『 IF。5th season − Final + a − 』








---“メサイア”陥落。
その報は、即日、標的とされていた、オーブ、スカンジナビアの両国に齎された。
主力砲を備えた要塞を落とす。
与えられた任務を無事に完遂し、アークエンジェルは帰路についた。
程なくして、知らされた事は、要塞を撃破した功労者たちへの、褒章。
官僚府、別室に呼び出されたのは、ふたり。
アスラン、そして、今はロアノークと名乗ってはいるものの、一部記憶を取り戻し
つつある、ムウ・ラ・フラガの両名。
急ごしらえでの、授与式。
それでも、威厳は充分に保たれ、敷かれた真っ赤な絨毯が、誉の高さを誇る。
久し振りに眼にする、彼女・・・。
その姿は、凛とした耀きを放ち、代表としての役目を果たす、長としてのカガリが居る。
自然、高鳴る鼓動をひた隠し、アスランは表情を引き締める。
宇宙に旅立つ前、ひっそりと、ふたりは「最後」になるかもしれない別れに、離れ難い
逢瀬に身を浸した。
・・・もう、会えないかもしれない。
『・・・生きて、必ず戻る。』 誓った思いは、偽りなどなかった。
それでも、口にする言葉とは裏腹に、過ぎる不安は掠めてしまう。
様々な想いを胸に秘め、宇宙へと旅立った、あの日・・・。
まさか、こんな形であれ、再会が出来るなど、誰が思っただろう。
名を呼ばれ、一歩進み出る。
直に、健闘の言葉を授けられ、首長自らの手で胸に飾られたのは、『准将』としての証。
証書と共に、彼女と握手を交わした時、アスランは、周りに気づかれぬ形で、手のひらに納めた
紙片をカガリに握らせた。
顔色ひとつ変えることなく、アスランは実行を済ませると、一歩下がった。
握らされたモノを、今ここで見るわけにはいかない。
カガリの方が匂わせた微かな動揺に、アスランは眼で合図を促す。
『気づかせるな。』・・・と。
何事もなかった様に、場を去り、昇進に関する授与式は滞りなく済んだ。
授与式を執り行なった部屋を後にしていく、彼を見送る、金の瞳は、どことなく切なさを
漂わせていた。
・・・とくん。
心臓の音が五月蝿い。
彼から渡された、この紙に、なにが記されているのか。
早く見たい、という欲求を抑え、カガリは忙しく辺りを見回した。
「カガリ様?」
不審な素振りは、側近でついている秘書の男に見咎められ、カガリは慌てて言葉を濁す。
「あ! す、すまない、ちょっと、洗面所に行きたくてッ!」
生理現象なら致し方ない。
若い秘書の男性は、苦笑を浮べ、できるだけ早めに、と釘を差し、カガリを見送る。
個室に飛び込み、鍵を掛ける。
カガリは手の中でくしゃくしゃになった紙片を開き、文字を眼で追った。
流れるような、流暢な、美しい筆跡。
・・・ああ。
こんな、ささやかな出来事でさえ、カガリの胸のなかは息苦しい程の息詰まりを感じてしまう。
『会いたい。最後に別れた慰霊碑の前で、夜11時。待っている。』
簡潔な一行文。
たったそれだけの言葉なのに、なんで、自分の心臓はこんなに煩く、鳴り響くのか。
・・・でも、この時間は、きっと本当の決別を告げることになるだろう。
会える、という事に、嬉しいという想いの反面、何処かで冷静に己を見下ろす視線を感じ、
カガリは身を縮じ込ませた。
・・・怖い。
唯、ひたすらに怖かった。
もし、この誘いに応じ、アスランに会ったら、・・・自分はどうなってしまうか解らなかった。
決別を心に決め、彼から贈られた指輪を外したのは、まぎれもなく、自分自身なのに・・・。
何故、揺れる。
そんなに、軽い決心だったのか? 
あの痛みを伴なった感情を、こんなにあっさりと撤回していいはずなど、ない。
でも・・・。
・・・わかっている、と思っているだけ。
自分の心は、まだこんなにも、彼だけを想って、叫びをあげている。
否定することなど、出来るはずがない、・・・アスランへの想い。
手を離さなければ・・・
彼の未来を奪ってしまう。
それが、自分になることを、許してはいけない。
甘えれば、・・・優しい彼は、きっとどこまでも、待ち続ける。
・・・だから。
意識せず、零れた一滴の涙を、カガリは手の甲で強く拭う。
「カガリ様!?」
聞き慣れた、身辺警護を担う、女性SPの声に、カガリは平静を装った、声を返した。




闇夜に、ぽっかりと浮ぶ満月。
黄金の光を放ち、響く潮騒の音は、静寂のなかに聴こえる、唯一の音源。
慰霊碑の前に佇む、シルエット。
月が、バックライトの役目を果たし、影だけを浮びあがらせている。
広い、肩幅、がっしりとした体躯。
まぎれもなく、その姿は、男性のものだ。
・・・コツン。
ざわめく潮騒に混ざる、靴音を聞き、男は自分の背後を振り返ろうとした。
「こっちを見るな。」
ぴしゃり、と澄んだ、鋭い声の制止が掛かる。
びくん!
男性の身体が、僅か震え、慰霊碑の方を向いたまま、止まった。
「・・・なんで、あんなモノ、 ・・・寄越したんだ?アスラン。」
「・・・会いたかったから。 それだけだ。」
「もう、会わないって、決心したのに、何故ッ!?」
悲痛な悲鳴にも、似た、彼女の声。
引き裂かれそうな、心の悲鳴が聴こえてきそうな程の、叫びを聞き、アスランは言葉する。
「俺の気持ち、ちゃんと聞いてもらってない、って思ってさ。 ・・・君の指に指輪がないのに
気が着いた時、口では『これで良い』とは言ったけど、・・・もう一度だけ確認したくて。
・・・未練もいい処だけど。」
振り返る、その彼の姿に、カガリは身を強張らせる。
「見るなっ、て云ってるだろッ!」
「無理。」
伸ばされた、逞しい両腕が、カガリの細い肢体を引き寄せた。
どくん。
鼓動が波打つ。
彼の、腕の感触は、堪らなく心地良い。
覚えてしまった、そのぬくもりに、身を寄せたい、と強い誘惑がカガリを誘おうとする。
だが、彼女は、ぐっと両腕に力を込め、彼の抱擁から逃れるように、突っ張った。
「カガリ?」
不安を醸した、アスランの瞳が彼女を覗きやる。
「・・・私には、やらなければならない事がある。 ・・・今は、自分の事を優先するわけには
いかない。 だから・・・」
「それは、わかっている。 カガリの立場も。」
悲痛な表情で、アスランはカガリを見据えた。
「だったらッ! わかっているなら、なんでこんなこと、するんだッ!」
決心を鈍らせないで。
この想いを揺らがせないで欲しい・・・。
血の叫びをあげ、カガリは激しく首を振り、涙を散らせた。
「頼む。 もう、これ以上、私を待つのは、やめてくれッ!」
「できないよ。」
「アスランッ!」
「できないッ!!」
激しい拒否の言葉を紡ぎ、アスランはカガリの両肩を強く掴んだ。
「・・・お願い。 私のことなんかより、自分の幸せを考えて。 私ばかりを見ていたら、私はお前を
不幸にしてしまう。 ・・・そんなの、・・・嫌なんだ。」
溢れる涙の雫。
カガリは、涙を拭うことなく、自分の気持ちを吐き、彼にぶつけた。
「全ての責任を君ひとりにだけ背負わせて、なんで俺だけが幸せになれる?」
「それでも! ・・・それでも、 ・・・私は」
苦しい。
苦しくて、苦しくて・・・
気が狂いそうなほど、苦しかった。
自分に与えられた責任の重さがわかるからこそ、今、この腕に甘えてしまうわけには
いかなかった。
「カガリは、やっぱり変わらないな。自分に厳しく、他人には優しい。 ひとの心配ばかりをして、
自分のことのケアは怠りっぱなしだ。」
・・・だから、好きになれた。
そんな、彼女の優しさを愛した。
くすり、とアスランは苦笑いをして、彼女を自分の腕のなかに閉じ込めてしまう。
「は、放せッ! この、馬鹿ッ!」
「焦らないから。 今を望んでるわけじゃない。 いつか・・・ でイイんだ。」
「アスラン?」
瞳を見開き、カガリは彼の顔を見上げた。
「メイリンは、ルナマリアの処に返す。 このまま、俺のもとに居ても、彼女の益はなにもない。
・・・それに、俺の『ここ』には、カガリしか住めないから。」
そう云って、アスランはカガリの右手を取ると、自分の胸にその手のひらを押し付けた。
伝わる、彼の鼓動。
温かく、脈打つ、心臓の音が、カガリを包み込む。
「・・・お前、馬鹿だ。」
「わかってる。」
ぽろぽろと、真珠の粒を思わせる涙を零し、カガリは顔を伏せる。
「・・・待ち過ぎて、おじさんになっちゃうかも知れないんだぞ?」
「それでも、待つよ。」
「おじいさんになっちゃったら、どうするんだよ?」
「それでも、待ってる。」
「・・・馬鹿。 ・・・お前、本物の馬鹿だ。」
カガリはすすり泣き、首を激しく振る。
「知ってる。 ・・・どんなに責められても、俺は、カガリがいい。 俺が欲しいのは、カガリだけだ。」
「・・・なんで、・・・私なんだよ?」
「なんでかな?」
ひとを愛するのに、理屈など要らない。
唯、純粋で、愛おしい想いは、誰にも意見することなど出来はしないのだから・・・。
アスランは、緩く、慈愛の微笑みを称え、カガリを再び抱き締めた。
「転属願いをだした。」
突然、話題を変え、アスランは彼女に囁いた。
潤んだ瞳で見上げ、カガリは彼を見遣った。
「近日中には、きっとカガリの処へ、嘆願書類として届くはずだから、許可をくれないか?」
「アスラン?」
「今度、プラント方面に新たな駐屯地をオーブが新設する、っていうのを聞いて、それに志願した。」
彼の口から齎された、その言葉は、カガリが推し進めていた、プロジェクトのひとつだった。
月にオーブの駐屯地を新しく設置する。
少なくみても、どの国にも、牽制力を誇示するために、大なり小なり、前線基地を築くことは、
当然の如く行われている。
だが、カガリは自国の基地を設けることにより、遠く離れた本国と、プラントとの間に、橋渡しとしての
役目を担わせた基地を置くことを提唱した。
『見張り』としての役目、そして、それが『友好』な意味でも、使えるようにと。
「そこで、俺は、もっと力をつけて、カガリに相応しい立場を築く。 誰にも文句をつけられず、
君の傍に居られるようになるから。」
諦めるものか。
アスランの力強い言葉に、思わずカガリは苦笑を浮かべた。
「・・・そっか。」
許諾の返事が、やっと彼女の唇を模る。
「なら、私ももっと頑張って、誰の意見にも流されることがない、為政者にならなくちゃな。」
「カガリは、気が着いていないだけだ。」
「なにを?」
彼女は、ようやっと乾き始めた涙の跡を拭い忘れた顔をあげた。
見詰め合う、金の瞳と、翠の瞳。
「俺、意外と諦め、悪いんだ。」
苦笑し、アスランは緩く笑んだ。
アスランの台詞に、虚をつかれたカガリは、大きく眼を見張った。
やがて、漏れ出す、小さな笑い声。
「だったら、私も云ってやる。 お前も気が着いていない、私も諦め悪いから。」
カガリの言葉を聞いて、アスランの顔は安堵に満ちた表情を浮かべる。
「そう・・・。 なら、お相子だな。」
「ああ。」
ついた、互いの相槌。
未来に繋げる道を見出し、身体を離す。
触れるだけの、キスを交わして、ふたりはそれぞれの道へと・・・
交わした口付けは、未来への『約束』。
変わることのない想いを確認し合い、歩を進める。
互いの内に宿るは、強く深めあった、『絆』。
万感の想いを込めて、大河に漕ぎ出す、小さな船。


今は、違う道を歩んでいても・・・  それが遥か彼方でも・・・
交わることを願って。
共に、歩調を合わせ、歩るいていける。
小さな力でも、いつか、その思いは、自分たち以外の人々へも届くと信じて・・・。




                                                     ◆ Fin ◆








※ 07’年度、新春初っ端で放映した、「運命エディ4」 期待は
しない、と気持ちを持って、それでも何処かに、「ちょっとくらいは、
なにか。」を期待していた自分がいかに愚かだったか、身をもって
しらしめられただけのお話でした。アスカガ的には、萌えどころか
接触すらなく、アイコンタクトもなし。友人とのメールのやりとりで
カガリの指輪を外すシーンは、不用説、に大声で一票投じたい
です。 そんなわけで、本編に不満があると、必ず登場する、
「IF」シリーズ。『4th〜』での、お話で、最後のお別れ、と称して
うちのアスカガ、合っているんで、気持ち的に若干、再会
いちゃこいなお話に仕上げてみました。(^-^ )
イベントとしても、自分的には、こういう話こそ、切望しているのよ!
という心の叫びも加味し、楽しんでいただければ良いと思います。