『決して、民をうえから見下ろしてはならぬ。』

物心ついた時から、俺は、父である国王からこの言葉をずっと
繰り返し諭されてきた。

『うえから見れば、民の心が見えなくなる。我々は民に生かされているのだ、
ということ努々忘れるでないぞ。』

父の、この言葉がどれだけの重さを含んでいるのか、俺は歳を重ねる事に
自覚するようになった。
常に同じ目線で。
民人が、なにを自分たちに望んでいるのか。
理解せよ、との教え。

それが、国の政を司るべき、人間の立場なのだと。

兄弟の一番下。
末っ子として生を受けた俺は、他の、特にうえの兄たちよりは、より溺愛とも
いえる部類で可愛がられてはいたが、それでもつけなければならないケジメだけは
厳しかった。
それが、王族に属する人間としての、当然の常識だったから。

『国王と、それに名を連ねる王族は、全ての民を守り、民を慈しむべし。
さすれば、その恩恵は国を栄えさせるだろう。』

最後に、父が標語のように口にする言葉こそが、俺の全ての基盤だった。











『 さがしていた 』








 






南国に位置する、島国オーブ。
未だ、少なくなったとはいえ、コーディネイターに対する、多大な偏見が渦巻くなか、唯一、
国という組織枠で、ナチュラル、そしてコーディネイターが共存している、国。
国の法さえ守るならば、どんな者でも受け入れを拒まない。
それが、この国オーブの指針であった。
様々な理由を抱え、故郷をあとにする者も大勢いる。
だが、オーブは、理由を事細かに問わず、受け入れる、移民の国でもある。
国が課した審査をパスすれば、国民として在する権利も与えられる。
コーディネイターも、ナチュラルも関係なく、ひとりのひととして認められる。
そして、なによりもこの国が自治国として自立した強い理由。
それは、自国を守るために整備された、軍事国である、ということ。
しかし、その力は、あくまでも国の防衛にのみ、使うことを是とした国の体制は、
他国の国からは、畏怖であり、国の強さ、威信、あらゆるものを纏って存在していた。
そんな、国の体制と同じ、武装中立自治国家であるもうひとつの国が、スカンジナビアであった。
同じ国の体制を敷いた、国の繋がりは、同盟国としての繋がりもまた強固だった。
父王に命ぜられるまま、イズミは、初めてオーブ首長国連邦の地を踏む。
招かれたのは、親善会議の場であった。
これもまた、世界を知っていくための勉強だ、と云われれば、否とはいえない。
いや、むしろ拒否権など始めからイズミにはないのだ。
見なければわからないこと。
聞かなければわからないこと。
全ては、自分の身体で覚えねばならないこと。
王族としての、彼の立場環境は、日々学ぶことに溢れていた。
しかし、なによりも意外なことに、まだまだ歳若い、というよりまだ少年である彼の
向上心は、周りにいる大人たちさえ凌駕するほど、前向きで、好奇心旺盛。
基本精神、わからないことは徹底的に調べる、がモットーの性格だったので、末っ子だから
唯可愛いという理由だけでなく、父王であるスカンジナビア国王は、こんな機会を生かしては
あらゆる国々の見聞にイズミを伴っていたのだ。
特別な許可を得て、初めて眼にする、内輪とはいえ、国同士の話合いは、実に有意義で、
知らずイズミの感情を高揚させていくのは、これ当然。
夜には、オーブ主催での、国のトップクラスに位置する、著名人を招いての親睦会と、
時間に追われるようにときが過ぎていく。
物珍しそうな視線を隠すことなく、眼線を彷徨わせていれば、父王に、「落ち着きがない」
と、窘められることもしばしばあった。
オーブ。
南国の宝珠と謳われる、島国。
技術国としての、技量の高さ、そして、軍事技術の開発だけでなく、自然資源も豊富な、
豊かな国。
それを支えるのは、まだ歳若い、ふたりの為政者だった。
カガリ・アスハ・ザラ。
結婚を経て、姓は変わっても、その素性は、「眠れる獅子」と云われた、前オーブ代表、
ウズミ・ナラ・アスハの遺児であり、実娘としての、彼女。
だが、女でありながら、実父ウズミの実直な政への取り組み姿勢を受け継いだ彼女は、
今や他国にも一目措かれるほどの成長を遂げていた。
なによりも、影のように彼女に付き従い、強力なサポートでカガリを支える、『彼』の存在も
あるが故に。
夫であり、為政者の中心である、妻を支え、守ってきた。
過去あった、プラント、地球間での戦争の折は、敵としてあったことも嘘はつけないが、
互いに理解を示し、国同士の橋渡しとしてもその身を呈し、今に至る。
顔は知らなくても、アスラン・ザラという名は、意外に有名人であるのを、当の本人が殆ど
知らない、というのは面白い事実ではあるけれど。
そんな、彼らに対面を果たしたのは、イズミが10歳のときであった。
勿論、主は国王である、父王の方だから、自分は殆どオマケ的な存在であって、影は薄いのは
端から承知であった。
会話に花を咲かせる大人たちを見上げ、イズミは、父王と談笑をする、オーブ代表と、その夫の
姿を視界に納める。
始めは、なにを彼らが話しているのかと、その内容を解読するのに必死だったのだが…
気がつけば、彼の視線は、代表補佐官であるアスランの右腕に抱かれた少女に釘付けになっていた。
歳の頃は、…多分、自分よりは、二歳くらい下だろうか。
長く、さらさらの金糸の髪は、母親の代表譲りなのだろう。
纏ったドレスに合わせ、可愛らしく髪をアップされ、左脇には生花のブーケを飾り、食い入るように
スカンジナビアの国王を見る視線は、綺麗な翠。
これは、代表補佐の父親譲り、というのはすぐに解った。
その少女の持つ、清楚な雰囲気は、一瞬にしてイズミを捉えた。
大人たちの会話がある程度終われば、互いの子息の紹介が親たちを交えて交わされる。
「末息子の、イズミです。一番下ということもあり、少々甘えん坊の帰来があるのですが、
ザラ補佐官殿の、娘御とも歳が近いので、話し相手の末席にでも加えていただければ幸いですな。」
笑いながらの、父王の紹介に、イズミは僅かに頬を染めた。
「まだまだ、未熟もいい処ですが、少しでも世間を見せるには、こういう場に参加させるのが一番の
勉強になりますから。」
なんだが、父親とはいえ、言われたい放題なのは、気のせいだろうか。
思いながらも、イズミ自身、反論できる立場ではない。
「パパ、下に降ろして。」
突然、アスランの腕に収まっていた少女は、強請る様で父親に請うた。
願われるまま、アスランは愛娘、ミューズを腕から解放する。
相対し、微笑む少女に毒気を抜かれ、イズミは唯、呆けるしか出来なかった。
純白のシルク地のワンピース。
肩から袖に掛けては、主地に合わせての、シースルーの生地が袖まで伸びた長袖で、スカートは
まるで、バレリーナのチュチュのような、レースを幾重にも重ねたドレス姿。
そのスカートのなかから覗いた、スリムな両足を飾るのは、白のエナメルの靴。
あんまりにも、可愛いらしい、天使か、はたまた、小サイズの花嫁か、と思われるほど、魅力溢れる
少女に、イズミは言葉を発することが出来なかった。
「始めまして。ミューズよ、ミューズ・アスハ・ザラ。」
簡単な自己紹介をされ、微笑まれ、イズミはあまりに眩し過ぎる少女の姿に、眩暈すら感じていた。
「…あ、…お、俺… じゃなくて、私は…」
動揺著しく、声の発声が上手くできないイズミを庇ったのは、目の前に立つ少女だった。
「イズミくんよね? よかったら、お友達になりましょう?」
「…あ、…はい。」
ミューズを前に、張り過ぎた緊張は、ピークに達し、イズミはろくな会話も交わさず、視線を下に向けてしまった。
「失礼、国王陛下、少し中座してよろしいか?」
そんななか、彼の頭上から聞こえてきたのは、オーブ現代表首長であるカガリの声だった。
「アスラン、ちょっと。」
伴侶である、夫の名を呼び、ふたりはその場を僅か離れた。
両親が場を外せば、身体はイズミの方向を向いていても、ミューズの顔は当然、両親に向けられる。
アスランと同様、カガリの腕のなかにも、次女が抱かれていた。
しかし、幼い娘はそろそろ就寝の刻。
重くなっていく瞼は、中座を余儀なくされる。
ミューズと同じドレスに身を包み、ディアナはカガリの腕のなかで欠伸をしきりにしている。
数分ののち、呼ばれたのは、長女のミューズ。
「ミュー、今、キサカを呼んだから、ディアナを連れて一緒に屋敷に戻ってくれないか?」
母親の頼み事に、ミューズは頷く。
「私もまだ学校の課題終わってないし、ここ詰んないからいいわよ。」
「こら!そういうこと云うんじゃない!他の人間に聞かれたら拙いだろうが!」
「は〜い」
ひそひそと交わされる、母娘の会話に、アスランは苦笑を零す。
幼い妹の身体を託され、ミューズは支えながらも、僅かによろける。
「ミュー、大丈夫か?」
「平気よ、もうすぐキサカのおじさまが来てくれるし。」
心配気な声音の、父親の声掛けを振り払い、ミューズは幼い妹の身体を抱き締める。
「ディアナ、もうちょっとがんばって!」
「…むにゅぅ …お姉 …ちゃん」
夢見心地と、現実を行ったり来たりのディアナの意識は、朦朧としていた。
そんな、家族の様子、特に、金糸の髪の少女に注がれていた、熱い水色の視線は、最後まで
気づかれることはなかった。
今、ミューズの関心事は、紹介をされ、友達になろうと言葉を口にした異国の少年よりも
もっぱら幼い妹のことだけ。
記憶にすら残ることのない、この出来事は、時を経て尚、ミューズとイズミの間に随分の
格差を作っていたのだ。



それに気づくのは、まだまだずっと先の、話。
結局、その後は、ふたり合う機会もなく、「友達」と称した、口約束は履行されることなく、
ふたりは、それぞれ大人の道を歩むこととなったのだ。









時は、過ぎ、ミューズが19の歳を迎えたとき、立派に成長し、青年王族として、彼女の前に現れた
イズミは、唯の慇懃無礼な、馬鹿王子と云われるほど、ミューズのなかでは、記憶の隅にも存在していなかった。
このことを、イズミは随分としつこく確認してみたが…
現、妻となった、ミューズの答えは実に素気無く、彼をかなり落ち込ませていたのは、のちの余談である。







                                              ◆ 了 ◆













※さて、久々更新は、我が家の名物話である、「翼」シリーズでの、
イズミメインの話です。 本編ででてきた、イズミとミューズの出会いは、
かならず書きたい話のひとつだったので、書けてちょっと幸せかもです。