「んぎゃあああーーーーッッ!!」
天地を揺るがす、大音響の悲鳴。
胸に赤いラインの、スキーウェアーを纏った人影が、滑走コースの脇の、
邪魔にならない場所に佇んでいる、アスランとミューズの前を滑って行った。
金髪の弾丸。
敢えて表現するなら、そうとしか云い様がない。
カガリの凶悪なまでの、凄まじい滑り。
速度調整もできない、直滑降に、佇んで、その様子を見遣て、ふたりの視線は右から左に流れる。
絶叫の声をあげ、カガリは猛スピードで、滑走コース脇の杉林に突っ込んでいく。
ここは、カナダ、ウィスラー。
毎年、冬のシーズンになれば、必ずといっていいほど、足を運ぶ、スキー場。
バンクーバーのダウンタウンから、120kmの距離に位置し、カガリたちは、新婚旅行を
始め、子供を儲けてからも、この地を訪れていた。
ミューズは、今年、7歳。
見目も麗しく、傍目は実にチャーミングな女の子に成長を遂げているが、その中身は、
アスランも呆れるほどのお転婆娘であった。
外見も、カガリにそっくりだが、アスラン曰く、中身も母親にそっくり… らしい。
3歳になったばかりのディアナは、一時間だけ、麓の管理ロッジの、保育施設でお留守番。
流石に、山の頂上付近のここまで連れてくるのは、躊躇われるせいもあったので。
アスランの指導の賜物と、子供の覚えの早さも手伝ってか、ディアナも初心者として、
ボーゲンはできるが、既に上級者コースをなんなく滑ることができるミューズには遠く及ばない。
もっとも、出来に関しては、いずれミューズに追い着くのも、時間の問題とは、アスラン談である。
家族のなかで、一番年端のいかない、ディアナよりも、腕前が下手とは、これ如何に。
相も変わらず、カガリのスキーの腕は、初心者以下であった。
そのくせ、こうやって、アスランたちに着いて、山の天辺まで来るのだから、無謀としか
言いようがない。
「…パパ?」
「なんだ?」
アスランは、派手な溜息を零しながら、愛娘の問いに返答を返す。
「ママにちゃんと、滑り方、教えてあげたの?」
「一応な。」
眼を眇め、ミューズは自分の隣に立つ父親を見上げた。
「ここは、毎年来ている場所だから、指導はしているんだけど、…なんで、ああなのかな〜」
呆れ、空を仰ぎ、アスランは嘆息する。
「教え方が下手なんじゃないの?」
「俺のせいか!?」
ミューズの突っ込みに、アスランは仰天して、焦って愛娘の顔を見下ろした。
「なんで、ママはちゃんと滑れないの?」
「そんなの、俺が聞きたいよ。」
視界の先に、樹木の枝に積もった雪の塊を頭から被ったカガリを見遣って、親子で嘆息。
雪だるまと化してるカガリを救出すべく、ふたりはスティックを雪面に刺し直し、板を滑らせる。
山頂から滑り降りてくる、他の滑走者を避け、コースを横断すると、大きな雪球の上部から
顔だけを覗かせているカガリと対面を果たす。
不機嫌丸出し。
カガリは、仏頂面で、迎えにきた伴侶の顔を見遣った。
「…来るの、遅くないか?」
「ごめん。」
苦笑し、アスランは装備を外し雪塊の山からカガリを掘り起こす。
「ママ、パパにあんまり文句言わない方がいいと思うけど?」
冷たい視線で、母親を見て、ミューズは軽い援護を父親に放つ。
「まったく、何度ここに来ているかわからいのに、なんでマトモに滑れないの?」
ミューズの呆れた声音に、カガリが逆切れする。
「知るかッ!そんなの!!」
愛妻と、愛娘の板挟みで、アスランはおろおろするばかり。
顔を交互に見遣って、ふたりとも落ち着け!と、嗜める言葉を紡ぐ。
「パパッ!そうやって、ママのこと、甘やかすから、いつまでも滑れないんじゃないの!?」
「…甘いのか? …俺。」
ミューズの檄にしゅんとして、アスランは僅かしょげた。
「とにかく、麓まで降りないと。そろそろ、ディアナを迎えに行く時間だし。」
微苦笑で、愛娘の追撃をかわし、アスランはカガリを立たせ、彼女のウェアーに纏わりついた
雪を払い落とす。
自分のスティックと、カガリの装備を、彼女自身に抱えさせ、アスランはこともなげに、
当たり前の仕草で愛妻の身体を抱き上げた。
「ほらッ!それが、甘やかしだ、って云ってんのよッ!」
顔を真っ赤にして、ミューズは怒鳴り散らす。
「だって、まともにママが下山してくるの待ってたら、陽が暮れちゃうぞ?」
「パパッ!!」
「ミュー、ひとりで降りてこれるよな? 俺たち、先に行くぞ?」
云うなり、アスランはカガリを両手で抱いたまま、滑走コースに滑りだした。
見送る形で、ミューズは呆れた視線を、両親の後姿に固定する。
「もう、パパ、大甘過ぎッ!」
腰に両手を当て、ミューズはひとりで憤慨している。
束の間、置いていかれたことにも腹立たしさを感じたものの、直ぐに両親の後を追って、
彼女もコースに滑り出す。
後ろから、愛する父親の、華麗な板捌きを見遣って、ミューズは苦笑を零した。
毎度、毎度。
この光景は、お馴染みの姿になっているので、驚きはしないけど…。
実の両親であっても、こんな風に男性が、女性を抱えて滑るなんて、夢物語を実写で見ているも同然である。
7歳と云う年齢は、ほんの少しだけ、将来を夢見る乙女の心境も混在する。
正直、子供の目から見ても、あんな両親の姿は、羨ましくもあった。
大人になったら…。
自分にも、あんな風に接してくれる恋人は出来るのだろうか。
気が逸れた、一瞬の隙に、ミューズは雪面に隠れたコブに乗り上げ転倒した。
愛娘の悲鳴が耳に届き、アスランは板を止めると、後ろを振り返る。
「ミュー!大丈夫か!?」
「ん!平気、平気!パパたちは先に行って。」
雪まみれの姿態で、右手のスティックを振り、無事な姿を誇示する。
安堵の表情を浮かべると、アスランは再び、板を滑らせ始めた。
「おい、ミューズ置いてきちゃって良いのかよ?」
カガリは、不安気な瞳で、アスランの顔を見上げた。
「大丈夫だろ?少なくとも、カガリを残してくるよりは、ミューズの方が安心できる。」
「…凄い嫌味に聞こえるんだが。」
カガリは不貞て、愛夫の顔を睨みやる。
「気のせい、気のせい。」
軽くいなして、アスランは零れんばかりの笑顔をカガリに向けた。
麓に到着してから10分後、ミューズも無事にアスランたちと合流を果たす。
だが、ゲレンデでの、アスランとカガリの、恒例のパフォーマンスに、その場に居た、スキー客の
衆目に晒されるのは、いかんともし難い。
が、そんな視線には、既に慣れてしまったのか、アスランも、カガリも至って普通の会話をしていることが怖い。
「パパッ!ママッ!!」
『?』
きょとんとして、ふたりはミューズの大声に視線を投げた。
「恥ずかしいから、来年は、パパはママを甘やかさないでよね!」
「……」
妙な沈黙を経て、アスランはこくりと頷く。
ミューズの怒声を聞いて、カガリは眼を眇めた。
「…これって、甘やかしなのか?」
「ミューには、そう見えるらしいな?」
アスランは、笑って、カガリを見た。
「ま、イイけど。」
どうも、ミューズの憤怒の原因が自分である、という自覚はカガリには薄いみたいである。
「ディアナ、迎えにいってくるな。」
苦笑を零して、カガリはロッジへと足を向けた。
「あ!まだ、ミューと滑りに行くなら、行ってきて良いぞ?」
木製階段の途中で振り向き、カガリはアスランに言葉した。
「カガリはどうするの?」
極当然の、アスランの台詞に、カガリは子供のような悪戯な笑みを浮かべた。
「私は、ディアナと、あっちに行く!」
彼女が指差したのは、人工的に作られた、ソリ用の滑走コース。
少し、残念そうに苦笑し、アスランはまた一時間後に、カガリと落ち合う約束を取り付ける。
ミューズを促し、アスランは再び山頂を目指すゴンドラに乗る。
ゴンドラに揺られながら、ミューズは隣に座るアスランを見遣った。
「もう、ソリ遊びなんて!今度、下に降りたら、パパはビシッ!と、ママにスパルタで接しないと、
いつまで経っても、ママ滑れないよ!」
苦笑のまま、アスランは言葉を紡いだ。
「あれは、あれで良いんじゃないか?」
ぴん、とミューズの頭のなかに、なにかが閃いた。
…ひょっとして、父はこの状況を楽しんでる?
考え及び、ミューズは眇めた視線で、アスランを見る。
「…パパ、楽しんでる? …ひょっとして?」
アスランは、臆することなく、自分の心境を愛娘に吐露した。
「ひょっとしなくても楽しいよ? ママ、あれでも結構シャイだから、お姫様だっことかあんまり
やらせてくれないし、こんな機会じゃないと出来ないだろ?」
抜け抜けと、惚気を口にする父親を見遣り、ミューズは大きく息を吐いたのだった。
深々と、頬を刺す冷気に、白い息が固まりとなって空中に一瞬浮く。
「…パパ、ホント、ママのことになると、色々と『馬鹿』がつくね?」
小さく漏れた、愛娘の言葉が聞き取り難かったらしく、アスランは小首を傾げる。
「なに?もう一度云って。聞こえなかった。」
「…なんでもないよ。」
呆れた声音のまま、ミューズは空を仰いだのだった。






                                          ◆ End ◆











◎久しぶりのお題です!゚.+:。(・ω・)b゚.+:。グッ
今、息子が学校の行事でスキーに行っているせいか、
突発的に書いてしまいました。
今回は、親子ネタ。
ミューズが第一次思春期に入っている頃を設定しての
展開にしてみましたが、いかがだったでしょうか?
しかし、アスカガのスキーネタ。
色々と幅広くネタに活用できて、楽しいぞ!と。
ヒャッホ━━゚+.┗┐ヽ(○`・v・)人(・v・´●)ノ┌┛゚+.━━ゥ