『誕生日』
このところ、アスランの様子がおかしい。
なんだか、視線を向ければ、いつも溜息ばかりついている。
いや、彼が溜息をついてる光景なぞ、たいして珍しくもないのだが・・・
回数が半端ではない。
本当に、ず〜っと・・・そんな感じなのだ。
あまりにも酷いので、つい心配になり声を掛けるが、彼は力なく笑うだけで
原因は教えてくれない。
だから、カガリは不満で仕方ない。
悩み事があれば、聞かせてくれれば、少しは心も軽くなろう・・・とは考えないのか。
とことん、マイナス思考の彼に、彼女の方が溜息をつきたくなる。
「ああ!もう、いい加減にしろよなッ!アスランッ!!辛気臭いったらありゃしない!
部屋の中がじめじめする気分になるから、話す気がないなら、家に帰って休めッ!」
耐え切れず、カガリはついに堪忍袋の緒を切らした。
「・・・じめじめ?」
ぽつり、と呟く、陰気な声。
「それが、じめじめ、じゃなくて、一体なんなんだッ!?」
文句があるなら聞いてやる、と毛を逆立てた猫のように、彼女はつんけんどんに言放つ。
しばらく考えてから、アスランは重く言葉を切り出した。
「今日、カガリの誕生日だろ?」
「それがどうした?」
「それがどうしたってッ!?」
突然の彼の豹変。
興奮した声で捲くし立て、彼はカガリの執務机の正面から彼女を見据え、身を乗り出しながら、
デスクを強く叩いた。
びくん。
カガリは驚き、椅子の背もたれに、自身の身体を押し付けた。
わずかに、背がしなり、彼女は冷汗を浮ばせながら、彼を仰ぎ見る。
「今日でカガリは、19歳だ。」
「・・・そうだな。」
「今日、君が19になる、ということは、また俺が年下になる、ってことだろう?」
「へっ!?」
カガリはすっとんきょんな声をあげた。
「だからッ!今年の俺の誕生日が来るまで、また年齢に開きができるだろうが!」
「・・・」
カガリは驚き、一瞬だけ声を失ったが、その僅かな時間が過ぎたあと、突如ゲラゲラと笑いだした。
「あはははッ!! なんだ、お前、そんなこと気にしていたのか!?」
おかしくて、おかしくて仕方ない、というように、カガリはデスクにつっぷすると、バンバン机を叩いた。
赤面し、アスランはそっぽを向き、ぷーと頬を膨らます。
なにか、重要な事柄で悩んでいたのかと、心配してやれば、あまりの小さな出来事に、カガリの方が
虚をつかれた感がする。
おなかが痛くて堪らない、という風にひーひー笑う彼女に、彼は益々膨れた。
「俺にとっては、重要なことだッ!!」
「わ、わかったからッ!」
そう受け答えしながらも、カガリの笑いは止まらない。
まるで、なにかのネジが一本弾け飛んだかのような気分だ。
やっと笑いが収まる頃、彼女は笑い過ぎて涙の浮んだ目尻の雫を指で拭った。
「そんなこと言ったって、お前の方が遅く生まれたのは、どうしようもないことじゃないか。」
「・・・そうだけど。」
「それじゃ、こう考えればどうだ? 私の方がお前より、ばあさんに早くなるんだ、ってさ。」
「ばあさん、なんて呼ぶ年齢にはまだ、うんと先な話じゃないか。」
「お前が私より年下になる。 これはどんなに足掻いたって、仕方ないことだろう?
アスランがそういうことを気にするなら、私は年下の男が好きな、ツバメ気分になるぞ。」
「ツ、ツバメ?・・・俺が?」
真っ赤な顔のまま、彼は一歩身を引いた。
「年の開き、なんて詰まらないこと気にするな。」
「・・・それは難しい。」
「そう考えるから難しいんだ!」
カガリは椅子から立ち上がり、彼の傍に寄った。
ピン!
「痛っ!」
右手の中指と親指で輪を作り、彼の額を弾くと、彼女は緩く笑う。
「詰まんないことに、考える時間を使うんじゃない。」
そう、言葉を紡ぐ。
にっこりと笑み、彼女は彼を見上げた。
「そんなことより、お祝いはしてくれないのか?」
小悪魔な微笑を浮べ、彼女は彼の顔を伺った。
「用意しようと思ったんだ・・・ 色々考えて・・・ でも、カガリが今、一番欲しいものをあげたいから、
希望を聞きたい。」
「私の希望?」
「そう。」
緩く彼は微笑み、彼女を見詰める。
「じゃあ、これが良い。」
呟き、彼女はアスランの唇を右手の人差し指でなぞった。
瞬時に、彼の顔が朱に染まる。
「カガリ?」
「ダメか?」
彼女は魅惑的な顔でアスランに視線を注いだ。
彼の手で『女』になった彼女。
それは、随分前の出来事ではあるけれど、女性としてのカガリはアスランを捕らえて離さない、
唯一の存在。
「・・・そのプレゼントだと・・・ 君を喜ばせるより、俺の方が嬉し過ぎる結果になると思うけど。」
「結果オーライ、でイイんじゃないか?」
彼女は小さく笑う。
アスランは彼女の細腰を抱き寄せ、唇を合わせ易い角度に彼女を誘った。
始めは、柔らかく、優しい口付け。
それは段々と深くなり、互いの心をざわめかせる。
身体が熱を含み、幾度も唇を合わせれば・・・
離れ難くなる想いがふたりを包み込んだ。
「・・・んっ・・・ふぅん・・・はぁ・・・」
「・・・そんな声、出すなよ。理性の咎が外れたら、どうするんだ?」
「どうしようか?」
わずかに離れた唇の隙間で、彼女は小さく笑った。
くすくす。
カガリは嬉しそうに笑うだけ。
「俺を慰められるのは、カガリだけなのに・・・ そういうこと、言うんだな。」
「だったら、私も言ってやるよ。 私を慰められるのは、お前だけだからな。・・・アスラン。」
好きで、好きで・・・堪らない。
互いの存在が愛しい。
「仕事はキリついてる?」
「ん。」
「じゃあ、どこか食事にでも行こうか?」
「うん。」
彼の胸元に縋った小さな彼女の弄え。
「帰りは、ケーキ買って、お祝いしよう。」
「うん。」
彼女の、彼の背に廻した腕に力がこもる。
ふたりだけの誕生祝い。
だが、それはなによりも素敵な思い出になるだろう事。
「あとは・・・」
「あとは?」
「カガリはどうしたい?」
「愚問だ。 わかりきったことを聞くな。」
「聞きたいんだ。・・・カガリの口からちゃんと。」
彼女は、彼の胸に強く顔を押し付ける。
まるで、その姿態は、赤らんだ顔を隠すように。
「・・・アスランが欲しい・・・」
聞き取り難い、本当に小さな彼女の声に彼は緩く笑んだ。
「俺も、カガリが欲しい。」
品物なんかでは、計れない程の溢れんばかりの温かい気持ち。
彼さえいれば、カガリにはそれで充分だった。
彼の存在こそが、なによりも一番のプレゼント。
彼は、抱き締めた彼女の身体を、より強く抱き締め、力を込めた。
それから、程なくして、ふたりが官僚府を後にしたのは直ぐ。
今日だけは特別。
その印籠を振りかざせば、誰も文句はいわない。
だったら、おおいに利用させてもらうまでだ。
彼女は、そう言って、緩く笑った。
◆ END ◆
★ またもや、折角のカガリの誕生日だというのに、
大幅にスルーしてしまいました。(ノ_<。)うっうっうっ
考えてみれば、去年も同じことしてたような・・・
(もごもご)・・・取り合えず、なにかしなくちゃ、
という思いに駆られ、書いてみました。
タイミングよく、お題でイイもんあったし〜
ということで。(苦笑)