自分で自覚するよりも早く、シュラの成長過程は凄まじい気迫と
まるで執念にも似た模様を齎していた。
そんなある日、珍しくリュオンはシュラをふもとの村の祭りに連れ出した。
食料の買出し以外は、滅多なことでは修行地としてる山から降りてくる
ことはない。
祭りの独特の華やか雰囲気に圧倒されながらも、シュラも何時しか、
その楽しげな空気に身を委ね始める。
夜も更け、ふと気付けば、何時の間にか師、リュオンの姿が見当たらない。
この人込みに逸れてしまったのか?
シュラはリュオンの姿を探し、あっちこっちと視線を走らせた。
その瞬間、随分と先の方にリュオンらしき姿を認め、シュラは後を追った。
その人影は村の外れの林の中に消えていくのに、シュラは躊躇うことなく
早足で後を追う。
が、漸く追いついたと思ったのに、林に入った処でその姿を見失ってしまった
ことに、シュラは視線を走らせる。
「・・・おかしいな・・・確か、こっちに・・・」
と、呟いた時、微かな話し声がシュラの耳に届いてくる。
それは、茂みの奥から聞こえてきた。
ひとりじゃない、複数・・・?でも、声から推測して、決して多くの人数ではない
ことはなんとなく感じた。
そのもとを確かめる為に、シュラは静かに茂みに近づいた。
「んぅ・・・リュオン・・・ダメよ、部屋まで我慢して・・・」
聞き耳を立てるシュラには、今まで聞いたこともない妖しい女の声だった。
しかも、相手はどうやら自分の師らしいから、益々持って状況が判断できない。
くすくすと、忍び笑いのような微かな声と会話。
見つからないようにそっと木陰からシュラは視線を向けると、そこには彼が
見た事もないような光景が、眼の中に飛び込んでくる。
茂みの中では絡み合う男と女の身体があった。
女の方は誰だか解らないが、男の方は間違いなく自分の師、リュオンだった。
祭り用の衣装のドレスの胸元を捲り下げ、リュオンはシュラにすら、滅多に見せない微笑を
浮べながら、その女の白い胸に吸い付いてる。
ドクドクと、血が逆流するような興奮と衝撃がシュラを襲った。
一体、これはなんだと言うのだ。
先生は一体、何をしてるというのだろ・・・。
理解も出来ぬまま、シュラは自然に赤くなる顔を片手で押さえると、その場から、
気付かれぬように逃げ出した。
唯、無我夢中で家に帰ると、彼は自分のベッドに潜り込み、リバースしてくる先ほどの、
リュオンと女の行為を頭から追い払おうと必死になった。
だが、そう思えば思うほど、記憶は益々鮮明になり、結局その日は一睡も出来ず、
シュラは夜を明かしてしまう。
朝になっても、家にリュオンが帰った気配はなく、シュラは呆然と居間に佇む。
リュオンが朝になっても、帰ってこないのは、何もこれが始めてのことではない。
シュラは今まで、リュオンの不在の理由など、考えたこともなかった。
が、恐らく朝になっても戻ってこないのは、昨夜のようなことをやっているのだから・・・
という、ある種の納得がシュラの頭に浮かんだ。
もっとも、行為としての全容を完全に解るには、今のシュラは幼な過ぎた。
寧ろ、破廉恥な行為、としか、今のシュラに思えず・・・。
10歳の少年の考えなど、所詮はその程度なのだが。
それよりも、自分が目撃してしまったあの現場を、師に悟られない方のほうがシュラには
重要だったし、なによりも顔を合わせるのが気恥かしい。
だが、そんな出来事も、日々の訓練に忙殺され、記憶の奥へと追いやられ、何時しか
忘れさられることとなる。
そして、それから三年後、シュラは無事に新しい山羊座の聖闘士と認められ、自分が守護
すべき宮を与えられることとなったのだった。
正式な聖闘士と認められながらも、まだ幼い表情は残ったままの、若く気高い、新たな
戦士の誕生を祝福されて・・・。
買い物を終え、シュラは12宮の道を辿っていた。
右手には食品を詰め込んだ紙袋、そして左手にはテッシュの箱詰め5個セット、という、
何とも所帯じみた姿で石階段を登っていく。
ふと、見上げた視線の先に、デスマスクの姿が眼に入り、シュラは嫌な予感を覚えた。
「よお!シュラ!買い物か?」
「見りゃ、解るだろ」
「あ〜ん? 何だ、お前、またテッシュ買ってるのか?・・・確か、一週間前も買って
なかったかぁ? テッシュの纏め買いお徳用セット。」
「フェリスが風邪引いて、全部使い切っちまったからな・・・」
「それにしちゃ〜量がな〜・・・ああ、そうだ!そういや〜サガがぼやいてたっけ、
磨羯宮からでるゴミが、やたらと紙ゴミが多い、って」
きししし・・・と下卑た笑いを漏らすデスマスクの言葉に、シュラは赤面を隠せない。
「人ン家の家庭事情なんかに首突っ込むな!プライベートの問題だ!!」
顔を真っ赤に染め、やや、怒りを含んだシュラの声にデスマスクは追い討ちを掛けた。
「フェリスが風邪引いたのは、お前のせいじゃないのか?シュラ・・・」
「どういう意味だ?」
ぽんぽんと、通り過ぎる体勢でデスマスクはシュラの肩を軽く叩いた。
「いや、何・・・あんまり、長い時間、裸にしてるから風邪ひかせたんじゃないのかな〜てね」
「デスマスクッ!!」
怒り、赤面した表情でシュラは声を荒げる。
「怒る、てことは図星ですか?旦那さま〜」
けけけ〜と、デスマスクは更に悪趣味な笑いを漏らし、階段を自宮に向かって駆け
出していった。
それを視線で見送りながら、シュラは憎々しげに言葉を紡いだ。
「・・・つったく、ろくなこと言いやがらね〜 あンの、馬鹿は!」
当たらずも遠からずな現状にシュラは空を仰ぎ、再び歩を進め出した。
そして、ふと、デスマスクの言葉を反復してみた。
「・・・フェリスが風邪引いたの・・・やっぱり俺のせいなのかな・・・?」
呟く言葉は、少しだけ罪悪感が含まれていた。
だが、こればかりはどうしようもないのだ。
それ程、我慢も理性も吹き飛ぶ程、彼女は魅力的だったから。
一日だって、離したくないほど、シュラにとってのフェリスは大きな存在になっていたからで。
自分を受け入れてくれる、その腕と身体は堪らないほど甘美で、その誘惑に勝てるなど、
今のシュラにはなかった。
行為の最中に、甘く切ない吐息の中で、彼女の自分の名を呼んでくれる、あの瞬間が
シュラは堪らなく好きだった。
「今夜はう〜んと滋養のつくもん食わせて、早く治さなくちゃな・・・」
一体、誰に向かってのセリフなのか、甚だ疑問が残るが、それでもシュラに取っての現状は
取り合えずは幸せなのだ、ということで・・・話を締め括ろう。
= The end =