「ん〜〜〜!」
午後5時。
空が夕暮れに染まる頃、珍しく定時で仕事が切り上がる。
カガリは一日、デスクに縛られた、ガチガチに固まった身体を
解すように大きく伸びをした。
「カガリ様。本日の最終の書簡です。」
「ああ、ご苦労様。今日はもうあがって良いぞ。」
若い、カガリ付きの秘書官の男性は笑顔で彼女に会釈し、執務室を
後にしていった。
渡された書簡に眼を通しながら、カガリはひとつの茶封筒に眼を落とした。
「・・・私宛じゃない。・・・アスラン宛?」
A4サイズの書籍小包。
やけに梱包が厳重なのに、彼女は小首を傾げる。
今日はアスランも隣の自分用の仕事部屋にいた。
椅子から腰をあげ、彼女はその封筒小包を手にして、隣部屋に続く
扉を軽くノックする。
中からは入室を許諾する返事が直ぐに返ってきた。
「アスラン!」
愛しくて、最愛の最も頼れるパートナー。
そして、カガリの夫である、彼の名を呼べば、にこやかな笑みを浮べ、
彼女を出迎える。
「仕事は?」
「俺も終わり。 今日は珍しくふたりで家に早く帰れそうだな。」
「うん。」
笑顔に笑顔で応え、カガリはデスクに居るアスランの元に小走りに駆け寄った。
ごろごろと、今にも猫が喉を鳴らしそうな程、甘える仕草で彼の首筋に両腕を
廻し、頬を摺り寄せる。
新婚、とはお世辞にも云えないが、既に結婚してから一年半。
だが、まだふたりの醸し出す雰囲気は新婚以上の甘さが漂う。
カガリも人前では出来ない仕草も、アスランとふたりきりなら、遠慮はしない。
アスランですら、甘えられる事は決して嫌な気分ではない。
彼女にそうされることは至極の幸福を含む感情を持てる。
軽くキスを交わし、帰りの準備と・・・考えていると、廻された彼女の片手に
挟まれた茶封筒に視線が落ちた。
「なに?これ。」
「ああ、忘れてた。 私宛の書簡に混ざっていたんだ。 はい」
受け取り、訝しげな瞳で裏を返せば、差出人はディアッカの名が記されている。
「ディアッカからだ・・・ なんだろう?」
「エロ本だったりして。」
冗談口調で自分の背の彼女が笑った事に、アスランは苦笑で否定した。
「まさか。」
何気にペーパーナイフで封を切り、中身を取り出した瞬間、ふたりの眼が
点になった。
見る見る、室内温度計が下から上に上昇する勢いで、真っ赤に顔を染め、
ふたりで固まってしまう。
「・・・本当にエロ本だ・・・」
呆れた声音が、アスランの首筋に絡まるカガリの口から小さく漏れた。
アスランは、派手な溜息をつくと、茶封筒に中身を押し戻した。
「・・・なに考えているんだ? ディアッカのヤツ・・・」
「中に手紙とか入ってないのか? 意味なくこんなモノ、送ったりは
しないだろ?・・・普通。」
意味がなくても、彼ならやりそうだ、とアスランは心の中で息をつく。
「・・・手紙ねぇ〜」
彼女に促され、彼はがさがさと袋の中を手で探る。
カサッ、微かな音。
彼女が云う通り、手紙は同封されていた。
取り出し、内容を読めば・・・
《 そろそろ良い時期だから、ふたりでコレ見て子作りに励め 》
と、殴り書きした文が添えられていた。
「余計な心配だッッ!!」
怒った口調でアスランは手紙をデスクに叩き付けた。
どこの世界に友人夫婦に子作り催促する友達が居る!?
いや、実際居るのだからどうしようもない。
はぁ〜・・・と、呆れたような溜息がアスランの首筋から漏れた。
「・・・つったく、お前の友達、ロクなヤツが居ないな。」
「・・・すみません。」
なんで自分が謝らなければならないのか、さっぱりだったが、
取り合えず彼女に謝れる人間はもっかの処、アスランしかいない。
謝罪をそれなりに口にしても悪い事はなかった。
代理的な気分は多分にあったが。
「偶にウチに来ちゃ、家の備品ぶっ壊してく前科者に、余計な御世話が
大好きな下ネタ推奨の友人。・・・恵まれているな、お前。」
「皮肉か?」
「皮肉に聞こえるなら、そうだろう?」
どうやら、彼女は数日前にふらっ、と訪ねてきたイザークの凶荒に、
まだご立腹のようである。
毎度の態度で、勝負だッ!と挑まれ、偶には趣向を変えてビリヤードでも、
とカガリが提案した。
屋敷の中の娯楽施設に備え付けてある、プールバーでナインボールを
アスランと始めて、僅か10分で勝敗が決定。
アスランに負けたイザークは怒り心頭で、特注で作らせた100万アースダラーの
キューをものの見事に真ん中からヘシ折ってくれた。
その前も、定番であるチェスを挑まれ、またもや苦渋を舐めさせられた、と
叫び、名工が手作りした、黒曜石のナイトを床に投げ付け、耳と馬面を欠けさせている。
因みにこっちの駒は一個20万アースダラー程する、逸品であった。
そんな事件の余熱が冷めやらぬまま、今度は送りつけられた迷惑極まりない
品にふたりは溜息を漏らした。
「アスラン。」
「なに?」
「備品破壊魔前科ニ犯にちゃんと請求書、書いて送れよなッ! アイツ来る度に
家の物が壊されてはこっちが困る。」
「はい、はい。」
おざなりな返事を返し、アスランは再び溜息を漏らす。
定時通りに仕事が片付いた事もあり、ふたりは繁華街のアーケードに寄り、
夕飯の食材を調達することを決めると席を立った。
官僚府を後にし、夕飯には何を作るか、彼の愛車の中で唸るカガリ。
リクエストをアスランに聞いても、なんでも良いとしか返事が返ってこないのは
主婦業をも担う彼女には負担にしか思えない。
「ああッ!もう、面倒くさいッ! だったらシチュにするッ!」
叫んだ刹那、アスランはぼそっ、と隣で呟いた。
「・・・シチュは3日前に食べた。」
「五月蝿いッ!文句言うなッ!!」
鶴の一声。
アスランは言われた通り沈黙する。
ショッピングモール内の駐車場に車を停め、ふたりはいつも利用する
大型スーパーの自動扉を潜った。
材料を無造作にアスランの持つカゴに放り込み、彼女は先を歩く。
食肉コーナーに差し掛かり、アスランはじっ、と一点を見詰めた。
「なんだ? 肉、食いたいのか?」
それに気がつき、彼女は振り返った。
オーブ産の黒牛はちょっとしたブランド肉だ。
柔らかいうえに、ジューシーでステーキには打って付け。
「・・・コレ、駄目?」
「やっと自分の食べたいモノ、リクエストしたか? 良いよ。今夜はそれにしよう。」
「焼き方はレアでお願いします。」
「駄目だッ!ちゃんと芯まで焼かなくちゃ、腹壊すだろ!?」
「ステーキ、芯まで焼くのなんてカガリくらいだよ。 第一、上等な肉、炭状態
なんて勿体無い・・・」
呆れたアスランの口調。
僅かに腹を立て、彼女は彼に突っかかった。
「だったら自分でやれッ!」
ぷー、と頬を膨らます彼女に、彼は苦笑する。
「じゃあ、今夜は俺がキッチンを担当いたします。」
共働き夫婦の典型的な約束事。
家事は折半の取り決め。
アスランとカガリの営む家庭もその例には漏れていない。
アスラン自身、なかなかそっち方面にも器用らしく、特別苦には思ってないようだ。
「今夜は楽出来るな。」
にっこり、と笑む彼女。
機嫌は少しは向上したようだ。
始めに車中で決めたメニューは次回に廻し、今夜はステーキに変更される。
帰宅し、アスランはカガリのエプロンを借り受け、キッチンに立つ。
カガリはアスランがキッチンを担ってる時間、浴槽の掃除に足を向けた。
効率が良い。
協力体制が完璧に揃っている風景。
実に微笑ましい。
掃除を終え、彼女がキッチンに戻ってくる頃、熱した鉄板には、飾りの
クレソンとジャガイモ、ニンジンのオードブルが乗り、メインの肉が盛られた
品がテーブルに置かれ準備されていた。
「良いタイミング! もう、おなかぺこぺこ。」
「パンにする?それともライス?」
ワインのコルクを抜きながら、アスランは彼女に問う。
「ご飯も食べたいけど、私も少し飲みたいな。」
「じゃあ、コレで良いなら俺に付き合う?」
アスランは手にしていたワインボトルを彼女に見せた。
年代物の赤ワイン。
肉料理には最適な一品。
グラスを二個用意し、アスランはソムリエばりの優雅さで、ワインを注ぎいれた。
していたエプロンを外し、テーブルに着くと、彼女は自分が手にしたグラスを
彼のグラスに寄せる。
チン! 軽い響きの乾杯の音。
ふたりは緩く微笑を漏らした。
「今日も御疲れ様。」
彼に対する労いの言葉が自然にカガリの口から零れた。
「カガリこそ、御疲れ様。 明日も頑張ろうね。」
にっこりと、彼に微笑まれれば、疲れなど吹っ飛んでしまう程嬉しかった。
食事と後片付けを済ませる頃、時間は夜の10時を指し示していた。
入浴を済ませ、先に身体を清め終ったアスランが待つ寝所へとカガリは
歩を進めた。
まるで子供のように、彼女はベッドにダイビングして行くのを、僅かにアスランに
咎められる。
ふと、うつ伏せになりながら、アスランが視線を落としている本にカガリは
眉根を寄せた。
「・・・お前、・・・この本。」
それは、夕刻、官僚府に届けられた、アスラン宛のディアッカからの本だった。
「気になる?」
「気になる?・・・って。」
あのな〜・・・と、呟きながら、彼女は唸った。
「ディアッカのお節介には、俺も迷惑かな、って少し思ったけど、夫婦でこういう物、
見るのも悪くないと思ったんだけど。」
にこっ、と罪のない笑顔を漏らし、アスランは彼女の顔を伺った。
カガリは奪うようにアスランから本を取り上げ、今更と思いながら表紙を見た。
タイトルには、《 夫婦読本 How to partner’s sex 》 と書かれている。
こんなモン、一体どこから見つけてくるんだ!とカガリは更に唸り、投げ出すように
それをアスランに放り返した。
くすっ、とアスランは小さく笑う。
まぁ、考えてみれば、こんなことに限らず、アカデミーに居た時からディアッカは
なにかとアスランにはちょっかいを出してきていた。
当時、まだラクスの婚約者という立場にあった時、「婚約者が居る男がセックスの
やり方も知らないなんて恥だッ!」と云われ、見た目にも如何わしいクラブに引っ張って
行かれたことがあった。
何が何やら理解出来ないアスランは、個室に閉じ込められ、危うく面識もない
女に襲われそうになった。
女性を殴る訳にもいかないので、服を剥かれた時点でドアを蹴破って逃げてきた。
貞操の危機に曝され、心臓が止まる思いをさせられた、という過去の経験。
結局、初めての体験はカガリとだったけど、それはそれで良かった、と今更思う。
彼女も初めてで、お互い初めて同士。
慣れない処からスタートして、恋人、婚約者を経て、結婚。
今までの年月を合算すれば、既に5年半、同じ相手と夜を過ごしてきた。
そりゃ、偶には日中とかもあったけど、それでも陽の高い内は彼女の方が嫌がって
やらせてくれることは稀だったが・・・
だが、それだけ年月を重ねてきていても、今の段階、アスランは彼女に飽きる、という
ことは皆無だった。
結婚したって、彼女のことが好きで堪らない。
好きだから、抱きたい。
彼女を悦ばせ、もっと求めて欲しい。
それに、身体の相性だって、最高に良いし。
文句以前に、他の女に目移りなど、昔も今もありえないのだ。
彼女だって、自分の事しか見て居ないのは、視線を辿れば直ぐに解る。
「カガリ・・・。ここ、ちょっと読んでみて。」
何気に、彼は彼女を誘い、本の特集ページを見るように促した。
覗き込む彼女。
随分と進歩したものだ。
昔の彼女なら、忽ち変態扱いだったろうに。
だが、夫婦で形を追求していくのは悪い傾向ではない。
彼が彼女に見せたページは、『子供が出来易い体位 特集』というページだった。
子供が欲しい。
それはふたりの共通の願い。
努力はしているが、カガリには未だ妊娠の兆項は見られない。
「これ、本当なのか?」
本の中、男女が営む体位の絵図に、彼女は首を傾げながらアスランに問うた。
「試してみる?」
緩い笑みが彼の唇から零れる。
「・・・あのさ、アスラン。」
「ん?」
「出来るなら、私・・・妙な工夫より、普通が良いんだけど・・・」
「普通?」
「お前がうえの方が・・・感じるんだ。」
自分がうえ、という事は正上位のことを言ってるのだろう。
「・・・だって・・・後ろとかだと・・・キス・・・出来ないじゃないか・・・」
寝そべる彼の横に、座り佇む彼女は赤面し、緩く俯く。
にっこり彼は微笑んだ。
「俺も、カガリがしたの方が好きだよ。 胸とか触れるしね。」
キスを交わしながらの行為は最高に気持ちイイ、と彼は言葉する。
「・・・私たちは私たちのペース・・・じゃ、駄目か? そりゃ、子供は欲しいけど・・・
こういう事、やっぱり天の裁量、ていうか・・・自然ていうか・・・」
最後は口篭ってしまう彼女に、彼は緩い苦笑を浮かべた。
「俺たちのペース・・・か。 そうだな・・・。」
焦ったって仕方ない、・・・こういう事は。
ふたりの結論は最後はそこに達した。
「で? 今夜はどうする?」
催促を含んだアスランの声音が漏れる。
「・・・好きにしろ。」
赤面し、そっぽを向いたカガリの腕が掴まれ、彼の胸元に抱き込まれる。
小さな悲鳴が微かに零れた。
深く唇を合わせ、流れに任せ、ふたりは身体を絡めあった。
僅かに離れた唇の隙間で囁かれる、愛の言葉。
・・・愛してるよ。・・・君だけを・・・
蕩けるように、彼女の視線が霞んでいく。
「・・・私も・・・ 愛してる・・・お前だけを・・・」
囁き、再びふたりの唇が静かに重なった。
窓から差し込む月の明かりだけが、ベッドで重なるふたつの影を見ている。
程なくして、漏れ始めた快感の声音。
幸せな時に身を委ね、心を委ね、時間が過ぎ去っていく。
互いの顔を彩った表情は、極上の快楽と幸福に満ち溢れていた・・・。
= Fin =
★ あとがき。
「トリビア〜」連続アップです。〜(m~ー~)m このネタ、
オフ中ずっと考えていたモノだったんで、すらすら書きあげて
しまいました。(^。^;) ま、以前あげたヤツで、過激なHシーンが
なければ表OK派、と書いたんで、コレも思い切って表に
置く事にしました。
なんか・・・ちょっと反応怖かったりして。
すんません。/(。◇。)\ 逆立ち反省〜
作中、お金の単位でアースダラーという言葉がでてきますが、
通貨レートがさっぱり解りません。でなもんで、私の頭の中
では、アースダラー = 円 の感覚しか御座いません。
正確な通貨レートをご存知の方は教えていただけると
非常にありがたいです。((^^))
※このページのどこかに、オマケページを設置しました。
本文の続きです。とても簡単なので、ヒントはありません。
つか、だしません。;; 自力で探査してください。ぺこ <(_ _)>
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