彼女の出産が無事に済んだのは、夜明け近くの事であった。
まだ暫くは、カガリの体力が回復しない、との看護婦の言葉に、アスランは
一旦、自宅に帰る事を決めると疲れた身体を引きずって愛車に乗り込む。
なにか、すっぽ抜けたかの様に安堵感が襲ってくる。
自宅に着くと、ふらふらしながらベッドにそのまま彼は倒れ込んだ。
ちょっとだけ・・・と、思いながらも既にその意識は飛んでおり、
深い睡魔が彼をその腕に抱きこんでいく。
はたっ、と気がつけば、優に半日以上眠ってしまったことに彼は慌てた。
身支度を整え直す為、シャワーを済ませ、再びカガリが入院している
病院を訪れると、意外にも元気そうなカガリが彼を笑顔で迎えた。
「よっ!」
「・・・身体、大丈夫か?」
「平気、平気。なんか、出産終わったら身体が軽くてさぁ〜
ほら、おなかもぺったんこ。」
明るく笑いながら言う彼女に、彼は苦笑を漏らす。
「見にいくだろ?赤ちゃん。」
「勿論!」
反射的に言葉を発する彼に、カガリは苦笑を浮かべた。
ベッドから身体を起こすと、彼は手助けするように腕を伸ばしてきた。
「歩いても大丈夫なのか?」
当然のアスランの質問。
「歩いた方が良いんだってさ。 先生がそう言ってた。」
それでも、まだ出産が終わって間もない彼女は感じる身体の痛みに
眉を寄せた。
アスランが差し出したその腕に甘え縋り、ゆっくりふたりは歩きだす。
新生児室の前で硝子越しに覗き込めば、そこには産まれたばかりの
新しい生命が自分の顔を擦るように小さな手で顔を弄っている処だった。
カガリ譲りの金髪の女の子。
「2680g・・・ギリギリ未熟児じゃなくてホッとした。」
くすっ、と彼女は産まれたばかりの子供を見て微笑む。
じっ、と喰い入るように硝子に張り付き、アスランは喜びの表情を浮べていた。
「小さくて可愛いな・・・」
「眼の色、多分、お前似だと思うぞ。」
「見たのか?」
「いや。でも、なんとなくそう思うんだ。」
カガリは自信あり気に微笑んだ。
その言葉が以心伝心でもしたのか、もぞもぞと動いていた赤ん坊の
片目が緩く開く。
まぎれもなく、その色は翡翠。
カガリの言葉が偽りでない証がそこに存在する。
母になった女の勘なのか?
驚いた表情でアスランは彼女の顔を見た。
ふと、苦笑を浮べると、アスランは言葉を紡ぐ。
「・・・ありがとう、カガリ。」
「ありがとう? お礼なんて言われること、何もしてないぞ、私は。」
「俺に最高のプレゼント、くれたじゃないか・・・」
優しい笑みで、彼は硝子越しの乳児を指差した。
不意に、彼は顔を伏せると、静かに言葉を漏らした。
「・・・戦時中、俺は数えきれない程の命をこの手で奪ってきた。
俺の手は血で汚れきっているはずなのに・・・。 良いのかな?・・・こんなに幸せで・・・」
「お前が幸せにならなきゃ、死んだ人たちだって浮ばれないさ。
生き残った人間は新しい未来を築く義務、ってあると私は思うぞ。」
「カガリ・・・」
瞳を開き、彼は彼女を見詰める。
「もっともっと、人々が幸せに・・・。でも、そうなる為には、まず自分が幸せじゃなかったら、
分け与える事など出来ないだろ?」
なんで、彼女はこんな凄い事をさらり、と言って退けるのだろう・・・
アスランは何時だって、そう思わずには居られなかった。
微笑を浮かべると、彼は彼女の肩を抱いた。
「そうだな。」
優しい相槌。
喜びに溢れたふたりの表情は、幸せに満ちていた。
「ところでアスラン、名前とかはもう決めたのか?」
「いや、これから考えようかな、と・・・」
「ミューズ。」
「・・・ミューズ?」
「ギリシャ神話に出てくる、水を司る女神の名だ。・・・ひとは水がなければ生きていけない。
水がなければ新しい生命を芽吹かせる事もできない。 ・・・乾いた大地に新しい命を
育てられるようなそんな子になってもらいたい・・・ お前が嫌じゃなかったら、その名前を
つけてあげたいんだ。」
「・・・ミューズ・アスハ・ザラ ・・・か。・・・悪くない。」
優しい微笑を浮べ、アスランは彼女を見詰める。
「退院したら、大騒ぎだぞ。頑張ってくれよ、パパさん!」
「お、俺!?」
自分を指差し、アスランは驚いた顔をした。
「そう。オムツ交換とか、ミルクとかやること満載だからな。」
「・・・はぁ・・・頑張らせて頂きます、奥様。」
乾いた笑いを漏らし、アスランは彼女を見た。
「それと、もうひとつお願いがある。」
「お願い?」
「間、開けたくないんだ。」
「はい?」
彼女が何を言わんとしてるか、解らず彼は首を傾げた。
「どうせ産むなら、次、間開けない方が子育て楽だろう?ちゃんと協力して貰わないと。」
「あ、そいう事ね。」
にこっ、と彼は微笑むと彼女の身体を緩く抱き締めた。
「そいうことなら大歓迎。喜んで協力させていただきますよ。」
「初めての経験だったけど、凄く不思議でさ。」
「なにが?」
彼女を解放しながら、彼は不思議そうな瞳を向ける。
「子供が産まれた、って感じた途端、あんなに辛くて苦しくて痛かったのが、
まるで波が引くようにすぅ・・・って消えていくんだ。・・・そしたら、また子供が
産んでみたいな、って気分になっちゃって。 私、お前の子供なら何人産んでも
良いな、って思ったんだ」
「何人でも、カガリが頑張ってくれるならたくさん産んでもらいたいな、俺は。」
「うっしゃ!それじゃ、ぜひ頑張らせていただきます!!」
拳を握ってカガリは意気込む。
そこまで気張らなくても、とアスランは乾いた笑いを漏らした。
再び、ふたりは硝子越しの新生児室に視線を落とし、新たな感慨に耽った。
■ Fin ■
☆ ちょこっとあとがき。
今度は妊娠、出産ネタだ!!(T▽T)ノ_彡☆ばんばん!
ちゅう事で、プロポーズ編、結婚編とくれば、やっぱり
このパターンしかあるまい、という事で。
作中、カガリがやたらとトマトに固執してるシーン。
アレ、ちょっと私の私体験だったりします。(汗)
いやね。ホントにトマトしか食べなくて、旦那に
気持ち悪くなるから目の前で食わないでくれ、
と言われるくらい食べてました。
二日で箱詰めのトマトがなくなる勢いは
すっかり近所の八百屋のお得意さん状態で。
そんな訳で、今回のこちらはノーマルヴァージョンです。
裏部屋には内容は殆ど変わりませんが、少しだけ
アダルティな内容が加筆したものを置きましたので、
興味持たれたら読んでやってくださいませ〜(o^<^)o クスッ