『 キミ色、想イ 』









――余り溜息をつくと、幸せが逃げるから程々にしろよ!
愛しい彼女はそう云うけれど。
この時期、溜息をつくな、というほうが度台無理な注文だと思う。
印象的な藍色の髪を右手で掻きあげ、アスランは自分用のデスクに思わず
つっぷしそうになって、はたっと我に返り、背を伸ばした。
辛うじて、執務机と対の、今自分が腰掛けている椅子の背凭れに
身を預けることで、情けない姿態を晒さずに済む。
一応は、軍司令部の一室を与えられている将校としては、仕事を
補佐してくれる部下の手前、だらしない格好は見せられるべくもない。
誤魔化しの加算でしかないが。
ちらり、視線を走らせる。
そろそろ、残業さえなければ終業の時刻だが…
いかんせん、なんで終わり10分前になると、飛び込んでくるんだ?
仕事が。
良いことなら大歓迎だけど… 
これ系は、歓迎できる物事からは程遠い。
おまけに、律儀にも引き受けてしまって、自分の勤勉さが時々恨めしくなる。
「…はあ〜」
嗚呼。
また、カガリに怒られそうだ。
自分は居残りでも、室内に残っている部下にまでその咎を御裾分け、というのも忍びない。
だから、ついつい、“先にあがってくれ”と、言葉を紡げば、家の事情と早々と帰宅する者、
もしくは、自分も居残ると言い張る者。
これがキレイに二分するから実に面白い。
だが、アスランはひとりのほうが捗るからと、どちらも享受の許可を与えない。
いつものことだ。
ひとりの部屋。
自宅、と言っても荷物も殆どない、生活感の感じられない部屋は、軍の宿舎にある。
一週間のうち、そこで過ごすのは一体何日あるのか、そろそろ勘定するのも
馬鹿らしくなっている。
仕事を終わらせ、帰ろうと思う時間は大抵、午前様だ。
帰る時間のロスを考えれば、司令部の仮眠室に寝泊りするほうが、一時間弱程度だけど、
時間を無駄にしなくて済む。
帰って、身支度して寝る時間が、大体、深夜の三時。
で、朝六時起床で七時出勤、となれば、やはり僅かであっても時間の無駄を軽減する
選択肢をとれば、帰宅時間を削るのが一番効率的だ。
まあ、どう考えても、この時間の運びは、労働基準法無視も甚だしいが…
考えるだけで虚しくなってくるので、思考からは削除項目。
とりあえず、これで、睡眠時間4時間は確保できる。
寝ることに執着するわけではないけれど、仕事の効率効果を考えれば、適度の睡眠は
やはりひとである以上、大切なことがよくわかった。
…つい、最近だったけど。
不覚にも、軍のトップを、自分も含めての会議で居眠りしそうになってしまったからだ。
幸にも、バレはしなかったが、危なかった。
こんな風に、睡眠の確保が出来ずうっかりでなにかあったのでは、
洒落にならない。
それから懲りて、というわけではないが、できるだけ寝れる時間がとれるのであれば睡眠の
確保に勤しむようになった。
追加でまわってきた、要決済の書類は、思っていたよりも早く片がつきそうだ。
午前零時前に終わらせられるなんて、奇跡だ。
今日は、久しぶりに家に帰って、自分のベッドで寝ようか。
自室に生活感がなくても、寝具だけは別格だ。
いくら、慣れっことはいえ、堅さ、天下逸品の司令部の仮眠室のベッドと
比べればやはり枕と敷布の感覚は、使いなれているほうが断然好い。
偶には、ビールの一缶でも煽って眠りにつけば、極楽…かもしれない。
漠然としながら、頭のなかでそんな構築式を描いている最中、仕事に欠かす事のできない
机上パソコンの通話通知の知らせがキーボード隅うえでポイント点滅した。
一応、色で相手が誰か識別できるようにプログラムしてあるから、テレビ電話にでなくても
相手が誰かは認識できた。
色は、“明紫”。
確かに、プラントとの時差を考えれば、今の深夜帯に電話がコールされても不思議ではない。
あっちは、早朝も早朝。
朝っぱらの時刻なのだから。
秀麗な顔造りだからこそ、その不機嫌オーラは、如いていえば凄味がある。
眉間に寄せた眉。
不機嫌どころか、怒り二乗の表情を纏って、このコールに応じるかどうかを逡巡、視線が迷走する。
出るべきか、それとも無視するべきか。
いや、だが万が一、本命紛いに大事な用件、もしくは、任務とか…の類なら…
後々面倒なことになるのもご免だ。
軍のトップの一部を担う自分の選択は、…ひとつ。
回線を繋ぐ指先のスピードは、素早い。
デスクトップのパソコンの画面には、ザフトの隊長クラスを指し示す、“白”の軍服を纏った
幼馴染の顔が映しだされる。
『ああ、もう!やっとでた!帰っちゃったかと思ったじゃない!』
『…お前、今こっちは何時だと思っているんだ?』
暗雲立ち込める雷雲モドキを背負って、アスランは画面を睨み遣る。
そんな雰囲気どころか、空気読め!の態度も解せず、画面越しのキラは
にこにこと微笑んでいる。
『俺は、もう帰るんだ。用件を早く言え。』
アスランの表情は、何処となく同期の銀髪の青年に酷似してきていた。
『え〜 なに?もう、帰っちゃうの?』
『帰っちゃうの!?って! だから、今、こっちは何時だかわかって云っているのか!?』
殆ど怒鳴り声に近い声をあげ、アスランは拳で机上を叩いた。
『早く、用件を云えっ!』
逆切れ寸前を辛うじて抑え込んで、アスランはずい、と画面に顔を近づける。
その分、キラは自分の顔を後退させる。
『ん〜 用件ていうか、催促? ほら、もう“直”じゃない?』
“もう、直”の、キラの台詞廻しに当然、思い当たる節のあるアスランの目尻が
ぴくりと反応した。
だが、そこはそこ。
ポーカーフェイスは、お手の物の、彼。
知らぬ、というか、ワザとらしいほど見え見えの素知らぬ振りで顔を背けた。
『“直”って、一体、なんのことだ?』
『ああッ!何、なに!?この後に及んで、無視するの!? カガリのことは
ちゃんとしっかり祝ってあげるくせにっ!!』
『お前、一体、いくつになったんだ!?大体、成人した一人前の男がどういうつもりだッ!
むしろ、恥ずかしいとか思わないのか!?』
『なに!?その差別発言!?信じられないッ!』
『差別って!カガリと、お前は、まったく別ものだろう!』
まったくもって、アスランの言葉は、正鵠を得ている。
いくら、キョウダイだって、幼馴染だって、同性の友人祝うより、断然愛する
恋人を優先するのは理どころか、極々当然である。
膨らんだ風船のように頬を膨らませ、キラは自分が座っていた椅子の背凭れに
身を勢いよく預けた。
『まあ、別にアスランが僕を無視する、って云うなら全然構いはしないけど、
誕生日の当日は、カガリはこっちに居るから』
『…は!?ちょっと待て。…そんな話、俺は聞いてないぞ。』
『やだやだ、縦割り行政は。軍の上部に位置する人間に連絡がスムーズに
回ってこないなんて…』
キラが言い掛けた台詞を遮って、画面に割り込んできたのは、桃色の髪の女性だった。
『おはようございます、アスラン。いえ、今はこんばんわ、ですわね。』
くすくすと笑んで、ラクスはキラの顔を、自分の顔で横に押し遣った。
キラの顔が半分画面からフェイドアウトする。
『昨日、急遽決まったことなので、きっと連絡事項としての伝達はそちらの時間の
明日になると思いますわ。』
『…話がまったく見えないんですが』
アスランの眉間の皺は、濃くなる一方。
『プラント、オーブ間で、急遽首脳会議を極秘に執り行うことが決まりましたの。
それで、カガリさん自身がこちらに出向いていただくことになりまして。
で、丁度その時期がおふたりの誕生日と重なる日取りなので、折角ですし、
ささやかではありますが、キラと一緒にお祝いを…と思いまして』
『つまり、カガリは誕生日の当日、オーブには居ないと?』
『そういうことになります。』
にこり、と天使の顔で微笑まれても、アスランにとっては、魔女か、悪魔の微笑みにしか見えない。
幻だと思いたい。
なんなんだ?あの、頭と背中の辺りで見え隠れしながら揺れている、黒い触角(?)と尻尾(?)は。
嗚呼…。
なんか、とことんついてないのかも… 俺。
オーブの重鎮として名を連ねる、アスハ家の長として、そして国の
トップである、彼女。
当日は賓客たちの祝いに、会くらいは催されるとは考えていたけど…
なにも、独り占めなんて贅沢は言わないから、せめてそのパーティなり、
お祝いの会なりが終わったら、グラス一杯でいいからワインでも酌み交わして、
『おめでとう』くらいは云ってあげたかったのに…。
祝うどころか、居ないなんて…
あんまりだ… カガリ。
怒涛のように、物でも投げたくなる気持ちを抑え、アスランは今度こそ机上につっぷした。
…別に、日取りに拘らなくたって。
納得はできないが、仕事が建前ではどうにもできない。
いくら、高級仕官でも、所詮は軍人。
お上の決定に逆らうことなど出来ない。
『…どうぞ、お好きになさってください』
思わず、どうせ俺は蚊帳の外だ、と嫌味が口から滑りだしそうになって、
アスランは口元を引き結んだ。
悔し涙の一粒でも垂らしそうなくらい、歪んだ顔を両の腕で囲って隠す。
『はい、そうさせていただきますわ』
何事もないかの口調で、ラクスは目一杯微笑み、画面は無情にも
真っ暗になった。
態々、なんなんだ?
嫌がらせか!?
なんだか、一気に気力が萎えてしまって、帰る気持ちも萎んでしまった。
面倒くさい。
今日も、仮眠室の住人に洩れなく決定した夜だった。



――― 翌日。
司令部の仮眠室を使ったはいいが、堅さ、ハードな枕のせいで首を寝違えた。
情けないが、首を動かすと激痛が走った。
昨日の、あのテレビ電話のせいも相まって、気分は最悪である。
自由に動かない首で、どうにも動作がおかしい。
なんか、油ぎれ起こした、ブリキ人形のような歩き方になっている。
身体が自由にならないと、イライラも募るから困ったものだ。
そんななかでの、官僚府からの呼び出し。
カガリからだ!
内容は、至って業務的だったので、詳細を確認しないまま足を運んでみれば。
驚きの、彼女の言に眼が点になった。
『何、言ってんだ?お前。当日は私の護衛で来るようにって、ラクスたちが
直接連絡したって私は聞いたぞ?』
えっ!?俺、留守番じゃなかったの?と、一瞬呆け、直ぐに我に返る。
聞いてないぞ!そんなことッ!
動かない首が恨めしい。
身悶えながら、アスランは頭を掻き毟りたい心境に陥った。
あのふたり、ひとが困るの、楽しんでないかッ!?
『あ〜』とか、『う〜』しか言わないアスランに呆れ、カガリはデスクに両肘をつき、
頬杖をついた。
「…なに、遊ばれているんだ?お前」
「遊んでるつもりも、遊ばれているつもりも、俺はないッ!」
力を込めて断言した刹那、走った激痛に情けない悲鳴をあげてしまった。
首が…
最低な気分でヘコみそうになる。
なんで、こんな時に、カガリの呼び出しなんて… 嬉しいけど、複雑過ぎて
笑顔も強張った。
その日を境にして、自分だけでなく、当日の話し合いの微調整やら何やらと
様々な準備に振り回され、気がつけば渡航日までカガリとは
顔すら合わすことなく来てしまう。
やっと、顔を拝めたかと思えば、プラントに向かうシャトルのなかなんて、
洒落にもならない。
マスドライバーからシャトルが打ち上げられ、大気圏を突破する。
安全勧告のシートベルトの脱着指示が出されるや、自分の席から、
みっつめ前の席で、何か言いたげに後方を向いているカガリの
顔と視線がピンポイントで合う。
カガリが、『こっちに来い』と云わんばかりに手招きする。
「?」
シートベルトを外し、アスランは立ち上がり、座席脇の通路にでる。
半重力状態の機内。
軽く床を蹴って移動する。
慣性の法則に従って、身体は彼女が顔をだしている座席方向へと流れた。
「どうした?」
疑問符を頭の周りに侍らせながら、アスランは腰を僅かに屈め、彼女の顔を
覗き込む形で顔を落とす。



「…もっと、顔寄せろ」
「…?」
距離の遠さが不満なのか、更なる要求が出された。
云われるまま、彼女に顔をぐっと寄せたアスランの鼓動が跳ねる。
この距離、かなり近い。
傍どころではない、距離。
内緒話をするには、格好の幅だ。
「会議が一段落したら、多分抜けられる」
「えっ!?」
アスランの耳元に、彼女の吐息がかかる。
カガリの言葉の意味が掴めず、アスランは緩く眉を寄せた。
「ラクスが上手く采配してくれるって。」
微笑むカガリの面を見遣って、アスランの鼓動は更に跳ね上がった。
これは、嬉しい系の歓迎すべき事柄だ。
あのふたり、キラとラクス。
いい大人が面白半分に自分をからかって喜んでいるのかと思い一度は
恨みもしたけれど、なかなか粋なサプライズに気分なんて簡単にひっくり返る。
らしくなく、赤面した顔を隠すこともできず、アスランは火照った顔を
片手で覆った。
「でな?これでも空けないか?」
機内での持ち込み荷物にしては、やけに大きいと思っていた皮製の鞄から
でてきたのは、一本のボトルワインだった。
「苦労したぞ、見つけるの。私が生まれた年に作られた、赤だ」
苦労の賜物の証拠は、ビンに貼られた古めかしいヴィンテージラベル。
どこぞの古城のイラストが、良い雰囲気を醸しだしている。
自分の誕生日に品を用意するというのもおかしなものだが、拘るつもりは
さらさらないらしく、彼女は微笑んだ。
思わずアスランは、しまった、と心の中で失態を悔いる。
こういうのこそ、自分がやってあげるべきことだったろうに。
僅かに萎れた美丈夫な顔を見遣って、カガリは笑いながら「気にするな」と
云い、彼の肩を叩いた。
カガリは、これでもか、というくらいの魅力的な笑みを零す。
思わずアスランは胸元を押さえた。
下世話な表現だが、カガリの笑顔に心臓を射抜かれた気分になったからに
他ならない。
定刻きっちり違えることなくシャトルは、プラントに到着した。
首都、アプリリウス。
行政府の中核を成す、コロニー都市。
シャトルの機中なかの小窓から、整然と列を闇に並べるプラント群を見遣って、
アスランは眼を細めた。
見遣った視線の先には、自分の故郷である、ディッセンベルも確認できる。
もう、随分と母、そして父の眠る墓所を訪ねていない。
もっとも、尋ねたところで、墓のなかは空。
形だけの、墓碑でしかない。
けれど… いつかで良い。
カガリを連れて行きたい。
彼女が、承諾してくれればだけど。
両親にちゃんとした報告は、いつできるだろうか。
俯き、小さく苦笑を浮かべ、アスランは瞼を落とした。
プライベートを重視しての会議は、顔見知りの者たちのみの会合であった。
纏まった議題のテーマを煮詰めてから、他国へ改めて召集をかけ意見を
公聴する形をとる。
約三時間余り。
一度だけ、休憩を挟んでの内容は、熱い熱気を孕んで討論をぶつけ合い、
譲り、譲られ、妥協と拒否、様々な言葉が飛び交う。
濃縮された時間の流れは、若き為政者たちの情熱を体現していた。
必要な内容だけを種別し、終わりを迎える頃には、熱が入り過ぎていた分、
流石に体力、気力、共に疲労のピークだった。
会議の中心を担ってくれたラクスに会釈をし、カガリは、アスランと共に
席を立った。
ふたり、目配せをし、タイミングを図る。
さて、実行の時はいつに?
思った刹那、これまた機会を狙っていたかのようにラクスが声を掛けてきた。
その後には、ザフトの白服に身を包んだキラが付き従っている。
「わたくしの自宅に参りましょう。メイド頭が準備を整えて待ってくれていますから」
手回しの良い事だ。
クライン邸に長く勤めているメイド頭は、カガリも顔見知りの人物である。
雰囲気が、なんとなく自分の面倒を長年見てくれてきていた乳母マーナに
似ているせいもあるかもしれない。
恰幅の良い身体を揺らし、天然純粋培養… 見掛だけかもしれないけれど、
のラクスとは良いコンビにしか見えない。
昔の流行、廃りで見た、お笑い映像を切り取ったかのような会話は
見ていて微笑ましい。
おまけに、彼女が作る料理は、どれも一流の料理店にだしても遜色ないほど、
味も、見栄えも素晴らしい。
普段の食事の支度は、お抱えのコック長によるものだが、ここ一番、という
来客の持て成しにはクライン家のメイド頭も参戦する。
クライン家お抱えのコック長と、マーナ似のメイド頭のタッグでの創作料理は、
比の打ち所がない。
マーナの作る料理も美味しいけれど、クライン邸のメイド頭も負けてはいない。
随分前にそんな話題を提示したら、『マーナさんとやらに会いたい』とまで
云っていた。
気さくなその性格まで、マーナに似ている処は、カガリの気持ちを緩やかに、
穏やかに、和ませるには十分な要素を秘めていた。
ラクスの自宅に着き、有り余るほどの歓待を受け、アスランもカガリも至上と
云えるほどの満足感に満たされていた。
食事を終わらせ、四人で対の長ソファに移動する。
尽きない会話、弾む話題。
喉を潤すためにだされた、シャンパンのロゼ。
ラクスが手配する品だ。
一流品の味は、極上の舌触り。
互いにはしゃぎ合い、摂取し過ぎたアルコールに、珍しくラクスは座った
ソファで居眠りを始める。
緩く、隣に座るキラの右肩に寄せられた、小さな顔。
穏やかな寝息が零れ落ちる、桜色の唇。
彼女の隣に座ったキラの顔は、苦笑を浮かべながらも、嬉しそうな表情だ。
勝手知ったるクライン邸の屋敷間取りに、キラは楽々とラクスの細身の
身体を両手で抱き上げた。
「僕、ラクスを部屋に連れて行くから」
ふたりで頷き、アスランもカガリも、そんなキラの後姿を見送った。
取り残された沈黙を破り、アスランは、ラクスたちの座っていた長ソファと対の、
今自分が座っているソファの横を見遣る。
勿論、そこには当然の如くカガリが居る。
「楽しかったな。」
「ああ、久しぶりに美味しい食事と話を堪能した」
笑んで、アスランはゆるりと立ち上がると、ソファに座ったままのカガリに
手を差し伸べた。
「少し、外にでないか?新鮮な空気でも吸いにでよう。」
誘い文句にしては、飾りもなにもなく、型通りではあるけれど、
その気遣いがなによりも嬉しい。
差し伸べられた手にカガリは、自分の右手を重ねる。
ふと、思い出したのは、渡航中、アスランに『空けよう』と云っていた、
あのワインのこと。
カガリは、持参した手荷物を漁った。
「セーフ!忘れる処だった」
「それを持ってでるなら、グラスと栓抜きを拝借していかないと」
アスランは、空を仰いで呟く。
ふたりで厨房を覗けば、丁度使用人たちが後片付けと、次の日の食事の
下拵えの用意で僅かに慌しい。
一瞬だけ躊躇したが、素直に用件を伝える。
煩わしてしまうという杞憂はあっさり払拭される。
使用人のひとりが笑顔で希望した品を直ぐにふたりの手に渡してくれた。
ダイニングから庭へと続く窓扉を抜け、ふたりで闇夜に散らばる
星空を見上げる。
勿論、プラントのなかなのだから、夜空はスクリーンに映し出された映像に過ぎない。
満天の星空。
作られた「絵」だとしても、癒しの効果は抜群である。
丁寧に整備された中庭を通り抜け、芝生の植え込まれた地面に仲良く
腰を落とす。
「環境は全然違うけど、昔よくふたりでエターナルの展望室から
こうやって宙(そら)を見たよな?」
言葉を紡ぎながら、カガリは器用にボトルのコルクを抜き、液体を自分が
持っていたグラスに注ぐ。
それをアスランに渡すと、カガリは微笑む。
手酌なんて、あまりにも色気がないので、アスランは残りのグラスを
彼女から奪う。
注いであげようと思っただけなのに、拒まれた。
首を傾げ、アスランはカガリの顔を見遣る。
「グラスはひとつで良い。…ここに、もうひとつあるから必要ない」
云い、カガリはアスランの唇を右手の人差し指でなぞった。
「…カガリ」
今日は、宿泊予定。
忙しすぎたスケジュールのゆとりを考え市内のホテルを確保してある。
当然、部屋は別々だ。
カガリは赤くなった頬でアスランの顔を上目使いで見る。
「…今日は、お前の部屋に行ってやってもイイぞ?」
過ぎたアルコールは、身体の火照りを叙情する。
不意打ちの、彼女の誘惑。
この言葉に、否を唱える男が居たら、男廃業だ。
微笑みに、微笑みで応え、アスランは持っていたグラスの液体を口に含み、
そっとカガリの唇に自分の唇を重ねた。





口付けに含まれる、極上の味。
忘れることが出来ないページがまたひとつ、増えた。
そんな、一日の終わりだった。





                                     ◆◆ END ◆◆











                 ● 作品後記 ●      

今回は、双子誕生日記念です。 私にしては、珍しいどころか
始めてかもです。…弟まで祝うのは。;; なにくれと、毎年「姫」
だけは祝ってきましたが、いやはや。;; 何気に、愛するパル様に、
これまたなんとなく、「誕生日、直ですよね?双子誕でもしません?」
とメールした処、3分の速攻返信に、私のほうがびっくり。;;
そんなわけで、今回の幸せ企画に至りました。Σd(ゝ∀・)イイッ!!
しか〜し、「姫」一筋の自分としては、弟(私のなかでは)が絡むと
真っ白。浮かぶことといえば、「おっちゃん、飴おくれ!」と、アスラン
に手をだして、誕生日プレゼントをせがむキラしかでてこず…。;;
反して、他の作品で書いてはいますが、「アスランのくれるものなら
そこら辺に生えてるぺんぺん草でも嬉しいぞ?」と言い放つ、ウチの
姫様。;; まったく正反対のこのふたりをどうするか。
結局、アスランが切れて終わりでした。所詮、神原の書く話なんてこんな
もんです。おまけに、内容、コメディだし〜 寝違い起こして悶える
アスランなんて書くのアタシくらいなもんだ。;;  え〜長々と失礼
いたしました。
今回だけでなく、パル様には迷惑掛けっぱなしです。こうやって無事に
アップできたのもぜ〜んぶパル様の頑張りのおかげです!素晴らしい!
素敵なイラストに、眩暈起こしております。パル様、今回も本当にありがとう
ございました!また、機会あったらぜひ。素敵なコラボに貢献していただいた
パルビンコ様に心からの感謝を。

                               23.5.18 神原 聖
パルビンコ様の素敵サイトは↓下記よりどうぞ。


※↓パルビンコ様より、ありがたくも作品コメントをいただき
ましたので掲載させていただきます。
こんにちは、「A×C love nest」のパルビンコです。
今回、神原様よりお誕生日記念のコラボしない?
と、お話をいただきまして、軽いノリでやるやる〜と、
二つ返事で参加させていただきました。

軽いノリで言ったは良かったのですが、一枚目はお話に
合わせる為にシャトル内資料とか調べるのに結構苦労し、
そしてその出来がいつも以上に悪く(苦笑)、二枚目も時間がなく
切羽詰まりながら描くことになってしまい、結果、すみません、
今回二枚とも玉砕いたしました〜!(←いつものこと…か。w)
でも、神原様の文章はとても素敵なので、玉砕絵は今回も
サラッと流しながら素敵文を堪能してくださいね。

コラボって、何より、誰よりも先に素敵SSを読めるっていうのが
嬉しいんですよね!^^
聖さん、今回もご一緒させていただき、有難うございました。