オーブ領海にある、人知れずある小島が模擬戦の場所として
提供された。
あくまでも、秘密裏に実行される、この戦いに、キラ、アスラン、カガリは
機体を傍らにミーティーングの最中である。
「シモンズ博士は?」
アスランは、当然このデーター収集に、言い出しっぺの博士も同席するのだと
ばかり思っていたのだが、その当人の姿が見当たらないのに首を傾げる。
「エリカ・シモンズは別の仕事で手が離せない、って言うから、私たちだけだ。
データーが取れたら、渡してくれればイイって言われた。」
カガリは微笑を浮べながら、アスランに説明する。
「・・・そうか。」
心なしか、沈んだ声のアスランにカガリは、ずいっ、と身を乗り出し、
アスランの顔を覗き込む。
「何か、用でも?」
「・・・あ・・・いや、・・・別に・・・」
本当なら、博士がこの場に居合わせていたら、無駄かも知れなかったが、
今一度、辞退の進言をしてみようかと、アスランは考えていただけなのだが・・・
「ビームサーベルの出力は落としてあるから、当たっても機体を傷つけることはないし、
使用弾はペイント模擬弾だから、手加減なんてしなくてイイからな」
やる気満々のカガリとは正反対に、対峙するアスランとキラは暗い表情のままである。
「・・・カガリ、・・・そんなにやりたいのか?」
不満そうな声を漏らすアスランに、カガリは紅潮した顔を向けた。
「戦争中は私たちは仲間だったし、ふたりにはサポートと思って、私自身は出撃して
いたけど、実力を測る以前に無我夢中だったしな。・・・その自分のレベル?・・・って
いうのかな?・・・そういうの知っておきたいだけさ。」
こういう意見を持つのは、行動的なカガリらしい言葉ではあったが、アスランもキラも
心中かなり複雑なのは否めない。
と、言うのも、戦術以前に、カガリの行動は突飛過ぎて、先行し易いタイプなので、
パイロットの熟練度レベルで比較すれば、アスランやキラにとっては非常に危なっかしい
タイプのパイロットだからなのだが。
本人がそれを意識していない、というのはかなり痛いところであった。
が、口で言ったところで、この娘は納得はしないだろう。
全て、自分で行動して初めて、経験として、彼女の中で納得、消化されることなのだから。
「それじゃ、そろそろ・・・。一番手はどっちだ?」
カガリは元気な声でふたりに促す。
渋々、という風体でアスランが小さく手を上げた。
「あ、・・・カガリ・・・」
「なんだ?」
間を割って、キラが口を開き、カガリを呼んだ。
「データーのことだけど、さっきアスランと話したんだけど、この模擬戦、僕かアスランか、
どっちかひとり分だけで充分だと思うんだ。」
「え〜〜っ!?」
不満そうな声音でカガリは声を発した。
「私は両方とやりたいんだ!」
意気込むカガリとは裏腹に、キラは苦笑を浮かべ、自分たちの気持ちを素直に
言葉に乗せた。
「本当なら、僕もアスランも、喩え模擬戦であったってカガリとは戦いたくなんてないんだよ。
ひとり分でもデーター取れるんなら、ありがたく思って欲しいけどな。」
「なんだ!それッ!」
突っかかってくるカガリに、傍らのアスランは苦笑を浮かべつつ、冷汗を覚える。
率直な物言いのキラと、半ば喧嘩越しのカガリの態度。
ほっておいたら、本気の喧嘩に発展しそうな雰囲気に、ふたりの間にアスランは割ってはいる。
「も、・・・もう、イイから!キラもカガリもやめろ、ってば!とっとと終わらせれば、済むこと
じゃないかッ!!」
どんなに状況が変わろうが、姉と弟という関係が発覚してからも、ふたりの関係は遠慮のような
言葉も態度も感じられなかったが、益々拍車が掛かっているのに、いつも諌めるのは無言の
うちにアスランの役目に振り当てられていた。
無二の親友と、可愛い恋人の間に挟まれ、アスランは苦笑を浮べるのは常の状態に、
ふたりはむくれる。
アスランは自分の気性がつくずく呪わしいと感じることさえある。
昔は昔でキラに振り回され、今は今で、二乗で振り回わされているのだから。
カガリの身体を力ずくで回れ右させると、アスランは彼女の背を佇む愛機、ストライクルージュ
の方へと押し出した。
ぷちぷちと小さく文句を口にしながら、カガリは愛機のハッチから伸びるワイヤーのラダーに
足を掛け、上がっていくのを見送ると、アスランはキラの方を振り返った。
「まったく・・・詰まんないことで喧嘩なんかするなよ」
「そんなこと言ったって、突っかかってきたのはカガリの方だろ!僕は悪くない!」
「キ〜ラぁ〜〜〜」
キラの態度に、額に手を当て、アスランは顔を伏せる。
普段は隙間に入ることさえ、躊躇われる程仲が良いキラとカガリなのに、ほんの些細な出来事で
異常事態に陥ってしまって、それを宥めるアスランの相関図。
笑えることなのに、当事者たちはそれどころではないのが可笑しく、むしろ微笑ましい日常
ではあったが。
アスランも機体に乗り込んだカガリを確認すると、自分もイージスへと乗り込み準備が整う。
意識せず、自分の手で葬った筈の機体なのに、今、ここで新しくなった嘗ての愛機に懐かしささえ、
不思議と覚えた。
ヘリオポリスで奪取に辛うじて成功し、初めてコクピットに乗り込んだ時は、複雑な思いしか
抱けなかったのに、自分の愛機となり出撃を繰り返す度に、それは馴染み、自分の手となり、
足となっていった。
だが、その戦いで得た物は、あまりにも虚しくて・・・
そして、初めてカガリと出合った無人島。
自分にとっては敵でしかなかった彼女が、何の因果か今は恋人という、不思議な縁を作り
だしていた。
人の関係と繋がりとは、ホントに面白いものだと、アスランは苦笑を浮べながらヘルメットを被った。
無線をオンにすると、直ぐにカガリの声が飛び込んできた。
《アスラン!さっきも言ったけど、妙な手心加えたら、許さないからな!》
《了解。》
《それより、もし私がお前に勝ったら、何かご褒美欲しいな〜》
珍しく猫撫で声のようなカガリの声に、アスランは瞳を開いた。
《ご褒美!?》
《そう。》
《それって、今教えて貰えること?》
透かさずの問いに、カガリは焦った声を漏らす。
《終わった後に教える!!》
《そうか・・・》
クスクスと可笑しそうにアスランが笑っているのに、カガリが赤面し、慌てた声が僅かに漏れ、
その微かな音も無線機に拾われてしまっているのに気付いて、カガリは益々慌てた。
《ま、・・・俺が負けるなんていうのは、万が一もない、とは思うけど、一応考慮してあげるさ。》
《そういう自信過剰なことばかり言っていると、いつかしっぺ返し喰うぞ!》
《喰ってみたいもんだ。》
あははは、と一笑するアスランにコクピット内をモニターする画面でカガリがむくれた表情を作った
のをアスランは見逃さなかった。
《・・・カガリ・・・》
《なんだ?》
《・・・俺が、ちゃんと勝ったら、カガリは俺になにもくれない訳?自分ばかり要求を通すのは
不公平だろ?》
《それもそうだな。・・・じゃあ、これで交換条件成立、ということでイイか?》
《ああ・・・》
《アスランの要求って、今聞けることか?》
《終わったら、教える》
くすっ、とアスランの微笑混じりの声が無線機から漏れた。
《ちょっと!ふたり共!いい加減、いちゃいちゃするの、やめてよね!ふたりの会話、僕にも
聞こえているんだから!》
インカムを通して、キラの声がカガリとアスランの間に飛び込んできた。
漸く、『聞かれていた』という、その事実に気がついたふたりは同時に頬を染めた。
《それじゃ、もう陽も暮れるから、さっさと初めて》
呆れ口調でキラがバトルの開始を告げると、カガリはイージスから距離を取るように愛機を
数歩後退させ、背に装備されているビームサーベルを抜き放った。
間を置かず、気合の籠もった一声をあげながら、勢いよくイージスに切り掛かった。
イージスはそれを苦も無く、自然な動作でシールドで受け止める。
出力を落としているとはいえ、激しい火花が散るように閃光が煌めく。
振り下ろしたサーベルが簡単に防御されたのに、カガリは歯軋りする。
地を蹴って後退すると、再びサーベルをイージスに向って振り下ろした。
剣の術法で准えるなら、あまりにも乱暴な打ち込みにアスランは僅かに眉を寄せた。
《無茶苦茶するなッ!カガリッ!》
《無茶なんて何もしてないッ!》
それなりの彼女の必死さが無線を通して伝わってくるのに、アスランは苦笑を漏らす。
機体の姿勢を低めに取って、アスランはイージスの右腕のビームサーベルで、それを再び
受け止めた。
また激しく火花が飛び散り、力任せにそれを押し返すと、ルージュの機体が激しくよろめいた。
が、カガリも負けず嫌いは天下逸品だ。
素早く機体を立て直すと、またイージスへと攻撃を仕掛けた。
イージスはその巨体には見合わない素早さで、地を蹴ると高く空へと跳躍する。
くるり、と機体が一回転すると、ルージュの背後に着地し、羽交締めの姿勢でルージュの
動きを止めた。
《あんまり、カッカすると冷静な判断が出来ないだろ?・・・もっと落ち着け》
適切なアスランのアドバイスなのに、初っ端からボルテージ最大のカガリには、そんな
助言など、するだけ無駄であった。
《熱くなんて、なってないッ!》
言動自体も冷静さを欠いている彼女に、アスランは溜め息をついた。
が、そんな一瞬の隙を縫って、ルージュがイージスの拘束を解くと、背負い投げのような
形でイージスを投げ飛ばしたのにアスランは慌てた。
マニュアルどころか、無茶苦茶以前、もう、何も考えず、猪突猛進的なカガリにアスランは
唇を誤って噛んでしまう。
受身が取れず、イージスが地面に倒されると、カガリはライフルを構えた。
捕った、とカガリが思った瞬間、ライフルの銃口は鮮やかにイージスのサーベルで銃身を
切り飛ばされ誘爆を起し、空中で四散する。
何時の間にか、夢中でバトルを続けるウチに、互いの機体のバッテリーが切れ掛かっている
警告音がコクピットに鳴り響いた。
《OK!御疲れ様、ふたり共。終わりにしよう。》
バトル終了のキラの合図が無線から漏れると、ルージュもイージスも動きを止めた。
ヘルメットを脱ぐと、アスランとカガリはラダーを使って、地上に降り立つ。
「なかなか、良い勝負だったじゃない、ふたり共」
キラの労いにも取れる言葉に、アスランもカガリも複雑な表情を浮べた。
「・・・今のじゃ、・・・勝負ついた、とは言えない・・・」
カガリは頬を膨らませ、アスランをチラッ、と伺い見た。
「別にイイんじゃない?・・・初めから勝ち負け決める為にしたことじゃないんだから。
データーは採れたんだし〜」
能天気なキラの発言にカガリはムッとする。
「私は勝ちたかったんだ!でないと・・・約束、実行してもらえないし・・・」
最後はホントに聞き取り難い声でカガリが声を漏らすのに、アスランは苦笑を湛えた。
データーを収めたディスクをふたりから受け取ると、「僕、届けてくるから」と言い、
キラはストライクに乗り込み、カガリとアスランを残して島を後にする。
キラなりに、気を利かせたつもりなのだろうが、こんな空気が重い状態で取り残されても
雰囲気が拙いだけ、だというに・・・
ふたりだけになってしまうと、アスランはイージスの足元に沿った海岸線の岩場に腰を降ろした。
自然に、カガリもその横に腰を落ち着けると、ぽつぽつと会話が始る。
「・・・無理・・・言って、・・・すまなかったな・・・」
「いや・・・別に気にしてない」
アスランは優しく微笑を漏らしながらカガリの方を見た。
「でも、お前!一発も撃ち返してこなかったな!」
ひたすら受身に徹していたアスランに、カガリは苦言を口にする。
「突っ込むばかりがイイとは限らないだろ? 受身や、銃弾から逃れることだって戦術のうち
じゃないか?」
きょとん、とした表情でアスランが答えるのにカガリは口を尖らす。
「俺の戦い方は不満?」
「・・・いや、・・・」
「納得してないな、その顔は。・・・でも、戦争が終わって、今日はこんな形でまたモビルスーツに
乗る機会には恵まれたけど、・・・俺はできたら、もう二度とコイツには乗りたくないよ。」
「アスラン?」
「モビルスーツは戦う為の道具だ。・・・初めてカガリと無人島であって、一夜を過ごした時、カガリ、
俺に言っただろ?『あれは、また地球のひとをたくさん殺すだろう!』てさ。・・・その言葉が俺には
ずっと重くて・・・でも俺もプラントを守りたかった、だから引き金を引くしかなかった、あの時は・・・」
「アスラン・・・」
「戦う為の道具・・・だからこそ、二度と使うことのない世界にしないといけないんじゃないかな?
って、ちょっと思っちゃったんだ。」
「・・・ああ、・・・お前の言う通りだ・・・」
苦笑を浮べるカガリにアスランも微笑み返した。
「あれ?・・・唇、切れてる。」
「ああ、・・・さっき、ルージュに投げ飛ばされた時、ちょっとね。」
「うわぁ〜・・・痛そう。」
何気に、カガリは指先をアスランの唇に這わせた。
「カガリがキスしてくれたら、治っちゃうかも。」
冗談混じりでアスランがくすくす笑いながら言うのに、カガリは手を慌てて離し、顔を真っ赤にした。
そっと、自然にカガリの肩に腕を廻すと、アスランはカガリの身体を自分の方へと引き寄せた。
顔を傾け、アスランは当たり前のようにカガリの唇を塞ぐ。
抵抗もせず、カガリはアスランの唇を受け入れた。
どのくらいの間、唇を重ね合わせたのか、お互いが満足をした様に顔を離すと、カガリは呟いた。
「・・・血の味がする・・・」
「いや・・・だった?」
「んん。」
静かに首を振る彼女に、アスランはそっとその小さな身体を抱き締めた。
「カガリ、・・・模擬戦始める前に約束した『ご褒美』、っていうのなにか、聞きたいんだけど」
「あ・・・あれは・・・その・・・」
真っ赤になりながら、カガリが口篭るのにアスランは身を僅かに離した。
「・・・今度、休みちゃんと取るから・・・一日だけでイイから・・・ちゃんとアスランと過ごしたかった
だけ・・・なんだ・・・」
カガリの言葉に、ふと、アスランは頭の中で思い巡らした。
そう言えば、お互い何かと多忙で、まともなデートなどしたことがなかったことに、思い当たることに
アスランは苦笑を浮べた。
「なんだ、・・・そんなことでイイのか?」
「そんなこと、って!!私には重要なことだ!」
「そうだな。・・・ところで、カガリ・・・その『一日』の条件は夜まで有効なの?」
「アスラン?」
言葉の意図が掴めない、という風のカガリの顔に、アスランは苦笑する。
「俺だって、男なんだから・・・解れよ、そのくらいさ。」
「ちゃんと言ってくれなきゃ、解らないッ!」
真っ赤になりながらも、軽い癇癪を起す彼女に、アスランは行動でその意味を理解させた。
そっと、カガリの首筋に唇を這わせ、ポイントを選んで一ヶ所だけ強く吸った。
忽ち、その彼女の首筋に赤い小さな花が咲く。
「こういうことです、姫様。」
くすっ、と微笑を漏らすアスランに、カガリは目眩を起こしそうになった。
辛うじて、精神力で身を奮い立たせると、言葉を紡ぐ。
「・・・私も・・・朝までお前といたい・・・」
カガリはアスランの胸に顔を埋めながら、小さく答える。
「・・・好きだよ・・・カガリ・・・」
彼女の顔を起させると、アスランは再びカガリの唇を奪った。
その口付けは、先ほどよりも深くて、カガリを天まで昇らせるほど、熱く狂おしいくらい
情熱的なもので・・・。
酸素を求めて唇を離そうとすると、アスランはそれを許してくれなくて、何度も何度も唇を合わせ
たのだった。
そして、・・・今夜、カガリが自室の扉に鍵を締めない、ということをアスランに約束したのだった。
海に沈みかけた太陽が、抱き締めあうふたりの身体をオレンジ色に染め上げていた、そんな
島での出来事だった。
= FIN =