降って沸いたような話だった。
十二宮を守護する黄金聖闘士達にアテナ沙織からの特別な恩赦が
与えられることとなったのだ。
但し、人数限定。そして必須条件がカップルであるという事だった。
グラード財団の豊かな資金源のもと、沙織が気まぐれで購入した
小型クルーザーの試験走行も兼ねてということなのだが。
当然、カップルとなると、限られた制限に更に拍車が掛かる。
だが、そんな美味しい話にミロやデスマスクが黙って指を咥えて
見過ごす訳がなかった。
堂々と不服申し立ての言に、沙織は困った表情を漏らすしかなかった。
出来ることなら、全員に平等に・・・というのは心情的にはあるのだが、
今回ばかりは如何ともし難い。
悩んだ挙句、取り合えず黄金全員をアテナ神殿に召集、全員の意見を
聞く事にした。
一番初めに意見を求められたのは、白羊宮の主、ムウだった。
だがムウはあっさりと、辞退の言葉を口にする。
五老峰で監視に当たってる、老師こと、童虎との連絡のパイプラインを
閉じる訳にはいかない、という責任感からの発言だった。
次にアルデバラン。
だが、彼も今受け持っている聖闘士候補の卵達を放っておくことは
出来ないと自主辞退。
次はサガだが、彼は現教皇、シオンの補佐役として今はなくてはならない
存在になっていた。そんな訳で本人の意見を聞く前に沙織から
「貴方は留守番。」
と一言。
冷静さを装ってはいたが、心の中で
「何で私だけ仕事せにゃ〜ならんのだぁぁ〜!!」
と滝のような涙を流していた。
そして次、デスマスクは自他共に絶対、当選確実!と踏んでホクホクの
笑顔だったが、落とし穴はしっかりあった。
「カップル限定、と言いましたよね?私は。」
との沙織の言葉に、
「女なら調達すればいくらでも!!」
と力んで言ったのがはっきり言って超〜マズイということに本人はまったく
気づいていなかった。
処女神アテナは不貞な行為に対しての寛容な気持ちなど、微塵も持っては
いなかったからだ。
逆にアテナの逆鱗に触れ、神殿を追い出されてしまうのに、その場に居合わせた
黄金達は皆して、「馬鹿か〜」とため息を漏らすしかなかった。
次はアイオリア。
彼はと言えば、周囲も認める相手、白銀聖闘士の女聖闘士、魔鈴の存在があった。
勿論、そのカップリングはアテナ公認であるので、初めての人数構成に組み込まれる
のになんの問題もなかった。
次にシャカであるが、彼もまた聖闘士の候補生達に対する、机術での講義を
任されていたので、アルデバラン同様、自ら辞退する。
そして次はわくわく、どきどきでカミュとのランデブーを夢見ているミロに声が
掛かる。
だが、そのミロの気持ちに水を差すかの如く、カミュが突然言葉を紡ぐ。
「シベリアでの所用があるので、私は辞退いたします。」
「何〜〜!!」
ミロは雄叫びを上げ、思わず身を起す。
カミュはミロがどういう心情でいるのか、などとっくに解っていたので、あえて自分から
辞退を申し入れた。ミロがカミュを連れて遊びに行けるなど、確かに滅多にないこと
だが、カミュにはここはぜひ譲って上げたい、と感じている人物がいたからだ。
アイオロスもサガ同様、教皇補佐の重要ポストに就いていたので、自らの役職を
疎かにする訳にはいかないと、辞退。
アフロディーテに至っては、
「美肌が焼けたらたいへ〜ん!」
などと言い。
結局最後に残ったのはシュラだった。
シュラは悩む表情を作ったものの、彼の心に宿る女性、愛妻の顔を
思い浮かべていた。
「・・・もし、行けたら・・・フェリス喜ぶだろうな〜」
と何となく漠然と考えていた矢先だったが、
「では今回はアイオリア、シュラにこの権利を譲渡します。」
というアテナの言葉で、場は解散となった。
アテナ神殿から吐き出されるように、用向きを終えた黄金達が次々と扉を
潜る中、その姿に声を掛ける女性の姿。
その声にシュラは振り返る。
「アテナの御用、って何だったの?」
「いや、休暇くれるって特別恩赦の話。」
シュラはそう言って、自分の妻であるフェリスに微笑んで答える。
「それより、フェリスこそ、仕事は済んだのか?」
「ん。もう今日は終わりよ」
そう言いながら、彼女はシュラの腕に自分の腕を絡ませていった。
十二宮の戦いを経て、その戦いの折、シュラは右腕を失った。
身体が癒え、そのままアテナの言を待たずに、シュラは自分はアテナの
役には立てないと思い込み、自分が幼い頃修行の地としたスペインの
ピレネーにフェリスと共に引きこもってしまったことがあった。
ところが彼の復帰を望む沙織の力で、失った腕を取り戻し、今は
現役復帰、という運びになった訳だが、その時、シュラの説得を
するのと同時に、沙織はシュラの妻であるフェリスに自分専属の
女官を務めるよう、強く切望したのだ。
そんな訳で、今は空き時間を利用して、フェリスは女官のパート、
シュラは現役復帰を果たし、今に至る訳である。
仲睦ましく、会話を楽しむふたりは気が付かなかったが、恨めしそうな
視線が背後から静かに投げかけられていた。
「シベリアで所用、ってホントなのか?カミュ。」
「まあな。」
カミュはそう言って微笑し、隣を歩くミロに視線を移す。
「何か、譲ってやったんじゃないのか?」
ミロの不満たらたらの態度に、カミュはクスッと笑う。
そう取られて仕方ない言動は確かにあった。
「私たちは何時でもどこでも行くことが出来るじゃないか?・・・今回はシュラ達
に譲っても、また機会もあるだろう?」
「カミュ?」
「シュラもフェリスも一緒になってから、多分旅行らしい旅行はしていない。
・・・自宮を守るという責任感優先のシュラの意見を優先して新婚旅行だって
行ってないんだから。」
「ああ・・・」
そう頷いて、ミロは俯く。
「まあ、この責任はちゃんと償うさ。・・・私と一緒にシベリア来るだろう?」
そう言って、カミュはミロに伺うような視線を投げる。
「俺、行って邪魔じゃない?」
やや、照れた表情を見せるミロに、カミュは微笑む。
「邪魔なら、誘ったりしない。所用があるのも事実だし、もし来てくれるなら
手伝ってもらいたいこともあるから。」
カミュは、そうミロに言葉を紡いだ。
「うん!!」
機嫌が一気に直り、ミロは微笑むと、人目も気にせずカミュの首筋に
背後から絡まりついて行った。