『 I wish ...。 』



恐ろしいくらいに、静かな日々が過ぎていた。
停戦協定が結ばれ、ここ幾日か・・・   未だ、プラントへの入港許可は
下りてはいなかったが、それに関しての具申はイザークを通して、既に
評議会へは申し入れ済み。
色よい回答はまだ得られてはいないが・・・。
プラント外での待機状態のまま、宇宙に漂っている状況。
プラントからは、物資の補給と、艦の整備に関する要員の派遣はなされている。
取り合えず、真新しい物資を補充できたことは、色々と嬉しかった。
なにより『水』の確保が保障されただけでも、ありがたい。
艦に関しては、傷つき、破損も著しい、エターナル、アークエンジェル、
クサナギの三艦。
少しづつではあっても復興の兆しが見えてきてることは、乗員たちにも安堵感を齎した。
そんな中で、各々の艦の艦長、司令官同士の連絡だけは如何なる事態に際してもと、
密にとの配慮から、今日も今日とて、アスランはラクスから預かった書類を片手に、
アークエンジェルを訪れていた。
一度引き受けたら、何となく、それを受けるのは当たり前の空気になってしまった。
アスランは溜息を漏らす。
余りにも頻繁に艦を行き来するアスランの姿を眼にし、カガリは言葉する。
彼女曰く、アスランのその姿は『宅急便屋』か『伝書鳩』だと比喩された。
好きでやってるわけじゃないのに・・・ なんだか情けなくて、言い訳もでてこない。
ばったり、何処ぞの通路でカガリと顔を合わせれば、またか?という様な顔をされる。
ぽんぽん、と軽く肩を叩かれ、それは彼女なりの励ましらしい事に苦笑が漏れた。
小さく溜息をつき、アスランはアークエンジェルの格納庫にシャトルを乗り着けた。
身を躍らせ、上部デッキから、艦の通路へと身体を滑らす。
移動ベルトに掴まりながら、艦長室を目指す彼。
既に手馴れたものである。
慣れた道筋を辿って、通路を曲がれば、直ぐに艦長室・・・の筈だった。
が、曲がろうとした瞬間、艦長室の前で戯れに唇を熱く交わすムウとマリューの
姿が視界に飛び込んできて慌てて身を隠した。
こ、こんな処でなにをッッ!!
思わず声が出そうになってしまい、片手で口を被った。
見つからないよう、アスランは壁に張り付く。
そっと、顔を覗かせれば、その光景は熱い時を過ごす恋人たちの風景。
現在進行形で続行中・・・。
で、・・・出て行けないッ!!
真っ赤になりながら、冷や汗を浮べ、アスランは動揺して目線を泳がせた。
「じゃあ、また後で。」
フラガの軽い口調の声音が響き、行為の終了が告げられたのをアスランは
感じ取った。
ほっ、と安堵の息を零した途端、アスランが佇んでいた通路側にフラガが身を
滑らして来たことに彼は慌てた。
「あらら・・・。 ひょっとして、今の・・・見られちゃった?」
僅かにバツの悪そうな雰囲気ながら、相変わらず飄々とした風体のフラガ。
「・・・あっ・・・いや、・・・あの・・・」
慌てる余り、唇が縺れて上手く言葉が発せないアスランとは雲泥の差である。
あわあわと、動揺し捲くりのアスランを尻目に、フラガはにやり、と意地悪気に
微笑んだ。
「ま、イっけど。・・・ところでさ〜 え〜〜っと君、アスランくん、だったよね?」
「・・・はぁ。」
お互い、死線を潜り抜けてきた、知己とも云える関係なのに、この段に至っても
アスランは、話し掛けてくるフラガのファーストネームを呼べずにいた。
心を許してない訳ではないのだが、何処か気恥ずかしさのようなものを覚えていた
せいもあったからだ。
「ちょっと聞きたいんだけど、君さぁ〜 お姫様とは上手くやってるの?」
突然のフラガの問いに、アスランの動揺に拍車が掛かる。
「う、上手くって、一体何をですかッッ!!? 俺はカガリとは別に・・・」
歯切れの悪いアスランの言葉のニュアンス。
フラガは益々意地悪気に瞳を輝かした。
「別にぃ〜!? そうだったの? じゃあ、俺の勘違いだったのかな?
ミーティングの時なんか、ふたりで熱くアイコンタクトとってたりしてたから、
てっきり、そういうモンだと・・・」
「ア、アイコンタクトぉ!? し、してませんよッ!!そんな事ッ!!」
「あ、そうなんだ。 まぁ、でもアレで隠してるつもりなら、君は役者失格だな。」
くすくすと、可笑しそうに笑うフラガに、アスランは真っ赤な顔で反論しようと構えた。
「ま、今は現状も落ち着いてきているし、健全な男子なら、恋をすることも大事な事だ!」
ばん!と、力強く肩を叩かれ、アスランは押し黙ってしまった。
「で?実際は何処まで進んでるのさ? ・・・隠さないで教えてみ? 俺が相談乗って
あげっからッ!!」
にやにや顔でフラガはアスランの顔を覗き込んだ。
「好きなんだろ? 彼女のことが。」
あまりにも図星なフラガの追求。
根負けしたように、アスランはこくん、と小さく頷いた。
どんなに言葉で否定しようとも、この目の前の男には通用しない、と思ったのだ。
今までの戦いの中で、アークエンジェル自体も支え、艦長であるマリューをも支えてきた
影の立役者。
そして、艦内に於いては、年若いクルーが大半を占める環境での兄貴的な存在感は
否定出来ない立場の彼を、アスランは肌で感じ取っていた。
その中の年若いクルーのひとりに自分が混ざった処で、別段不思議ではない。
アスランは思い切ったように顔を上げた。
唯の興味本位で突っ込まれていたとしても、経験は遥かにフラガの方が豊富なのは
さっきのマリューとの関係を見れば一目瞭然だ。
彼の経験が少しでも聞ければ、カガリとの事にもなにか役に立つかもしれない。
過ぎった思いが、躊躇いがちにアスランの口をつく。
「・・・あ、・・・あの・・・」
「なに?」
「アークエンジェルの艦長さんとは・・・その・・・」
アスランの問い掛けにフラガはにこやかに応える。
「君が見た通りの関係さ。 別に隠す必要はないだろ? 俺はマリューが好きだし、
マリューもちゃんと俺の気持ちには応えてくれている。」
「・・・はぁ・・・」
赤面したまま、アスランは戸惑った顔をフラガに向けた。
「好きなら、ちゃんと意思表示しなくちゃ勿体ないだろ?」
勿体ない!?・・・そうか、勿体ないのか・・・
アスランは心の中で呟いた。
この大らか過ぎる、目の前の男の大胆さはアスランの中では色々な意味、尊敬に
値する・・・かも知れなかった。
盛大な溜息が心の中で漏れた。
「まぁ、折角だ。 君にもやるよ。」
疑問符を浮かべた顔のアスランの右手を取ると、フラガは軍服のポケットから
取り出した三連綴りの避妊具を乗せた。
「!!!!」
自分の手のひらに乗せられた品を見て、アスランは真っ赤な顔で硬直する。
「万が一の備え。 俺って気が利くでしょう?」
にっこり、とフラガは笑んでアスランにウィンクした。
「プラントじゃ、女性の妊娠は推奨されているみたいだけど、彼女は地球のコ、だからな。
ま、これも男のケジメだ。 ・・・男なら、女を泣かせるような抱き方はするな。」
「お、俺とカガリはまだそんなッ!!」
「でも、いつかは・・・って、思っているだろう? 好きなら抱いちまえ。 姫さん、遠回しに
云っても気がつかないぜ。」
気がつかない・・・。
フラガの言葉は何となく合点がいった。
負傷して、プラントから戻った時、抱き締めた。
自分の想いを伝えたくて・・・
最後の出撃の時も、告白してキスまでしたのに・・・
今に至って、カガリの態度はつれないくらい淡白なのは・・・ 納得出来ていなかった。
少しぐらいは、なにか変化というか、リアクションを期待し過ぎているのだろうか?
と、思っていた矢先・・・
見透かされているのだろか?
・・・このひとに。
再び、ばんばん!と、強く肩を叩かれると、アスランは落としていた視線を戻した。
どうやら励まされている・・・みたいだ。
「ところでさ、その手に持っているのは、マリューへの届け物?」
アスランが手にしている書類ケースに気がつき、フラガは優しく笑った。
彼はその問いに緩く頷いた。
「後でまた、マリューに会うことになっている。 それは俺から彼女に渡しておくよ。」
アスランから書類ケースを受け取ると、フラガは身を翻した。
「じゃあな! 頑張れよッ!青少年!!」
明るく踵を返しながら、フラガはアスランの元を去っていく。
フラガが、次の通路の角を曲がり、姿が見えなくなってしまうと、アスランは強い
虚脱感に襲われた。
ずるずると、背にした壁づたいに彼はその場に座り込んでしまった。
ぼう〜・・・とした考えの纏まらない思考。
熱の冷めやらぬ、虚ろな視線で空を仰ぐ。
眼線を落とし、手渡された避妊具をアスランは見た。
こんなもの、・・・本当に使う日が来るのだろか・・・?
それもカガリに対して?
不意に、初めて彼女にあった無人島での出来事が脳裏に甦ってきた。
偶発的に触ってしまった胸。
ちょっとしたアクシデントの折、見てしまった彼女の素肌とキレイな形をした乳房。
見たのは半分だけだったけど・・・
抱き締めた時の柔らかい身体の感触とくびれた細い腰つき。
もわもわと、自分の周りに雲のように浮ぶ夢想に、アスランは打ち払うかの如く、
手でそれを煽いだ。
そして実感してしまう。
自分は紛れもなく、『男』という生き物なのだ、ということを。
なんだか情けなかった。
・・・はぁ〜 漏れる溜息は限りなく重い。
手のひらの中にある品物を、オレンジのジャケットのポケットにしまい、彼は緩々と
腰をあげた。
なんか、激しいまでに疲れを感じるのは気のせいだろうか・・・?
虚ろにぼぉ〜・・・とした視線のまま、艦の格納庫に戻る道を辿った。
辿り着く前の通路を曲がった刹那、アスランは柔らかい感触の小さな身体とぶつかった。
『うわッッ!』
同時にあがる叫びに、彼は視界の端に金の髪色を捉える。
「痛っ・・・ つったくッ! どこ見て!・・・って、・・・あれ? アスラン?」
「カ、カガリッ!!? ご、ご免ッ!」
慌て、彼は対したカガリに謝罪の言葉を紡ぐ。
「何、ぼけっ、としてるんだ!? 危ないじゃないかッ!」
「す、すまない。・・・ちょっと考え事していて・・・」
「まぁ、イイけど。・・・ところでさ、もうエターナル、戻るか?」
「え!?・・・ ああ・・・」
突然の彼女の問い掛けに、彼は不自然なまでにおろおろした仕草を見せた。
気にはしながらも、カガリは敢えてそのことは口には出さなかったが、心の中では
激しいまでに首を傾げていた。
「済まないが、戻るなら、私も乗せていって欲しいんだが。」
何気ない彼女の要求。
何故か顔を赤くするアスランの態度は、益々彼女に訝しげな視線を向けさせる。
「・・・クサナギじゃなくて?」
「こっちでの用が済んだら、ラクスにお茶を一緒に、って誘われているんだ。」
踵を返しながら、カガリは用向きの内容をアスランに教えた。
格納庫への道程を、彼女を追う形でついて行きながら、アスランは緩い返事を
後ろから返した。
無意識に、アスランの手が、先ほどしまった品のポケットに触れた。
連絡艇のシャトルに乗り込み、カガリを同伴させながら、アスランはエターナルに
戻った。
エターナルの格納庫に到着すると、カガリは何気にアスランをラクスとの茶会に
招く誘いの言葉を漏らす。
その誘いを丁寧に辞退し、彼は自室へ戻る道を辿った。
部屋に入り、アスランは内から扉のロックを掛けてしまう。
椅子に腰掛、彼はデスクのライトだけを灯して、また溜息を漏らした。
ジャケットのポケットから、アスランはフラガに渡された物を取り出し、じっと
視線を注ぐ。
また、・・・溜息。
・・・これは ・・・当分、使うことはないだろうな・・・。
そう思い、彼は鍵の掛かる引き出しの奥へとそれをしまい込んだ。
厳重に鍵を掛け、再び思案に暮れた。
デスクの奥にしまい込んだモノを使うより前に、彼女の気持ちをちゃんと
確認しないことには話にもならない。
だが、今の段階、アスランにはどうしたらきちんと解決できるのか・・・
その手段の講じ方がさっぱり解らなかった。
ことん、と音をたて、アスランはデスクにつっぷした。
また、溜息が漏れた。
今日はこれで一体、何度目の溜息だろう・・・
なんか溜息ばかりで、その内自分の身体が埋もれてしまいそうだ。
・・・今度、彼女に・・・ カガリに会ったら、聞いてみよう・・・
自分のことをどう想ってくれているのか。
決心した思いを確認する言葉を唇で紡ぎ、アスランは瞼を落とした。






                                     = END =







★ あとがきデス。
さて、今回はキリリク作品です。(^-^ ) ニコッ
キリ番申告、45000hit、カトリーヌ様に捧げる一品です。
「片想いのアスランを」とのご依頼だったのですが・・・
なんか笑っちゃうくらい、兄貴がデバガメしております。
げらげら o(^▽^)o げらげら あ〜 もう、自分、身悶える
くらい、アスランと兄貴の取り合わせ、すげー好きっス。
ま、私が書けば、純情物語で済むわきゃ〜ないので、
毎度のお遊び感覚で書いてみました。
楽しんでいただければ、それでよしッ!!<( ̄^ ̄)>






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