「エイティーン」2


とことん飲まされ、泥酔しきってるアスランとキラを軽々と両肩に
担ぐと、ムウは店を後にしながら、後ろからマリューと付いて来る
カガリの方を見、訪ねる。
「送っていくよ。何所まで車出せばイイ?」
「そうだな・・・。もう、時間も遅いし、ヤマトのご両親を起すのは
申し訳ないから、私の家に運んでもらえるか?」
「了解」
快諾し、ムウは店の地下駐車場に停めてあった自分の車の後部座席に
キラとアスランを乱暴に放り込んだ。
その衝撃にさえ、ふたりが眼を覚まさないことに、カガリはまたため息を漏らした。
マリューを助手席に、カガリはキラたちと一緒に後部に座り、車は滑らかに
走り出す。
程なくして、車はアスハ邸の門前に辿り着いた。
流石に、深夜も一時を過ぎれば、こちらも屋敷の中は明かりが落ち、し〜んと、
静まりかえっていた。
門前にアスランとキラを降ろすと、ムウは、
「ほんじゃ!」
と、爽やかな笑みを残して車に乗り込んでしまうのに、カガリは慌てた。
「おいっ!ちょっと!中まで運んでくれるんじゃないのか!!?」
「俺はこっちの介抱の方が忙しいから、そっちは君に任せるよ」
そう言い放ち、助手席で眠りこけているマリューの肩を抱くと、車を走らせ
いってしまう。
呆然と、そこに取り残されたカガリは立ち尽くす以外、術が思いあたらなかった。
暫く、呆けてから、気を取り直すと、取り合えず、地べたに寝転がってるふたりの
身体を揺すってみる。
だが、相変わらず、ピクリとも動かないふたりに、カガリは盛大なため息をついた。
仕方がないので、自分で運ぶ以外ないかと、諦めて気持ちを切り替えるしかなかった。
困った表情を浮べては見ても、家の人間を起すのは、どうも気が引ける。
仕方なく、カガリはアスランを担ぎあげようと、その身体の下に自分の身体を
押し入れた。
体力作りが趣味の彼女ではあったが、成人した男の身体を持ち上げるなど、
メニューに組み込む訳がなく、アスランの右腕を自分の肩に廻し、膝に力を入れ、
立ち上がろうとする。
が、アスランの身体の重みで『ぐしゃ』という擬音と共に、あっさりと彼の身体の
下敷きになってしまう。
「お〜もぉ〜いぃッッ!!」
カガリは必死の形相で、アスランの身体の下から這い出すと、ぜーぜーと息をつく。
息を整える為に、座り込むと、再び思案し始める。
どうしたら、このふたりを家に運び込めるか、ひたすら、そればかりを考えていた。
アスランの身体を仰向けにすると、カガリは彼の頭の上に回りこみ、そこから
両脇に腕を入れ、ずるずると引っ張り始めた。
着痩せする体質なのか、見掛けよりもずっと体重のあるアスランの身体を引きずりながら、
カガリはこの時ほど、自分の家の敷地の広さを呪ったことはなかった。
もっと狭い家なら、こんな苦労はなかったろうに、と訳の解らない言葉を呪詛のように
呟き続ける。
やっとの思いで自分の部屋までアスランを運び入れると、ベッドに彼の身体を
押し上げた。
靴を脱がせ、シャツの襟元を緩めてやると、少しだけ気持ちが楽になったのか、
アスランは低くうめくような声を漏らした。
起きるのかな?と、カガリが思ったのもつかの間、・・・やっぱりその眼は閉ざされたまま、
開く気配が感じられない。
はぁ〜、と息をつくと、カガリは今だ玄関門の前で放置されたままの愛弟を運ぶ為に
部屋を後にした。


翌朝のこと、アスランは自分の頬に差す、温かい陽射しの温もりで瞼を押し上げようとする。
が、まだ、はっきりとしない視界に、心地の良いベッドで寝返りをうつと、その腕に
当たった人型に、僅かに眉を寄せた。
差し込んだ眩しい陽射しの反射で、そのひとの髪の色が金に見えたことに、アスランは
そっと触れた。
何度か、その部屋には泊まったことがあったので、そこがカガリの部屋だというのは、
ぼんやりした頭の中でも解った。
「・・・カガリ・・・?」
口をついてでたのは、愛しい恋人の名。
ふわりと、その髪に指を絡ませ、唇を寄せようとした瞬間、アスランは眼を見開いた。
そっくりな顔ではあったが、その眼に飛び込んできたのは、まぎれもなく親友の顔、だったからだ。
奇妙な声をあげ、アスランは飛びすさった。
途端に彼を襲うように、激しい頭痛と吐き気を覚える気分の悪さ。
不快、なんてもんじゃなく、アスランは青ざめた顔で唸った。
不意に、入り口の扉に響くノックの音に、アスランは視線を向ける。
「お〜い。起きてるか?ふたりとも〜」
間の抜けたようなカガリの声に、アスランは思考の纏まらない頭で、何時もの顔を
作ろうと必死になる。
こんな、だらしない格好の自分は、あまり好きな女には見せたくない、と思うのは
唯の男としての見栄でしかないのだが。
その努力も徒労に終わってしまう。
トレイに氷水の入ったコップを二個乗せたカガリが姿を現すと、アスランは苦笑する。
「なんで、俺ここにいるんだ?」
「あのな〜・・・覚えてないのか?昨夜のこと!」
「情けないことに記憶がまったくない」
「酒の飲みすぎで潰れたお前たちをここまで運んだのは私なんだぞ」
「・・・カガリ・・・済まない、もっと小さな声でしゃべってくれ。・・・頭に響く・・・」
「二日酔いだな。まったく、面白がって飲まされるから、こんなことに・・・」
「・・・済まない・・・」
「謝るくらいなら、今後は無茶な飲み方はするな」
「・・・ごめん・・・」
しゅん、となってベッドに居るアスランに、カガリはコップの水を手渡した。
それを素直に受け取り、アスランは喉の渇きを潤すと、一息つく。
「シャワー、浴びたいなら、解るよな?」
慣れたような言葉使いで、部屋から続く設置されたシャワールームの方に視線を向けながら、
カガリは微笑んだ。
緩々とアスランは頷く。
引きずるように重い身体をベッドから持ち上げ、アスランはのろのろとシャワールームに
足を向けた。
覇気なく、歩きながら、アスランはもう一度、カガリに謝罪の言葉を紡いだ。
「もう、イイから。」
そう云って、彼女は苦笑を浮かべ、彼をシャワールームへと押し込んだ。
アスランがシャワーを浴びてる間に、キラも眼を覚ました。
アスラン同様、記憶がないうえに、症状も似たりよったりの重度の二日酔いに、
カガリはありったけの文句をキラに投げ掛ける。
少々、アスランに対する態度とは異なる気もするが、それはほんの少しの愛情の贔屓から
くることをキラはまったく気がつかない。
キラもカガリに薦められるままに、シャワーを浴びさせてもらうと、そのまま家に素直に
帰っていった。
そして、アスランは・・・と云えば、気だるそうにしたまま、カガリのベッドを占領したままで、
また、うとうとと、し始めているのに、カガリはそっと、そのアスランの額に唇を押し当てる。
「・・・もう、無茶するなよ。」
「・・・ごめん、・・・カガリ・・・」
「お前、何度私に謝れば気が済むんだ?」
呆れた声の彼女に、アスランはふかふかの羽枕に顔を埋めた。
「・・・カガリの匂いがする・・・」
「そういう、いやらしい発言はよせ!」
「残念だな。具合が良かったら・・・」
「良かったら?・・・なんだ?」
「カガリと楽しいことできたな〜って思っただけさ」
その言葉にカガリはピンとこず、顔をしかめる。
「鈍いな、・・・ホントにお前は・・・」
「悪かったな!鈍くてッ!」
用意した氷嚢をアスランの頭に乱暴に置くと、カガリは部屋を後にしようとする。
「・・・居てくれないのか?」
アスランの寂しそうな声にカガリは呆れた。
「なに、甘えているんだ?お前。」
「甘えちゃ、ダメなのか?」
「そんなモンは時と場合による!」
恥かしかったのか、バンッ!と激しく扉を閉め、でていってしまうカガリに、枕の隙間から
視線を向けながら、アスランは苦笑を漏らし呟く。
「・・・ホントに、可愛いよ・・・お前は。」
一度漏れた笑みは、なかなかおさまらず、時間が過ぎ去る。
その時、僅かに開いた扉から、ひょこっとカガリが顔だけを覗かせた。
「後で、スープと薬持ってきてやるから、ちゃんと大人しく寝ていろよな」
くすくす笑いながら、アスランは間延びした返事を返した。
明日になれば、体調も回復するはずだ。
謝罪の気持ちを込めて、何所かに連れ出してやれば、カガリは喜んでくれるだろうか?
まどろむ意識の中で、アスランはぼ〜っと、そんなことを考えていた。
瞼を落とすと、心地の良い肌触りの、彼女のベッドは優しくアスランを包み込んでいく。
知らずに、彼は深い眠りに誘われていったのだった。



                                        〜 end 〜