『 旬 』
「あれぇ〜〜」
キッチンですっとんきょんな声があがった。
「どうした?」
その声に誘われたのか、アスランが台所でなにやらがたがたとやってる、
カガリのもとに顔をだす。
「コンソメがない。・・・おかしいなぁ。この間買って、この引き出しに入れておいた筈なのに。」
カガリが、アスランの家に出入りするようになってから、彼の家の台所事情は随分と様変わりした。
見た事もない、調味料が増え、冷蔵庫には彼女のお気に入りのチリソースやら、刺激物が山のように
入り、今まで使ったこともない、緑色をした顔が歪むくらい辛い、訳の解らない液体やら、と・・・
とにかく色々。
食料品だって、野菜や肉は勿論、特定の物しか入っていなかった冷気の箱は忽ち積載オーバー
になったのは、つい最近。
オーブでひとり暮らしをする、アスランのもとに、カガリは頻繁に尋ねてきて、なにかと世話を焼いてくれる。
カガリが自分にそうしてくれることは、喜び以外のなにものでもない。
オマケに夜、囁くようにベッドに誘う言葉を紡げば・・・
断ることは、よっぽどのことがない限りは少なくて。
身も心も充実していた。
「コンソメなら、俺がこの間、スープにして使っちゃったよ。」
「そっか。」
「使うのか?」
「うん。だって、今日はロールキャベツ作るつもりだし。 色々試したけど、なんだかあっさり系の方が
お前、口にあってるみたいだしな。」
「・・・ごめん。」
「なんで、謝るんだよッ!」
カガリは薄く頬を染め、わずかに語彙を荒げる。
彼女は、彼のために、苦手だった料理を克服する努力をしている。
決して、出来なかったわけではないが、得意というわけでもない。
キラの母親である、カリダのもとへ忙しい政務の間を縫って通い、少しでも恋人の舌を満足させる
努力を惜しまなかった。
同じものをだすにしても、味付けを変えてみたり、と様々な工夫をしている。
とりわけ、アスランが一番の好物としているロールキャベツは、クリーム味やらトマト風味やら、と
色々試してはみたが、『まずい』とは言われないまでも、『美味しい』とも言ってもらえなかった。
落ち着いた先は、やっぱりシンプルで、コンソメ風味のあっさり味。
彼は、それを出すと、おかわりまでしてくれるもんだから、やっぱりこれが一番良いのだろう。
所詮、好みなどはそんなもんだ。
先週のうちに使いきってしまった、肝心の味のベースがないことに、彼女は自分がしていたエプロンを
はずし、財布を握った。
「買ってくる。」
「え!? わざわざ?」
「だって、ないと作れないじゃんか。」
ごもっともな意見だ。
「まだ下拵え、途中だろ? いいよ、俺が行ってくるから。」
アスランは自分の財布をズボンのポケットに押し込むと、キッチンを出、カガリの静止の声も聞かず、
家をでていってしまった。
暫し、呆気にとられながらも、次第にカガリの表情は柔和な笑みを湛える。
彼が買い物を請け負ってくれたのなら、分割の作業が可能だ。
茹で上がったキャベツの葉をザルにあげながら、彼女は手際が良くなった手つきで、中断していた
下拵えの作業に再び没頭し始めた。
大好きな彼のためだけに、作りたいと願い、なんとしても美味しい、と言わせたい。
その言葉がなによりも次のステップとなる。
単純、と笑われたって構わない。
女の幸せなんて、案外身近に転がってるものなのだ。
自然に漏れ始める、小さな鼻歌。
カガリはリズムに乗りながら、手早い作業でキャベツに具材を詰め込み、丸めていく。
始めのうちこそ、捲く方のキャベツの葉が破れ、見た目は酷かったが、アスランは苦笑しながらも
残さず完食してくれた。
それが堪らなく嬉しかった。
上達したい、と思えば、料理の腕などいくらでも向上する。
アスランに、という想いが強ければ、尚更のこと。
小さく、彼女は含み笑いをし、できあがったばかりの品を鍋に敷き詰めていった。
「コンソメなら、なんでもイイんだよな。」
呟き、アスランはいつも利用している、行き着けのスーパーの扉を潜り、品を物色中だった。
ここ最近、カガリの料理の腕には、本当に感心するくらい満足させてもらっている。
感謝しても、し尽くせないくらい。
栄養ドリンクと、スティックタイプの固形補助食品、サプリメントが彼の生活には欠かせないものだったのに、
その様子を見ていたカガリに開口一発怒鳴られ、頭にはご丁寧にげんこつまで喰らって・・・
そして、一気に食生活は変わった。
正確には、強制的に変えられた、が正しいが。
だが、味気のない食卓は、 ・・・いや、今までがおおよそ、そんなものとは無縁だったけど・・・。
グレードアップ、三段状態に変貌を遂げた。
始めのうちは申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、それに慣れてくると、今度は不思議なもので
とても楽しみになってくる。
男なんて、都合のいい生き物だな、と痛感した。
自然に漏れる苦笑は、素直に今の現状を喜んでいた。
「ポーク、ビーフ・・・に、チキン・・・ 種類が多くてわからないなぁ。」
首を傾げたが、やはりスタンダードでくどくない味はチキンか。
考え、彼は陳列棚から、チキン味のコンソメの箱をひとつ手に取った。
夕飯の決まったメニューではあったが、彼女の料理を口にできる、という現状が、僅か彼の
表情をだらしなく歪ませた。
ぼぉ〜〜と、想いに拭けっている最中、「お客様?」とレジ係りの女性に声を掛けられた。
はっとし、慌て、彼は財布をポケットからだし、会計を済まそうとする。
コンソメ一箱など、大した値段ではない。
小銭入れの方を開いたが、こんな時に限ってジャリ銭がない。
小さく毒づき、彼は焦って、札入れの方を開いた。
札を掴み、レジ台に乗せようとした刹那。
札と札に挟まれ、ぽろりと落ちた品に、場が凍りついた。
まさに、南極極点なみにブリザードが吹き荒れる。
だが、それは瞬時におさまると、今度はサハラ砂漠のような容赦のない気温状態まで、温度が上昇した。
レジ台に落ちたのは、一個の避妊具。
アスランは、真っ赤な顔のまま、それを鷲掴みにすると、利き手側のズボンのポケットに押し込んだ。
「すみません、細かいのがないので、これでお願いします。」
差し出された紙幣に、レジ係りの女性は愛想笑いを浮べ、会計を済ませた。
買ったコンソメはレジ袋の一番小さいサイズに投入しながら、女性は引き攣った笑みで、営業用の笑顔。
釣銭を受け取り、アスランはできるだけ平常心を装って店を後にした。
店をでて、人気のない駐車場があるスペースまでくると、彼はおもむろに、両膝を抱え、しゃがみ込んでしまった。
膝の間に、無理やり顔を押し込み、呟く。
「・・・穴があったら、どんなにサイズ小さくてもイイから・・・飛び込みたい。」
彼は火照った顔で、唸るように言葉を漏らす。
「・・・財布にコンドーム入れていたの、・・・すっかり忘れてた。・・・」
なぜ、こんな珍事を引き起こしてしまったのか。
それは1週間ばかり前の出来事。
カガリをデートに誘い、食事を済ませての帰り道。
季節柄、まだ咲き誇っている桜があるから、廻ってみようと彼女が提案してきた。
直ぐになど帰すつもりはなかったし、折角の好機を逃がすのも嫌だった。
愛車を駆って、小高い丘に向えば、一本だけ、まだ花をつけている桜の大樹に、見惚れ・・・
短い生命を、散らしながらも誇り高く気高い、気風を纏った樹は、見事なまでに花吹雪を撒き散らしていた。
その美しさが、自然にムードを盛り上げ、唇が交わされ、車の中は忽ち熱気を帯びる。
シートを倒し、いざコトに及ぼうとした段階で、カガリが静止の声をあげたのだ。
理由は、避妊具不携帯。
確かに、今の互いの環境では子供が出来れば、足かせになってしまう。
まだ周囲を説得も出来てない状態で、既成事実だけが先行してしまうのは、問題を増やすだけだ。
勿論、子供が欲しくないわけではないが、今はまだ早計、というのはふたりの一致した意見だった。
いずれは・・・
周りに祝福され、望まれ、望んだ環境になったら、・・・必ず。
そう考えている。
いくら、アスランがコーディネイターで、子供が出来る確率は低いとはいっても、それは言葉通り、『低い』
だけであって、カガリが絶対妊娠しない、という保障はどこにもない。
まだ、ふたりにはやるべき事柄が山積み。
それを済ませてからでも遅くはない。
欲望だけを優先しては、今のふたりは非常に拙い。
なにより、万が一、子供が彼女の中に宿り、その生命にまで悪影響がでたら・・・
残るのは悲しみだけ。
・・・その夜は、その場での欲望発散は抑え、アスランは自分のアパートに飛んで帰った。
当然、カガリは強制連行。
自宅なら、買い置きの避妊具があるッ!
一度感情が高まってしまえば、それを解放するまでは収まるわけがない。
男は上半身と下半身は思考が別だ、などとよく云われるが・・・
その夜はいつになく激しく彼女を求めてしまい、えらいことになった、という記憶。
そんな愚の骨頂を二度としないために、安全ラインと思い、教訓として、財布にひとつだけ忍ばすように
持ち歩くようになった彼。
しかし、現状とは皮肉なもので、用意をすれば、今度は使う機会がないときたもんだ。
用がなければ、当然忘れる。
当たり前のことだった。
そんな記憶の残骸が、まさか!・・・こんな形で顔を覗かせるとは・・・
うっかり、どころか、唯の赤っ恥でしかない。
小さく息をつき、アスランは膝から顔を起こした。
早く帰らないと・・・。
カガリは首をながくして、自分の帰りを待ってる筈だ。
腰をあげ、彼は車のリモコンキーを押した。
開錠の電子音が響き、愛車のドアロックをアスランは外す。
乗り込み、ドアを締め、助手席にコンソメが入ったレジ袋を放る。
ハンドルにつっぷしながら、彼はあることを思いだしていた。
「そういえば、買い置き、もうなかったっけ。」
呟き、彼はドラッグストアーに寄ることを決める。
なるべく、顔見知りが出入りすることのないような、商店街から外れたひなびた薬局を選ぶ。
あまり客が来ないのか、店番をしていたのは、中年の頭が禿げかかった、男がひとり、椅子に腰掛け、
新聞を広げていた。
「いらっしぃ〜〜ましぃ〜」
特別、興味も湧かないような風体で、男は客であるアスランを迎えた。
無言で、彼はレジカウンター横に並べてあった避妊具を一箱掴むと、それを店主とおぼしき男に
そっと差出す。
正直、そのアスランの態度は、こそこそ、という表現が相応しいかもしれない。
突如、主は、アスランに詰め寄るように、カウンターから首をのばした。
「兄さんッ!買うなら、こっちの方が薄くて、ウチの店のおススメ商品だッ!」
「えっ!?? あっ・・・そ、そうなんですか・・・」
びっくりして、アスランは一歩後退しながら、主をチラ見。
「感度を損なわず、最高にグッドだ。彼女を悦ばせたいなら、こっちにしなッ!!」
「・・・はぁ。」
店主の強い勧めに、逆らうこともできず、アスランは主推薦の、一箱を購入するはめになった。
「ほれ、オマケ。」
そう言われ、手渡されたのは、一本の栄養ドリンク。
「がんばって、彼女鳴かせてやんなッ!」
余計な御世話である。
妙な声援を背に受け、アスランは車に乗り込んだ。
ちょっと寄り道が過ぎたようだ。
腕時計に視線を走らせれば、すでに30分以上が経過している。
カガリに怒られるかも・・・
考え、僅かに頭痛を覚えたが、してしまったことを後悔するのは、愚かなこと。
アパートに戻り、勢いよく自宅の扉を開ければ・・・
やっぱり彼女は怒り心頭中だった。
苦笑を浮べ、素直に謝る。
無論、彼女の気を逸らした隙に、購入してきた、『補充品』をこっそり隠すのもぬかりはない。
キッチンで仕度に勤しむ彼女を伺い、彼は静かにカガリに近づいていく。
そっと、背後に立ち、彼女の細腰に後ろから両腕を絡ませた。
彼女の右肩に顔を埋め、彼は彼女の名を呼んだ。
「・・・カガリぃ〜〜」
「伸ばすなッ!!気色悪い。」
今にも、く〜〜ん、と犬ように鼻を鳴らしそうな、彼の態度にカガリは眉根を寄せた。
「なに、甘えてんだ?お前。」
「・・・したい。」
「はぁ!?」
カガリは、わざと惚けるように、大声で彼の声音を否定するような声をあげる。
「・・・今日、泊まっていけよ。・・・な。」
確認だけをとりたくて、アスランはひたすら甘い声を彼女の肩で漏らした。
僅かな沈黙が過ぎ、カガリは空を仰ぐ。
「ちゃんと、用意してあるんだろうな、アレ。」
「勿論ッ!」
喜びの声と、笑顔の顔を起こし、アスランは彼女の頬に小さく音をたて、唇を落とした。
「お前、ホント、タイミング良いな。」
「タイミング?」
カガリは真っ赤な顔で俯き、声を小さく漏らす。
「・・・今日は、私の方が発情期みたいだから。・・・」
「それ、ホント!?」
「嘘ついてどうする、こんなことッ!」
顔から火を噴きそうな勢いで、彼女は怒鳴った。
「じゃあ、今日は、ちょっとハードでも構わない?」
薄く彼は笑い、再び彼女の頬に唇を落とし、軽くついばんだ。
「・・・好きにしろ・・・」
カガリの承諾の声を聞き、アスランは小さく笑ったのだった。
◆ END ◆
★ 過日、裏で書き込みをしてくれた方が、避妊具に纏わる
エトセトラなお話をふってくださいました。そんなわけで、
こ〜〜んな美味しい話題、唯話しだけで済ませるのは
勿体無い、と思い。勢いだけで書いてしまいましたわさ。
(T▽T)ノ_彡☆ばんばん! アスランが『ブツ』を買った
薬局屋のおやじのしゃべり方、実はあれはウチの近所の
ドラッグストアーのおやじ、まんまです。
そして、実際おやじに『ブツ』を薦められていた、という
光景は、実は目撃談実話です。ププッ ( ̄m ̄*)
若い兄ちゃんが、ホント↑のような状態で聞いていました。
「彼女が悦ぶ」とかの話も、これマジです。げらげら o(^▽^)o げらげら
振っていただいた閲覧者の方とネタ合致状態。
あ〜〜書いてて楽しかったぁ。(爆)
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