『 平和の国 』









「カガリッ! 何処に居るんだッ!?」
広い敷地を有する、自宅の中でアスランは声の限り、愛しい妻の名を呼んだ。
居るのだろう、と思って、彼女が仕事部屋としている部屋も探した。
キッチンも、客間も・・・ついでに、トイレまで。
部屋という部屋は全部、探査したのだが・・・
居ない。
買い物でも行ったのだろうか?
いや、彼女が黙って、まして夫としての自分が在宅しているのに、黙って出かけるなど
ありえない。
居間から通じる、等身大の窓を開け放ち、アスランはもう一度、彼女の名を呼ぶ。
「アスランッ!こっち!」
やっと見付けた。
愛しいひとの、声を聞き、アスランは自分の名前が呼ばれた場所に歩を進めた。
「なに、やってんだ!?」
がたがたと、庭の物置をなにやら物色中のカガリの姿を見咎め、彼は首を傾げた。
音がする度、もわっと物置小屋から埃が舞い立つ。
その煙に噎せ、カガリは咳を繰り返していた。
「・・・ん〜〜 ちょっとな。」
探し物なら、手伝う、と近寄った彼に、彼女は後ろ手でなにかを渡してきた。
「ちょっと、持ってて。」
渡されたのは、如何にも奇妙な面相のお面。
肌地は朱色、ぎょろりと飛び出た目玉。
極めつけは、両の口端から覗く、乱杭歯に似た、鋭い牙の様な歯を持った、それ。
見た目、あまり気色の良い顔とはお世辞にも思えない。
「はい、次、これ。」
言われ、アスランの手に渡った、次の品は・・・何故か、極楽鳥の羽飾りがついた、《槍》
なんで、こんなモンが物置に入っているんだ!?
それに、この近未来と呼ばれる時代に、こんな旧式な武器・・・
いや、武器というにも程遠い。
銃が主流の今時、こんなモノがあったって、護身の役にも立たないだろう。
構えている間に、ずどんと一発撃たれれば、即死亡確定だ。
「あと、コレ。」
再び、渡されたモノは・・・巨大な《壺》
丁度、アスランの腰くらいの高さで、綺麗なサファイアにも似た色を放ち、唐草のような
模様と、なにやら人物のような絵がデザインされていた。
「・・・」
アスランは、受け取った品物を見、眉根を緩く寄せる。
「あ〜〜 やっと終わった。」
這い出す仕草で、カガリが物置小屋からでて来た。
ぱたぱた。
身体に纏わりついた、埃を叩き、彼女は息をつく。
彼女が一息つく間を縫って、彼は素直に疑問を口に乗せる。
「・・・なにすんの?・・・これ。・・・というか、なんでこんなモンがウチにあるんだ?」
「随分前だけど、イザークから貰ったんだ。」
「・・・貰った、って・・・」
じっと、彼は手にした物を見ながら、考え巡らす。
そう云えば、イザークは趣味の一環で、『民俗学』の研究をしていた。
軍人なんぞにならなければ、その道の学者に成りたかった、とは聞いた記憶がある。
しかし、そのツテで貰った品とはいえ、こんな役に立ちそうもない品々をカガリはどうしよう
というのだろう。
「明日、市内の大広場で、フリーマーケットやるんだ。」
「フリーマーケット?」
彼女が云う処の、大広場とは、普段はオーブ市民の憩いの場にもなっている、巨大な公園の
ことを指し示している。
「うん。 だから、ウチで使わない物、何点か持ち込んで、あとは着ない服とか全部
売っちゃおうかな、と思ってさ。」
にっこり、彼女は微笑み、腰に両手をあて、アスランを見る。
「・・・売る、っていう、カガリの意図はわかったけど。・・・こんなマニアックなモノ、買うひと
なんて居るのかな?」
彼は手にしていた、あの奇妙なお面と槍、そして壺に視線を落とす。
「持っていってみなくちゃ、わからないだろ? まあ、そういうモノも好きなひとも居るかも
知れないじゃないか!」
「・・・う・・・ん。」
アスランは、納得し難い声を漏らす。
「あ、そうそう。それ磨いておいてくれよな。私は古着、見つけてくるから。」
彼女はそう言うなり、早々に自宅の中に入ってしまう。
託された品々を見詰め、彼は小さく息を吐いた。
「・・・ま、いっか。」
カガリが決めたことだ。
それに、こんな些細なことは反対の部類にも入らない事柄。
彼は苦笑を浮かべると、品を手にし直し、テラスへと足を向けた。
翌日、早朝。
カガリは、意気込みを見せながら、アスランの愛車に昨日の品物を積み込む。
それを手伝いながら、夫婦仲良く、市内の大広場へと車を走らせた。
公園の入り口まで来ると、まずは受付。
主催者スタッフに手順を聞き教わり、手数料を払う。
貸し与えられた場所に、カラフルな布地を敷き、そのうえに持ち込んだ品を並べる。
あとは、客が来るのを待つだけだ。
カガリもアスランも、ちょっとは・・・とは云い難いが、顔が知れ渡っているため、
軽い変装姿。
キャップを被り、サングラスをかけ、ラフな普段着姿で、地面に腰を降ろした。
午前中一杯は、用意した品物の中では、古着はそれなりに捌けたが、やはり最後の最後
まで残っていたのは、あの気色の悪いお面と、槍と壺だった。
木陰一本ない、陽射しの炎天下。
ふたりとも、かなりバテ気味。
不意に彼女が立ち上がり、飲み物を買ってくると言残し、店番をアスランに任せ、彼女は
店頭スペースから離れた。
それを見送り、アスランは溜息をついた。
どうせ、最終時間まで居座っていたって、この三点は売れないだろう、と高を括っていたのだが・・・
彼の前にひとりの紳士が立ったことに、彼は視線をあげた。
ベレー帽を被り、年は70歳くらいだろうか。
白い口髭をたくわえ、品の良さそうな老人が足を止めた。
「おやおや。この店は面白いモノを置いてあるね?」
アスランは老人のその言葉に苦笑を浮かべる。
「他にも色々と持ち込んだんですが。 コレだけが残ってしまって・・・」
「そうだね。こういう品は、用途がないからね。」
ここまで言われれば、もはや笑うしかなかった。
彼は、苦し気な笑みを浮べ、取り合えず交渉を試みる。
「できるだけ、置いた物は全部売り払って手ぶらで帰りたいので、買っていただけるなら、
どんな値段でも構いませんよ。」
「ほほう。」
老人は怪しげな笑いを漏らすと、彼の前にしゃがみ込んだ。
「では、ひとつ1万アースダラーでどうかな?全部で3万、ということで。」
「買っていただけるんですか!?」
驚き、彼は声をあげた。
「きっちり、3万じゃ。値引きは大歓迎だが、攣り上げるのなら止めるが。」
「良いです!それで!!」
渡りに舟の心境で、アスランは嬉しそうに身を乗り出す。
「ほほほ。なら交渉成立じゃ。」
老人はひとつ、高笑いを漏らし、懐から財布を取り出す。
提示した金額の紙幣をアスランに渡すと、品を受け取り姿を消した。
老人が立ち去ってから数分後、カガリが飲み物を手にし、アスランの待つスペースに
戻ってきた。
「あれぇ!?あれれ??」
彼女の驚きの声に、彼は苦笑を零す。
「売れたのか!?アレ!」
「うん。たった今ね。」
買っていった老人の話を報告し、彼は乾ききった喉を潤すように缶のプルトップを開け、
美味そうにジュースを飲む。
それから、数日後。
夕食が終わり、夜のゴールデンタイム。
アスランは居間の長ソファで緩く身体を横たえながら、テレビに視線を向けていた。
忙しく、チャンネルをリモコンで変えながら、大して興味もないのか、番組の選択に苦慮している。
「ん?」
止めたチャンネルの先。
いつもは見ることのない、『あなたのお宝鑑定します。』という番組に彼は眉根を緩く寄せた。
どこかで見た覚えのある老人が番組にでていた。
はっ、と思い出し、彼は身を起こす。
「あの時のおじいちゃん、じゃないか。」
出品されていた品には、もっと驚いた。
それは、先週の週末。
休日を利用して、参加したフリーマーケットで、アスランが最後に売った、あの三点だったからだ。
鑑定される間の、BGMが鳴り、鑑定師たちが提示した金額に、アスランは自分の眼がレジスター
にでもなった気分になる。
慌て、彼は立ち上がると、キッチンのカガリのもとに走った。
「ちょ、なんだよッ!!」
今、忙しいのにッ!と、食事が終わった食器洗いに専念していた彼女の泡だらけの手を掴み、
居間に無理やり引っ張ってくる。
「もう、なんだよッ!!」
彼の手を振り解き、彼女は怒った表情でアスランを見る。
「いいからッ!テレビ、見てッ!!」
促され、カガリは視線をテレビに向けた。
「ご、ご、五千万ッッ!??」
カガリはあんぐりと、口が床に届きそうな程驚いた表情でテレビに釘付け。
鑑定団の司会者が興奮しながら、久し振りにでた巨額な桁に興奮気味に会話を老人と
交わしていた。
『どこで、手にいれたものなんですか!?』
老人は柔和な笑顔で、その質問に答えている。
『いや〜〜 ホンに掘り出しモンじゃったよ。若いお兄ちゃんが店番しとったんだが、言い値で
構わないと言うんでね。』
かっかか。
なんだか、どこぞのご老公様のような高笑いに、アスランは顔を伏せた。
「・・・アスラン、・・・お前、アレ、幾らで売ったんだ?」
カガリは冷ややかな視線で、彼を見る。
「・・・3万。」
ぽつり、と漏れる、アスランの声。
「・・・」
無言でカガリは彼をねめつける。
しかし、もともとは売りにだす、と言ったのはカガリなのだ。
彼女にも、彼を責める云われはなにもない。
ふたりは大きく溜息を漏らすと、力なく床にへたり込んだのだった。





                                                  ◆ End ◆







※ 久し振りのお題です。(o^<^)o クスッ
予告では、「運命の出会い」をしておりましたが、
それはもうちょい、調べ物をしてから、取り掛かり
たいな・・・と思います。
まあ、予定は未定。今更です・・・。|(−∇−)| キコエナイ♪