『 タイム。 』





仄かに灯る、コクピットから零れる明かり。
・・・カタカタ。
忙しく響く、キーボードを叩く音が漏れ聞こえる。
「・・・はぁ〜・・・こりゃ、今夜も徹夜かなぁ〜」
ぼやくように呟きが漏れた。
呟きの元は、この機体の主。
オーブで、理不尽な連邦軍側の総攻撃に、居ても立ても堪らず、
己の任務を振り捨て、防衛に噴気するフリーダムに加勢する形で自分も
その戦いに身を投じた。
一時的ではあったが、戦況が落ち着いた頃合を見計り、アスランはキラに問う。
Nジャマーキャンセラーのデーターのことを。
だが、幼馴染は優しくかぶりを振り、否定した。
『データーに触れる者は、自分が撃つ』と、まで言い切った彼に
アスランは苦笑を漏らした。
フリーダム同様、ジャスティスにも一切手を触れない。
アークエンジェルの艦長を始め、その場に集う面々にキラは約束させたのだ。
今は、地球から宇宙へと移動し、連邦の動向を静観する現状が続いてはいるが、
細々とした小さな戦闘は時折繰広げられる。
『ジャスティスにも一切手を触れない。』
約束してしまった以上は、ひとの手を借りる訳にもいかなかった。
戦闘を終えてからの、データー更新、戦いによる機体破損の修復。
一切合切が、アスランひとりでこなさねばならない現実があった。
が、それに手を抜く事は許されない。
明日、という名。
自分の命を繋ぐためにも。
一息つき、アスランはキーボードから手を放す。
自分がしている腕時計に視線を向ければ、AM4時半を指し示す、デジタル表示が
視界に飛び込んでくる。
「・・・少し、寝るか・・・」
小さく呟き、彼はコクピットの中に持ち込んだ毛布を自分の身体に捲き付けた。
なるべく、楽な姿勢を工夫しながら、シートに身を埋める。
こんな状態では、深い眠りなど得るのはどう考えたって無理だ。
もっとも、まだ残っている作業を眼が覚めたら再開しよう、と考えていたので、
態とここでの仮眠を選んだ。
自室に戻って、ベッドに潜り込んだら、熟睡してしまうだろう事は必至。
ちゃんと眼が覚めて、作業に戻るまで意識がまどろんでしまうと困る、というのが本音。
・・・浅い眠りは、自分の名を大声で呼ばれることで破られる。
「おいッ!!なに、こんな処で寝てるんだ!?アスランッ!!」
むにゃ・・・。
ぼやけた視線を音源のする、ハッチに向ければ、顔を突っ込み、
訝しげな目線を向けているディアッカが居た。
「・・・なんだ?」
用は・・・
問い掛けをする間もなく、いきなり怒鳴られた。
「お前、どういうつもりだよッ!姫さん泣かせてッ!!」
はぁ!?
なんのことだか、さっぱり解らない。
「・・・質問の意味が不明だ・・・ ディアッカ・・・」
豆鉄砲でも喰らった鳩のような顔でアスランは首を傾げた。
「だからッ!!姫さん泣かせただろう!?」
「俺が?・・・カガリを??」
益々、意味不明。
覚えがない事態に、アスランは瞳を瞬かせるだけ。
「とにかく!あの姫さんが泣く、なんて原因、お前しか居ないだろ!?
ちゃんと謝っておけよ!」
・・・なんで、カガリが泣いていると、俺のせいなんだ?
アスランは眉根を寄せ、俯いた。
言いたい事だけを言って、さっさと去っていくディアッカを見送り、
アスランは毛布をたたみながら考え巡らした。
自分の胸に手をあて、原因になりそうな事変を反覆してみる。
カガリと最後に会ったのは、メンテナンスをする、ほんの何時間か前にちょっと。
それだって、エターナルでの通路で数十分、立ち話しただけ・・・
他愛もない会話だった・・・はず。
原因はこれじゃない・・・ というか、それが原因とは考えられない。
普段の会話となんら変わらない言葉のやり取りだったし・・・
悶々と思い巡らせていると・・・今度は・・・
「アスラン!? どういうことですかッ!?」
珍しくも金きり声に近いラクスの声がコクピットハッチから響き渡った。
ディアッカ同様、身を乗り出す様で覗き込んでくるのは・・・結構迫力がある。
どう見たって、怒っている感じだ。
「・・・ラクス?」
「ラクス、ではないでしょう!? なにをのんびりこんな処で!カガリさんが!」
はぁ〜〜
盛大な溜息が彼の口から零れた。
やっぱりカガリの事か・・・
ラクスがここに乗り込んでくれば・・・
「アスランッッ!!」
そら来た。
聞き慣れた幼馴染の怒鳴り声がジャスティスのコクピットの中に木霊する。
「どういうことさッ!カガリがッッ!!」
きゃんきゃん、まさにそんな擬音が相応しく、ラクスとキラは交互にコクピット内の
アスランに『カガリのことらしい、なにか』で騒ぎ、捲くし立てていた。
頭上でスピッツとポメラニアンが騒いでるみたいだ・・・
続くこと数分。
彼らの言い分を黙って聞いていたアスランの頭の隅で何かが音をあげて破裂する。
アスランは勢いよくコクピットから身を乗り出すと、キラと相対し、怒鳴り返す。
謂れもない罪状で、なんでこうも追い詰められなければならないのか、という思い。
理不尽にも程がある。
「なんなんだッ!?皆して、カガリ、カガリってッ!!大体、カガリが泣いてると
なんで、なんでもかんでも俺のせいなんだッ!?」
ギッ、と睨んだ視線で、アスランはキラを凄みと気迫で押し返した。
僅かに身を引き、キラは冷や汗を浮べ、言葉を紡いだ。
「・・・だって・・・他に原因浮ばないから・・・」
「俺はなにもやっちゃいないッ!説明して欲しいのはこっちの方だッ!!
朝っぱらから、ディアッカに叩き起こされたかと思ったら、ラクスにお前までじゃ!」
「・・・本当になにもしてないの?」
「俺が聞きたいくらいだよ、つったく。」
むくれ、アスランはそっぽを向きながら怒った表情を崩さない。
「・・・では、原因はなんなのでしょうか・・・?」
小さなラクスの声が、アスランの背後から漏れ聞こえた。
よくよく話を聞けば、クサナギでの用向きを済ませる為、赴いた、ディアッカ、
ラクス、キラの三人。
用事を終え、通路を歩いてる処へ、厨房を兼ね備えた食堂から、泣きはらした
眼を押さえ飛び出してきたカガリと偶々そこに遭遇した三人がぶつかった、
という事が話の経緯から解った。
問う間もなく、カガリが自室に向って猛ダッシュしていく様が、あんまりにも
必死そう、らしい・・・ 形容の付けられない様相に三人は事の顛末は
アスランが握ってる筈だ、と勝手に結論付け、今に至るという訳だ。
言い掛かりも甚だしい。
なんで、そうなるんだ?
アスランは派手な溜息を零した。
「・・・解りました。 今の作業に区切りがついたら、俺が本人にちゃんと
確認しに行きますから。・・・それで良いですね?」
ラクスの方に向き直り、アスランは眉根を寄せ、彼女を見た。
「ええ、ぜひお願いしますわ!」
ぱん、と両手のひらを一度叩き、ラクスは天使の微笑み。
アスランはちらっ、とキラにも視線を移す。
困ったような複雑な表情で笑うキラに、アスランは今にも噛み付きそうな
表情を作った。
「・・・あとは・・・よろしくね?・・・アスラン。」
最後の『お願い』は蚊のなく鳴くような小さな、小さな声。
疑いだけで、乗り込んだことは非常に拙かった、と後悔しかでてこない
キラの顔を見て、アスランはまた小さく息を漏らした。
台風の目を追い払い、再び作業に没頭し始める。
とにかく、今やってることをとっとと終わらせ、カガリの処に行かねば・・・
こうも、批難される原因を突き止めなくては、アスラン自身だって納得がいかない。
変わる変わる、デッアッカを先人に、他二名にも押し掛けられた時間は
早朝もイイ時間帯だった。
ちらっ。
腕時計に視線を落とし、時間を確認する。
意識を集中していたせいか、とっくの昔に昼は過ぎ、午後二時を指し示す
デジタル表示に、彼は息をついた。
やっと作業を済ませ、愛機を後にしたのは、それから程なくして。
「・・・お昼、食べ損ねちゃったな・・・」
艦のクルーたちが、食堂を利用できる時間帯は決められているせいか、
正規の時間を過ぎてしまえば、品は片付けられてしまうのは当たり前のことだった。
・・・くぅ〜
彼の腹部からは情けない音が漏れた。
これで、夕飯の時刻までは水分で繋ぐしかない。
仕方ないか。
諦め、アスランは連絡艇のシャトルに乗り込んだ。
行き先の場所。
それは当然、クサナギ。
慣れた仕草で、シャトルを駆り、アスランはクサナギの格納庫に機体を着けた。
身体を無重力の空間で滑らせ、彼は迷うことなくカガリが自分の個室として
使っている艦長室へと向う。
辿り着き、呼び出しのインターフォンを鳴らす。
返答はない。
だが、微かに感じるひとの気配。
誰も居ない部屋と、そうでない違いは空気で感じ取れるものだ。
幾度か呼び掛けたが、やはり返事はなかった。
ふぅ・・・
小さく溜息を漏らし、アスランは軍服のポケットを弄ぐる。
取り出したのは、随分前、彼女に貰った、この部屋のサブルームキー。
読み取り部分をスライドさせ、彼はカガリに教えられた通りの暗証番号をテンキーに
打ち込んだ。
あっさりと、開く入り口。
彼を迎え入れた室内は薄暗く、眼に映った明かりといえば、ぼんやりと灯る、
ベッドのサイドランプのみ。
ベッドには、うつ伏せに寝転び、枕を手繰り寄せるような形で彼女が居た。
解ったように、彼はベッドに近づき、静かにその縁に腰を降ろした。
そっと、彼女の金髪に右手指を絡め、彼は彼女に問う。
「・・・なにか、あったのか? カガリ・・・?」
「別に。」
短い答え。
しかし、その返事はアスランの欲していた答えではない。
「皆が心配していたぞ。・・・カガリが泣いているから、どうにかしろ、って
怒鳴り込まれたぞ、俺。」
「えっ!? 嘘ッ!」
驚き、がばっと、枕を抱えたまま、彼女は身を起こした。
「・・・ごめん。・・・迷惑掛けたな・・・。」
「いや、ちゃんとした理由聞ければ、それで良いんだが。 とにかく、その抱えている
枕、置け!邪魔だッ!!」
ふるふる。
枕ごと、カガリは首を振る。
眉根を寄せると、アスランはがしっ、と彼女が抱えている枕に両手を掛けた。
「離せッッ!!」
「い〜やぁ〜〜だッッ!!」
引っ張り合いの様相で、彼女は眼一杯抵抗してきた。
先に諦めたのは彼。
あんまり力を入れたら、枕をひとつお釈迦にしかねない。
「・・・それじゃ、話、し辛いじゃないか・・・」
「・・・顔、見たら・・・お前、笑う・・・きっと。」
「?」
見もしないで、断言するな、と彼は言う。
なんとか彼女を説得し、やっとの思いで抱えた枕を降ろさせてみれば・・・
ウサギの目のように充血した彼女の両眼に逆に驚いた。
「・・・どうしたんだ?その眼・・・」
「・・・」
頑な態度で、カガリは口元を引き結び、返事を渋る。
「カガリ・・・。」
呆れたような、それでいて心配そうな、複雑なアスランの声が小さく彼女の名を呼ぶ。
暫しの沈黙を破って、彼女はアスランの見詰める、翠の目線に耐え切れず、
口を開き始める。
「・・・負けたんだ。・・・くそッ・・・たかだか、食材のクセして・・・」
「???」
首を傾げ、アスランは瞳を瞬かせる。
「・・・ごめん、カガリ・・・ 意味が全然解らない。」
「・・・ハンバーグ、作ろうと思って玉葱、みじん切りにしてたら、涙止まらなくなっちゃって・・・
手で擦ったんだ。・・・で、手先に玉葱の汁がついてて、その指で眼球擦ったら、こんな顔になった。」
「・・・」
無言。
というか、その反応しか返せなかった。
くすっ。
やがて、彼は小さく笑った。
その笑いは、段々と響きを増し、アスランは腹を抱えて笑いだした。
「やっぱり笑ったじゃないかッ!」
怒鳴り、カガリは抱えた枕をアスランに投げ付ける。
「ごめん、ごめん。」
両手でガードをし、アスランは真面目な顔で彼女を伺う。
「ま、原因は解ったとして、ちゃんと流水で洗ったのか?」
「うん。・・・今は大分、楽になったけど、やっぱりまだ痛いな。・・・眼、どんな感じになってる?」
「ウサギ。」
簡潔な一言。
「しかし、なんだってまた、ハンバーグなんか作る気になったんだ?」
「・・・昨日、お前がメンテする、て話、エターナルの通路で言ってただろ?
時間が掛かりそうだ、って言ってたから・・・ なにかスタミナつくモン、食べさせたくてさ。」
「・・・で?・・・ハンバーグ?」
瞳を開き、アスランはカガリを見詰めた。
「精力つけるなら、やっぱり『肉』だろうが!」
単純思考、バンザイだ。
くくく・・・と、彼は口元に手を持っていき、再び笑いだす。
カガリは彼のその態度に、頬をこれでもか、というくらい膨らませた。
ふん、と鼻を鳴らし、カガリがそっぽを向いたと同時に、その頬に当たる、柔らかい感触。
ちゅっ。
当たったのは彼の唇。
突然の予期しない奇襲に、彼女は真っ赤になり固まってしまった。
「ありがとう、・・・カガリ。」
覗き込んできた、綺麗な翠の双眸。
アップで来るなッ!!
心の準備も整っていない処に、そんな綺麗な顔近づけてくれるなッ!
心臓の鼓動が五月蝿くて、どうにかなってしまいそうな程の目眩と息切れを
カガリは抑えるのに四苦八苦した。
くうぅ〜〜ぅ。
突然、鳴ったアスランの腹部からの催促音。
ふたりの眼が点になった。
アスランは恥かしそうに頬を染め、視線を逸らし、頭を掻いた。
「・・・昼、食べ損ねたんだ・・・ その、・・・まだ作ってくれる気があるんなら・・・
カガリのハンバーグ・・・食べさせてもらえないかな?」
呆然としていた彼女は、はっと我に返り、緩く笑んだ。
「形に文句は言うなよな。その代わり、味は保障するから。」
「お任せします。」
にっこり、微笑んで、アスランは彼女に強請った。
場所をふたりで移動し、向った先は当然、艦内の食堂。
時間外の室内は静まりかえり、ふたりだけを迎え入れた。
「なんか手伝う?」
「いや、お前は持て成される方だから、ここに座る!」
やや強引に、彼女はアスランに椅子を薦めた。
促されるまま、着席する彼。
「さっき、散々泣いたからな。玉葱の下拵えと具材は準備してあるから、
焼くだけなんだ。 ちょっと待っててくれよな。」
言葉を残して、彼女は厨房へと姿を消す。
程なくして、香ばしい、肉の焼ける匂いが食堂内に漂い、待つこと15分。
でてきた品物は・・・確かに形は、ハンバーグとは呼べるものではなかったが、
なんとか少しでも彼の食欲をそそろうとする努力の跡はあった。
半熟の目玉焼きに、とろり、と溶けたスライスチーズのデコレーション。
僅かに顔は引き攣ったが、アスランは思い切って、フォークを突き刺し、
口に放り込んだ。
途端、口内に広がった肉汁とデコレートされた食材、そして掛けられていた
デミグラスソースの味に瞳を開いた。
「・・・美味い。」
「だろ?」
相槌。
にぱっ、と笑んだ彼女は、アスランの前のテーブルに両手で頬杖をつきながら、
その彼の姿を嬉しそうに眺めている。
腹が極限まで空腹を訴えていたせいか、アスランはカガリがだしてくれたハンバーグを
あっという間に平らげてしまった。
「ごちそうさま。」
満腹感に満たされ、アスランはぺこっ、と彼女に頭を下げる。
「・・・さて、そろそろ、エターナルに戻るか。」
腰をあげ、アスランは言葉を漏らした。
「帰っちゃうのか?」
寂しそうな声音が彼の背後を追い掛けた。
「まだ、詰めが残っているんだ。今日中に終わらせたいから。」
「そっか・・・」
ちらっ、と振り返った彼の視線の端には、まるで捨てられた子猫のようなカガリの
姿が映る。
小さく彼は笑むと、言葉を紡いだ。
「メンテ、多分まだ時間が掛かると思うんだ。 カガリが嫌じゃなかったら、夕飯、
サンドウィッチで良いから差し入れ頼みたいんだけど。イイ?」
ぱっ、と顔を起こし、カガリは元気よく快諾の声をあげた。
「サンドウィッチなら、・・・今度は泣かずに済むだろ?」
彼は振り向き様、彼女に向って軽くウィンクした。
カガリの顔が瞬時に紅に染まる。
アスランは小さく手を振ると、連絡艇のシャトルを乗り付けた格納庫に向って歩き出す。
それを見送り、カガリも小さく手を振り返す。
彼の姿が見えなくなり、彼女は緩く空を仰いだ。
そして、考え巡らす。
彼の好みの食材を思い浮べ、今度はもっと形も味も納得させるもの、作ってやる!
と意気込み、拳を握ったのだった。





                                

                                         ■ END ■








★ さて、今回のお話はキリリク作品です。(^-^ )
リクエスト、誠にありがとうございました。さくら様。
『玉葱刻んで、号泣のカガリ。彼女の涙の原因が
解らず、寄って集って、アスランが責められる。』
という、内容をいただいたのですが・・・
こんなんで、どげなもんでしょうか??ウーン /(-_-)\




                                     小説トップ