み殺した。
不意に眼に止まった看板に彼は突然、車を道端に寄せ停めるのに、カガリは不思議そうな
瞳をアスランに向けた。
「どうした?アスラン・・・」
俯き、アスランは小さく言葉を漏らす。
「・・・ちょっとだけ・・・寄り道していかないか?・・・カガリ・・・」
ふと、目線を彼越しに見れば、そこには反対側の車道脇に立ち並ぶ簡素なモーテルが見えた。
モーテル、と言っても、アメリカ本土では別段妖しい名称ではない。
バッグパッカーと呼ばれる、いわゆるお金を掛けないで旅行をする者達などが利用する
安宿の事を差す名称なのだから。
もっとも、訳ありなカップルが使用するのにも活用される事もありうる訳で・・・
アスランは薄く頬を染め、気まずそうな視線を助手席のカガリに向けた。
「・・・別に構わないぞ。」
あっさりとした彼女の快諾に、アスランは今にも尻尾を振りそうな犬のような仕草を
見せるのに、彼女は赤面しつつ、小さく溜息を漏らした。
★ あとがき・・・の様な解説。
さて、今回のお話、同じ50お題のひとつ『冬景色』から
続く内容になっております。
そんでもって、内容↑はっきりいって中途半端・・・
続き、えー!!ありますとも!ちゅうことでこれの続きは
裏です。タイトルちょい弄くりで「ゲット オン」というヤツが
コレの続きになりますんで・・・ま、上の惨事が気になる
方は裏部屋、覗いてやってくらはい・・・ははは。(^。^;)