『眼鏡』 2


食事を済ませ、片付けを終えてから、ふたりは仲良くコミニュケーション、
と称してバスタブに張った湯を泡立た湯船に浸かっていた。
カガリの身体を緩く背後から抱き締めながら、アスランは彼の右肩に
凭れ掛かるように身体を密着させている彼女の頬を唇で撫でた。
幸せそな表情を湛え、カガリはとろん、とし、紅潮した頬で自分の
身体を抱き締めるアスランを見詰める。
時々、触れ合うだけの口付けを交わし、静かに会話を楽しんだ。
ふと、カガリは首を起すと言葉を紡いだ。
「・・・アスラン・・・私、不妊治療、受けてみようかと思うんだ」
「カガリ?」
「周りに振り回されたくはないけど、そろそろ長老連中が五月蝿くてな。」
仲睦ましく、夫婦関係も正常なふたりではあったが、それでも子供を
儲ける為の基準とされる三年間はとうに過ぎ、周囲の視線が忙しくなって
くるのは致し方なかった。
「・・・やっぱり・・・俺のせい、なのかな?」
アスランは罪悪感を覚えた瞳で腕の中の彼女を見た。
「原因なんて、どっちのせいでもないさ。結婚前に受けた検査だって、
正常だったんだから・・・唯、そいう試みをしてみても良い時期じゃないかな、
って少し考えただけさ。」
「・・・もう少し時間は貰えない?・・・俺はその手の話は詳しくは解らないけど、
不妊治療は女性の身体には多大な負担がかかる、ていうのは聞いたことが
ある。・・・カガリには余り辛い思いさせたくないんだ、俺は。」
「・・・アスラン」
「あと少しだけ・・・それでダメなら、また考えれば良いんじゃないか?」
「・・・そうだな。お前がそう云うなら、そうするよ。」
カガリは苦笑を浮かべ、彼を見詰めた。
深刻になる話を避けるようにふたりは身体をシャワーで清め、寝室へと向かう。
互いの絆と、信頼を深め合うように身体を重ね、夜の帳に身を委ねる。
自然な営みは愛し合うふたりだけに許された行為。
それでも、互いが望んだ結果を得るには今しばらくの時が必要であった・・・
どんなに望んでも、得る事ができない、『子供』という存在。
だが、それが足かせになってしまう、と考えたら、きっと今の幸せな日々は
崩れ去ってしまうかも知れない。
思考の中から、その事柄を忘れ去り、今は熱に、与え合う情熱に、身を任せる
以外、ふたりには術が思い浮かばなかった。



翌日のこと、アスランは嫌々、カガリに引き攣られ、眼科医を訪問するハメに
なってしまった。
検眼の結果、両眼とも1.5あった視力が0.7にまで落ちてる、という結果に
アスランは激しいまでにショックを受け、立ち直るのに随分と時間を喰ってしまう。
オマケに、若干の乱視も入り始めている、という医者の止めの言葉に更に
心的ショックは激しさを増した。
過去の履歴とはいえ、ザフトのエースパイロットであった自分が、乱視に視力低下、
なんて一長一短には信じ難い事実。
直ぐに受け入れろ、という方が無理な話である。
道を歩きながら、どよ〜ん、とした暗い表情のアスランに、カガリは気合を入れる
ようにその背を一度強く叩いた。
「ほらな、言った通りだったろ?頭痛だって、やっぱり眼が原因だ、って先生
言ってたし、折角ここまで来たんだから、眼鏡作ってかえろう。」
「・・・なんでそんなに嬉しそうなんだ?カガリ・・・」
「ん〜 なんとなく、イメチェンしたアスランを見てみたいな、っていう知的好奇心、
てヤツかな?」
ふらつく彼を支えながら、カガリは思い切って、繁華街の中にあった眼鏡ストアーの
チェーン店のひとつに飛び込むように入った。
鬱に入りそうな彼の顔を起させると、自分が見繕った眼鏡のひとつをアスランに
掛けさせた。
レンズの周りにフレームの無い眼鏡をさせると、カガリは感嘆の息を漏らした。
「なんだ、悪くないぞ。結構似合ってる。」
その彼女の言葉に促され、アスランは眼鏡を試着した自分の顔を確認するように
設置されていた鏡を覗き見る。
映ったその顔は、今まで見たことのない自分の顔。
「・・・ホントに似合ってる?」
「ん。なんか考古学の学者さんみたいだ。」
「なんだそりゃ。」
苦笑を浮かべるアスランに、カガリも苦笑を漏らした。
色々と試してはみたが、結局、カガリが始めに選んだフレームのないものを購入する
ことを決め、レンズの度合いを調節してもらってから、買ったばかりの眼鏡を掛けて
帰宅することになった。
「あんまり、納得したくないけど、視界がぼやけない、って、結構良いもんだな。」
「頭痛の方はどうだ?」
「大丈夫。」
「ならイイ。」
にこっ、と相槌を打つようにカガリは微笑む。
「俺が眼鏡なんか掛けてもカガリは嫌じゃない?」
「全然。むしろ雰囲気が変わって良いくらいだ。」
「はぁ、そうですか。」
呆れた口調でアスランはぼやくと、明後日の方に視線を向けた。
彼の感情と感心を引き戻すようにカガリはその腕に自分の両腕を絡みつかせた。
「どんな格好してたって、お前はイイ男だ!もっと自信持て!」
強く意見するように言葉を発して、カガリは優しく笑うとアスランを見上げる。
「解りました、奥様。」
その言葉に促されるように、アスランも微笑んだ。
久し振りにふたりで得た休日は、実に有意義なもので・・・
もっとも邪魔さえ入らなければの話ではあったが・・・。
不意に、アスランの携帯がコールされる呼び出し音に、何気にでた相手はキラだった。
《・・・アスラぁ〜〜ン。・・・僕、もう死んじゃう・・・追加がまた来た・・・半分やってくんない?》
《今日は休日だぞッ!!家族サービスの邪魔までする気かッ!!》
道端で携帯越しに怒鳴るアスランにカガリは額に手を当て、眼を伏せた。
恨みがましそうな声がアスランの携帯から漏れる。
《・・・アスラン、結婚してから性格変わったね・・・》
どんよりとした空気がアスランの携帯から漏れてでもしそうな状態に、アスランは
無愛想な表情のまま答えた。
《俺の性格が変わったんじゃなくて、お前が変わらなさ過ぎなんだッ!》
無情なまでにプツッ、と携帯のスイッチをオフにしてしまうと、アスランは電源自体も
落としてしまう。
すると、今度はカガリの携帯が騒がしく鳴りだすのにアスランは解消したはずの
頭痛が再びするのを覚える。
彼女が携帯にでよう、と手を掛けた処で、素早くそれを奪うアスランの手が伸びてきた。
《いい加減にしろ、キラッ!これ以上邪魔したら、二度と手伝ってやらないからなッ!
用件は明日以降にしてくれッ!!》
そう言い放つと、カガリの携帯の電源も完全に落としてしまった。
乾いた笑いを漏らし、カガリはアスランを伺い見る。
「良いのか?」
「良い、そんなモンは。大体、なんで俺があいつの尻拭いばっか。何時だってそうだ!
アイツは昔から変わらないッ!」
「少し落ち着け、アスラン。そんなに興奮したら今度は血管切れるぞ。」
はぁ〜とため息を漏らしカガリは肩を落とした。
「ところで今日の夕飯、どうする?ついでだし、買い物して帰ろう。」
アスランの気を少しでも逸らすように、カガリは苦笑を浮かべながら別の話題へと
話を転換させた。
「・・・そうだな。久し振りにロールキャベツが食べたいかな?」
「解った。」
笑顔で快諾すると、カガリは再びアスランの腕に自分の腕を絡ませていく。
漸く、長閑な空気を取り戻すと、ふたりは仲良く歩を進め始めたのだった。





                                      ■ END ■





☆あとがき・・・です。

さて、お題クリアー五つ目です。(^-^ ) ニコッ
今回のヴァージョンはアスカガ結婚後の話に
してみました。ちょっぴし雰囲気の変わった
ふたりの話はいかがなものだったでしょうか?
ま、私的には結婚しても、このふたりって、
あんまり変わらない日常過ごしているんじゃ
ないかな?って思っています。
まぁ、周りの環境とかは除外してなことですけど。
やっぱり、お互いがお互いに清涼剤になれる
ような関係って理想ですよね。(o^<^)o クスッ




                                   

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