『 テンプテイション 』




『君は俺が守る・・・』
最後になるであろう、出撃の時に、そう囁き、互いに唇を交わしあった。
勿論、そう口にしたのは、本当の意味での「最後」にさせない為のもの
であった。
生きて、また再び、この熱を感じれるための誓いも込めて・・・
受け入れてくれた彼女の唇は、甘く、優しく、・・・そして、離したくない、
と想う感情も同時に高ぶらせる程の熱を感じる。
何度も、その甘さを感じたくて、幾度も重ねた唇が愛しかった・・・





愛機、ジャスティスのメンテナンスをし終わり、アスランは僅かに覚えた
喉の渇きを癒す為、艦の食堂へと足を向けた。
通路を歩みながら、賑やかなまでの声と声援が食堂の中から響き渡ってる、
その音源に、アスランは眉根を寄せた。
何気に、中を覗き込めば、そこには艦のクルーのひとりとチェスをしている
カガリの姿。
そして、その周りを囲む面子の中には、イザークやディアッカ、他に囃し
立てるように囲む、エターナルの顔なじみの数人の整備員と、彩り豊かな
メンバーが彼女の座るテーブルを取り囲んでいる。
「ああ、違う!なんで、そんなトコの駒、動かすんだッ!!」
イライラした声音で、その勝負の行方を見ていたイザークが声を荒げた。
「五月蝿いッ!!一々、口出しするなッ!!」
キッ、とキツイ視線を上げ、カガリはイザークを睨みつけた。
「チェックメイトッ!!」
「んなッ!?」
カガリと勝負をしていた若いクルーが勝利の一声を挙げた事に、カガリは
眼を剥いた。
「言わんこっちゃない。だから、俺がアドバイスした通りに・・・」
ぼやくように漏れたイザークの声音に、カガリはぷるぷる身体を震わせた。
「おかっぱのアドバイスなんか、役に立つかッ!!」
「おかっぱ、言うなッ!お前こそ、人の話を素直に聞けッ!!」
仲が良いんだか、悪いんだか、さっぱり解らないこのコンビネーション。
が、そんなふたりのやり取りも、娯楽の少ない艦内では、楽しいモノへと変換される
行事に等しい出来事なのだが・・・
楽しい、という解釈は、たったひとりを除いて別の事で・・・。
アスランは賑やかなその風景に、面白くなさそうに眉根を寄せる。
ふい、と踵を返し、彼は食堂の中には入らず、身体の向きをもと来た道に引き返した。
「アスラン!」
その姿を視界に納めていたカガリは彼の名を呼んだが、彼が引き返してくる様子は
感じられない事に彼女は眉を潜めた。
「悪い皆。 私、ちょっと用思い出したから、続きは他のヤツとやってくれ。」
彼女は一言云い残し席を立ち上がる。
ひとつだけ、ドリンクボトルを手にすると、彼女はアスランの後を追った。
中に入って来なかった彼の態度が気になったからに他ならない。
放っておくことは、彼女の気質からは出来ない事で・・・
早足で食堂を出ていくカガリは、中にいる面子に見送られるような形。
彼女はその好奇な視線にはまったく気が付かなかった。
アスランの部屋の前まで来ると、彼女は儀礼的ではあったが、部屋の呼び出しの
インターフォンを一度押した。
暫く待ってみたが・・・返事が返って来ない事に、彼女は小さく溜息を漏らした。
ジャケットのポケットを弄り、カガリは一枚のカードキーを取り出した。
切っ掛けは些細な事。
ふたりに身体の繋がりという関係が成立してから、アスランは自室の予備の鍵と
扉を開けるための暗証番号を彼女に教えた。
いつでも彼女が自分の部屋を訪れることが出来るようにと・・・
カードを読み込ませ、暗証番号を打ち込むと、扉は素直にその入り口を潜る許可を
彼女に譲り渡す。
「・・・明かりくらい・・・点けたらどうだ?」
彼女は薄暗がりの部屋の中、ベッドに横になったアスランに声を掛ける。
返事はない。
嫌な空気が漂っていることに、彼女は眉を寄せた。
歩みを彼が横になっているベッド方向に向ける。
手にしていた、ドリンクボトルを部屋のデスクに置き、彼女はアスランが寝転がっている
ベッドに近寄っていった。
静かに、その縁に彼女は腰を降ろす。
「・・・なにか・・・あったのか?・・・アスラン。」
その彼女の声を拒否するように、彼は身体の向きを壁側に向け、彼女に背を向けた。
「・・・理由、ちゃんと云ってくれなくちゃ、解らない事もあるんだぞ・・・」
優しく、諭す様に彼女は彼に声を掛ける。
彼女には彼が僅かな憤りをその身に纏っているのは肌で感じ取れていた。
だが、原因が解らない。
解らなければ、直接本人に問いただす以外、術はない。
「・・・アスラン・・・」
優しい響きの声で彼の名を呼び、カガリはその髪をそっ、と梳いた。
カガリの指先の感触は堪らなく心地が良い。
解っているのだ。
邪まな感情に囚われている、自分自身は・・・
彼にも・・・
大勢のクルーたちに囲まれ、ディアッカやイザークまでも居た、あの場所へは
踏み込めなかったのは・・・
彼女を、・・・カガリを取られてしまったような感情になっていたから・・・
自分だけのモノである筈の彼女を・・・
カガリの性格を考えれば、何もなくてもその周りは活気に溢れ・・・
自分には決して出来ない、人を引き付けるオーラの様なモノがそうさせている
のだろうか?という蟠り。
それでも、彼女は自分と居る事だけを望んではくれない、という苛立ちが彼の態度を
硬化させていた。
停戦直後、無事にふたりで帰還を果たし、その生きてるという証を感じたくて、互いに
求め合い、身体を重ねたのに・・・
カガリも自分を拒まなかった。
そういう事を受け入れてくれた、という事は、自分たちは決定的に恋人同士、と言っても
言い過ぎではないはず。
カガリの態度が余りにも変わらない事に対する苛立ちをアスランは制御する事が
出来なかった。
まるっきり、子供の心理状態と一緒である。
構ってくれない母親の気持ちと関心を引き戻す態度と同じ。
詰まりは、拗ねている訳で・・・。
「・・・カガリ・・・。俺と居るのは詰まらない?」
「へっ!?なんだよ、突然。」
驚き、彼女は瞳を開いた。
身体を起こし、アスランはじっ、と彼女の顔を覗き込んだ。
「俺たち、恋人同士、だよな?」
確認する様な響きで、彼は彼女を見詰めた。
「・・・私は・・・そのつもりだけど・・・」
照れたようにカガリは薄く頬を染める。
「だったら、なんで俺だけを見てくれないんだ?」
「はぁ!?」
カガリは唐突なアスランの質問に驚いた声を挙げた。
「・・・お前、なに云って・・・」
訳が解らず、カガリは疑問符を浮かべる顔を作った。
「恋人、ていうのは、いつも一緒に居るモンだろ!?」
頬を染めながら、アスランは力説して言葉を紡ぐのに彼女は噴出す。
「なんで、笑うんだ!」
アスランは赤面しながら、語彙を荒げた。
「お前、何、子供みたいな事、云ってるんだ!? ひょっとしてさっきの態度、
拗ねてたのか!?」
あははは、と彼女は可笑しそうに笑い転げる。
こんな彼の顔を見てしまっては、信じられない、という心境の方がカガリには強かった。
誰よりも強く、誰よりも鮮やかにモビルスーツを駆る事が出来る筈の彼が・・・
たったひとり、カガリにだけは見せる、ヤキモチ焼きで独占欲が強い、ひとりの男である、
という姿。
頬を染めながらも、真剣な顔つきの彼にカガリは静かにその頬に唇を寄せ囁いた。
「・・・馬鹿だな。 お前は気がつかないのか?・・・私の目線がいつも、お前を・・・
アスランのことを追ってること・・・」
「・・・カガリ?」
「本当は、いつだってお前と一緒に居たいさ。でもさ、冷静になって考えてみろ。」
そう言って、彼女は顔を彼から僅かに離し、覗き込むように視線を彼に向けた。
「娯楽がない、狭い艦内なんだぞ。オマケに何日、漂流状態が続いていると思う?
そんな処で私たちが・・・その・・・妖しい行動?・・・なんかとっているの、見られれば
からかわれる対象そのものだろ?・・・イイ鴨じゃないか。」
普段と変わらぬ態度の真意。
目先の彼女の行動だけに囚われ、アスランはカガリの本音を見抜けなかった事に
自分自身を恥じた。
罪悪感に囚われたように、彼女から視線を外すと小さく息を吐いた。
「・・・でも・・・俺は・・・」
自分だけは特別扱いをして欲しい、という男の心理としての我侭。
言い訳だ。
自分がこれから言おうとしてる言葉は、否定の出来ない言葉。
「お前、って、独占欲強かったんだな。 普段はあんまり物事関心なさそうな顔
してるくせに。・・・ちょっと意外だ。」
「カガリは特別なだけだッ!」
真っ赤な顔でアスランは言葉を荒げた。
くすっ、と彼女は微笑むと、ジャケットのポケットから自分の部屋のカードキーを取り出した。
「私の部屋の予備キーだ。」
そっと、それを彼女はアスランの手に握らせる。
囁くように彼女は部屋の暗証番号も共に彼に教えた。
「・・・来たい時に来てイイから・・・」
紅葉した顔を伏せながら、彼女は小さく言葉を漏らす。
これは・・・誘われている、と判断しても良いのだろうか?
アスランはすっかり機嫌の良くなった己の単純さに苦笑を浮かべた。
柔らかく、彼女の肢体を抱き締め、流れに任せるまま、その小さな身体を彼は
ベッドに押し倒した。
「差し当たり、今、カガリが欲しい、って云ったら、・・・駄目か?」
真っ赤な顔を見られたくなくて、彼女は覗き込む彼から視線を外した。
ここまで持ち込んでしまえば、彼女をその気にさせ、振り向かせる手段はひとつだけ。
甘く囁き、その唇を奪ってしまえば良い。
傾いた顔に右手を添え、アスランは静かに彼女の顔を自分の方に向かせた。
「・・・好きだよ・・・カガリ・・・」
薄く開いた彼女の唇に、濃厚な口付けを施してやれば・・・
直ぐにでも落ちる、その彼女の身体は堪らなく魅力的で・・・。
夢中になっているのは、自分なのか、彼女なのか、判断に困る瞬間。
漏れ始めた、彼女の熱い溜息に、頑な気持ちが溶けていく。
彼女が居れば、・・・唯、それだけで良かった。
我侭だ、と云われたって構わない。
彼女が自分のモノである、というその感情が失われない限りは・・・
そして、何度でも確認すれば良いのだ。
自分たちの関係は・・・『特別』なのだ、という事を。





                                        ◆ END ◆








★ あとがきです。
さて、今回は当サイト、35000キリ番を踏んで頂いた、
藤さまに捧げる一品でございます。(^-^ ) ニコッ
こういう凄いカウント、自分のサイトで拝めるなんて
考えてもいませんでした。(汗)
内容的には『キープアウト』の前あたりに位置する環境との
事。・・・しかし、意外です。『キープ〜』そんなに人気ある
内容とは、書いた自分がびっくり!!Σ(・□・ )
勢いだけの一時間書きの物なのに・・・
そんな訳で、詳しいリクの内容をば。
ちゃんと告って、自分とは公認だッッ!!と息巻く
アスランの思惑に反して、カガリの普段と変わらない
態度にイラつくアスラン、というリクエストだったのですが・・・
こんなん出ましたが、いかがでしょうか?藤さま。
バタバタ ヽヽ(≧▽≦)// キャー 不安・・・
なにはともあれ、まずはキリ番消化です。
次はお題にトライしたいと思っていますです・・・
はい。 その前にオフ本作りたいな〜〜
でも、金ね〜や。(πーπ)グスグス
申告していただき、感謝しつつ・・・
戯言、終了。