そうこうしているウチにあっと言う間に当日を迎えてしまう。
結局、この日になってもまだ、シュラへの誕生日プレゼントは
決まってはいなかった。
彼がこの世に生を受けた記念すべき大切な日だというのに、
当の本人は至って平常運行のままの日常が平和に過ぎて
いっている。
ダイニングのテーブルにつっぷしたまま、フェリスは考えの
纏まらない頭で呆然と時を費やすより術が浮かばなかった。
取りあえず、夕飯は何時もより豪華にするとして、後は彼の
好きなワインを開けて、ケーキでも出す・・・それから・・・それから・・・
すっかり頭の中は真っ白けで何もイイ知恵など欠片も浮かびはしない。
「花なんて貰っても、嬉しくないよね。どうせ、女じゃないだぞ、
とか皮肉の一発も出て終わりだわ〜」
はぁ〜と、顎の下に敷いた腕の中で派手なため息が漏れた。
そんな事をしている内に時間は残酷に時を刻んでいく。
壁掛けの時計が無常にも夕刻の五時を示した事に、フェリスは
のろのろと椅子から立ち上がると白いエプロンを身に付け、
キッチンにたった。
居間の方では彼が外から帰って来た物音がする。
その足音は彼女が夕飯の支度をこれからしようとしている
キッチンに近づいていた。
入り口から何時ものように顔を覗かせ、シュラは帰宅したことを
彼女に告げると、バスルームに歩みを向ける。
毎度のパターンである。
何で、こんな大事な日に、彼は何時もと変わらないのだろう。
深く、深くため息を付きながら、フェリスは冷蔵庫から最上級の
ステーキ肉を取り出した。
矢張り、身体を使う事を生業としている彼らしく、肉には眼がない。
オマケに血の滴るようなレアが大好物、となると肉の焼き方も
かなり五月蝿い。
フェリスは慎重に火の調節をしながら、フライパンを暖め肉を
置いた。食卓がすっかり整えられた頃、シャワーで汗を流したシュラが
ダイニングキッチンに姿を見せる。
「お!今日はステーキか! ワインはどれ開ければイイ?」
「冷蔵庫に冷やしてあるの開けてくれる?」
「ほい、ほい!」
これも何時もの事だった。
何で?と、疑問の嵐に頭を占領されている彼女の気持ちを逆なででも
されているような彼の態度に、フェリスは流しの縁に両手を置いて肩を
震わせた。
自然に溢れ出す涙に、何で自分が涙を流しているのか理解が出来ない。
その様子にシュラは苦笑を漏らすと、優しく背後から彼女の身体を抱き締めた
のだった。
「あんまり、拘る必要はないよ、フェリス・・・君の気持ちだけで充分だ、って
言っただろう」
「でも、でも・・・私たちが一緒に生活し始めて、初めての記念事なのよ。
それなのに、何もお祝いできないなんて悔しいじゃない。」
「俺は、君とこうやって、何時もと変わらない毎日が幸せなんだよ・・・」
「・・・シュラ・・・ごめんね・・・プレゼント、何も考えつかなくて・・・」
「じゃあ、コレ、俺の指に嵌めてくれないか?」
そう言って、彼はジーンズのポケットからプラチナのリングを取り出した。
「・・・これ」
それは紛れもなく、彼女が釘付けになっていた、アテネの街のブティック街で
ショーアップされていたマネキンがしていたリングだったのだ。
リングの裏にはLove forever と、刻まれその後に続くように互いのイニシャルが
刻まれていた。
「知ってたの?・・・私がコレをきにしていたの?」
「君の手で嵌めてくれるだろう?」
シュラはそう言って、彼女を右腕で抱き締め、左手をそっと彼女の前に差し出した。
フェリスはリングを彼から受け取ると、彼の薬指にそっとソレを嵌め込んだ。
シュラはもうひとつのリングを手にすると、彼女の左手を取り、嵌めていた最初の指輪を
取り除き、変わりに自分と対になっているリングを彼女の指に嵌め込んだ。
それが終わると、シュラは優しく彼女の唇を自分の唇で塞いだ。
熱く情熱に満ちた口付けにフェリスは身体が震えるのを止める事が出来なかった。
唇が僅かに離れると囁くように告げられる彼の言葉。
「この指輪に誓って言うよ・・・俺の愛は君だけのものだと・・・永遠に・・・
愛してるよ・・・フェリス。」
「・・・シュラ・・・私も・・・愛してる、貴方だけを・・・」
ふと、拘束されていた腕が緩むと彼はいたずらっ子のような瞳で彼女を伺い見た。
「あ〜でも、無くさないように努力しなくちゃな!」
そのシュラの言葉にフェリスは思わず吹き出してしまう。
「腹減った!メシにしようぜ!」
余程照れくさかったのか、シュラは彼女に背を向けると、まだ開けていないワインの
コルク栓と格闘し始める。
フェリスは幸せに包まれながらも、自分にとって最高の幸せを齎してくれる存在である
彼がこの世に生を受けた喜びに微笑を漏らした。
不意に、キッチンからきな臭い匂いが漂ってくるのに、フェリスは悲鳴を上げる。
テーブルに並んだ今夜のご馳走はものの見事に炭化しているのに、シュラは自分の
好物の哀れな姿に涙目で応えたのだった。
〜 END 〜