《 ピュア バトル 》 @

「・・・イージス?・・・」
エリカ・シモンズを先頭に、彼女の私設工場の区画を歩んでいたアスランは
呆然とした瞳でストライクと立ち並ぶ、嘗ての自分の愛機だった灰色のモビルスーツを
見上げ、言葉を発した。
「驚くのは無理ないわね。カガリ様が負傷した貴方を救助してザフトに還した後、個人的な
経緯で、コレを回収したから・・・」
シモンズ博士の言葉に耳を傾けながら、アスランは眉根を寄せた。
彼にしてみれば、キラとの壮絶な死闘を繰広げた後、自らの意志で自爆させた
機体なのだから、それに至るまでの出来事を考えれば、決して気分の良いもので
あるはずがなかった。
傍らに佇んでいたカガリが心配そうにアスランの顔を伺う。
同行していたキラもまた、同じ仕草をした。
戦争が終結し、今はプラントと地球の間で、難攻しつつも、ゆっくりではあったが、
お互いの歩み寄りを進めている段階であって、日も浅く、そんな中で見てしまった
ものに、アスランは俯く。
「・・・父の意志を継ぐ為に・・・コレが必要だと思ったから、回収して直したまでだ。」
カガリははっきりとした口調で、イージスを見上げながら言葉を紡いだ。
戦時中、モルゲンレーテの秘密を死守する為、オノゴロ島と自らの運命を
共にした、カガリの父ウズミ・ナラ・アスハ。
だが、モルゲンレーテ自体は消滅してしまったとはいえ、Xナンバーの機体を
手掛けた産みの親とも言うべき、シモンズ博士とカガリの意向で、ストライクと共に
復元させるに至ったものだった。
ストライク自体も、アーマー乗りから転身した、ムウ・ラ・フラガと共に、マリュー・ラミアスが
乗艦していた艦、アークエンジェルを守る為に、ドミニオンから放たれたローエングリーンの
前に自らの機体と共に盾となり、機体共々その身を散らした、辛い過去。
愛しい女を守る為に、散った命。
が、その大破してしまったはずの機体が、今、キラとアスランの目の前にあった。
戦いの中で、キラはフリーダムを失い、アスランはジェネシスの輝きを止める為に愛機
ジャスティスを内部で自爆させ、パイロットでありながら、乗る機体もない今。
和平の協定項目の中には核の使用を完全に封ずる項目も含まれている為、核を原動力
として起動する機体、フリーダムとジャスティスは二度と復元されることは考えられなかった。
終戦が宣言され、パイロットとしての需要もなくなり、ここ2ヵ月あまりで、やっと
その緊張感から解放され、慣れてきた矢先であったのに・・・
複雑な心境はキラとアスランの顔を彩るのに時間は掛からなかった。
「・・・父が、自分の国を守る為に、必要とした力。・・・私も、それに習おうと思ったまでだ」
『・・・カガリ・・・』
ハモるように、アスランとキラの声が重なった。
その間を縫って、シモンズ博士が言葉を挟んだ。
「あの戦火を潜ってきたふたりには、酷な事を言ってるのは重々承知しているわ。
でも、コレを見せたのには理由もあるから・・・」
遠慮気味な声に、アスランとキラは顔を見合わせる。
「以前、アストレイの実験開発時にはキラ君のサポート協力の御蔭で、OSには格段の
進歩を加えることができたのだけど、今度オーブで所有する、量産型の機体には
もっと手を加えたいと考えているのよ。」
「・・・手を・・・ですか?」
キラはシモンズ博士の言葉に僅かに首を傾げた。
「貴方達、コーディネイターの卓抜とした操縦技術・・・つまり、突発的な反射に対する
機体の動きをもっと加えたいと考えた訳。」
「で?・・・そのデーターが欲しい、ということですか?」
やや冷たい声でアスランが言葉を紡いだ。
「まぁ・・・ね。・・・でも、これは強請ではないわ。あくまでもふたりの任意に任せるつもりよ」
『任意』という言葉に、再びキラとアスランは顔を見合わせた。
「シモンズ博士、データーの収集方法は、どのように?」
アスランは静かに言葉を紡ぐ。
「模擬戦をやってもらいたいの。」
エリカ・シモンズはにっこりと微笑する。
「相手は私だ。ストライクルージュでな。」
傍らに居たカガリは緩く口端を上げ、微笑んだ。
その言葉を聞いた途端、アスランもキラもタイミングを計ったように、廻れ右で元来た道を
引き返そうと背を向ける。
「ちょっと待て!!ふたり共ッッ!!」
ガシッ!と、アスランとキラの服の首根っこを掴むとカガリは身を乗り出す。
「私が相手じゃ、不足なのか!?」
「今、シモンズ博士が言っただろ?『任意』だって」
アスランが呆れたような声音を漏らした。
模擬戦だけ、と言われれば、ひょっとしたら受けたかもしれない話だったが、相手が
カガリと聞いては、キラにとっては大事な姉、アスランにとっては大切な恋人・・・の、
カガリを万が一にも怪我でもさせた、などとなったら互いが自分を責めるのは明白だった。
「『任意』の話はエリカ・シモンズが言ったことだろう!私は何も言ってないじゃないか!」
と、ふたりの耳元で怒鳴った。
キラとアスランの気持ちなど、この娘はまったく理解していないのに、ふたりはまた、
タイミングを計ったように、同時にため息を漏らす。
結局、カガリにごねられ、癇癪を起され、ふたりは半ば強制的にカガリと模擬戦をする
ハメになってしまった。
ロッカーでパイロットスーツに袖を通しながら、アスランはため息に暮れていた。
「やりたくなさそう・・・だね?・・・アスラン。」
「キラはやりたいのか? だったら譲ってやるぞ」
「僕だって嫌だよ!相手がカガリじゃ尚更じゃないか!」
「なぁ〜キラ・・・データー取る、ってそんなに幾つも必要ないだろ?・・・だったら、俺か
お前かどっちかでイイんじゃないか?」
「じゃあ・・・ん〜〜そうだね、ジャンケンででも決めようか?」
キラの突発的な言葉にアスランは苦笑した。
「一発勝負だからな。」
気合を入れ、アスランは右手の拳を握って構える。
「OK〜」
相槌を打ってキラも構える。
『ジャ〜ンケン・・・ポンッ!!』
が、ゼロコンマでキラの手の方が僅かに遅れるのをアスランは見逃さなかった。
キラはグウ、アスランはチョキをだした後だったが。
「キラッ!お前ッ!!後出しなんて卑怯だぞッ!」
「でも、勝ちは勝ちだもん。よろしくね、アスラン!」
バンッ!と力強くアスランの両肩を叩くと、キラはさっさとロッカールームを後に
でて行ってしまった。
こういう間の悪さと、要領の良いキラの行動は昔から変わらない。
アスランは暗く顔を項垂れると、その場にへたり込んでしまったのだった。