『 GO 』 1


北米、カナダから足を伸ばして、カガリとアスランは
南に南下したカリフォルニア、ネバダ州を訪れていた。
本来であれば、1週間の休みの期間、ずっとカナダで
スキーを楽しむ予定を立ててはいたのだが、アクシデント、
・・・と云えば聞こえはイイが・・・はっきり云って、注意したのにも
関わらず、無理・・・いや、無謀をした挙句、捻挫を起こしてしまった
カガリのせいで、あっさりと、冬のヴァカンスの予定が切り上がる羽目に
なってしまった訳で・・・
滞在二日目で、移動、という事態になってしまったのだ。
ここを訪れた理由。
ネバダにある空軍基地で、教官として職務復帰したムウ・ラ・フラガを
訪ねる為である。
一度は軍を退いたフラガではあったが、やはり人手不足はどこも事情が
一緒らしく、軍隊復帰を強く嘆願され、今は教官として若手のパイロットの
育成に従事している、という現状。
折りに格好つけては、一度遊びに来い、とふたりは随分前から誘いを
受けていた。
折角の残りの休暇、態々戻って仕事に励む気にもなれない、ということも
あってか、この言葉を甘受するに至った訳だ。
自分たちの結婚式にも、参列してくれた、礼もしたいということも含め。
もっとも、半分は時間潰しに近い状態ではあったが・・・
カナダを発つ前、取り合えず打診をしてみれば、あっさりと快諾の返事。
フラガに合うのは久し振りである。
オマケにアスランはネバダ、という場所、シェラネバダ山脈を越えた
砂漠地帯と化した土地を見るのは初めて、ということもあってか、
僅かな探究心、と興味本位は隠せなかった。
砂漠地帯に空軍基地を建設する目的は、当然、戦闘機などの離発着による
騒音被害を極力避ける為、市街地から離れた土地が選ばれるためだ。
そして、万が一の墜落事故等による被害の軽減を促し、機密保持など、
様々な事情が考慮された場所が建設場所に選ばれるのは極当たり前のこと。
教官自らの招待、ということもあり、基地では身分照会をしただけで、
あっさりゲートを通過できた。
広い基地の中を、教えられたエリアまで車を走らせれば、機体を
通常待機させている格納庫の前で、フラガ、そしてマリューがふたりを
笑顔で迎えた。
車を降り、挨拶を交えた握手を交わせば、会話は自然と弾む。
アスランは極自然に、半年前の自分達の挙式に参加してもらった礼を
ふたりに述べた。
「で?・・・上手くいってるの?」
からかった響きの声で、冷やかしを含み、ムウはアスランの肩に片腕を廻し、
伺う視線。
「・・・あ、・・・はぁ・・・まぁ・・・そこそこに・・・」
赤面しつつ、アスランは俯きながら返事をムウに返す。
「そこそこ、って、何?もう、尻に敷かれてる訳?」
ワザとらしく、大袈裟な表情でムウはアスランの顔を覗き見る。
「・・・そ、それは・・・ないと思います・・・多分。」
困った笑みを浮べながら、アスランは言葉を漏らした。
そんなふたりの様子を僅かに離れた場所から、伺いながら、カガリとマリューも
談笑に夢中だった。
「カガリさんも、彼とは上手くやっているみたいね。」
マリューは優しく微笑みながら、隣のカガリに笑みを向ける。
「まぁ・・・そこそこ、ってヤツで・・・」
顔を真っ赤にし、カガリが僅かに口篭るのに、マリューは微笑んだ。
「良いことじゃない。」
「はぁ・・・」
鼻の頭を指先で軽く掻きながら、カガリも照れて視線をずらした。
一通りの挨拶と、歓迎を受けてから、取り合えず、お互いが今まであった事の
出来事などを報告するように会話が始る中で、アスランはふと、格納庫の中に
待機させてあった機体に視線を向けた。
元、とはいえ、自分もパイロットであった、という経緯が僅かな好奇心に頭を
擡げたに他ならない。
機体に近寄り、見上げる視線は不思議そうな色を湛えていた。
ザフトでの主力機はモビルスーツが主。
地球軍での主機体が戦闘機、モビルアーマーであるのは解ってはいても、
これほどまじかで見たのは初めてだからだ。
「・・・アスラン?」
機体の側に佇む彼に気がつくと、カガリは寄り添うようにその側に近寄っていった。
「これ、って俺たちが初めてあった無人島でカガリが乗っていた機体だよな。」
半分、海に沈んだ状態でしか見ていなかったが、アスランはカガリを拘束した後、
様子を探りにいった時の情景を思い出していた。
「ああ、そうだ。 スカイグラスパー、大気圏用の機体だ。小回りも効くし、
垂直上昇システム、可変翼にモビルスーツへの武器換装、多種目的な応用に
対応出来る機体だ。本来はモビルスーツへの支援専用、てことにはなってるけど、
これ自体も戦闘機としては凄く優秀だから乗り易かったな。」
「ふぅ〜ん」
自分の顎に右手を当て、考え込む仕草をするアスランはカガリの説明に軽い
相槌を打った。
モビルスーツへの武器換装システム。
確かに、あれを目の前で見た時は驚いた、なんてもんじゃなかった。
バッテリー駆動で稼動していた機種変換前に搭乗していた機体であったイージス、
そして、キラが乗っていたストライク。
ヘリオポリスで奪取に失敗した機体であったストライクのデーター解析は画像のみで
するしかなかったが、恐らく、この支援機の手助けで武器を換装することによって
バッテリーのチャージが成られる事は判断出来ていた。
その当時、イージスを駆っていた時でも、母艦に帰投、動かす為の補給が受けられなければ、
機体自体がフェイズシフトダウンを起こし、戦闘不能に陥ってしまう。
その不利な条件を克服する為に開発されたのであろう、目の前の機体はアスランに
僅かな興味心を齎していた。
今は必要でない時代が訪れた、とはいえ、やはり処分、という形以前に、軍としての
組織が縮小されたとはいっても、あれば、常にそれは即、稼動できる状態の機体なのだ。
願わくば、それが再び実戦投入機として使われることがなければ良い、と彼は心の中で呟く。
勿論、この戦闘機に限らず、モビルスーツも然り。
その為には、自分もカガリもこの平和を維持する為にもっと努力しなければならない
ことは明白な事実だった。
僅かに漏れるアスランの苦笑。
不意に、カガリは彼に視線を向けた。
「なんだ?」
その視線に気がつき、アスランは首を傾げる。
「久し振りに乗ってみたい、って云ったら・・・怒る?お前。」
カガリは上目使いにアスランを見る。
「じゃじゃ馬。」
眉根を寄せ、アスランは軽くカガリを睨む。
「その『馬』はお前の女房だろうが!」
はぁ〜と、溜息を漏らすと、アスランは口を閉ざした。
「なんだか、面白そうな話、してるじゃない?」
ふたりの会話を小耳に挟んだフラガが、立ち話に夢中のカガリとアスランの背後から
声を掛けてきた。
「乗ってみる?」
何気にムウは、アスランの方を見る。
驚いた顔で瞳を開いたのはアスランだった。
「・・・いや、・・・乗りたい希望者はカガリの方で・・・俺は・・・」
なんで、自分が指名されるのか、さっぱり解らない、という表情でアスランは戸惑う仕草を見せた。
「模擬戦、やってみないか?俺と。」
にやっ、と挑戦的な笑みを浮べ、ムウはアスランを見た。
「あ、それって、私が乗るより面白そうだな。」
煽るようにカガリは言葉を漏らす。
困ったような仕草でアスランは僅かにうろたえた。
「戦闘機は、勿論、乗るのは初めてだよな。」
ムウは既に乗り気でアスランをカガリと一緒にその表情で追い詰めていく。
「・・・ええ。・・・ザフトでは主力機はモビルスーツでしたから。でも、戦闘ヘリと輸送機の
操縦訓練は受けてますけど。」
「じゃあ、多少慣らせばイケるっしょ!」
ばん!と、アスランの肩を叩くと、ムウは決定事項の様に彼をスカイグラスパーに
乗せる段取りを組み始めていた。
「お〜い!機体に模擬弾、装備してくれ。ちょっと飛ばすから!」
近くに居た整備士に声を掛けると、準備が始りだすのにアスランは慌てた。
「ム、ムウさん!!」
「おんや〜 ・・・自信、ないのかな?その顔は。」
にやり、と意地悪気な笑みを浮かべるムウに、アスランは煽られてる、と解っていながら
元パイロットとしての負けず嫌いな性格に火がつき始めているのを自覚する。
「・・・わ、解りました。」
不承不承な声音で返事を返すアスランに、カガリはまるで他人事のようにその肩を叩いた。
「がんばれよ!アスラン! お前が勝ったら、夕飯、おごってもらおう!このふたりからな!」
信じられない発言をするカガリに、アスランは重く溜息を漏らす。
「俺だって、伊達に『エンディミオンの鷹』なんて呼ばれているわけじゃないからな。
そう簡単にはやられませんよ、お姫様。」
上から覗き込むようにムウがカガリを伺った事に、彼女は突っかかり返した。
「アスランだって、そう簡単にやられる訳ないだろう!?こんな坊ちゃん坊ちゃんな顔してたって
一応はエースだったんだからなッ!」
そういう言葉はフォローになってないよ・・・カガリ・・・。と、アスランは心の中で呟くと、自分を
置き去りに勝手に盛り上がっていく話に頭痛を覚えた。
マネージメント気取りのように、カガリとムウの間で話が決定される。
高度1万フィート、一対一のドッグファイト。
一発でも弾が被弾したら、ゲームオーバー。
勝者には敗者が今夜の夕飯をおごる、という取り決め。
盛り上がっていく模擬戦闘話に、アスランは溜息に暮れた。
・・・なんで、こうなるんだろ・・・などと思いながら、寄り道などせずに素直にオーブに帰った
方が良かったのだろうか?・・・と、彼は思い始めていた。
傍らに居たマリューも、くすくす可笑しそうに笑ってるだけで、止めに入る様子は微塵も
感じられない。
はぁ〜と、再び溜息をつくと、アスランは諦めたように、その場にいた面子に背を向けた。
ぼ〜とした表情で空を仰げば、空中戦にはもってこい、な気象状態。
眩しい陽の光を片手で遮りながら、アスランは自分の背後で起こってる、無謀な会話に
諦めたようにがっくり、と肩を落としたのだった。






「や〜っぱ、お前のイメージカラー、って赤だよな。」
眉根を寄せ、カガリは地球軍のパイロットスーツに身を包んだアスランの姿を
じっ、と見詰めた。
「借り物に文句言っても仕方ないだろ? 第一、こんな状況、作ったの、
カガリじゃないか・・・」
アスランは尽きない溜息を漏らしながら、スカイグラスパーのコクピットに
掛けられていたタラップに足を掛け、操縦席に上がっていく。
シートに腰を降ろし、発進前にパイロットがするマニュアルチェックをしながら
再び溜息をついた。
カガリもタラップに昇り、コクピットの中のアスランを覗き込むように身を乗り出す。
「手加減なんかするなよな。絶対お前が勝って、夕飯おごらせるんだぞ!」
「なんなんだよ、その妙な注文は。」
呆れた声音で、アスランが空を仰いだのに、カガリは苦笑を浮かべる。
「ま、ホントは私がお前のこういう姿、見たかっただけかも知れないけどな。」
「カガリ?」
「今は平和にはなったけど、やっぱりアスランはどんなモンでも、こうやって
コクピットに座っている姿が一番私は好きだから。 机にしがみ付いて
デスクワークだけじゃ、身体鈍るだろ?偶にはリフレッシュしろ。」
「なんか変な励まし・・・」
苦笑を浮かべる彼に、カガリも緩い微笑を浮かべる。
きょろきょろと、辺りを伺うように、アスランは視線を走らせると、自分の唇を指差した。
「勝利の女神にキスをねだってもよろしいでしょうか?」
薄く頬を染め、アスランはカガリの顔を伺った。
「勝利の女神、って・・・私?」
赤面してカガリは自分の顔を指差す。
「他に誰が居るんだよ!」
早く、と急かすようにアスランはカガリに顔を寄せる。
カガリも今一度、周りを確認してからアスランの唇に自分の唇を触れさせた。
僅かに唇が離れてから、アスランはごちるように呟いた。
「ホントはディープの方が良いけど、今はコレで我慢しておくか。」
ぺろっ、と自分の唇を舐めると、彼は薄く笑った。
「ディ・・・って、アスランッ!!」
赤面した顔でカガリは抗議する声を漏らした。
「離れて、エンジン始動する。 あ、そうだ!帰ってきたら、もっとちゃんと
やってもらうからな。」
にやっ、とアスランは意地悪気な笑みを浮かべる。
「えっ!?」
驚く彼女。
「えっ!?じゃないだろう?誰のせいでこんなことになったと思ってるんだ?
責任はちゃんと取ってもらわないとな!」
ぺしっ、と彼はカガリの頭を軽く叩き、手で彼女を払うようにタラップから離れさせた。
素早い動きで整備員のひとりが機体からタラップを外す。
手にしていたヘルメットを装着し、アスランはカガリが充分に機体から離れたのを
確認してから機体のエンジンをスタートさせる。
スカイグラスパーのメインエンジンに仄かな青い火が灯る。
誘導係りの指示に従い、アスランは機体を格納庫からゆっくりと滑るように
誘導路へと向かわせた。
監視塔から既に指示を受け、フラガが搭乗する機体、もう一機のスカイグラスパーは
滑走路の発進位置に待機してアスランを待っていた。
機体の無線をオンにすると、ムウの嬉々とした声がアスランの耳に飛び込んできた。
《止めるなら、今のウチだぞ。》
《冗談でしょう?ここまできて、止めますじゃ、笑いモンですよ。》
苦笑いを浮べ、アスランはムウの機体の左横に自分の機体を並べるように操舵する。
《そりゃ、そうだ。》
からかった声音で笑い飛ばすムウに、アスランは苦々しそうに眉を潜めた。
《管制塔、フラガだ。発進位置に着いたから指示願う。》
《いつでも構いませんよ、少佐》
そのムウと管制官のやりとりは、正に楽しんでる、という雰囲気がモロに伝わってくるのに
アスランは面白くなさそうに顔を顰めた。
《離陸許可がでたから、いきますか?》
ムウは陽気に自分の乗る同型機に搭乗してる隣のアスランに手話で発進合図を促す。
《了解》
簡潔に、アスランが受諾した声を挙げると、機体のメインエンジンが唸りをあげる。
凄まじい加速を伴って、二機のスカイグラスパーは鮮やかにランデブーテイクオフをし、
空に昇っていった。




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