『 コンタクト 』


カタカタ・・・
規則正しい、キーボードを叩く音。
その音はジャスティスのコクピット内から聞こえてくる音源。
一通りの作業を済ませてから、キーボードを片付け、アスランはほっと
ひとつだけ溜息をついた。
コクピットのシートを上げずにそのまま、ハッチの出入り口に身を躍らせる。
ふと、その場所から見下ろすと、ジャスティスの足元には整備員に囲まれ、
談笑をしている最中のカガリの姿が飛び込んできた。
彼女の周りは何時も笑顔で満ち溢れている。
どんな立場の人間であっても、カガリには身分とか人種、いわゆる差別意識を
齎すものは一切が存在しない。
どんな者たちに対しても、その笑顔は彼女の最大の武器。
アスランとて、そんな彼女の笑顔の虜のひとりなのだから・・・
唯、時々想うことは・・・
その笑顔を・・・自分ひとりだけのモノにしたい、という淡い欲望。
くすっ、と苦笑を浮かべると、彼は無重力の空間に身を滑べらした。
格納庫からでて行こうとするアスランに気づき、カガリは声を掛けようとしたが、
一足遅く、彼が去っていってしまうのを見送る形になってしまった。
話の区切りをつけてから、カガリはアスランの姿を求め、エターナルの艦内を彷徨う。
アスランが自室にいない時・・・
何所が居そうな場所?
と、彼女が考えた先は宇宙を一望できる展望室だった。
彼はよくここに居ることが多い。
あまり人が来ない、というのも理由としてあったが、ひどく落ち着くのだと随分前に
漏らしていた事があったから。
スライドする扉を潜れば・・・
やっぱり居たか・・・という言葉が飛び出す。
「メンテ終わったのか?」
何気に、彼女は漂う空間で宇宙の外景を眺めていたアスランに声を掛けた。
「・・・あ、・・・うん・・・」
苦笑を浮かべながら、アスランが小さく応えたのに、カガリは彼の側に寄り眉根を
寄せた顔を向けた。
「機嫌でも悪いの?」
カガリの顔の表情が明るくないのを気にしてか、アスランは疑問符な表情で彼女に問う。
「なんで、さっき、ひとりで出て行った。」
カガリは仏頂面で彼に聞き返す。
「え!?・・・あ、・・・さっき・・・?」
さっき・・・??なんだったっけ?・・・と、心の中で反覆しながらアスランは瞳を空に彷徨わせる。
「さっき、整備の連中と私が話していたのになんで来なかった?」
ああ、・・・それのことか・・・と、彼は思うと、苦笑を浮かべた。
「いや、楽しそうに話していたの、邪魔しちゃ・・・と思って・・・」
なんか空気の方向性が・・・怒られてる?ひょっとして・・・などと、彼が考えてると、案の定
その思考は的中した。
「そういう時は混ざれ!」
「ま、混ざる?」
はい??と、思いながらアスランは緑の双眸を見開き、冷汗をかき始めた。
「そう!皆で話するのもコミュニケーションのひとつだろ?」
「・・・あ、・・・うん・・・」
「お前な!さっきから、あ、とかうん、ばっかで自分の答えちゃんとしてないぞ。」
「・・・そ、・・・そう?」
乾いた笑いを浮かべる彼に、カガリはぺしっ、と軽くその頬を叩いた。
「輪の中に混ざる事もチームワークを維持する事には必要な事じゃないか?
そいう日々の重なりが連携にも繋がると思うぞ。・・・それでなくても、私たちの力なんて
今は吹けば飛ぶ程度の戦力しかないんだから・・・」
まだ、戦時下である中で、ほんのひと時の休息の間の出来事。
「・・・ごめん。・・・俺、そういうの・・・苦手で・・・」
素直な謝罪の気持ちをアスランは口にした。
「苦手?・・・なんで?普通に話すだけじゃんか。」
カガリはきょとんとした瞳でアスランの顔を覗き込んだ。
「・・・幼い頃、月に居た時もキラの周りはいつも人垣が絶えることがなくて・・・俺はいつだって
その輪の中に入っていけなくて・・・」
突然、とん、とカガリはアスランの胸の中心を右手の人差し指で軽く突っついた。
「それはお前がここに壁を作っているからだろう?」
カガリは素直にアスランが溶け込めない原因を示す。
「・・・かもしれない・・・。」
苦笑を浮べながらのアスランの言葉にカガリは緩い笑みを作った。
「苦手だから、って逃げていたら、いつまででも克服なんてできないだろ?」
「・・・カガリがそういうなら・・・努力はしてみるよ。」
バツが悪そうな笑みを浮かべる彼に、カガリは釘を刺した。
「ラクスが言ってたぞ。『アスランは無口で不器用だ』ってさ。それってよく考えれば、
唯の朴念仁って意味に取れるんじゃないか?」
「・・・ぼ、朴念仁?・・・なんか、それって酷くないか?言い方・・・」
「ま、ラクスなりのお前を傷つけない言い方だとは思うけど、なんかさ〜 元とは言え、
お前とラクス見てると婚約者同士、なんて言われたって、全然余所余所しいし、お互い
気を許してない、っていうか、そんな風にしか見えなくてさ。 凄く不思議な関係にしか
思えなくてな。」
カガリはむ〜と、唸りながら明後日に視線を向けたのに、アスランは緩く笑う。
「多分、それって、お互いのスタートの時点が悪かったせいじゃないかな?
婚約者、なんていったって、国の政策の一環でしかなかったわけで・・・
それに、お互いなにかと忙しかったから・・・理解するまでいかないウチにこんな
ことになってしまったから・・・」
「アスラン?」
「正直、なにもなくて・・・架空な話で戦争なんか起こらなくて彼女と決められたままに
結婚したとしても上手くいったのだろうか?なんて考えた事もあるよ。」
「お前、ってや〜っぱ屈折してる。」
「屈折?・・・そう?」
「自分が普通だと思ってるわけ?」
「俺は普通じゃない?」
「普通・・・て言うよりは変だな、私から見れば。」
「変、って・・・酷いな、その言い方は・・・」
苦笑いを浮べ、アスランは戸惑う仕草をカガリに見せた。
「でも、ま、そんな変で不器用なトコも私は好きだけどな。」
くすっ、と笑うと、カガリは優しく笑い返す。
「・・・好き?・・・俺の事を?カガリが?」
「なんで、疑問系なんだよ。好きは好き、なにか変か?」
僅かに頬を染め、カガリは彼に突っかかるように言葉をぶつけた。
「その好きってさ・・・どのくらいのレベル?」
手のひらを広げ、アスランは両手で20cmばかりの空間を作ってみせた。
真ん中を中心にして、右手を好き、左手を嫌いに区分けする仕草。
彼女は、その真ん中に見えない線を指先で引くと、彼の右手のひらに指先をくっ付けた。
くっ付いた彼女の指先をアスランはきゅっ、と優しく握る。
「ひとつ聞いて良い?・・・これより先のレベル向上はあり、って思っても構わない?」
悩んだ顔で赤面し、視線を外すカガリにアスランは問う。
「・・・それは・・・お前次第だな・・・」
搾り出すような声音でカガリは小さく言葉を漏らした。
「俺次第か・・・じゃあ、努力してみる価値はあるかな?」
嬉しそうな笑みを浮かべるアスランに、カガリは握られた指を引き抜こうと腕を引く。
このままの状態が恥かしいに他ならないからだ。
あっさりと、すぽっ、という感じの擬音がでるように、カガリの指先は解放される。
だが、油断した瞬間、その小さな身体は彼の両腕の中に抱き込まれていた。
「ア、アスラン!!」
「ハグする、って凄く気持ちイイよな。」
真っ赤な顔でカガリは小さく身体を捩る。
「女の子の身体、って凄く柔らかい・・・」
「変態ッ!!離せッ!!どさくさに紛れてなにやってるか解ってんのか!?お前!」
顔から火を噴出しそうな勢いでカガリは更に身を捩った。
「ん〜 カガリに抱き付き中。」
からかってる!絶対、コイツ、からかって楽しんでる!!
と、彼女が思ったのも致し方なかった。
くっ付きあった身体の彼女の首筋から微かなアスランの笑い声が漏れてくるからだ。
このまま諦めて彼に抱きつかれているのを許して・・・とは思ったが・・・
なんだかアスランの態度が妙に勘に障ったのも事実。
別にこの状況が嫌な訳ではなかったのだが・・・
僅かに動く両手でカガリは突然、彼の両わき腹を擽りだした。
「なっ!?おいッ!!やめッ!あはははッ!!」
「なんだ。ちゃんと笑えるじゃんか。」
「今のは、反則技だぞ!」
彼女を腕から解放しながら、アスランは僅かに頬を染め彼女を緩く睨んだ。
「笑うことは人として、すっごく大事な事なんだからな!お前はどう思っているかは
知らないけど、コレは医学上でも証明されていることなんだから!」
「それって人の身体の自然治癒力のこと?」
「そうだ。末期の癌だって治る、って被験データー知ってるか?」
「聞いたことはあるけど・・・」
そこまで言いかけ、アスランは視線を外し、考えるような仕草を見せる。
確かにカガリの言いたい意見の内容は理解できる。
だが、遺伝子操作の段階で、悪素とされる部分が全て排除された状態で誕生する
コーディネイターという種の自分。
いくら人類の病気の中で一番の死亡率が高いとされる癌であっても、そんな病気で
死んだコーディネイターが居るなんて話、聞いたことがない。
それすらも克服したコーディネイターという立場の彼にとっては自然治癒なんて
言葉は無縁に等しいからだ。
が、途中で口を閉ざしたのは、カガリの言葉をその優位な立場で覆すのは
失礼に当たる、と彼は思っただけなのだ。
「まぁ、無理に笑うのは難しいけど・・・でも・・・」
「でも?」
「カガリの前ならきっと素直な気持ちで笑えると思うから・・・」
「私の前だけか?」
ややムッとした声音で、カガリはアスランを見詰めた。
「・・・ほ、他も努力します・・・」
冷汗と苦笑を浮べ、アスランは降参したように両手を軽くあげた。
「解れば良し!」
ふんむ、と彼女は腰に手を当て、少しだけ威張ったような仕草を彼にして見せた。
「じゃあ、私、クサナギに戻るから、またな!!」
何時もの彼女の笑顔。
軽く手を振って、アスランに別れを告げると、彼女は無重力の空間で身体を滑らし、
展望室から出ていった。
それを見送りながら、彼は小さく言葉を漏らした。
「・・・でもね、カガリ・・・俺は君に出会って、昔に比べれば随分素直に笑うように
なったんだよ・・・。」
初めて彼女と出会った無人島。
ほんの些細な出来事が起こる度に、声を出して笑ったのは、ついこの間の事・・・
そうさせたのは、他ならない彼女自身であったことは懐かしい記憶になりつつある。
きっと、カガリさえ居てくれれば、自分は笑うという行為を忘れることはないだろう。
確かに、彼女が云う通り、心から笑えることは快感にも近い感情に他ならない。
だから、余計に想ってしまう・・・
その笑顔を自分のモノだけにしたいと・・・
淡い想いが、いつか、互いに自覚できる日を期待する・・・
胸の内で・・・。
それは今は・・・ささやかな秘め事であった・・・。



                             

                                         ◆ End ◆





★ あとがきでございます。
さて、今回はキリ番30000Hitを踏んでいただいた、
矢口 円さまに捧げる一品でございます。(o^<^)o クスッ
リクエスト・・・「切ない系のお話」ということだったのですが・・・
終わってみれば、見事な裏切り内容バンジ−ジャンプ!
(ノ_<。)うっうっうっ なんか切ない、という風景よりも
唯、アスランがカガリにセクハラしてるにしか
見えません。・・・ダメだこりゃ〜
まだまだ修行が必要ですね。
ホントにこんなアホな内容でご免なさいです・・・
矢口さま。  難しいです〜〜〜(;>_<;) エーン
もう富士山の天辺から転がり落ちた気分。
。・゜゜⌒(TOT)⌒゜゜・。 ( ^; 滝のようだ・・・