ピンポーン。
眩しい陽光が燦々と降り注ぐ玄関先で、一軒の屋敷の呼び鈴が鳴らされた。
見目にも着る服の趣向がバラバラの三人組みが立つ玄関先。
鳴らした呼び鈴の呼び出しに応えるように、扉が開いた。
だが、招き入れるべき、家人の姿が見当たらない。
「いらっしゃいませ!」
した声に導かれ、つつつ・・・と視線を下に向ければ、肩まで伸びた金髪を三つ編みにした
碧眼の少女がにこやかな笑みを漏らし、三人組を出迎えた。
ここはオーブにある、ザラ邸。
出迎えた少女は今年で4歳になる、アスランとカガリのひとり娘、ミューズ。
愛らしい瞳で見上げながら、ミューズは見上げる三人組を家に招く言葉を紡いだ。
「白い頭のおじちゃんに、黒いお兄ちゃん、緑の頭のお兄ちゃん。」
名前が解らないのだろう、ミューズは見たまんまの表現で三人を呼称した。
「だぁ〜れが『白い頭のおじちゃん』だッ!」
ミューズが着ていたオーバーオールの肩掛け部分をむんず、と掴み、
イザークはまるで猫の子でも摘み上げる様に小さな体を持ち上げた。
「言っておくが、これは銀髪だ。白髪じゃないからな。」
目の前にぶら下げた小さな体に凄みを効かせ、イザークはミューズを睨み見据える。
そんな状況下にあっても、にこにこと笑みを絶やさず、物怖じしない少女。
半分受け継がれているカガリの血のせいなのか・・・度胸が据わっている。
ふいに、家の中から更に凄みを増した声が掛かった。
「俺の娘に何、虐待行為加えているんだ!? イザーク。」
「パパッ!!」
その声に振り向き、ミューズは吊られた状態のまま、ぱたぱたと手足を動かす。
なんだか、動くぬいぐるみのようだ。
がばっ、と奪うように、愛娘の身体をイザークから取り上げ、アスランは痛いところは
なかったか?と、言葉を少女に掛けた。
親馬鹿、ここに極めリ・・・
眼の中に入れても痛くない、可愛いひとり娘ともなれば・・・ 頷けもするが・・・。
「久し振りだな。 まぁ、玄関先で立ち話もなんだから入ってくれ。」
佇む三人、イザーク、ディアッカ、ニコルに言葉を掛け、アスランは家の中へと
招き入れた。
「カガリ! 客が来たぞ!」
片腕に愛娘を抱き、歩きながらアスランはキッチンに居るのだろう、愛妻に
来客の旨を伝えた。
ぱたぱた、とスリッパの走る音がし、カガリがキッチンの入り口から顔を覗かせた。
「いらっしゃい。 何もないけど、ゆっくりしていってくれよな。」
相変わらずの風体で、彼女は居間とキッチンの間にある廊下に佇む三人に
声を掛けた。
アスランに居間に通され、三人は薦められるまま革張りのソファに腰を下ろす。
程なくして、お茶を銀のトレイに乗せたカガリが姿を現した。
「ミューズちゃん、随分大きくなりましたね、アスラン。」
いのいちに声を掛けてきたのは、二コルだ。
笑顔でアスランは嬉しそうに相槌を打った。
三人でこの屋敷を訪れるの自体、珍事に相当する事柄だが、それでも未だ、
独身を謳歌している三人にとって、嘗ての軍の同期であるアスランが一児の父親に
なっている、というその事実の方が不思議に思える。
アスランの首筋に纏わり付く、幼い少女。
見ているだけでも、・・・やはり奇異な光景に見えてしまう。
中でも一番それを強く感じているのはイザークとディアッカのようだ。
現在の処、この三人の中では『結婚』という言葉を使えば、一番近距離に居るのは
ディアッカかもしれない。
随分と長く意中の恋人であるミリアリアとの仲はそれなりに上手くいってはいっている
ものの、最終的なゴールには二の足を踏まれているらしく・・・
焦っても仕方ないので、結果オーライを待つに徹している現状は・・・秘密だったりする。
皆それぞれが多忙なためか、会う機会になかなか恵まれず、このような状況は
実は始めてだったりするのだが・・・。
近況の報告はもっぱら写真入り年賀状とコメントが常。
「お前にそっくりだな。」
皮肉っぽく呟いたのはイザーク。
「俺にそっくり? 当たり前だろ、親子なんだから。似てなきゃ困る。」
ごもっともな回答をするアスラン。
「女の子は男親に似ると幸せになるんですって? 知ってます?アスラン。」
「男親に似ると幸せねぇ・・・。 でも、俺は今の幸せはこの子から貰っているような
もんだから・・・」
優しく笑んで、アスランはニコルを見る。
同期同士の和やかな場を邪魔しては悪い、と思ったのか・・・。
カガリは静かにソファから腰をあげた。
「ミュー、お邪魔しちゃいけないから、あっちで絵本でも読んで・・・」
カガリが声を掛けた途端、ミューズはアスランの首筋に更に強く腕を廻した。
どうやらここに居たいらしい。
苦笑を浮べ、アスランはカガリを制し、言葉を紡ぐ。
「別に邪魔なんかじゃないさ。 カガリもここに居たら良い。」
彼の言葉に安堵感を抱き、カガリは再びアスランの座っていたソファの横に
腰を降ろし直す。
話に夢中になる事、三時間余り。
話の終点が見え始める頃、何気にディアッカはアスランの腕の中から離れようとしない
ミューズに質問をする。
「もうそろそろ、妹か弟が欲しいんじゃないの?」
またいらん質問を・・・。
ディアッカの愛娘に対する問いに、アスランは小さく息をついた。
きょとんとした翠の双眸がディアッカを見詰めた。
僅かな時を於いて、ミューズは微笑んで答える。
「もう直ぐ、パパとママの処にディアナが来るから、ミューは寂しくないよ。」
・・・ディアナ? 誰だそりゃ・・・一同の眼が疑問符に彩られた。
なんだかよく理解が出来ないまま、場が有耶無耶になってしまう。
この家を始めて訪れるニコルにアスランはさりげに案内の言葉を紡いだ。
イザークとディアッカは何度か個別に訪問をしているので、居間にカガリと
残る、というので、アスランは愛娘を腕に抱き、ソファを立った。
二階の部屋を案内されながら、奥に続く廊下を辿る。
突然、アスランの腕の中から、するり、と身を滑らすとミューズは床に飛び降りた。
ぱたぱたと廊下を走り、ひとつの部屋を目指す。
少女が開けた扉の部屋にアスランは苦笑を浮かべた。
「あそこの部屋はミューのお気に入りなんだ。」
「そうなんですか?」
何気に応えたニコルは、部屋を覗いた瞬間に感嘆の息を漏らした。
「・・・凄い・・・ヴェーゼンドルファーだ・・・」
プラントではピアノのソロリストで名を馳せている、彼の口からは驚きの声しかあがらない。
ピアノに携る者であれば、目の前に鎮座するモノがどれほどの逸品で名器であるのか
一目瞭然。
ニコルは小さく呆れた息をついた。
軽く家一軒は買えてしまう程の高価なピアノを4歳児に買い与える、嘗ての軍の同期、そして
自分の兄的立場であるアスランの顔をじっ、と見詰める。
「・・・カガリはこれが幾らするか知らないんだ。・・・黙っててくれよな、ニコル。」
苦笑を浮べ、アスランはニコルに懇願した。
部屋の中に置かれたヴェーゼンドルファーからは、金の髪の少女が奏でる『猫踏んじゃった』
が流れ始める。
陽を遮るような仕草で、ニコルはその場でよろめいた。
・・・ヴェーゼンドルファーで『猫踏んじゃった』・・・は凄すぎる。
目眩を起こして倒れたくなる気持ちも解らないではない。
「ミューにピアノ習わせてやりたいと思っているんだけど、なかなか良い先生が居なくてね。」
ちらり、とアスランは期待を込めた目線をニコルに向けた。
「僕で良かったら、教えてあげますよ。一ヶ月に一回くらいしか時間は取れませんけど。」
「すまない。」
快諾の返事をニコルから貰い、アスランは安心したように苦笑を浮かべた。
夕飯をそれぞれに振る舞い、客足の波が引く頃、余程珍しい来客に興奮してたのか、
いつもはする筈の昼寝をすっかり飛ばしてしまっていた。
夜の8時にもならない前に少女は電池が切れてしまったかのように眠り込んでしまう。
子供部屋に寝かしつけてしまえば、夫婦の時間。
ベッドの中では名残惜しげに互いの唇が離れ、緩い微笑がふたりの顔を彩った。
カガリはアスランの胸元に身体を預けながら、小さく呟いた。
「なぁ・・・。ミューが昼間、言っていた事、どういうことだと思う?」
「さぁ・・・よく解らないな・・・」
カガリはアスランの胸板のうえで緩く上半身を起した。
「最近、ミュー、私にはよく解らないこと言うんだよな。」
「解らないこと?」
カガリの金髪を指先で梳きながら、アスランは彼女の顔を伺った。
「なんて言うか・・・時々、私のおなか触っちゃ、『もう直ぐ会えるね。』とか云ってたり・・・」
「ふ〜ん・・・」
アスランは小さく鼻を鳴らした。
「・・・それってさ・・・ひょっとしたら予知夢とか、その類の話か?」
コーディネイターであるアスランには、口にはしてもあまりにも非現実過ぎて一長一短には
信じられない出来事だ。
極稀に、子宮の中の記憶を持ったまま、産まれて来る子供がいる。
その稀な子供が・・・自分たちの娘であったとしたら・・・予感でも感じているのだろうか?
次に産まれてくるべき子供のことを・・・
ミューズが生まれて直ぐ、間を開けずに次の子供を望んでいたふたりではあったが・・・
天の悪戯か、神のきまぐれか・・・未だ第2子には恵まれず、現状が経過していた。
「生理は?」
自分の胸のうえのカガリに、アスランは素直に問うた。
「私、もともと不順だし・・・遅れてても気にしてなかったんだけど・・・」
カガリはことん、と彼の胸に頭を置いた。
あまりそのことを追求しても詮無きこと・・・
結果は何れ解ることだ。
彼女の身体を抱き締め直すと、アスランはカガリの金髪に口付ける。
「・・・もう一回しよ。・・・カガリ。」
催促の言葉を囁かれ、彼女は苦笑を浮かべる。
「・・・努力は続行か?・・・」
「当然だ。」
緩い笑みを浮べ、アスランはカガリの顔を引き寄せ、深く口付けた。
刹那、寝室の扉が細く開く気配にふたりは驚いて身を起こした。
光速の動きでアスランは掛け毛布を頭から被り、カガリはベッドに脱ぎ散らかした
ナイトガウンを慌てて身に纏う。
ちらり、と彼女は隣のアスランを伺い見た。
死んだフリならぬ、寝たフリで押し通す気らしい・・・ぴくりとも動かない夫の姿に
カガリは口元を引き攣らせ、冷や汗を薄く顔に浮かべた。
「・・・ママ。」
案の定、開いた扉からは愛娘の小さな声が漏れる。
慌て、カガリはベッドを降りると、娘の身体の高さに合わせるようにしゃがみ込んだ。
「どうした?」
「・・・おしっこ・・・」
「なにッ!? もう、やっちゃったか!??」
ぷるぷると首を横に振った愛娘の小さな身体を彼女は勢いよく抱き上げる。
「まだするなよッッ!!」
叫びながらカガリは猛ダッシュで寝室を後にして行く。
その雄叫びを毛布の中で聞いていたアスランはもそもそと首を出す。
ほっ、と息をつき、ベッド下に脱ぎ散らかした自分のパジャマを手にすると、彼は
部屋に備えつけてあるシャワールームへと入っていった。
身を清め、出てくる頃、まだベッドに戻らぬカガリを探しにガウンを纏い寝室を
後にする。
子供部屋を覗けば、小さなベッドに窮屈そうに身を屈め、愛娘を胸に抱き込んだ
状態で眠りに落ちてる彼女を発見した。
なんだか、その光景を見てるだけで起こすのは可哀想な気がする。
アスランは踵を返す。
予備の毛布を手にし、カガリの身体にそっと掛けてやった。
スゥースゥー・・・
ふたり分の穏やかな寝息が子供用のベッドから漏れ聞こえる。
「今夜はミューに取られちゃったな。」
苦笑を浮べ、アスランは子供部屋の扉をそっと閉めた。
それから程なくして、大事件が発覚する。
家族で夕飯を楽しんでいた最中、カガリは突然吐き気を訴えた。
まさか・・・という思いを抱き、確認で訪れた病院で告げられた医師の祝いの言葉。
待望のニ子目の妊娠。
帰宅後、アスランに経緯を告げれば、彼は飛び上がらんばかりに喜んでくれた。
はたっ、と見上げる愛娘の視線にふたりは顔を見合わせた。
「女の子だよ。ミューね、妹が欲しかったんだ。」
あっさりと告げた幼子の言葉に、ふたりは再び顔を見合わせる。
妊娠中期に差し掛かり、ミューズはカガリの傍を離れなくなった。
カガリのおなかに耳を当て、しきりに会話をしてる様子は・・・正直、不気味だ。
アスランは眉間を抑え、その光景を眼にする度に唸った。
「髪はパパの色でね、瞳はママの色なんだって。名前はディアナが良いって。」
ディアナ・・・英語詠みではダイアナとも云う。
ギリシャ語詠みではアルテミス。・・・月の女神の名。
翌年、カガリは無事に女の子を出産した。
ミューズが云った通り、父親のアスラン譲りの見事な濃紺の髪、母であるカガリから
譲り受けた瞳の色を持った赤ん坊。
付けられた名前は『ディアナ・アスハ・ザラ』
新しい家族の誕生。
賑やかな光景が、またひとつ増えた喜びは、掛け替えのない、微笑ましい風景だった。
■ END ■
★ あとがきでございます。
さて、今回のテーマはかな〜〜り不思議な内容を
チョイスしてみました。『子宮の中の記憶』・・・
作中にもある内容なのですが、過日見ていた
番組で、稀に母親のおなかの中にいる時の
記憶を持った子供が生まれることがある、
というのを眼にし、「コイツは面白い!」と
いちもにもなく、アスカガでやってみたい、
と書き上げてしまった一作です。
ミューズちゃんの描写はあまり詳しくは書きません
でしたが、彼女はカガリのおなかにいた時の
記憶を持っています。
唯、アスランが不気味がるので、云わないだけ。;;
子供のクセに気を使うタイプなのか??ミュー。
因みに我が家の猿二匹にも聞いてみたオレ。
そしたら、「そんなの覚えているわけないじゃん!」
とあっさりいなされました。(T_T)
ま、そんなモンさ。ウチのガキどもなんてよ〜〜(苦笑)
⇒あとがき、追記。
相互リンク記念に、かずりんさんにこのお話を進呈した処、
オマケ返しで、ステキな親子絵をいただいてしまいました!
ミュー、めちゃかわええ!!(^ ^)ウ(^。^)レ(*^o^)シ(^O^)イ
もう、毎回、ツボ突きまくりの、かずりんさんのイラストには
目からウロコです!素晴らしく、可愛いイラストをいただけ
望外の喜び!かずりん様のサイトへは、下記バナーから。
小説Top