パラッ・・・
捲った小冊子、『音楽鑑賞会の集い』という見出し。
アスランは愛娘が参加する項目に眼を通しながら、眉根を寄せた。
「・・・カガリ。」
「ん?」
父兄観覧席で、アスランはそのプログラムに眼を落としながら、
隣に座るカガリに尋ねる。
「ミューズ・・・オペレッタ、ていうのやるんだよな?」
「うん。」
ふたりの娘である長女、ミューズが普通の幼稚園に通うようになって、
早いもので、直、卒園という段に至り、卒園予定の園児たちによる最後の催し。
会場として用意された、園舎の最上階ホール。
決して、広いスペースではないが、舞台セットもちゃんと整えられ、今回の
催し以外でも活用できるよう作られた、多目的ホールの一風景。
用意されたパイプ椅子にふたりは座していた。
アスランもカガリも、幼少の頃は、その生活環境はあまりにも特殊だったため
自分たちの子供には、普通の環境、友達を、との思いから、オーブ市内の幼稚園に
入園させ、二年。
あっという間の二年だった。
カガリはカガリで、幼い頃は幼稚園は勿論、学校などにも行った経験はない。
彼女の出生は父であったウズミしか知りえない事実ではあったが、ヒビキ夫妻の
実子、という事が漏洩したら、命を狙われる危険性があるとの配慮から、彼女の
幼少の育成環境は全て『家庭教師』というもので賄われていた。
アスランはアスランで、4歳の時に母、レノアと共に移住した月での学び舎は
『幼年学校』と呼ばれるもの。
ナチュラル用のカリキュラムだったが、そこで一環した教育を受けている。
月には13歳まで居、その後は激化しつつあった戦争を理由に、父親の要請に応え、
プラントに戻り、コーディネイターとしての専門教育を受けなおしていた。
時の波に呑まれるまま、16歳でアカデミーに入り、軍人としての経歴を持つ、彼。
そんな両親の間に生まれた娘は、隔離した環境は与えない、というのがふたりの
共通した教育方針だった。
普通の子供達と同じ環境を・・・
その願いは、もっかの処、順調だ。
そして、両親である、アスランとカガリは、多忙な政務の日々をうまく調節して
できるだけ子供の行事には参加する、という事をしていた。
園の行事は、子供の成長をまじかに見れるチャンスでもあるから。
「・・・これ、ミスプリじゃ・・・ないよな?」
「ん〜?」
どれどれ、と言いながら、カガリはアスランが持つ、冊子に視線を落とした。
くすっ。
彼女が小さく笑うのに、アスランは益々訝しげな表情を作る。
「それ、ミューが自分から立候補した役だ。」
「立候補、って・・・ミューは女の子だぞ。・・・なんで配役が『王子』なんだよ。」
オペレッタ。
所謂、園児によるお遊戯に近い、演劇もどきのものである、それ。
アスランは不満顔だ。
題目は『王子と姫』 ・・・なんでまた。
そんな思いしか感情としては湧きあがらない。
女の子なら、やりたい、と名乗りをあげるなら、『姫』だろうが・・・普通は。
くすくす。
カガリは自分の胸に抱いた、もうひとりの娘、ディアナの髪を撫でながら
可笑しそうに笑うだけだった。
「今、ちょっとしたマイブームなんだよ、『王子様』が。」
「?」
「毎週木曜日の夕方6時からのアニメで、女の子なのに王子様になることを
夢見て、格好も王子様、ていう話に夢中なんだ、ミュー。」
子供が夢みる、アニメの主人公。
ありがちな話ではあるが、父親のアスランには納得できない部分でもある。
どうもミューズは気性がカガリに似ているようだ。
女の子が男装の麗人に憧れる。
多少なら、暗黙で了承してやっても良いが・・・
考えてみれば、普段からの愛娘を見れば、スカートよりもズボンを好むのは・・・
母親の影響なのだろうか?
カガリも家の中ではスカートは滅多にはかない。
もっぱらジーンズかスパッツばかり。
もっとも、そんな格好で歩るかれても、アスランからすれば、慣れの一環で
大して気にはとめていないのだが。
それに右習え・・・は、ちょっと頭が痛かった。
今更、こんなことを言っても仕方のないことではあるが・・・
外見も母親のカガリ譲りの金髪。
瞳は父親のアスラン譲りの碧眼の少女。
中身は・・・外見に順じてしまうのだろうか?
もうちょっと、女の子らしく、と思ってしまうのは・・・男親としての偏見だろうか?
そんな会話の最中、演目の順番が『年長組、バラ組さんのオペレッタです』と
会場アナウンスが流された。
集まった父兄席からは、開演と同時に上がる幕と一緒に拍手が贈られる。
アスランもカガリもそれになぞらう。
「姫っーーー!姫はどこにぃーーー!!」
台詞は棒読みだが、演技は迫真。
うわぁぁ〜〜〜
いきなり飛び出してきた、愛娘の姿にアスランは頭を抱えた。
カガリは可笑しそうにケラケラ笑っている。
「うわぁ〜 ミューちゃん、カッコイイ!!」
カガリの腕の中の次女が瞳を輝かせ舞台を見つめていた。
直、三歳になろうかというふたりめの娘は、たどたどしいながらも
言葉を覚え、しゃべりだしたらそれこそ機関銃を撃ち捲くる勢いで話だした。
女の子故か、ちょっとばかりおしゃまさんな末娘。
きゃっきゃっ、とはしゃぐディアナの姿に、アスランは小さく溜息を漏らした。
できれば、もうひとりカガリには頑張ってもらって、今度は男の子を・・・
と考えていたアスラン。
勿論、下心もしっかりある。
女三人に、男ひとりの家庭環境。
どう考えたって、分が悪るすぎる。
彼は自分の味方が欲しかっただけなのだが。
はっきりいって肩身が狭い・・・らしい。
所詮、女傑の中に混ざれば、男親の権威など、程度が知れている。
ないがしろ、程ではなくても・・・雰囲気的に・・・の部分はあるものだ。
ふたりの娘がいつまで一緒にお風呂に入ってくれるのか、とか・・・
パパ、と言って抱きついてくれるのはいつまでなのか・・・とか、先の心配ばかり
しているのは、父親の独特の悩みだろう。
演目も終わりになり掛け、幕が下がると、アンコールの声に、再び幕が開き、
園児の役名と組、名前が司会の先生からされ、ミューズは両手でその歓声に応える姿は・・・
結構貫禄があった。
彼女の将来は、国の後継者よりも女優の方が向いているかもしれない。
実際、そう望まれれば、本人の意志を尊重してやりたい。
先のことではあっても、カガリも無理強いはしないだろう。
なんとなく、そう感じて、アスランは苦笑を浮べ、カガリの方を見た。
嬉しそうな笑みが返ってくる。
幸せな光景だった。
アスランが望んだ、家族の姿。
寂しい思いは絶対にさせない。
自分が辿ってきた、同じ境遇は・・・ 愛する者たちには味合わせない。
惜しみない拍手を贈りながら、彼は小さく、演者のミューズに手を振った。
それに気がつき、更に満面の笑みを湛え、ミューズは手を振る。
それから数日後。
のどかな休日を楽しんでいた、ザラ家の一室からすさまじい悲鳴があがった。
ぶっ。
ダイニングのテーブルで新聞を読みながら、コーヒーを飲んでいたアスランは
その悲鳴に思わず、口の中の液体を噴き出してしまう。
「な、なんだ!?」
慌て、席を立ち、彼は悲鳴のあがった部屋に駆け込む。
部屋に入った途端、彼の視界には呆然と佇むカガリと、その足元に立つ末娘の姿。
「どうしたんだ?」
疑問で問えば、ディアナはカガリの夜会用のドレスを頭から被り、ずるずる引き摺っている。
その口元には頬まで塗りたくったルージュという顔で、にこにこ笑っていた。
すごい顔だ。
なんだか、人を食ったあとのような末娘の顔。
へなへな、とカガリはその場に座り込み、項垂れた。
「勘弁してくれ、ディアナ・・・ そのルージュ、ブランドもので高いヤツなんだぞ。」
用がなければ、滅多に化粧はしないカガリだが、ぽっきりと根元から折れた
お気に入りの口紅はかなりショックの様子。
「ディアナ〜 衣裳部屋は遊び場じゃないんだから、入っちゃダメだ、って
言っているだろう?」
カガリは小さく息をつきながら幼い娘を見た。
立ち上がり、荒らされた衣裳部屋を点検するため、彼女は歩を進め・・・
また叫んだ。
「ない!?ないッ!!ないッッ!!!」
今度はなんだ?
アスランは小さく溜息を零し、小部屋を覗く。
「デ、ディアナッ!!ここにぶら下がっていた、赤い服、知らないか!?」
がばっ。
末娘の肩を掴み、カガリは必死の形相で尋ねる。
「赤いお洋服なら、ミューちゃんが着ていった。 王子様の服だ〜って言って。」
にこにこ。
嬉しそうに笑んで、幼子は庭の方を指差す。
早足で庭に続くテラスを抜ければ、芝生の中央にある大樹の根元に赤い塊があった。
後を追ってでてきたアスランは、その光景に瞳を開いた。
ザフトレッドの軍服の上着の中に包まるように居たミューズ。
すーすー。
穏やかな寝息を漏らし、右手には玩具の剣が握られたまま眠りに落ちている。
呆れながらカガリはミューズを起こそうと手を伸ばす。
それを制して、アスランは静かに首を振った。
「アスラン?」
「今日は天気も良いから、風邪はひかないだろ?もう少し寝かせておいてあげたら?」
「・・・うん。」
彼女は苦笑を浮べ、自分の隣の彼を見た。
「・・・カガリ。」
「ん?」
「・・・軍服、処分してイイ、て言ったのに・・・。とっておいてあったんだな。」
「・・・なんとなくな。・・・捨てられなくて。・・・この軍服は思い出が多すぎるから。」
アスランはカガリの言葉に苦笑を漏らした。
「そっか。」
「やっぱり、捨てた方が良いか? 辛い思い出もあるから・・・」
彼は彼女の言葉に小さく首を振った。
「いや、そのままにしておこう。 俺たちの小さな宝物がマイブーム、とやらが去って
からでも、どうするか考えたって遅くはないだろう?」
カガリは彼の言葉に小さく笑う。
「じゃあ、そうする。」
のどかな空気を感じながら、カガリはそっとアスランの肩に頭を預けた。
ガッシャーーーン!!
突如、家屋から響く、破壊音。
びくっ。
寄り添いあっていた、ふたりの肩が驚きに飛び上がった。
穏やかな空気を破り、再び家の中から派手な音がする。
どうやら、部屋に取り残されたディアナが家の中のなにかを引っ繰り返した模様。
「・・・あぁ〜 もう、なんだよ、次から次へと・・・」
カガリは溜息をつき、歩を室内へと向けた。
子供が居る家庭は、なにかと騒がしいものである。
息つく暇もなく、事件は起こるものだ。
苦笑を浮かべると、アスランはカガリを見送り、足元の愛娘の横に跪いた。
そっと、柔らかい金の髪を撫でてやる。
くすくす。
ミューズは、嬉しげに眠りの中で笑う。
そして小さな唇が、言葉を紡ぐ。
「・・・パパ、大好き・・・」
その愛娘の言葉に、アスランの翠の双眸が優しく笑んだ。
「俺も、ミューが大好きだよ。」
おだやかな時間。
さわっ。
大樹の木漏れ日、茂った葉擦れの音。
緩い風が、アスランの髪を梳いていった。
■ END ■
★ さて、今回はお題では初。
家族の肖像で纏めてみました。(^-^ )
でも、自分で書いていてなんですが・・・
ウチのザラ家の場合、なんだか子供
ふたり、やんちゃそうです。(爆)
ま、いつかは立派なレディになるのでしょうが。
それは、いずれ書ければ・・・ということで。