満18歳。
コーディネイター、ナチュラル、共に世間から完全な成人として
認められる年齢である。
戦争が終結してから二年の月日が流れ、プラントと地球との国交も
正常となり、自由に行き来が出来るまでに情勢は回復していた。
そんな訳でアスランはその状況に甘え、度々地球を訪れていた。
地球に降りる際は、必ずと言って良い程、ヤマト家を訪れる。
月にいた頃から家族のようにアスランに接していたヤマト夫妻は
彼を快く受け入れたのだった。
アスランにとって、地球に居る時は、この家が行動の基盤になる。
もっとも、プライベートに於いては、アスランは圧倒的にキラとは
別行動をすることが多く、いつもキラとべったり・・・などということは、
流石にこの年齢になると少なくなってくる。
そりゃ、偶には一緒に出かけることはあっても、アスランの目的は
別のものであることが解りきっていたので、キラは態と意地悪気に
アスランに訊いてくる。
「最近、こっちに来るの頻繁だけど、カガリは元気?」
夕食後のコーヒーをもてなされていたアスランは、思わずキラのその言葉に
飲んでいたコーヒーを噴出した。
顔を真っ赤に染め、アスランは縺れる唇で言葉を吐く。
「と、突然、なんだ!」
「別に〜・・・ちょっと・・・」
「ちょっと・・・なんだ?」
ジロッ、とアスランはバツが悪そうに視線をキラに向ける。
カガリとは双子であっても、余計なことは一切話さない、実の姉であるカガリに
業を煮やしてか、キラは彼女と一番交流の深いアスランに詮索の言葉を投げかけただけ、
なのだが・・・
要するに、気になるらしい。
カガリがアスランとこそこそ会っているのが。
「・・・そういうことは・・・プライバシーの問題だ。何もして・・・あ、いや。何もないッ!」
焦った声のアスランに、キラは形の良い片眉を上げた。
「なんか、意味深。今の言葉。」
「・・・・・」
赤面したまま、押し黙ってしまうアスランにキラは詰め寄ろうとした。
その瞬間、キラは母親に電話だと声を掛けられる。
テレビ電話の画面を覗き込むと、そこには嘗ての仲間であったマリュー・ラミアスとムウ・ラ・フラガが
満面の笑みで映しだされている。
『マリューさん、それに少佐も?』
『おいおい、もう俺、軍は退役したんだから、少佐なんて呼ぶなよ。』
相変わらずの飄々とした風体で、ムウは答えた。
『久し振りね、キラくん。元気にしていた?』
『ええ、おかげさまで・・・なんとか、毎日勉強に励んでいますよ』
苦笑交じりで、キラは画面の中のふたりに声を掛ける。
『あ!ちょっと待っててください。アスラーーーンッ!ちょっと!』
その懐かしい、キラが呼んだ名前にムウとマリューは顔を見合わせた。
ひょい、と、覗き込んだ画面には、嘗ての混戦を共に戦ってくれた元ザフトの軍人で
あった青年の顔を映す。
『アスランくん!』
驚いた声でマリューが声を漏らした。
『ラミアス艦長!それにフラガ少佐?』
『おいおい、君まで言う?俺は今は軍人さんじゃないの。今はのんびりと民間の航空会社で
飛行機のパイロットやっているんだからさ〜』
ムウの軽い言葉にアスランは驚いたように瞳を開き、直ぐに破顔して微笑を漏らした。
『貴方も元気そうね。』
マリューも、微笑を絶やさず、アスランに言葉を告げる。
『ええ、おかげさまで・・・?って言って良いのか解りませんが・・・ぼちぼちってトコです』
『それよりも、今日連絡したのは、ちょっとお祝いしたくて。』
マリューの言葉にキラとアスランは顔を見合わせる。
『丁度良いわ。アスランくんも居るなら、ふたりで出て来ない?ささやかだけど、成人のお祝いを
彼としたいと思ったのよ。』
そう言ってマリューは傍らのムウの顔を見た。
折角のお誘い、無下に断っては失礼、とキラとアスランは快諾し、呼び出された待合の場所へと
出向いていったのだった。
オーブの繁華街にある居酒屋に呼び出されたふたりは、指示された店の扉を潜った。
「おっ!来たな!こっちだ。」
ムウは店の入り口に、目敏く見つけたキラたちに、手を上げて自分達の席へと招いた。
「こんばんわ。キラくん、アスランくん。」
先に杯を煽いでいたマリューは、ほんのりと紅に染まった顔を向け微笑んだ。
和風の店の作りに、テーブルを挟んで掘り炬燵のような席に、アスランとキラ、ムウとマリュー
という形で二組ずつで腰を降ろし座る。
「さぁ〜お祝いしましょう!成人の解禁と言えば、やっぱコレでしょう!」
既にかなり出来上がっているのか、マリューはふたりの目の前にドン!とビールの中ジョッキを
置くと、並々と焼酎を半分注ぎいれ、グレープフルーツの果汁と炭酸水を加え入れた。
その勢いにキラとアスランは僅かに腰を引きそうになったが、出て居合わせた以上は
断る訳にもいかない。
勿論、飲酒はふたりとも初経験ではあったが、出されたものを断る云われもないので、
素直にそれを口に運んだ。
勢いよく、ジョッキを傾け、一気にソレを飲み下すと、カラになったジョッキには隙を与えず
また、なみなみと酒が注がれていった。
初めていうのに、この飲み方に飲ませ方、尋常ではないが流石に短時間で三杯も飲まされると
頭がクラクラしてくる。
ふたりの飲みっぷりに感心したのか、調子ついて、ムウが水割りのウィスキーを差し出すのも
全て飲み干した頃、店の入り口には、もうひとりの招待客が佇んでいた。
「あっ!お嬢ちゃん!こっち!」
その声に誘われるまま、現れた姿にアスランもキラも同時に声をあげた。
『カガリッ!』
「遅くなって済まない。仕事が延びてしまって・・・って、何やってんだ?ふたりとも?」
『カガリこそ!』
酒に翻弄されているのか、キラとアスランの発する言葉は物の見事にハモり捲くっている。
「私も呼ばれたんだ。このふたりにな。」
微笑を浮べるカガリに、アルコールで火照った、ぼ〜っとした顔をアスランもキラも向けた。
「あ・・・じゃあ・・・席は・・・」
と、マリューが完全に言うより先に、キラもアスランも自分たちの座っていた席の間に素早く
ひとり分の空間を作ると、その場所を同時に叩いた。
『カガリはここッ!!』
恐ろしい程に、呼吸もぴったりなふたりの行動にカガリは引きつった笑みを漏らす。
僅かに遠慮気味な態度を匂わせつつ、カガリはキラとアスランに挟まれ、腰を降ろす。
「何、飲む?」
ムウに声を掛けられたが、カガリは静かに遠慮の言葉を口にし、オレンジジュースを
注文した。
和やかな雰囲気のまま、時間は二時間あまり、瞬く間に過ぎ去る。
その間も、グラスが空になることなく、飲まされ続けていたキラとアスランは何時の間にか、
深い睡魔に囚われていた。
キラはカガリの右肩に寄りかかり、アスランは気持ち良さそうにカガリの膝枕で眠りを
貪っている。
その姿に、カガリは耳まで真っ赤になりながら、必死にアスランの身体を揺さぶった。
「アスラン!アスランッ!!起きろ、ってばッ!!」
肩のキラはともかく、人目を引く、この場所では、膝枕で寝られるのは非常に恥かしい。
ふたりだけなら全然構わない行為でも、人前では支えている人間の方が息苦しくなるのを
彼女の膝上の住人は知るわけもなかった。
「一体、どれだけ飲ませたんだ!」
眉をしかめ、カガリは目の前のムウとマリューに詰め寄った。
「ん〜〜酎ハイが5杯に、水割り三杯、後はビールとワインをちょこっと・・・だったっけ?」
無責任な言葉のムウに、テーブルに並んだ酒瓶の残骸にカガリはため息をついた。
初めてで、これだけの量をいきなり飲まされても、急性アルコール中毒にならないところは
流石にふたりともコーディネイター、と云いたいところだが、どんな刺激を与えても、ふたりが
目覚める気配は微塵もないのにカガリは深く息を吐いた。
「ところで、カガリさんは何時頃、その膝で爆睡している彼と結婚するの?」
不意にマリューに問われたことに、カガリは赤面し慌てた。
「け、・・・結婚・・・って・・・あっ、・・・まだそこまでは・・・」
一呼吸置いてから、ふっと、カガリの表情が慈愛に満ちた表情になると、そっとアスランの髪を
指先で透きながら言葉を漏らす。
「・・・彼もまだ、やりたいことはたくさんあるだろうし、そう言うことは焦っても仕方ないと
思う。・・・それに、アスランは今は何も言わないけれど・・・ちゃんと、そいうことも考えて
くれていると思うから・・・」
このうえもなく、優しい表情のカガリに、ムウもマリューも苦笑を漏らす。
「私のことなんかより、そっちはどうなんだ?」
場の話をはぐらかすように、カガリは目の前のふたりに言葉を掛ける。
「あ?オレたち〜!?」
ひょうきんな表情でムウはカガリを見る。
今はまだ、正式な形ではなく、事実上は同棲ではあったが、籍をいれていないだけで、
ムウとマリューの関係は夫婦といってもおかしくはなかった。
「ん〜・・・ま、オレたちも若いわけじゃないから、マリューに子供ができたら、籍入れよう、
ってことになってるんだ」
あっさりと云い連ねるムウにマリューは微笑んだ顔を向けた。
納得して、その関係を維持できるのなら、それはそれでまた良い傾向である。
大人のふたりの関係に、ふとカガリは心の中で思った。
自分とアスランの関係も、いつかはこんな穏やかな関係に成りえるのだろうか・・・と。