『 銃 』





「はい、これ。」
「?」
カガリは、自分の隣に佇むアスランに一通の封筒を差し出した。
瞳を開き、彼は素直なまでに封書を受け取り、それを開く。
眼にした内容。
彼は、小さく反覆するようにその内容を口にした。
「査定通告書?」
戦争が終わり、アスランは亡命者として、オーブに渡った。
名を変え、今はカガリの傍で補佐と護衛を兼ね、仕事に励む毎日。
あまりにも、多忙な日常に、一年という年月はあっという間で、改めて
『通告書』なるものを受け取り、その日々の経過を思い知らしめた。
「ふぅ・・・ん。」
興味も湧かない、という表情でアスランは紙片を見詰める。
「私は必要ない、て言ったんだけど、キサカがどうしても受けさせろ、
て五月蝿くてな。」
「そう。」
元ザフトレッドの彼の実力を審査する、という勧告。
傍でずっと行動を共にしてきたカガリは、能力テスト紛いの、この指令書には
不満の様子だ。
今更、なにを試すというのだ。
まして、こんな子供じみたテスト、なんの意味も介さない。
アスランの腕を信じていないのか? と、彼のことなのに、彼女は我が事のように
憤慨を隠せずにいたのだ。
「まぁ、イイんじゃない? 受けろ、て言うなら、受けるさ。」
苦笑いを浮べ、彼は事務机に頬杖をつき、不満気な顔を作っている彼女を
見下ろした。
翌週。
指示された日程に従い、アスランは指定を受けた場所へと赴いた。
自分の愛車を駆り、現場に到着すれば・・・
なぜか、自分も見学する、と言い張っていたカガリはキサカと口論の
真っ最中、という場に出くわした。
車を降り、アスランは取り合えず、挨拶くらいはと思って近づいていったが、
カガリの剣幕の物凄さに声を掛けるのも躊躇われた。
「そんな横暴、職権乱用だッ!!」
「私はそうは思いません。不適切、と判断されれば、当然の処置では
ありませんか?」
「そもそも、こんなテストをすること自体、馬鹿げているッ!」
「唯の職務に於ける、更新手続きのひとつだと思えば、普通のことですが。」
「・・・あの〜」
ふたりの口論の間を割って、アスランは遠慮気味に声をカガリの後ろから掛けた。
「アスランッ!」
「アレックスです!いつになったら、ちゃんと呼べるようになるんですか?カガリ様。」
キサカはきつく声を荒げ、カガリを睨みつける。
その光景をアスランは引き攣った笑みを浮べ、静観するしかない。
突然、カガリはアスランの手を掴むと、彼を離れた建物の物陰に引き摺っていった。
「カ、カガリ??」
なんだ?と言わんばかりに、アスランは僅かに腰を引く体勢で彼女に引っ張られ
ながら声をあげた。
僅かに設けられた、ふたりだけの時間と空間。
アスランは彼女の怒気の原因を尋ねようと、カガリの顔を緩く覗き込んだ。
「どうしたんだ?」
「悔しい。」
「え?」
「お前を信じてない口ぶりで、お前のこと言うから。」
くすっ。
彼は嬉しげに緩く笑んだ。
「カガリが俺のこと、かってくれているのは嬉しい。けど、庇うつもりでキサカさんと
喧嘩するなら・・・ やめて欲しい。」
「アスラン?」
「オーブに来て一年。 君の補佐と護衛を任され、その腕を見たい、と言われるなら、
俺としては望むところだし、当然の処置だと思うから。」
「で、でも!もし、不合格なら、お前を配属変えさせる、って!」
「さっきキサカさんと口論していたのは、それが原因?」
カガリは苦しげな表情を浮べ、彼から視線を逸らした。
図星か。
「大丈夫、とは100%言えないけど、・・・やるだけのことはするさ。 折角、カガリの
傍で仕事させてもらっているのに、他のヤツに譲るのは癪だからな。」
ちらっ、とカガリはアスランの顔を見上げた。
突然、彼女は彼の首筋に両腕を絡ませ、彼の身体を引き寄せる。
そっと、重なる唇。
アスランは驚き、瞳を開いたが、やがて瞼を閉じ、彼女の唇の柔らかさに薄く頬を染めた。
唇が離れ、彼女は赤面した顔で彼を見、告げた。
「絶対、合格しろよ。 間違っても、お前の左遷書類なんかに私のサインをさせるな。」
彼は嬉しそうに笑む。
「うん。」
凭れ掛かるように、彼女は彼の胸に顔を埋める。
「・・・ちゃんと合格したら、今日は屋敷に泊まれ。」
「え?」
「・・・部屋の鍵は閉めないから。皆が寝静まったら、来い。」
瞬時にアスランの顔に朱が走った。
そりゃ、お互いずっと忙しくて、彼女との秘め事は随分ご無沙汰だけど・・・
カガリに誘って貰えるなんて。・・・こんな嬉しいことはない。
「・・・ホントに・・・行ってイイの?」
こくん。
彼女は顔をあげず、一度頷いた。
それが、自分を奮い立たせる為の、口実だろうが、餌だろうが、・・・
とにかく頑張らねば・・・と、アスランは心の中で誓う。
話こと十分あまり。
ふたりはキサカのもとに戻り、アスランは改めて、試験の上告をした。
「では、内容を説明する。」
キサカは淡々と説明を開始する。
目の前に建つ、古びた家屋が今回の査定試験の場。
彼に渡されたのは、一丁のコルトMXと予備の弾倉がひとつ。
アスランは両肩にホルダーのベルトを通す。
渡された銃を確認し、それを収めた。
支給された弾数は、予備弾倉も含め、全部で14発。
「家の中は、一階が四部屋、二階は三部屋。各室内を全て探査し、
中に設置されているターゲットを仕留める。ただし、人質を抱えたターゲットは、
銃口を人質に向けているものを撃った場合は失格。自分に銃口が向いている
ものは、頭か心臓を狙うこと。・・・要所要所、ビデオでモニタリングをして
合否の判定を行う。 それから、屋内にはトラップも仕掛けられているので、
今更だが、それを踏んでも失格だ。」
「わかりました。」
キサカからの説明を聞き終り、アスランは家屋の扉横に身を寄せた。
銃の撃鉄を起こし、セーフティロックを解除する。
制限時間は15分。
キサカの一声で、試験がスタートした。
扉の入り口をそっと開き、アスランは中を伺った。
モニタリングは、彼が室内に進入した処から開始され始める。
扉から続く、板張りの通路。
アスランは慎重に歩を進めた。
不意に、視界で確認できた、光る糸。
床から5cm程の場所に張られたピアノ線。
それを辿ると、彼の視線の先に飛び込んできたのは、隠し置かれた手流弾。
糸はそれのピンに括りつけられている。
知らずに引っ掛けたら、ピンが外れ、破裂する仕掛け。
トラップ、てこれのことか? と、彼は訝しげな視線を注いだ。
ピンが外れないように、手元で押さえ、アスランは携帯していたナイフで線を
断ち切った。
立ち上がり、目線をあげる。
両サイド、交互に位置する、部屋の扉を確認し、自分から一番近い扉、左側の扉を
彼は蹴破った。
「フリーズッ!!」
《動くなッ!》と、セオリー通りの警告を与え、彼は立ち上がった的を躊躇わず撃つ。
古ソファの陰から立ち上がったターゲットはふたつ。
いずれも、自分に向って銃口を向けているものだ。
乾いた、発砲の音が響いた。
彼は狙った的を恐ろしい程の正確さで撃ち抜いていく。
ふたつめ、みっつめの部屋にもそれぞれ、ターゲットはふたつづつ。
6発撃ち切ったところで、アスランはチャンバー(薬室)に一発銃弾を込め、弾倉を
予備の物と入れ替えた。
床に落とさず、手の中に包み込むように使い切った弾倉を入れ替える。
彼は装備したホルダーケースに、空の弾倉を静かにしまい込んだ。
「ほう。」
その仕草をモニターで見ていたキサカは薄く笑った。
弾倉を床に落とさず、処理する様は、アスランの軍人としての培った自然な
行いだったのだが・・・
キサカは唇の端を緩くあげ、画面に映された、アスランの姿を見詰めた。
床に弾倉を落とす、という事・・・。
落とした瞬間の弾倉の金属音は意外に響く。
それは、敵に自分の居場所を知らせることにも繋がる。
そして、なによりキサカが興味引かれたのは、チャンバーに一発銃弾を残し、
弾倉を入れ替えたことだった。
完全に撃ち切らず、薬室に残した、一発の弾丸。
その一発が自分の命を繋ぐ、最後の砦であることを、アスランは知っている、
というなによりの証拠。
軍属の人間であるキサカは、アスランの一挙一動に、興味深気な視線を
注ぎ続けた。
キサカがあまりにも、可笑しそうにモニターを見ていることに、カガリは訝しげな
視線を向けた。
下階の最後の部屋に用意されたターゲットはひとつ。
それを着実に撃ち抜き、アスランは通路奥に設けられた、階段を上がっていった。
試験を始めた時間は夕刻に差し掛かる時間帯だった。
暗がりに染まり始める、二階の通路。
この段階で、まだ人質を抱えた、とされるターゲットはでていない。
あるとすれば、この三部屋の内のどこか。
一呼吸於き、彼は慎重に歩を進め始めた。
ひと部屋目。
ノーマルタイプの標的が立ち上がる。
乾いた一発の発砲の音。
ふた部屋目。
ひとつは銃口を彼に向けたもの、もうひとつは人質を抱え、彼に銃口を
向けていた。
アスランは的確に、ふたつのターゲットの頭部を撃ち抜く。
最後の部屋。
飛び込み、銃口を向けた刹那、彼は僅かな暗がりに、目線をしかめた。
窓から差す西日。
逆光でターゲットが見えない。
どっちだ?
人質を抱えているのは解る。けど、銃口がこっちを向いているのか、
人質に向けられているのか判断がつかない。
が、判断をつける前に、指先は引き金を引いてしまった。
カチッ。
小さな、発砲以外の音が零れた。
「!?」
不発!?
やっと部屋の暗がりに慣れた彼の視界の先に映ったのは、
人質に銃口を向けているターゲット。
しまった、と思った時には既に遅かった。
そっと視線を滑べらせ、彼は自分の背後に設置されたモニターカメラを見た。
見られた・・・?
もし、これが見られていれば・・・ 
撃ってはいけないターゲットを狙撃したとして、・・・不合格の烙印を押されてしまう。
制限時間内に全ての工程をクリアーし、彼は建物からでてきた。
不安が彼の気持ちの中で膨れあがり、その表情がぱっとしないことに
カガリは眉根を寄せる。
「アスラン?」
「え?・・・あっ・・・なに?」
ホルダーを肩から外し、彼は貸し与えられた銃をキサカに返す。
不合格。
そんな言葉ばかりが、頭の中でエコーしていたアスランの頭上から、キサカが
声を掛けた。
「合格だ、アレックス・ディノ。」
「えっ!?・・・ あの・・・本当に?」
「なにか異議があるのかね?」
「・・・いえ。」
「次回の査定は二年後だ。腕が鈍らないように訓練を怠らないように。」
僅かに灯った安堵感。
彼は、ほっと息をついた。
「もう、良いだろ?キサカ。そんじゃ、私はアスランに送ってもらうから!」
言うなり、カガリはアスランの右腕に自分の左腕を絡め、さっさと彼を
引き摺ってその場を退散した。
愛車にカガリを同乗させ、アスランは、まだ気分の晴れないような
顔で空を仰ぐ。
「どうしたんだ?」
「・・・いや、・・・なんで合格したのか不思議で。」
「どういう意味だ?」
「・・・最後、逆光でターゲットが視認できなかったんだ。 確認できた時は
撃ってはいけない的だったんだけど・・・反射的に引き金引いちゃって・・・。」
「でも、発砲の音はしなかったぞ。」
「不発だったんだよ。」
車を走らせながら、アスランは鎮痛な表情を崩さない。
カガリは暫く、そんな彼の顔をじっと助手席から眺めていたが、突然勢いよく
彼の肩を手で叩いた。
「痛たッ!」
「気にするなッ!合格は合格なんだから、もう良いじゃないか!」
あははは、と彼女は痛快そうに笑った。
「う〜〜ん・・・ ホントにイイのかな・・・」
「折角、合格もらったのに、わざわざ訂正し直すことないじゃんか!
あんまり真面目に考えると、白髪になっちゃうぞ。」
「ホント、気楽だな。カガリは。」
「なに言ってる!臨機応変、ていうんだ!こういうのはッ!」
「・・・なんか、言葉が違う気がするけど・・・」
「気にしない、気にしない。」
カガリは明るい表情を崩さず、ばしばしアスランの肩を叩き続ける。
「痛いよ〜〜 カガリ。」
「ま、イイじゃんか。これで私もお前の配属変え書類を見る心配はなくなったし。」
彼女は風に髪を梳かれながら、自分の手で乱れた髪を抑え彼を見る。
「ああ、そう言えば、もし万が一、これがクリアー出来なかったら、俺、どこに
飛ばされることになってたわけ?」
「海軍。」
「海軍ッ!?」
「そ。試験が始まる前にキサカと私が云い争っていただろ?」
「ああ。」
「あの時、キサカのヤツ、アスランが不合格なら海軍に飛ばす、て言ったからさ。
カーっとしちゃって。」
「・・・俺が海軍に行って、一体なにするんだよ。」
アスランは小さく溜息をついた。
「空母のフライトデッキ、一兵卒扱いで掃除させる、とか言った。」
「掃除??・・・」
「有能な人材、罰ゲームのつもりかッ!て、口論になったんだ。」
ぷっ。
彼は噴出し、可笑しそうに声をあげて笑う。
その顛末を聞いて、アスランは笑いが止まらなかった。
この査定が合格だろうが不合格だろうが、キサカは始めから転属させる気は
なかったのだ、という意味返し。
アスランを失うかもしれない、とその意味に気がつかず、必死に止めようとする
カガリの姿は、キサカにはさぞ可笑しい光景だったに違いない。
海に沈み始めた太陽を見ながら、カガリは車の扉に腕を凭れさせた。
「久し振りだな。お前とこうやってドライブするの。」
「ああ。」
カガリはにっこり微笑みながら、運転席のアスランを見た。
その視線に気がつき、彼も微笑み返す。
「少し、遠回りして帰る?」
「うん。」
即答。
彼女は髪を掻きあげながら、満面の笑みを浮かべた。








                                     ■ END ■











★さて、お題、連続アップです。(^-^ ) ニコッ
前回のがえらく重い話だったので、今回は
ちょびっと明るいお話にしてみました。
ま、私的にはドライブするふたりが書きたかった
だけなんですが。
取り合えず、アスラン移住生活、一年目の
出来事、ちゅーことで、初トライ。(o^<^)o クスッ
キサカさんは、なにかと言いながら、色々な意味、
アスランのこと可愛がってそうな雰囲気がします。