カガリと喧嘩した。
もう、二日も口を利いていない・・・
正直、辛い。
でも、言い訳の言葉すら聞いてもらえず、取り付く島もない状態で。
原因。
それは、当然、喧嘩をした二日前の出来事に戻らねばならないが
官僚府にいつものように出勤、そこまでは良かった。
その日は政的な関係ごとも含め、長引いてしまった会議から抜け出せない
カガリの代理としてオーブ中心街に位置するホテルでの会食のスケジュールを
こなす為の外出だったのだが、その時に必要な書類をデスクのうえに忘れてきて
しまったのが不幸の始まり。
カガリと結婚してから一年半。
まだまだ気分的にも新婚の甘さから脱せず、気が緩むと頬が緩んでしまう、
という情けない自分を引き締めなければならない、と思いながら、昨夜も激しく
求め合ってしまったことをふと、思い出してしまって・・・
自分らしからぬ、凡ミスに笑いが乾いてしまう。
官僚府の門を通った時、そのうっかりに気がつき、慌てて愛車を門前に停めたまま、
書類を取りに戻った。
走り、車に戻ろうとした瞬間、駆け込んできた官邸の女性職員と衝突したのだ。
「す、すみません!!」
女性は慌て、彼に謝罪はしたものの、よほどの急ぎの用なのか、詫びもそこそこに
アスランのもとから走り去っていくのを唯、呆然と見送った。
全ての用事を片付け、自宅に戻れば、先に帰宅していたカガリが笑顔で出迎えてくれた。
じ〜ん、と胸に染み渡る、幸福感が彼を包み込み・・・
そこまでは良かったのだが・・・
スーツの上着を彼女に脱がせて貰ってからが問題だったのだ。
暗く、嫌を含んだ声音に彼は彼女を見た。
訳が解らず、首を傾げるアスランに突きつけられたものは・・・
脱がしてもらった自分のスーツ。
「なんなんだッ!この口紅ッ!!」
なんのことだかさっぱり解らず、アスランは困った顔を作った。
が、突きつけられる証拠の証に、アスランは空を仰ぎ、思考を巡らした。
思い当たったのは、昼間の出来事。
その事をちゃんと話そうとしたのに・・・説明する暇もなく、カガリは怒り心頭のまま
部屋を出ていってしまって・・・それっきりになってしまった。
なんとか事情を説明したくて彼女を追いかけたが、「聞きたくない!」と突っぱねられ・・・
それから二日が経ってしまった、という有様。
そう云えば、普段は気にしたことなどなかったが、朝、出かけ際に目に止まったテレビ番組の
ほんの数分の特集が何故か被ってきた。
午前6時58分頃から流れる、『本日の星占いコーナー』
占い、なんてアンニュイなモノ、はっきり云って眼中になかったのだが、何故かその日に
限って妙に眼についてしまった。
『蠍座生まれのあなた、今日は《女難の相》気をつけてね。』・・・の一文。
女難の相・・・?
まさか、このことが当たった?
信じたくはないが、信じざる終えない現状。
・・・目眩がする。
顔も覚えない女性職員に付けられた、覚えのない口紅痕のせいで、まさかカガリと喧嘩・・・
はっきり云って一方的ではあるが、こんなことになるなんて・・・
浮気なんて・・・
自分にはカガリ以外の女なんて、人参か大根くらいにしか見えない程、未だ彼女に
夢中だというのに。
虚しくて、情けなくて・・・
その内考えるのにも疲れてきた。
当然、夜になれば寝室には内側から鍵を掛けられ、入ることも出来ない。
ご飯は作ってはくれるけど、空気が拙くて食欲なんて欠片も湧かないのに溜息が漏れた。
官僚府に出勤する時は、いつもならアスランの愛車に乗って出かけていくのが常だったのに、
カガリは態々迎えの車を呼び付け、それに乗っていくということまでしだす。
嫌われるにしたって、あんまりな態度に僅かに怒りさえ覚えた。
なんとかこの言われのない罪に打開策を講じなければ・・・
悶々とした思考の中で仕事すら手につかなかった。
声を掛けても無視。
態と自分との行動時間に差異をつけられ、避けられる。
話す時間を作りたいのに、彼女が受け入れてくれないのではどうしようもなかった。
はぁ〜・・・と漏れるため息に暮れながら、アスランは気分を切り替えるために休憩時間を
利用して官僚府の中庭へとでてきた。
この処忙しかったので、すっかり読みかけになっていた本を手にし、木陰が涼しい一本の
木の根元に腰を降ろす。
ぱらぱらとページを捲って、しおりの挟んである目印した箇所を開けた途端、強い一陣の
風が挟まっていたしおりを吹き上げ、風に舞い飛んだ。
「あッ!」
手を伸ばしたが、間に合わず、しおりは風に捲かれ、あらぬ方向へと飛んでいってしまった。
あれは、・・・あのしおりはとても大事なモノだ。
無くすわけにはいかない。
考える間もなく、彼は立ち上がると、その後を追った。
「くそッ!何所にいったんだ!?」
イライラしながら、辺りに視線を巡らすが・・・見当たらない。
あのしおりは、彼女が・・・カガリが自分にくれた特別なモノだった。
手作りの四葉のクローバーを押し花にしたしおり。
『四葉のクローバーは滅多にないんだ。これを持ってると幸せになれるんだって』
そう云い、はにかみながら渡された手作りのしおり。
嬉しかった。
大切にする、と云って受け取ったモノなのに・・・
下ばかりに気を取られ、上には注意が向いていなかったのだが、突然頭上から降ってきた
大量の水にアスランはずぶ濡れになってしまった。
「うわッ!!」
叫び、見上げれば、そこは丁度カガリの執務室がある場所。
窓からは花瓶を引っ繰り返し、呆然とした彼女が彼を見詰めていた。
が、次の瞬間、口を真一文字に引き結ぶと、カガリは力一杯執務室の窓を閉めた。
・・・朝、またもやなんとなく気になったテレビでの『今日の星占い』が思い出された。
『蠍座生まれのあなた、今日は《水難の相》がでています。気をつけて。』・・・の一文。
水難の相・・・これのことか!?
なんとなく考えたが・・・次の瞬間、頭の隅でなにかが弾けた。
もう我慢できない。
このまま、誤解も解かずに、いわれのない批難を受けるなんて堪えられない。
それも一番好きな女から受けるなんて!
眉根を寄せ、アスランは意気込むと猛ダッシュでカガリの二階に位置する執務室を
目指し、走った。
バンッ!!と勢いよく、部屋の扉を開ければ、ずぶ濡れ、息を切らしたアスランの姿に
カガリは面食らった。
だが、また彼を無視するようにデスクの書類に目を落とす彼女に、アスランはカッとする。
ツカツカと、彼女のデスクに近寄り、その右の細腕を力の限り掴んだ。
「い、痛いッ!離せッ!アスランッ!!」
「少しは俺の話くらい聞いてくれたって良いだろう!」
怒りに任せ、彼はカガリを睨んだ。
ぐいっ、とその掴んだ腕を引くと、彼は執務室から彼女を引っ張りだした。
「ど、どこに行くんだッ!」
慌て、狼狽したカガリの声音が廊下に響いた。
「俺の無実を証明するッ!」
彼が向かった先は官僚府の事務処理課の部屋だった。
突然、予告も無しに、官僚府でトップの夫婦が課の部屋に現れたものだから、部屋に居た
職員たちは騒然とした。
アスランはぐるっ、と部屋を見渡すと、ひとりの赤毛の女性を指差した。
ぶつかった時、その特徴のある髪色と、事務課の制服だけは微妙に覚えていたから。
アスランに指名された女性は慌て、おろおろするばかりではあったが、気を利かせた課の
上司に別室へと案内される。
その一室で話合いがなされ・・・小一時間余り。
「ええ、確かに二日前、私はアスラン様にぶつかりましたわ。・・・あの時は子供が
熱をだした、と預けていた保育園から連絡があって、休み時間の間になんとかしようと
外出したんです。でも、休み時間明けには、どうしても私でなければ処理できない仕事が
ありまして、考えながら走っていて・・・本当に申し訳ありません。」
女性はひたすら目の前にしたアスランとカガリに詫びを入れる。
深々と頭を垂れ、今にも泣き出しそうな顔にカガリは息をつく。
「もう良い、事情は解ったから・・・」
彼女はそういうと席を立った。
「いくぞ、アスラン。」
隣席の彼を促すと、カガリはスタスタと早足で部屋を後にした。
安堵、というよりはまだ怒りが治まらぬようにも受け取れるカガリの後をアスランは追った。
なんとなく彼女に声を掛けるのは躊躇いがあった。
やはりここは自分が謝るべきなのだろうか?
そう考えながら、僅かに俯くとカガリはクローゼットが備え置かれている部屋へと入っていく。
「いつまで濡れ鼠でいる気だ? ほら、着替え!」
そう云って、クローゼットから引っ張り出した替えの服をアスランに放って寄越す。
それを受け取り、アスランは苦笑を浮かべた。
パタン、とクローゼットの扉を閉めながら、カガリは呟くような小さな声で彼に謝罪した。
「・・・悪かったな。」
「・・・まったくだ。」
相槌を打つにしては、辛辣なアスランの声にカガリは頬を赤らめ、彼の顔を凝視し、
そして僅かに視線を外した。
「・・・あの口紅の跡見たら・・・何も考えられないくらい悔しくて・・・訳解んなくなっちゃって・・・
そしたら、お前の顔見るのも辛くて・・・ごめん。」
緩い笑みがアスランの顔に宿る。
「・・・あのさ・・・ひょっとしてヤキモチ焼いてくれたの?」
くすっ、と嬉しそうに彼は微笑んだ。
「・・・だってそうだろ?・・・口さえ開けば、『好きだ』とか『愛してる』しか云わなかったくせに
突然あんなものつけて帰ってきたから・・・その・・・動転しちゃって」
「ふ〜ん・・・ カガリ、俺のこと疑ってたんだ」
意地悪く微笑み、彼はカガリを見詰める。
近づき、彼は彼女の腰を引き寄せると、抵抗したカガリの言葉ごとその唇に激しく吸い付いた。
酸素を求め、彼女が唇を離そうともがくその腕を封じ、壁にその身体を押し付け、更に求める。
漸く解放された時には彼女の腰は抜け掛けていた。
キスだけでイッてしまいそうになった。
久し振りに感じたアスランの情熱的な口付けに眼が潤む。
縋りついた彼の服の胸元を握りながらカガリは小さく言葉を漏らした。
「・・・私以外の女なんか・・・見ないで・・・」
囁かれた言葉は純粋な女心。
誰にも彼を奪われたくない、という、カガリの独占欲の言葉。
「・・・カガリは解ってないよ。・・・俺がどれだけ君に夢中なのか・・・」
苦笑を伴い、アスランはきつく彼女を抱き締めた。
「・・・今日は家に帰ったらおしおきだな。」
くすくすと、彼は可笑しそうにカガリの肩口で小さく笑った。
「おしおき?」
赤面しながらカガリは顔を起こす。
「明日は休みだろ? だから、朝まで俺に付き合うの。それで帳消しにしてあげる。」
微笑む彼と瞳が合う。
再びカガリは顔を伏せたが、否定の言葉はなかった。
変わりに紡がれた言葉は・・・
「好きにしろ。」
という、ぶっきらぼうな声音。
アスランは嬉しそうな笑顔を零すと、彼女の顎に指を掛けた。
彼女の顔を上向かせ、再度その唇に自分の唇を重ねる。
ついばみ、角度を変え、深く重ねれば、彼女の唇から甘い吐息が溢れだしてくる。
今日は、早退手続きでもするか・・・
と、アスランは心の中で呟く。
確認するように、彼は腕の中の彼女に囁いた。
「仕事の区切りはついているの?」
無言で頷く彼女に彼は甘い声でその耳元に囁く。
「・・・家に帰ろう・・・」
それは彼が仕掛けた切っ掛け。
僅かな時間を置いて、カガリは残りの仕事を部下に任せ、アスランの愛車に乗り込んだ。
車中、思い出したように彼女は仕事着の軍服のポケットを弄ると、中から一枚のしおりを
取り出し、運転席のアスランにそれを差し出した。
「執務室の窓から飛び込んできた。」
驚き、アスランは瞳を開いた。
「探していたんだろ? さっき執務室の窓の下に居たの。」
「・・・うん」
素直に彼は返事を返した。
「・・・まだそれ大事にしててくれたんだ・・・」
薄く頬を染め、カガリはアスランの顔を見詰めた。
「当たり前だろ?・・・カガリがくれたものなんだから。」
彼は自然な笑みで彼女の顔を伺う。
アスランの腕に寄り掛かる彼女の身体に彼は緩く肩を抱くように腕を廻した。
丁度、車の進行方向、行き交う車道は赤信号。
重なる唇に、ふたりは最高の幸せを求めあった。
突然、後方車から激しいクラクションの音に我に返ると、何時の間にか青信号になり、
気がつかなかったことに彼はアクセルを慌てて踏んだのだった。
次の日、まだベッドで安らかな眠りの底にいる彼女を残し、居間から続くキッチンの
冷蔵庫から飲み物を物色しながら何気にテレビをつけてみる。
流れてきたのは、定時に始まる『今日の占い』特集。
『蠍座生まれのあなた、今日、あなたのバイオグラフは最高点!《ハッピーライフは確実よ》』
・・・の一文。
アスランはその内容に苦笑を漏らした。
まだカガリは起きてきそうにない。
彼女が拒ばまなかったことに調子にのって、また激しく求めてしまったのが要因か・・・
ご機嫌取りも兼ねて、彼はキッチンに立った。
手馴れた仕草で、朝食の準備に取り掛かる。
カガリの好きなプレーンオムレツを作る為にボールに卵を落とす。
煎れ立てのコーヒーと食パンを焼いて・・・後はなにか出来るかな?
と、冷蔵庫を覗き込んだ。
寝ぼけ眼を擦り、起きてきたカガリがキッチンに居た彼に声を掛ける。
おはようのキスを軽く交わし、シャワーを浴びるという彼女をアスランは見送った。
占いなんて信じるつもりはないけれど、運気の良い時は信じても良いかな?
彼はそんな風に考えながら、出来上がったオムレツを皿によそった。
■ END ■
★あとがき・・・だす。
さて久し振りのお題でございます。ヽ (´ー`)┌ フフフ
まぁ、この処暑さも手伝ってか、更新裏に偏りがちでしたが、
取りあえず今回は表、ちゅうことで。
結婚一年半目の出来事を書いてみました。
意外に嫉妬深いカガリちゃん像、ていうのはあり・・・
なんでしょうかね〜〜α~ (ー.ー") ンーー
アスランが嫉妬深いなら納得できるけど、
こういうのはカガリらしくない、と思われる方には
おススメできる内容ではありませんね。
でも、どっちも好きで好きでしょうがない、という形態なんで
ウチのアスカガは・・・諦めてください(なにを?)
相手のことが好きだと思うと妄信的に付き纏うのはやはり独占欲。
でもどっちにしてもこのふたり、当人たちは意識絶対してない
と思いますが、人気は色々な意味、あると思いますんで・・・
ま、そいうことで。ははは・・・ 纏まりゼロなあとがきだな〜〜