『 Believe 』 1


「叔父上!」
会議の終わった後で、カガリは部屋を退室していく、自分の叔父
であるホムラを呼び止めた。
その声に振り返りながら、ホムラは姪であるカガリに視線を移す。
「どうした?カガリ」
威厳を湛えながらも、優しい笑みを浮かべ、ホムラはカガリを見た。
オーブでは首長の名を継いでいるのはカガリ自身である。
現在は、後見として代表の任を亡き兄である、ウズミに託され、
その地位をカガリに譲り、強力なバックアップ体制を整えている、
オーブ連合首長国。
カガリもまた、ホムラに対しては絶大な信頼を置く間柄となっていた。
カガリは二年前に起った戦争を経て、今は18歳となり、その成長は
少女から大人の女へと、その容貌を変化させてはいたが、
しゃべり方も、態度も、勿論その性格もあまり変わりなくではあったが。
二年前の戦争で、オーブに侵攻してきた連合軍の卑劣な策を回避すべく、
カガリの父、ウズミは全てを無にし、連合の魔手からオーブを守る為、
自らの命を代償に、カガリを宇宙に逃し、ホムラにはオーブ国民を守らせる
為に誘導の任、そして、散っていく自分の代わりに娘を託したのだ。
その実兄の託された願いを忠実に守り、ホムラは温かく、姪であるカガリに
父として、そして政治家として厳しく彼女に接していた。
そんなホムラの気持ちに応えるべく、カガリも未熟な自分を日々精進させる
ことを実行すべく、邁進を続けていた。
「あ・・・あの・・・叔父上・・・」
言葉の妙な詰まりを匂わせるカガリに、ホムラは眉根を寄せた。
何時もの彼女ではない、と直ぐに察したからだ。
「どうしたのだ?カガリ。」
優しく声を掛けたが、カガリは赤面しながら俯くばかりで、言葉がなかなか
でてこない様子にホムラは苦笑を浮べる。
身に纏ったオーブの軍服の胸元を握り締め、カガリは意を決したように
顔を起すとホムラを見上げ、視線を向けた。
「・・・お父様の代理として・・・会ってもらいたいひとがいるんです。」
「ほぉ ・・・私がか?」
カガリの動揺ぶりと、その態度が、特別視している相手を紹介したいのだ、
と彼には直ぐに察することができた。
まだ、子供だと思っていた可愛い姪が、もうそんな年頃になったのかと、
ホムラは嬉しそうに眼を細める。
「私は構わんよ。いつ頃時間をあければ良いかね?」
優しくカガリに言葉を掛けながら、ホムラが応えるのに、カガリは嬉しそうに
身を乗り出す。
「で、できれば・・・今夜、時間を作ってもらえれば・・・」
「解った」
簡潔にそれだけを伝えると、紹介をする、という相手と待ち合わせをした
時間とホテルの名をカガリはホムラに伝える。
それを快諾し、彼はカガリと一旦、その場を別れ歩を進めた。
ホムラの後ろ姿を見送りながら、カガリは火照る頬を両手で抑えた。
が、反面、不安も同じくらいに、その胸の中で膨れあがる。
彼の素性を知って、果たして叔父は良い顔をしてくれるだろうか、と・・・
悩んでいても、立ち止まっていては前進はしない。
カガリは軍服の胸ポケットから携帯を取り出すと、コールをした。
そして、電話にでた相手に、今夜の予定を告げたのだった。


オーブの中心街にあるホテルの最上階のレストランで、カガリはホムラと
向かいあう様に席に着きながら、食前酒を口にしていた。
約束した時間までは、まだ僅かではあったが、早めに来ることは、自分の
高まる気持ちを抑える為にも必要だった。
夕方の食事時の混雑を避け、態と遅い時間を指定したのは、それだけ
真剣な話が提示される予告のようなものだ。
店の責任者であるチーフマネージャーが、カガリ達の席に待ち人が来たことを
告げると、カガリは静かに視線を上げた。
紺色のスーツに身を包み、端正な表情を湛えた男性が自己紹介の為に
口を開く。
「初めてお目に掛かります。アスラン・ザラです。」
『ザラ』というファミリーネームを聞いた瞬間、ホムラの眉宇が僅かに曇った
ことをアスランの視線はしっかりと捉えていた。
そして、自分の父親が成さしめた、過去の大罪に対する贖罪は、まだ完全には
濯がれていないのだ、と感じざる得なかった。
ホムラは無言で、アスランに席に着くよう、手で彼に誘導を与えると、
彼は促されるまま、カガリの隣の席に腰を降ろした。
「少し、遅れたかな?」
隣のカガリに伺うようにアスランは緊張した面持ちを崩さず尋ねる。
「いや、私たちが早かっただけだ。気にするな。」
カガリは優しい笑みを浮かべ、アスランを見た。
「叔父上、紹介します。アスランです。・・・結婚を前提に今、彼とお付き合いを
しています。」
赤面しながらではあったが、カガリは臆せず、アスランをホムラに紹介した。
「結婚を前提にか?カガリ?」
「はい。」
ホムラの問いに、カガリは素直に答える。
「二年前の終戦直後からですが、私も彼もそのつもりで・・・」
カガリは必死に言葉を選びながらではあったが、ホムラに訴えるように告げる。
それを制するように、ホムラは小さく手を上げる。
「・・・アスランくん、・・・だったかな? 君は・・・」
「はい、俺は二世代目のコーディネイターです。」
はぁ・・・と、ため息をつくと、ホムラはテーブルで両手を組み、額にその手を当てた。
よりにもよって、カガリの紹介したい、と云った相手が、よもやコーディネイターで、
しかもあのパトリック・ザラの息子だとは考えなかったからだ。
「・・・叔父上」
不安気な声でカガリは叔父を見る。
「確かに、我が国は、国の法と理念を守る者であればコーディネイターの受け入れは
拒否せぬ国だ。だが、カガリ・・・お前がこの国を守っていく氏族の人間である限り、
まして婚姻となれば話は別だぞ。」
「叔父上!」
焦ったようにカガリは軽く席を立ち上がったのを、アスランに制される。
「お前が年頃になれば、嫌でも婚姻の話が持ち上がるのは仕方ない。
そして、夫となるべき男を氏族の中から選ばねばならない、という慣習はお前も
知っていよう。」
「だから!・・・それだから!叔父上に口添えを頂きたいと!・・・どんなに反対されても
私はアスラン以外の男のもとに嫁ぐ気はありません。」
キツイ視線を向け、カガリは自分の意見をはっきりホムラに言い切った。
「私自身、氏族間の婚姻はあまり賛成ではないのだよ、カガリ。 遺伝学上でも
血が濃くなれば異端も生まれる可能性が高い。それを防ぐ為にも外縁の血をいれる
ことはこの先、必要だとは考えていた。」
カガリは叔父のこの言葉にはっ、とする。
叔父は知らないのだ。
自分がウズミの養い子である事を。
事実、戦後オーブに帰還を果たし、自分の生まれの経緯を調べようと、カガリは
戸籍を調べたが、記載は「実子」として成されていた。
が、オーブの長であったウズミにとって、記録の改ざんなど、容易に出来ることは
直ぐに察せたので、彼女はそれ以上の追及はしなかった。
自分の出生の秘密を知ることよりも、ウズミの父としての愛情を優先させたからだ。
今は、それが本当の意味での「秘密」だと云うのであれば、わざわざ訂正することも
ない、と現状の判断からカガリは口を噤む。
間を置いて、ホムラがカガリに小さく言葉を掛けた。
「カガリ・・・」
「はい?」
「お前が、この国の長である限り、婚姻を結べば子を成すこともまた、義務だというのは
解っておるな。」
「はい。」
「今、コーディネイターは原因不明の出生率の低下が問題視されていることも」
「解っています!でも、・・・でも・・・私は」
カガリの潤んだ瞳の中に、ホムラはどんなに彼女が真剣に隣席の若者を恋、慕って
いるのだというのを知らしめた。
暫くの沈黙を経て、ホムラは口を開いた。
「解った。お前がそれ程望む結婚であれば、口添えを引き受けよう。但し、お前もそうだが
君にも正常な健康状態を保っているのか検査を受けて貰うことになるが、それでも
構わんのかね?」
そのホムラの問い。
つまりは、アスランが健全かつ、正常な状態でカガリを孕ませることができるかどうか、
ということを問うていた。
「構いません。それがカガリと結婚する為に必要なことであるなら。」
はっきりと、物怖じせず、アスランは答える。
男にとって、そのような検査を受けさせられる、ということが、いかに屈辱的なことか・・・
それでも、アスランにとっても、それが受け入れなければならない事実ならば、
という思いは存在した。
国のリーダーと添う、ということはこういうことなのだ、というその事実。
「それともうひとつ、君に聞きたい。」
ホムラが言葉を口にするのに、アスランは短く返事を返した。
「君は生涯を掛けて、カガリを支えていける、と誓えるのかね?」
「はい。」
実直なまでのアスランの即答。
ホムラは硬い表情のまま、アスランを見据えた。
「政務に従属するカガリの今の現状は厳しいものだ。勿論、若輩ということも含めてだが、
リーダーは国を守り、国民を守る義務を負う。そして多くの自戒心、己を捨て犠牲を払う時も
あろう。それ故、孤独な存在でもあるのだよ。・・・現場を離れ、ひとりの『女』として、
『妻』として立ち帰った時、君はどれだけの存在になれるのかね?」
「俺に言えることはひとつだけです。どんなに苦しくても、カガリを護り、力になり、
支えてあげたい、ということだけです。」
「・・・アスラン。」
はっきりとした声音でホムラにアスランが告げた言葉を聞き、カガリは頬を染めた。
「俺の力なんて、微力でしょうが、それでもカガリだけを生涯、愛し抜くというこの気持ちに
偽りはありません。」
その言葉を聞くと、ホムラは苦笑を浮べた。
「君の気持ちはしっかりと聞かせてもらった。カガリ、口添えの件は私が責任を持って
引き受けよう。・・・さて、話が長引いてしまって食事が遅くなってしまったな。」
そう言うと、ホムラはチーフマネージャーを呼び、料理を運ばせる指示を与えた。
和やかな雰囲気とはお世辞にも言えず、程遠いものではあったが、なんとかその場は
凌げることは出来はした。
が、アスランもカガリも、豪華な食事を口にしながらも、その味覚の素晴らしさを
感じる余裕は・・・悲しいかな、全然無かったことも事実だった。



                           

                                  


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