一体、ここは何所なんだ?
暗い、自分の伸ばした手先さえ、見通すことが出来ない程の暗闇。
それなのに、自分の居る場所だけは、ぽっかりと空間の中に浮ぶ
明かりのような存在で・・・
でも、それ以外は・・・本当の、真の闇。
立ち止まっていても仕方ない・・・なんとなく、そう考えた時、無意識に
自分の足が前進した。
バシャ・・・
水溜り?
いや、・・・違う。
なんだか、感覚は自分の足首まで浸かるような不快さ。
・・・液体?
そういえば、なんだかさっきから気になる・・・
この匂い・・・生臭いような・・・
だが、覚えのあるもの・・・
脳裏に浮んだ言葉は・・・血臭。
それに気がついた時、己の背筋にザワッ、と嫌な寒気が走った。
それでも、確かめられずにはいられなかった・・・
跪き、自分の足元の液体を手で掬う。
両手に纏わりつくその色は真紅の赤。
匂いの元が、コレだ、と解った途端、強烈なまでの吐き気が彼を襲った。
口元を被った両手。
だが、その手の中には、さっき掬った血の名残り。
吐き気を抑えられず、嘔吐してしまう程の嫌な匂い。
なんで、俺はこんな処にいるんだ?
唯、浮ぶのは疑問・・・でも、居て当たり前だ、という思いも何所かにあった。
これは罪だと、心の中の自分が答えを叫ぶ。
自分が流させてきた、他人の血。
敵だと認識してきた、自分が殺めてきたモノ・・・
突然、その暗闇の中から彼の首に、足に、腕に・・・絡みつく手足。
否、絡みつく、という表現は正しくないだろう。
正に掴まれているような感覚。
離すものか、という憎悪さえ、その感覚から自分の身体に伝わってくる。
嫌だッ!
叫んでも、その声すら、闇の中に吸い込まれ、届かない。
それでも叫ばずには居られなかった。
ここから出してくれ、と・・・
はっ、となり、アスランは瞼を開いた。
・・・まただ。
あの夢。
眠りにつかなければ・・・身体を休めなければ、・・・
そう思えば思う程、自分の身体は休まるどころか、悪夢に苛まれる日々。
もう、1週間余り、まともに寝ていない。
正直、眠るのが怖かった。
眠れば、またあの夢が自分を待っているから・・・
ゆっくりと上半身を起こすと、アスランは自分の顔を両手で被い、深く息を吐き出した。
身体に纏わりつく、嫌な汗。
きっと、夢にうなされた時、かいたものに違いない。
戦争が終結して、まだ日々も浅くはあったが、少しは肉体的にも心情的にも落ち着いて
いなければならない筈なのに・・・
自分が犯した罪は・・・
償いきれない程の深さ・・・。
大儀の為に、と奪ってきた命の重さを知る日々。
気分を切り替えたかった。
不快を感じる重い身体を引き摺って、アスランはシャワールームへ入っていった。
今は、彼が乗艦している艦、エターナル。
完全個室を与えられている環境ではあったが・・・こんな状態ではそれが良いのか
悪いのか解らない。
冷たい水に近い温度の雨を浴びながら、無意識に両手を見詰めた。
まだ、あの夢の中で掬った、ドロッ、とした赤い液体の感覚がある気がする。
錯覚だと、認識している筈なのに・・・なんと生々しい感触なのだろう・・・
情けなかった。
自分はこんなに弱い人間だったのだろうか、と思う。
シャワーを浴び終わっても、気分は少しも晴れなかった。
何気に、軍服に着替えると、自室を後にする。
宇宙には夜も昼もない。
時間を知るには、時計と自分の中の感覚だけだった。
意識せず、アスランはクサナギへと向かった。
なんで、こんなことしているのか・・・
自分でも解らず、連絡艇のシャトルに乗り込んでいた。
辿り着いた処は、カガリが使用している艦長室の前。
確か、エターナルを後にする時、自分の部屋の時計の時刻は夜の10時を示していた。
こんな時間に女性の部屋を訪ねるなんて、失礼も甚だしい時刻だ。
解っていたのに、それでもそうせずには居られなかった。
でも、ここまで来たからといって、呼び出しのインターフォンを押すのは躊躇われた。
やっぱり止めよう・・・
迷惑を掛ける・・・
彼女に。
踵を返そうと思った瞬間、背を向けた扉がスライドした。
「・・・アスラン?」
「・・・あっ・・・」
瞳を開いたカガリが彼に視線を注ぐ。
気の効いた言い訳のひとつも出れば、まだマシだったかも知れないが、それすら
思い浮ばない機転の悪さ。
逃げるように、背を向けた彼の右手首を強い力が引っ張った。
ぎゅっ、と離すもんか、という瞳と顔の彼女。
「用があったから来たんだろ?」
素直な言葉を彼にぶつける。
「・・・いや、・・・用は別にない・・・」
あんまりにも気まずくて、視線を逸らしたアスランの顔が強引に彼女の方に向いた。
両手で彼の顔を挟んで、無理やり自分の方に向かせるカガリ。
「・・・お前、寝てないだろ?・・・酷い顔している。」
そんなに酷い顔なのだろうか?
と、自覚のない感覚がアスランを苛んだ。
何を思ったのか、カガリはぐいっ、とアスランの手を引くと、自分の部屋へ彼を引っ張り込んだ。
「・・・カガリ?」
部屋の中ほどまで来ると、彼女は彼の掴んでいた手を放した。
洗面室に続くアコーディオンドアを開け、洗面台でなにやらやっているが、視覚的な場所、
としてはアスランからは彼女がなにをしているのかは検討もつかなかった。
濡れタオルを手に、部屋に戻ってくると、カガリは壁に接地しているベッドに立ち尽くす彼を
引っ張っていった。
そこでまた手を離す。
彼女はベッドに上がり込むと、壁に自分の背を持たれさせ、枕に添った方向に足を伸ばした。
ぽんぽんと、自分の太腿を叩くカガリ。
「ここに来い。」
素直な物言いで彼女が言うのに、アスランは瞳を開いた。
「・・・なに?」
「だからッ!ここで寝ていけ、って言ってんだ!」
「はい?」
僅かに眉根を寄せ、アスランは緩く首を傾げた。
「あ〜 もう、面倒なヤツだなッ!」
ぐいっ、と彼の腕を掴むと、カガリは強引にその身体を引っ張り、自分の太腿にアスランの
頭を押し突けた。
「カ、・・・カガリ?」
途端、その彼女の柔らかい両足の感覚にアスランは頬を染めた。
パシャ、と音を立て、彼女が先ほど濡らしていたタオルが彼の眼に押し当てられる。
「眼が腫れている。」
ぶっきらぼうな言葉を吐く彼女の声。
だが、なんて優しい響きなのだろう、とアスランは彼女の膝に頭を置いた状態で苦笑を漏らした。
「・・・冷たくて気持ちが良い・・・」
不意に、彼の軍服の襟元が緩められていく指先の感覚に、アスランは顔に置かれたタオルの
隙間から彼女を覗き仰いだ。
彼の胸元まで軍服の上着部分が解放されたのに、彼は再び顔を赤らめた。
「・・・なんで、・・・聞かないんだ?・・・ここに来た理由・・・」
濡れタオルを置きなおし、彼は呟くように言葉を漏らす。
「理由、なんて必要ない。 お前が疲れた顔しているから、休ませてやりたかった。
それだけさ・・・ 」
「・・・そっか。・・・迷惑掛けるな・・・」
苦笑を浮かべるとアスランはぱたっ、と力の抜けた手をベッドに落とした。
目元にあてがった濡れたタオルも気持ちよかったが、彼女の膝の感覚は更に極上なまでに
気持ちよかった。
意識せず、彼は眠りに落ちていく。
彼女の優しさに抱かれながら・・・
久し振りの感覚は、なんて至極な感覚を自分に与えてくれるのだろう・・・と、考えながら。
落ちた眠りの中で、アスランはやはり、あの闇の中に捉われていた。
ああ、・・・やっぱりまた、ここに居るんだ・・・という漠然とした思い。
立ち尽くす自分はなにも出来ずにここに居るだけ?
否、今日は感覚が明らかに違った。
自分の頭上が妙に明るく感じる。
意識せず、伸ばした片手。
その温かく感じる光の中から伸ばされた手が彼に力強く告げる。
『こっちに来いッ!!』
ぐっ、と固定するように、自分の手首に絡みつく手の感触。
細い腕なのに、それはアスランの身体を導く様に上へと彼を引き上げた。
胸に広がる想いはひとつ。
ここに居なくても良いんだ・・・という想いがアスランを包み込んだ。
ふと、眼が覚めると、身体を丸め、まるで幼子が母の手を掴むような仕草で彼は覚醒した。
無意識に掴んでいたのであろう、カガリの小さい右手。
覚えがあった、この感覚は・・・紛れもなく、自分を闇から引き上げた手の感触。
はっきりと、自分の心に響いた声は・・・
彼女の、カガリの声。
彼女も眠りに落ちているらしく、アスランの身体をその膝に乗せたまま、壁に背もたれた
その状態で瞼を落としていた。
彼の視線がずれ、壁に埋め込まれている様に設置されているデジタル時計の時刻が
彼の視界に飛び込んできた。
AM10:00・・・
AM10:00?
確か、彼女の部屋の前に佇んでいた時間はPM10:00だった筈。
丸々、12時間も熟睡してしまったというのか!?
自分が?
しかも、彼女に付添われて・・・
膝枕の様な状態で・・・
今更ながら、なんか恥かしい、という感覚が甦ってきた。
顔が熱くなる感覚に、・・・それでもあんまりにも、それが心地良くて・・・
再び彼は瞼を落とした。
彼女の絡まり、握ったその手の感覚をもっと感じたくて、アスランは自然にその手に緩く
力を篭める。
その口元には・・・幸せそうな緩い笑みが宿っていた・・・。
■ End ■
★ あとがき・・・です。
最近、SSを書くたんびに、あんまりにもアスランの
ヘタレぶりが気になっていたもんで、ちょっとダークな
選択をしてみたら、少しはシャキ、とするかな?
と、思ったら・・・やっぱりヘタレで終わってしまいました。
[壁]oT) エーンエーン 次はもっと明るいテーマを
チョイスしたら、少しは真っ直ぐに立ってくれるかしら?
アスランてば・・・しょうもな・・・はぁ〜〜(溜息)