「では、明日はカガリのこと、よろしくお願いします。」
そう言って、アスランは目の前に立つ、カガリの乳母、マーナに
ぺこり、と一礼した。
「お任せください。明日は姫様にとっては記念すべき日なのですから。
このマーナ、腕によりをかけて、素晴らしい花嫁にしてさしあげます!」
マーナは自分の胸をどん、と叩き、やや興奮気味に言葉を紡いだことに
アスランは苦笑を漏らした。
「アスラン様・・・」
「はい?」
呼び止められるように声を掛けられ、アスランは視線をマーナに向ける。
「・・・姫様のこと・・・ カガリ様をよろしくお願いします。 姫様は幼い頃より
このわたくしが御世話してきた大切なお方。・・・主従関係とはいえ、
あの方はわたくしにとっては娘も同然なのです。」
ゆるく笑みを浮べ、アスランはマーナを見詰める。
頷き、彼は言葉を紡いだ。
「幸せにします。 自分はまだまだ未熟で力はありませんが、カガリとふたりなら、
どんなことでも乗り越えていけると信じていますから。」
ふふふ、とマーナはアスランのその言葉に苦笑を零した。
「あれでも、姫様は結構、可愛らしいんですよ。 ちょっと育て方を間違えたかも
しれませんが、乱暴な仕草もこのわたくしに免じて愛嬌という事にしてやって
くださいね。」
マーナのカガリに対する『乱暴』という比喩に、アスランは苦笑する。
「あれはあれで、カガリの良い処ですから。 俺は彼女のそんな仕草も
充分、可愛い、って思ってますよ。」
「あらあら。ひょっとして『痘痕もえくぼ』、なんておっしゃらないでくださいましよ。」
それを聞いて、アスランは一笑した。
「云いませんよ、そんなこと。」
くすくす、と彼は可笑しそうに笑って、今一度、マーナに礼をする。
「カガリは部屋ですか?」
「ええ。」
「じゃあ、もうそろそろ帰りますから、彼女の顔見て帰ります。」
爽やかな笑顔を残し、アスランは慣れた足取りで屋敷の二階へと続く階段を登り始めた。
カガリの自室は階段を登りきって、直ぐ右に曲がった二番目の部屋。
声を掛けながら、彼は扉を二度、ノックした。
返事がないことに、明日の事を考えて早めの就寝にでもついたのか?と、考えはしたが、
何気に確認するようにドアノブを廻してみた。
くるり、と扉のノブはなんの抵抗も示さず廻り、彼を部屋へと導く許可を与えたことに
アスランは首を傾げる。
部屋から漏れ零れる光が、まだその部屋の主が起きている、ということを
指し示していた。
覗き込むように、彼は部屋の扉を薄く開け、首を差し込んだ。
「・・・カガリ?・・・俺、帰・・・」
そこまで云いかけ、彼は自分の眼に飛び込んできた、床にしゃがみ込み、両足を
自分の胸に抱え込んだ彼女を見て再び首を傾げた。
「?・・・カガリ?」
もう一度、彼が彼女の名を呼び、漸くカガリは気がついたらしく、アスランに緩い
微笑を浮かべた顔を向ける。
「帰るのか?」
「ああ、・・・うん・・・」
何気な会話だったが、アスランは彼女の視線の先がなんとなく気になってしまい、
カガリの顔を伺った。
「・・・急いで帰る気がないなら、少し、話していかないか?」
待っていた誘われ文句に、彼は緩い笑みで応えた。
静かに扉を閉め、室内に入り、彼女の横に立つ。
彼女の視線の先を確かめるように、彼は自分の目線をカガリが見ていたモノへと
移した。
壁に掛けられた、見慣れぬ衣装。
だが、その純白の衣装に目を奪われ、アスランは感嘆の息を漏らした。
「綺麗な服だけど、見たことない衣装だな。」
「服じゃないよ。『キモノ』て云うんだ。正確には『ウチカケ』ていうらしい。
ずっと東の小さな島国の花嫁衣裳だ、ってお父様が云っていた。」
カガリの口から漏れる説明に、アスランは瞳を開く。
再び、その衣装にアスランは視線を移す。
銀糸で彩られた、見事な衣装。
模様に使われている、つがい、と思われる白い二羽の鳥。
衣装自体も初めて見るものであったが、飾り刺繍に用いられている二羽の鳥も
初めて見る図柄に彼は僅かな興味心を持った。
静かにカガリの横に腰を降ろし、じっと彼女同様、視線をその壁に飾られた
衣装に向けた。
「綺麗だろ。」
「ああ・・・」
彼女の問いかけに、アスランは素直に返事を返す。
「モチーフに使っている鳥はなんて鳥なんだ? 見たことないものだ。」
疑問の回答を隣のカガリに求め、アスランは彼女に視線を向けた。
「『シラサギ』ていう鳥だそうだ。お父様に聞いたことの受け売りだけど、この
鳥は一度つがいになったら、生涯、パートナーを変えることはないそうなんだ。」
「生涯のパートナーか・・・」
アスランは苦笑を浮かべる。
「喩え、どちらかの相手が居なくなったとしても、新しい伴侶を求めない。
もし、どちらかが死んだとしたら、残された方はその遺骸の傍を離れず、
守り続ける・・・だ、って。」
彼女の言葉に、思わず彼は、これからの自分たちの未来を重ねてしまう。
「白は無垢の証。そして、伴侶となるべきパートナーの色に染め上げて欲しい、
という願いが篭められている・・・。でも、それはウェディングドレスの白とも
共通項かも知れないけど・・・」
伴侶となるべきパートナーの色に染める・・・
その言葉はアスランの胸を切ないくらい強く締め付けた。
彼女を自分の色に染め、未来を見詰める生涯のパートナー・・・
「ああ、でもな、私はきっとお前が考えているような可愛い奥さんとか
良妻賢母、とかいう単語ははっきり云って無縁だと思うぞ。」
カガリがばっさり切り捨てた事に、彼は爆笑する。
「なんで笑うんだよ。」
頬を膨らませ、カガリはごちた。
「カガリはカガリのままで居れば良い。 結婚したら君に変わって欲しい、
なんて微塵も思っちゃいないさ。」
「良かった。・・・なんかさ〜 マユラたちが色々云うからさ〜〜
結婚ていう行事済んだら、男は変わるとか、釣った魚には餌やらなくなる、
とか、訳解らんことばっか云うから。」
またもや、彼はその言葉に爆笑した。
「・・・そんなに可笑しいか? 私の話。」
眉根を寄せ、カガリはアスランに詰め寄った。
互いの顔が触れ合いそうになる程のまじかな距離に、アスランは頬を
薄く染めた。
静かに唇を寄せ、彼は自然な仕草で彼女の唇を塞いだ。
唇が合わせ易い角度を選んで、ふたりの唇が重なった。
浅い口付け。
僅かな時を経て、唇が離れるのにアスランは緩い笑みを漏らし、
カガリは頭の天辺まで蒸気した顔を作った。
このままの延長線上に居たら・・・きっと理性が飛んでしまうかも・・・
なんとなく、そう感じ、アスランはゆっくりと腰をあげる。
まるで予期していなかった彼の行動に、カガリは名残惜しそうな瞳を向けた。
帰って欲しくない、と無言の訴えが彼女から感じられることに、なんとか
理性でもってその感情を彼は抑え込んだ。
「明日は早い、もう行くよ。」
つん、と自分の服の裾を引っ張られる感覚に、アスランは深い翠の双眸を
見開く。
片膝を着き、アスランは座り込むカガリと同じ高さに背を合わせ、その彼女の
額に軽く唇を触れさせる。
「そんな顔しないでくれ。 理性吹っ飛びそうだ。・・・明日、式をあげれば、
ずっと一緒に居られるだからさ・・・」
ずっと一緒に・・・
そのアスランの言葉に、カガリは自分の胸に痛みを感じる程の甘酸っぱさを
覚える。
「・・・ずっと一緒に・・・」
「うん、・・・ずっと一緒。」
優しい眼差しでアスランはカガリを見詰めた。
引き込まれそうな程、深い翠の瞳は、強い約束の証にも想える。
彼女も立ち上がると、きゅっ、とアスランの服の袖口を掴んだ。
「帰るんだろ?玄関まで送る。」
くすっと、アスランは緩く微笑んだ。
「新婚旅行先に着いたら、今日我慢した分、激しくても逃げるなよな。」
「・・・お前、ってそれしか考えてないのか?」
紅葉した顔でカガリは言葉を返す。
だが、言葉とは裏腹な態度が彼を悦ばせた。
自分の右腕に絡められる、彼女の細い腕。
屋敷の玄関門まで彼を見送り、ふたりは再び別れのキスを交わした。
「じゃあ、明日、教会で。」
「うん。」
優しい笑みを宿し、カガリは彼を見る。
後、何時間か待てば、自分の左手薬指のプロミスリングがマリッジリングに
変わる。
どんなにこの日が来ることを待ち望んだか、解らない。
ずっと一緒に・・・
共に歩いて行こう・・・
囁かれた言葉は誓い。
彼となら、・・・ アスランとなら・・・
どんなことでも苦痛には思わない日々を過ごせるはずだ・・・
彼の姿が消え去るまで、カガリは闇夜の路地に視線を凝らした。
「お嬢様!カガリ様ッ!!」
屋敷の玄関で忙しく、けたたましい、マーナの自分を呼ぶ声にカガリは苦笑を浮かべる。
はい、はい、と同じ返事を繰り返し、カガリは屋敷に戻る道を辿った。
「寝る前にちゃんとパックしてくださいよ。」
「げぇぇ〜〜パックっ!?」
げんなりとし、カガリは如何にも面倒だ、という表情を浮かべる。
「げぇ、じゃありません!なんですか、一国の姫ともあろう方が。
それにパックくらいは身嗜みとして当たり前でございます!明日、お化粧がのらなかったら、
どうするんですかッ!」
「・・・はい、はい・・・」
諦め、彼女は肩を落とした。
「返事は一回!」
「は〜〜〜い。」
嫌々の表情のまま、ずるずるとマーナは部屋にカガリを引っ張っていく。
めでたい、明日の日を迎えるには・・・
まだ時間は大分掛かる予感に、カガリは重く溜息を漏らしのだった。
■ END ■
★あとがきです。(^-^ )
さて、またもや久し振りのお題です。
今回はアスカガ結婚式前日の夜、ちゅうことで。
そんでもって、このお話は裏小説の
『ブライト』へと続く、という訳で。
壁│・m・) プププ まあ、そのあとは
ブライト本編で曖昧に書いてしまった、
ホテル籠もりっぱなしの話を
少し補完したいな〜〜と思って
おります。 てなことで、次は裏ですね。
げらげら o(^▽^)o げらげら