『 聖なる夜に。〜 White night 〜 』








「ぐわぁぁ〜〜 さぶっ!」
一声あげ、カガリは勢いよく開け放った窓を、開けた時以上のスピードで
乱暴に閉めた。
「つったく、なんなんだよ、この寒さはッ!」
誰に向って吐いているのやら。
暴言もどきの八つ当たり。
その彼女の声に、おかしそうなクスクス笑いが小さくカガリの背後から漏れた。
「お前は寒くないのか?」
「全然。むしろ、このくらいの気温の方が逆に頭が冴えて、具合イイくらいだ。」
毎朝、アスハ邸のダイニングで交わされる、何気ない会話の一部。
カガリは、緑のハイネックだけを着こんで、平然とした表情のアスランを見、
不機嫌そうな瞳を向ける。
南国の島国である、オーブ。
だが、今年は実に30年ぶりと言われる、大寒波の影響で、異常なまでの寒さが
この小さな国を被っていた。
「そういえば、24日は雪降るかも、ってさっきニュースで言ってたな。」
「雪!?」
温かい気候に慣れ親しんできたカガリにとって、《雪》はテレビの中でしか見たことがないもの。
「雪かぁ〜」
現物を見られるかも知れない、と考えると、ほんの少しだけ、未知との遭遇的な気分になった。
それを思えば、この異常なまでの寒さに対する怨嗟も和らぐ。
聖夜の夜。
夜空から舞う雪は、さぞ美しい光景に違いない。
もっとも、それを見るには、この寒さとの格闘を覚悟しなければならないが・・・
「残念だな。24日は、確かスカンジナビア国との、親善パーティの予定が組まれてたっけ。」
カガリの週単位のスケジュールは、既にアスランの頭の中に叩き込まれている。
分単位の彼女の行動を管理することも、カガリの身を守る以外に課せられた、
彼の仕事の内である。
僅かに寂しげな笑みを浮かべる彼の表情を見て、カガリは小さく笑った。
「もし、本当に24日の夜に雪が降ったら、途中で抜け出そう。」
「はあ!?」
突飛おしなカガリの発言に、アスランは眼を見開く。
なにを言うのだ、このお姫様は!
というような、彼の顔。
カガリの両の瞳はキラキラと耀き、悪戯っ子のような表情を匂わす。
「パーティが佳境に入れば、メインがいなくなったって支障はないさ。」
「そんなわけあるかッ!!」
至って生真面目。
管理の一端を任されている身としてのアスランにとって、カガリを野放しになど
出来るはずもない。
「イブなんだぞ。」
「そ、それがどうした。」
アスランの声に、動揺の色が走る。
揺れているのだ。
職務に忠実になるべきか、プライベートを優先させるべきか。
なんだか、自分が『やじろべ』にでもなった気分である。
「この一年、私もお前も、仕事に追われて、ロクに休みもなかったんだぞ。
最後を飾る、イブにほんのちょっと中座したって、神様は怒ったりしないと思うぞ。」
「うっ・・・」
甘えられている。
カガリには、為政者としての規律を常に説いてきた。
自分もそれに習い、律する心を常に持ち、『他人にも厳しく、自分にも厳しい』をモットーに
してきた、彼。
だが、その枠を抜ければ、愛するひとと共に過ごしたい、と願う、『男』の本心が疼きだす。
つんつん。
カガリは右人差し指で、アスランの胸を軽く突付いた。
「・・・雪が降ったら・・・だぞ?」
負けた。
付き合い始めて二年。
何時の間に覚えたのか。
彼に『甘える』という、技を身に付けていた、彼女。
にっこり満面の笑みを浮かべられれば、完全にノックアウトを喰らった気がした。
ああ・・・
もう、なんて可愛いんだッ!!
アスランは、心の中で叫んだ雄叫びを悟られないよう、赤らんだ顔を背けた。




12月24日。 ー 聖夜 ー
いつもなら、市街を彩るクリスマスのネオンは、ぬる温かい気温のミスマッチで
祝われる街並みのはず。
しかし、今年は、クリスマスに相応しい、気温がオーブの街を被っていた。
夕刻。
ちらり、ちらりとネズミ色の雲間から、舞い散り始めた粉雪。
積もる程の量ではないにしろ、南国のこの国では、既にトップニュース扱いだ。
もう少し、気温が下がれば、朝には雪化粧が施されるかもしれない。
アスハの本邸で催されている、親善パーティは、挨拶も滞りなく済み、あとは
各々の要人達との交流へと切り替わっていく。
アスランは、シャンパンのグラスを片手に、ぼんやりと窓の外を眺めやった。
綺麗なものだ。
プラントに居た頃、管理、予告された時間に見る雪とは、まったく違う、自然の風景。
「アレックス。」
不意に、代表前とする、カガリに呼ばれ、アスランは視線を向ける。
ふたりは寄り添い、小さく言葉を交わした。
「そろそろ抜け出すぞ。」
「・・・イイのか?ホントに。」
「お偉い方々には、強い酒を勧めておいたから、かなり出来上がっている。ぬかりはない!」
おいおい・・・。
アスランは、呆れた息を零した。
付き纏う、小さな罪悪感。
職務に忠実であれ、と思う心との狭間で、未だ彼は迷う。
万が一、カガリとのこの秘めた策がバレ、咎められたなら、自分はいくら責められようとも
構いはしない。
が、カガリまでその害が及ぶのは、耐えられない。
為政者としての責務の重さを盾にとられれば、止めるのこそ、自分の役割だという自覚があるから。
でも、それとは裏腹に、過ぎる切なる想い。
ひた隠しにしている、『恋人』としての彼女を独占したい、という思い。
彼の迷いを断ち切るように、カガリはよろり、とアスランに凭れかかった。
カガリの異変を目敏く見つけたキサカが、彼女に声を掛ける。
「・・・すまない。少し酒が過ぎたみたいだ。気分が悪い。」
口元を抑え、カガリは俯く。
一瞬だけ、キサカは眉根を寄せたが、直ぐに傍にいたアスランに指示を促した。
カガリを自室に戻し、休ませるようにと。
頷き、アスランはカガリを伴なって、パーティ会場をあとにする。
扉を潜った途端、カガリはケロッとした顔を起こし、付添うアスランの顔を伺い、緩く笑む。
「やれやれ。大した役者ぶりだな。」
呆れた声音を漏らし、アスランは空を仰ぐ。
ここまで来てしまえば、もうあとはどうにでもなれだ。
自室に戻り、ベッドに偽装を施し、予め用意していた私服にふたりは着替える。
二階に位置する、カガリの部屋にはテラスに伸び届く大樹が添っている。
昔は、この大木が、脱走するにはとても都合がよく、今もまた、活躍してくれた。
先に木をつたい、アスランが地面に足をつけると、テラスの下で彼は手を広げた。
カガリは、アスランの立ち居地を、眼で確認してから、迷うことなく飛び降りた。
難なく、彼女の身体を抱きとめ、アスランは苦笑する。
カガリは抱きとめられた姿勢で、緩くアスランの首筋に両の腕を廻した。
不意に、彼の頬に当たる、柔らかい感触。
アスランは、突然の出来事に硬直し、顔を真っ赤に染めた。
「カガリ?」
「もし、このことが見付かって、咎められても、お前は私に『捲き込まれた』と云い通せ。」
「ダメだッ!そんな、カガリひとりに責任押し付ける、なんて出来るわけがないだろ!?」
「するんだ。わかったな?アスラン」
彼の抗議を受け付けない、という仕草で、カガリは右の人差し指を彼の唇に押し当てた。
もしも、なんてことは考えたくない。
だが、この秘密の秘め事が明らかになれば、自分も同じ咎を受ける覚悟はある。
女のカガリひとりだけに責任を押し付け、自分だけがそ知らぬ顔など、出来るはずもない。
彼女を腕の中から解放し、アスランはカガリの手を引いた。
「共犯なんだ。今更弁解する気は、俺はないから。」
「アスランッ!」
心配げなカガリの声が響く。
「声だすな。見付かる。」
屋敷の防犯システムを掻い潜り、アスランは使用人たちが出入り口として使ってる門扉を開けた。
静かに身をふたりで滑らせ、雪のチラつく闇夜の道を、手を取り合って走る。
まるで、駆け落ちでもしてるような気分。
でも、本当に彼とのこの恋が成就できるなら・・・
こんな光景も望んでしまうかもしれない、女としての性が、カガリの心の中に芽生えた。
弾む息は、白い霧となって、空気に溶け込む。
街の中央公園まで走ってきた処で、歩を緩め、ふたりは顔を見合わせた。
思わず漏れる、笑顔。
罪の深さに身を委ねながら、どこかそれから逃れられた解放感。
公園の中心部に陣取る、巨大なツリーまで辿りつけば・・・
見上げた、それは華やかな色合いを醸し、ふたりを迎えた。
「・・・キレイ。」
感嘆の吐息を漏らし、カガリは金の瞳を輝かす。
そんな彼女の仕草のひとつひとつを見逃すまい、とアスランはカガリに視線を向けた。
その視線に気がつき、カガリは不思議そうな瞳で彼を見返す。
「なんだ?」
「えっ!?」
突然、自分に問われ、アスランは戸惑う。
「・・・いや、・・・その。・・・ツリーも綺麗だけど、カガリもキレイだな、って思ってさ。」
「へっ!?・・・あ〜 ははは!そんなことあるわけないだろ?寒くて視界がボケているんだよ、うん!」
照れ隠しに嘘ぶいても、それは甚だしく滑稽。
アスランは、そんなことない、と一言断言し、カガリの小さな身体を抱き締めた。
「ア、アスランッ!」
「身体、すごく冷たい。」
「あ〜 そうだな。慌てて出て来ちゃったし。でも、こうしてるとすごく温かいぞ。」
まるで、子猫。
喉を鳴らしそうな仕草で、カガリは嬉しそうにアスランの背に両手を廻した。
「そうだッ!」
「な、なに!?」
アスランが突然顔をあげ、カガリの身体から距離をとったことに彼女は驚きの声を発した。
「プレゼント!カガリにプレゼントがしたい!」
「・・・イイよ、別に子供じゃなんだから・・・」
頬を薄く染め、カガリは俯く。
ぐいっ。
強引なまでに、彼は彼女の手を引くと、市街地への道を辿り始める。
いつになく強気な彼の態度。
終いには、カガリは諦め、素直についていくよう歩調を合わせ始めた。
煌びやかな、街の明かり。
行き交う人々は、それぞれに幸せそうな笑みを浮かべている。
仲の良さそうな親子。睦み合う恋人達。
自分たちも、そんな色の一色なのだろうか?
カガリは、漠然とそんな思いに囚われる。
ショッピングモールを歩くなかで、ふと眼に止まったウィンドウに飾られたマネキンが
カガリの視線を釘付けにした。
「アスランッ!」
「ん?」
「さっき、プレゼント、くれるって云っただろ?」
「うん。カガリが気に入ったもの、あげるよ?」
「だったら、アレがイイ!」
彼女が指差したのは、カップルのマネキンが首に捲く、ロングマフラー。
二対の男女の人形は、互いの首にカラフルな色を模したマフラーで繋がっていた。
「・・・アレ、・・・がイイの?」
「うん!」
元気な、カガリの即答。
今度は、カガリがアスランの手を引っ張る番だ。
店の扉を潜り、カガリはウィンドウのマネキンのカップルがしていたマフラーはないか?
と、店員に聞き尋ねた。
笑顔での応対。
直ぐに目的の品を提示され、カガリは満悦の微笑み。
アスランは勢いに任せて支払いを済ませると、カガリがプレゼントのラッピングを断り、
その場で彼女は首にマフラーを捲き始めた。
そして、立ち尽くしているアスランの首にも残りの半分を捲き始める。
「温かいな。」
彼女は、嬉しげに微笑んだ。
彼の手をとり、再び、公園のなかに飾られた、あのツリーの前に戻ってくる。
「こういうのは、何度見ても飽きないもんだな。」
はしゃぐ彼女が、堪らなく愛しく感じ、彼は二度目の抱擁をカガリにした。
「抱き付き魔。」
皮肉を込めて言ったつもりなのに、彼は少しも堪えてない様子。
益々強くなる、腕の感触。
けど、それはちっとも嫌なものではない。
むしろ、幸せで溶けてしまえる感覚になれる気持ちで溢れる。
「なんとでも。」
彼女の皮肉を、楽勝でかわし、彼は緩く身体を離した。
が、繋がったロングマフラーが、彼の顔を彼女に引き戻す。
潤んだ、カガリの瞳が、なにを催促しているのか、直ぐに察することができた。
薄く開いた、桜色の彼女の唇。
アスランは吸い込まれるような感覚を身に覚え、小さなキスを繰り返す。
ついばみ、弄んでいた口付けは、やがて、濃厚な色へと変っていく。
深く、強く抱き合い、ふたりは厭きることのない口付けに酔う。
「・・・ふぅ・・・んっ・・・」
唇と唇の、僅かな空間。
満たされた、彼女の艶を含んだ表情が、堪らない疼きを呼び起こす。
「・・・本当は、早く帰ろうかと思ったんだけど・・・ やっぱり無理みたいだな。」
「・・・ああ。」
彼の肩口に凭れた、彼女も同意した。
燃え上がった、欲望を満たしたい。
今、思っていることは、多分同じ思い。
「ちょっと、寄り道していく?」
アスランは、このうえもなく、優しげな誘いの笑みを浮かべる。
頷き、カガリはより一層、彼に身を摺り寄せたのだった・・・。






                                           ◆ Fin ◆








※おまたへしましたぁぁ〜〜〜(T_T) ウル
ひさびに、SS書きましたよぉぉ〜〜
とりあえず、ありがち。クリスマスネタっス。
フリーだす。お気に召していただければ、
持ってけドロボーっ!(おい)
南国オーブに雪が降る〜〜 夕方のニュース
見てたら、南国高知に雪が降った、から
ヒントであります。(≧∇≦)ぶぁっはっはっ!!








                                            サイトトップ