「・・・ずっと、ずっと、 ・・・一緒にいようね。」
その囁きは、まるで子供のお飯事のような、文句。
でも、それがなによりも一番、欲しい言葉。
愛しいひとの声は、低く、甘く、擽るような響き。
嬉しさのあまり、思わず洩れてしまった、小さな笑い声。
機嫌を少し損ねてしまったのか。
膨れた、彼の顔が、可笑しくて・・・
だから、迷わず言葉を口にする。



「・・・愛しています。 ・・・貴方だけを。」









『 1th anniversary 』










本当に、ささやかな、祝いだった。
結婚、一周年の記念日。
いつもより、ちょっとだけ豪華な食卓。
勿論、彼の好物も、必須だ。
「よし!こんなもんかな?」
カガリは、エプロンを外しながら、ご馳走を並べたダイニングテーブルを
満足気に見下ろした。
両手を腰にあて、自信あり気に微笑む。
「これで、文句云ったら、当分、H厳禁にしてやる!」
アスランと結婚して、今日で一年あまり。
正真正銘の、一年目。
一年なんて期間、過ごしていけば、少しは『熱』も冷めるのかな?
・・・とも思った。
だが、その『熱』は冷めるどころか、エスカレートするばかりで、戸惑うこともしばしば。
更に云うなら、とにかく人目がなければ、どこでもお構いなしでボディタッチしてくる、
彼にも困ったもので。
迷惑そうな顔をしても、これが嫌じゃないから始末が悪い。
カガリは、少し身体を仰け反らせ、偉そうに言葉を紡ぐ。
この日に至るまで、彼女の夫が料理について文句を云うことなど、皆無で
あるのは、カガリ自身がよくわかっていることだ。
テーブルにずらりと並べられた、夕食の宴。
ローストビーフ、グリーンサラダ、とロールキャベツ。
スープは、パンプキンのポタージュを用意した。
あとは、本命の主が帰ってくるのを待つだけ。
そわそわと、気になりだすのは、時を刻む壁掛けの時計。
アスランが帰宅するのは、午後7時きっかり。
今まで、一分たりとも遅れたことがないのは、皆勤賞ものである。
ケーキは、仕事帰りに買ってくるように頼んだ。
勿論、『記念日』なのだから、ホールで。
朝、その用事を切り出した時、甘いものは、本気で苦手の、彼の渋面を思い出し、
苦笑が零れる。
よもや、すっ呆けて、買ってこない、ということはないだろうけど・・・
やっぱり、ちょっと心配になってしまう。
一応、念押しに、彼の携帯に確認をとった方が良いだろうか。
いやいや、待てよ、と彼女は唸る。
ここは、彼を信じて、やはり待つべきだろう、と思い直し、カガリはテーブルの
椅子を引き、腰を降ろした。
「早く帰ってこぉ〜〜い! ア〜スラぁ〜〜ンっ!」
待つという行為は、退屈至極。
カガリは、足をぶらぶらと揺らし、両手をテーブルにつき、頬杖をつく。
コチコチ。
気になると、とことん時計の秒を刻む音が耳障りになる。
ぽーん!
PM7時のチャイムが鳴った。
ピンポーン!
帰宅合図に、彼が一度だけ鳴らす、玄関の呼び鈴の音。
キタッーーーッッ!!
待ってました、とばかりに、彼女はテーブルの椅子から勢いよく立ち上がった。
ばたばた忙しい足音で、玄関に迎えでれば、優しい笑顔を携えての彼が居た。
「お帰りッ!!」
勢いに任せて、カガリはアスランの首筋に飛びつく。
「カガリッ! ケーキ、潰れるッ!!」
喜んだ顔でも、漏れるのは、抗議の声だ。
「おっ! 悪い、悪い。」
直ぐに、彼女の身体が離れてしまったのは、やっぱり寂しかったのか、アスランは
いつものおねだりを彼女にしてくる。
「キスは?」
「・・・あ、・・・うん。」
頬を染め、カガリは、彼の唇に軽い口付けを施す。
はっきり云って、これはふたりにとっては、習慣のひとつに過ぎない。
早く、と彼を急かし、カガリはダイニングにアスランを引っ張って行った。
苦笑を浮べ、それでも嫌な顔すら浮かべない彼は、カガリにはめっぽう甘い。
ダイニングの入り口を潜った途端、彼は瞳を開いた。
「・・・すごいご馳走。」
「だろ? これで、ケーキを並べれば、完璧だぞ?」
ふふん!みたかッ!と云わんばかりに、彼女は身体を再び、緩く反らせる。
「・・・デリバリー、・・・じゃないよね?」
「殴ってもイイ?」
即答での、彼女の否定に、彼は顔を引き攣らせた。
疑うつもりはなかったが、あまりのいつもとは違う、テーブルの様に彼は驚くばかり。
「ま、イイけど。 先にシャワー浴びて、汗流してこい。 ポタージュ作ったからな。
私は、その間それ暖めて、準備しておくから。」
にっこり笑んで、カガリはアスランを促した。
頷き、彼は持っていたケーキの箱を彼女に渡す。
それを受け取り、カガリは、笑顔でアスランを見送る。
身体を清め、彼がラフな室内着に着替え、姿を現したのは、程なくして。
タイミングを計り、彼女はスープ皿に盛ったポタージュを、椅子に着席した
アスランの前に置いた。
「食べて良い?」
「勿論!温かいウチに食べてくれ。」
持ったスプーンで、彼がポタージュを掬い、口に運ぶ様子を、カガリはじっと視線で追う。
「・・・どうだ?」
追い討ちをかけ、彼女は味の感想を尋ねる。
「え? 美味しいよ。」
無言で、彼女はガッツポーズを作った。
「やっぱり、ラクスに作り方のコツ、訊いて正解だった!」
嬉しげな、彼女の顔を見て、アスランは小さく笑う。
「そんなに神経質にならなくても、カガリの料理の腕はあがってるよ?」
彼が、何気に漏らした言葉に、カガリの動作がぴたりと止む。
「そ、それ、・・・本当に? 嘘じゃなくて?」
彼女は、テーブル越しの彼に迫り、言葉を発する。
「うん。」
笑顔の、アスランを見、カガリは素直にそれを受け取る。
「・・・そう云ってもらえるの、・・・すごく、嬉しい。」
力が抜けた仕草で、すとんと自分の椅子に腰掛け、カガリは緩やかに笑む。
初めて、彼に『食事』と名のつくものをだした時は、正直、それが『食べ物』かどうかも
怪しいものしかでてこなくて、絶句としか云いようがなかった。
彼女が、前向きに『料理』に対して、努力をしようと考えだしたのは、アスランとの
付き合いが本格的になってきた頃。
切っ掛けは、彼の不規則な食事をなんとか改善させたい、ということだった。
とにかく、男の独り身なんて、面倒くさいと思えば、補助食品の固形物とサプリメントだけ、
という有様が、彼女には我慢できなかったのだ。
健康な身体を維持するなら、やはりきちんとしたものを摂取すべきだ! が、カガリのモットー。
だが、そう思った処で、料理という分野が特別、得手というわけではなかった。
そこから始まった、血の滲み出る、彼女の努力。
年単位で、時が経過するなかで、その結果は日々、更新され、今に至る。
「ワイン、ある?」
さり気に、彼は彼女に催促をする。
「ちゃんと冷やしてあるぞ!」
喜び勇んで、彼女は席を立ち、冷蔵庫に頭を突っ込んだ。
全部の準備を彼女に任せっきりにするのは、心苦しく感じたのか。
アスランも席を立ち、グラスを食器棚から二個、持ち出してきた。
「飲むだろ?」
手にしたグラスを掲げ、アスランは、カガリに向って片目を軽く瞑る。
頷き、カガリはコルク抜きをワインに差込ながら応える。
「私、あんまりコルク抜くの、上手くないからな〜 頼む、ちゃんと抜けてくれ!」
えいやッ!と掛け声、一声。
キレイに抜けたコルク栓に、彼女は歓声をあげる。
こんな小さな出来事でも、彼女の一生懸命さは、彼の笑顔を誘う。
笑いと笑顔の絶えない、食卓の風景。
ひとりより、ふたり。
それが、精神的にも、どんなに貴重で、大切なことなのか・・・
結婚して、初めて知る喜びは、数多あった。
本当に、ささやかな出来事でも、通ずる、笑顔はなににも掛け替えのないもの。
そして、思ってしまう、想い。
これは、決して、失ってはいけないものだ、という事。
絶対、手離したりなどしない。
戦争、という非生産的な、過程を経験してきたからこそ、その執着は、限りなく
強いものになっていっていったのは、揺ぎ無い事実。
彼女の、手料理に舌鼓を打ち、堪能したあとは、お決まりコースのセレモニー。
カガリは、おもむろにスープスプーンを手にすると、思いっきり、テーブルに
置かれたケーキに、それを突き刺した。
カッティングするのではなく、スプーンで掬う、という彼女の荒業に、アスランは
絶句し、閉口する。
彼の面前に、無造作に差し出される、スプーン。
スポンジと、生クリームたっぷりのケーキの固まりに、アスランは口を堅く引き結ぶ。
「口、開けろ。」
脅迫紛いの、カガリの声に、彼は懸命に首を横に振った。
頑な、拒否。
「開けろッ!」
「嫌だッ!!」
「ひとくちだけだ!」
彼女の強い口調に根負けし、アスランは渋々口を開けた。
ケーキの固まりが、口のなかに放り込まれた途端、口内に広がる、生クリームの甘さは、
殆ど、拷問に近いとさえ、アスランは思ってしまう。
「美味いだろ?」
にっこり、カガリに微笑まれても、涙眼で頷くしか、彼には出来なかった。
彼の口に、ケーキを放り込んだ、同じスプーンで、今度は自分の分を掬い取ると、
カガリは、これでもか、というくらい、大きな口でぱくりとスプーンのケーキを食べた。
「うンまいッ!!」
感動を、素直な言葉で表し、彼女は、躊躇わず二口目を掬い、再び口内にスプーンを運んだ。
「・・・そんな、泣くほど、嫌いか?ケーキ。」
「・・・甘いの、苦手なの知ってて、態とやってるんじゃないのか?」
「まあな!」
すっぱり言い切り、彼女は愉快そうに笑った。
アスランは、なんとか、この口のなかの、『甘味料』を消したくて、半分残しておいたワインを
一気に飲み干す。
「ぐえぇ〜 ワインの味と混ざって、すごい不味い。」
悲惨な、アスランのうめきを訊いて、カガリはまた可笑しそうに笑う。
一通り、彼女の我が侭を訊いてやってから、ふたりは落ち着きを取り戻し、いつもの
他愛もない会話に花を咲かせ始めた。
「左手、だして。 カガリ。」
云われるまま、彼女はアスランに手を差し出す。
隠し持っていた、小さなビロード布の小箱を開け、アスランはなかに入っていた指輪を
取り出し、彼女の薬指に嵌め込む。
指輪が嵌った、手先を戻し、彼女は微笑んだ。
だが、その表情はすぐに怪訝な顔つきになる。
「・・・なんか、この指輪、デザインが・・・ 変。」
「そうだね。」
動じた様子もなく、彼は微笑む。
「?」
首を傾げ、カガリは彼の顔を凝視した。
「それは、まだ、『未完成』だから。」
「未完成?」
アスランの言葉の意図が解らず、彼女は益々、訝かしんだ表情を浮かべた。
「完成するのは、正確には9年後だ。」
「9年後?」
「そう。 今年の俺たちの結婚記念日が、その指輪の一個目のダイヤ。 来年、今日と
同じ日にまたひとつ。再来年にまた、ひとつ。 で、ちゃんとした、『完成品』になるのは
10年目になったらだ。」
微笑むアスランに、驚きに瞳を開いていた、カガリの表情が、柔らかい笑みを漏らす。
「随分と気の長い、贈り物だな。」
「きっと、そんなの、直ぐに来てしまうよ?」
「だと、良いな。」
「良いな、じゃなくて! するの!!」
彼の強い口調に、カガリは苦笑を零し、アスランを見やる。
「嬉しい。 ・・・こういう時って、なんて云ったら良いのか。・・・ごめん、わからない。」
彼は、彼女の返事に、緩やかに笑むだけ。
静かに椅子を立ち上がり、アスランはカガリの居る場所に移動する。
そっと、坐る彼女に身を寄せ、彼はカガリの額に唇を落とした。
「・・・ベッド、・・・行こう。」
耳元に響く、甘い、アスランの囁き。
カガリは、うっとりとした顔で、彼を見上げた。
拒否など、出来るはずもない程、彼の顔は魅惑に満ちている。
両腕を彼の首筋に絡ませた瞬間、彼女は軽々とアスランの逞しい腕に抱えられてしまう。
寝室に辿りつくまで、繰り返される、小さな口付け。
ついばむ音は、ふたりの身体を疼かせる。
彼女の身体を、ベッドのうえに降ろし、彼が覆い被さろうとした、刹那。
カガリは緩く、彼の身体を押し返した。
「カガリ? 嫌、なのか?」
「ち、違う! ケジメだ!ケジメっ!」
彼は、不思議そうな瞳で、彼女を見るだけ。
ベッドのうえで、カガリは身をただし、正座をして、アスランと相対する。
がばり、と頭をさげ、彼女は言葉した。
「一年、無事に過ごしてこれたのは、アスランのおかげだ。・・・だから、不肖の女房だが、
これからも、・・・その、・・・よろしく頼む!」
「そんなに改まれると、困っちゃうな〜」
照れたように微笑み、アスランは小さく頭を掻く。
彼も、居住いをただし、彼女同様、正座をすると、ぺこりと頭をさげた。
「俺こそ、また、よろしくお願いします。」
ぷっ! 
同時に洩れた、ふたりの噴出す声。
その声は、可笑しそうな笑い声に変わっていくのに、時間はかからなかった。
アスランは、愛おしそうに、彼女の頬に唇を寄せる。
「・・・ずっと、ずっと、 ・・・一緒にいようね。」
その囁きは、まるで子供のお飯事のような、文句。
でも、それがなによりも一番、欲しい言葉。
愛しいひとの声は、低く、甘く、擽るような響き。
嬉しさのあまり、思わず洩れてしまった、小さな笑い声。
機嫌を少し損ねてしまったのか。
膨れた、彼の顔が、可笑しくて・・・
だから、迷わず言葉を口にする。



「・・・愛しています。 ・・・貴方だけを。」



・・・それは、誓い。
いつまでも、揺るがない、・・・強い、想い。




カガリは、幸せそうな微笑を零し、アスランの首筋に腕を絡ませていく。
「・・・好きだ。 ・・・お前だけだからな。 ・・・なんだか、怖いくらいだ。」
彼女の、蕩けるような瞳のなかに見る、熱い情熱。
見詰め合った視線は、ふたりの欲望を掻き立てる。
「怖い? ・・・なにが?」
アスランは、顰めた声で囁き返す。
「・・・アスランだけしか、見えなくなりそうで・・・。」
掠めるようなキスを、ふたりは繰り返す。
そのなかで、顰やかれる、アスランとカガリの声。
「それ、すごい告白だよ? カガリ。」
「えっ?」
問おうとしていた、彼女の唇は、熱い口付けで、塞がれてしまう。
「・・・見えなくなってしまいそうなのは、俺の方だ。 ・・・君に、溺れて、溺死しちゃいそう。」
「私に? お前が?」
「・・・うん。 なんのしがらみも、考えなくていいなら、ずっと、カガリとベッドのなかに
居たいくらい、君に夢中だから。」
くすり。
彼女は、小さく笑った。
「すごい、褒め殺し。 それ、殺人行為に匹敵するぞ?」
「本当のこと、云っただけだ。」
シーツの波に、埋もれる、若い身体。
ふたりは甘い時間に、身を委ねる。
夜の帳は、優しく、ふたりを包み込んでいった・・・。







                                                ■ End ■









※お蔭様をもちまして、当サイトも無事に、20万打、という
快挙を成し遂げられました!ぺこ <(_ _)> 心より、御礼
申し上げます。 こちらの作品は、記念品、お気に召されましたら、
フリー配布ですので、お持ちいただければ望外の喜びです。
今後も、拙宅のアスカガ+@を可愛がっていただければ、
なによりです。(^-^ ) ニコッ





                                           サイトトップ