『 ー ヲモイノカタチ ー 』
白。
それは、どこまでも続く、無限の白。
発光体のなかにでも、閉じ込められてしまったかのような、不思議な感覚だった。
・・・そういえば・・・
まだ、カガリに出合って間もない頃、自分は『闇』に囚われていた。
血溜まりと血臭の不快さ。
恐怖に慄き、それが罪の証とわかっていても、救いだけを求め、惨めなくらい、
足掻いていた。
あの時は、ただ安らぎだけが欲しくて、カガリに縋ってしまった。
応えてくれた、彼女の腕の温かさは、今でも忘れ得ぬもの。
なにかの、物語で読んだ記憶がある。
救われる時、それは、絵にもかけぬほどの、慈愛や、温かみを感じるという。
カガリの優しさに甘え、惨めな自分を曝け出しても、彼女は拒まなかった。
なにも訊かず、ただ優しく、包んでくれた。
甘い香りと、腕の感触は、忘れることなどできるはずがない。
終戦後、悪夢にうなされた日々。
あの、経験した、『闇』とは、まったくの正反対な、この空間。
自分にとっては、やはり異質な場所、としか言いようがない。
わかっていながら、不思議と、漠然とした思いばかりで、やっと思い出したかのように
アスランは自分の足元を見詰めた。
硬質な床。
機械的な、鉄の冷たさ。
自分が今、乗艦している、艦、『ミネルバ』のどこか、なのだろうか?
わからない。
でも、焦った気持ちもなく、なぜ、ここに自分がいるのかさえにも、鈍い反応しか返せなかった。
ぼうっ、としたまどろみの視線で、彼はうえを見上げた。
やっと、意識を取り戻したかのように、始めて考える。
・・・ここは、どこなのだろう・・・と。
見渡しても、誰も居ない、白の世界。
コトリ、とも物音ひとつしない、異空間。
余りにも、その『白』の色がきつくて、自分が立っている場所が、辛うじて認識できるだけ。
一歩を踏み出す。
気持ちが悪いくらい、自分の足音しか聞こえない。
響いて、耳障りなくらいの、『音』。
なぜ、誰もいない?
なんで、俺はここにひとりなんだ?
鈍さに澱んだ、脳のなかは、考えることすら煩わしい。
『・・・アスラン』
自分の名を呼ばれ、彼は視線を声の主に定めた。
キャットウォークが渡された、遥か上部。
眩い光が邪魔で、はっきり確認できない。
でも、そのシルエットの主は、・・・彼女。
間違えるはずなどない。
声も、その姿も・・・
眩しさに眼を細め、アスランは視点の焦点を合わそうと、必死になる。
手を翳し、影を作り、もっとちゃんと瞳のなかに焼き付けたいと、願った。
ようやっと、視界が慣れ、瞳を開けば・・・
愛しい少女が、柔らかい笑みを浮べ、そこに立っていた。
「・・・カガリ」
言葉は、自然、その名を口にする。
『なに、やってるんだよ。 こっちに来いよ。』
そう言って、彼女は微笑みながら、彼に手を差し伸べてきた。
伸ばされた手を掴みたい。
想った瞬間、自分も手を差し出していた。
殆ど、無意識に。
「行きたいけど、そこじゃ、届かないよ、カガリ。」
『なに、言ってるんだ?飛べばイイだろ?』
「跳ぶ?」
『違う。『飛ぶ』んだよ、アスラン。』
彼は、項垂れ、下を見る。
「無理だよ、ここは重力があるみたいで、足が重いんだ。」
『ないよ、そんなもんは。だから、爪先に力をいれて、地面を蹴るんだ。』
出来ない、と思い込んでいたのに、彼が爪先に力をいれ、一歩を蹴った、刹那。
アスランの身体が、ふわりと空に舞った。
信じられない。
あんなに重く感じていた、身体が・・・
まるで、宇宙空間で無重力遊泳でもしてるような、感覚。
慣性の法則に従って、彼の身体は、まっすぐに、彼女のもとへと漂っていく。
あと、数センチ。
触れる、と思った、瞬間、彼の意識は光の渦に吸い込まれていく。
「・・・」
瞼を開ける。
緩々と。
ふと、彼は自分の頬に感じる、水分の感触に、指先をやった。
「・・・涙?」
なんで、涙なんか。
泣いていた、というのか?
身体は重く、だるい。
手を空間に伸ばし、アスランは思った。
届かなかった、伸ばした手先。
あと、少しだったのに・・・。
だが、彼は思う。
掴めなかったのは、きっと自分が拒んだからだ。
数日前、彼女と再会した。
地中海に面する、古神殿の跡地で。
酷い言葉をぶつけた。
あんなことを言いたかったわけじゃないのに、・・・彼女を傷つけた。
伸ばされ、差し出された、優しい腕を、・・・拒んだのは、まぎれもなく、自分自身。
軍に戻り、エリートとしての、『フェイス』の徽章を携え、彼はザフトに復帰した。
守りたいものを守るために・・・
そう思って、手にした『力』。
なのに、なぜ、疑問だけが頭にこびりつくのか、わからない。
なにが正しくて、なにが間違っているのか。
自分の選択は、本当に正しかったのだろうか?と、思う、日々。
自分ひとりが、足掻いた処で、世界の歩みは止まることなどない、とわかっているのに・・・
それでも、なにかせずにはいられなかった。
だから、自分はここに居るのだろう?
と、自問自答を繰り返す。
なのに、心は違うものを求めている。
還りたい。
本当は、還りたいのだ。
彼女のもとへ・・・
きっと、あの夢は、口にだせない、自分の本心。
欺く思いが、見せた、儚い、・・・幻。
どんなに言葉で自分を抑えつけても、心だけは偽ることなど、出来はしないのだ。
再び、アスランの頬に涙が伝わる。
自室のベッドに横たわりながら、彼は小さく呟く。
「・・・まだ、起きる時間でもないのに、・・・眼が冴えてしまったな。」
還りたい。
一度、想った思いは、幾度も彼の胸の内で木霊する。
「・・・カガリ、・・・ごめん。」
どんなに愛していても、抱き締めることすら出来ない、愛しいひと。
振り返ることは許されない。
前だけを見詰め、前進することだけが、彼に許された、唯一の道。
この先、思いは同じでも、進む道が違えば、また再び、敵として見まえるかもしれない、
親友と、彼女への強い思い。
頼む。
俺に、引き金を引かせないでくれ。
お前たちを手にかけることなど、・・・したくない。
だから、・・・だから!
身を引き裂かれるような、想いに苛まれ、アスランは、手繰り寄せたシーツのなかで
身体をちじこませた。
バランスのとれない、想いと身体。
あとどれだけ経てば、自分の望んだ、『明日』に届くのだろう。
混沌とした、世界に抱かれ、自分たちは、そのなかで、さまようしか出来ないのだろうか。
答えの見えない、思いだけが、アスランを蝕む。
小さな嗚咽が漏れ、苦しさにバラバラになりそうな意識を辛うじて、繋ぎとめる。
本当に、望む未来を手にいれるのに、手にした『力』は、それを叶えてくれるのだろうか。
果ての見えない、問答を繰り返し、彼は言葉を紡ぐ。
「・・・逢いたい。・・・カガリ・・・ 君に。」
■ End ■
※ あとがき。
客A:「本日のおススメメニュー、ってなんですか?」
ウェイター:「そうですね。本日はシェフご自慢の一品、
『迷える子羊アスラン風煮込み』がよろしいかと。」
客A:「では、それをお願いします。」
ウェイター:「かしこまりました。お付けするのは、ライスとパンと
どちらにいたしましょうか?」
客A:「パンでお願いしますv」
・・・というような、今回のお話でした。(*´ー`) フッ
↑なに、書いてんだか、私。;;
そんなわけで、このお話は、50お題、『闇』との対のお話に
なっております。そして、毎度、ステキ絵をくださる、かずりん様
への捧げものであります。 一応、絵もらった時、イラストの
イメージが沸けば、なにか文を!とのリクをいただいて
おりましたが、蓋を開けたら、アスランがただのへタレだった。;;
ぎゃふん。・・・ごめんなさい。かずりんさん。ぺこ <(_ _)>
イラストはかずりん様のご好意で、挿絵として使わせていただきました。
そんな、かずりんさんのステキサイトへは、↓からどうぞ。
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