『ベイビートーク』


某日、ある晴れた日のこと。
ライトレッドのカラーリングを塗装した派手なスポーツカーが
ザラ邸の玄関前に横付けされた。
車から降りてきた人影は三人。
アストレイ三人娘、ジュリ、マユラ、アサギであった。
三人はそれぞれに祝いの品を抱えている。
ジュリはケーキの入った大きな箱包み。
マユラは白いバラの大きな花束。
アサギはベビー服を詰め合わせたギフトボックス。
三人は相も変わらず、きゃぴきゃぴと忙しく会話を交わしながら、
意気揚揚と、玄関の呼び鈴を押した。
程なくして、玄関にはこの家の主のひとりであるカガリが出迎えるように
姿を現した。
「よっ!久し振り。入れ、入れ。」
毎度の調子で、笑顔を零し、カガリは彼女達を家の中に招き入れる。
「すっかり遅くなりました!これ、お祝いで~す。」
三人は声のトーンを合わせながら、カガリに祝いの品を渡した。
「サンキュ。アサギのは・・・服か。助かるよ、こういうのは。」
素直にカガリは品物を受け取りながら、彼女達を家の中に呼び込み、
歩を進めた。
今日、三人がこの家を訪れた理由は、カガリとアスランの間に誕生した、
赤ん坊のミューズを見る事、そして祝いの品を届ける為であった。
「早く来たかったんですけど、シモンズ主任!もう、鬼みたいに私たちの事、
仕事から解放してくれなくて!」
文句をいの一に言い放ったのはジュリだった。
「ああ、そう言えば、なんか今忙しい、ってこの間言ってたな~」
カガリは三人を伴って歩きながら苦笑を漏らした。
「アスラン様は?」
家長の姿が見当たらない事に、不思議そうな瞳を向け、マユラは先を歩く
カガリに尋ねる。
「庭。ミューズと一緒に日向ぼっこしてる。」
苦笑を浮べながら、カガリは居間へと三人を通した。
指を差し、カガリは居間の等身大の窓を指し示した。
「そこから庭に出られる。私はお茶用意してから行くから、三人は先に行っててくれ。」
は~い、と三人で合唱するように相槌の返事をし、カガリはキッチンへ、三人娘は
庭に続くテラスへと歩を進めた。
テラスにでると、庭の中心の敷き詰められた芝生に座り、アスランは愛娘を抱っこしながら
空を眺めている姿が三人の眼に飛び込んできた。
「お久し振りで~す!アスラン様!」
ジュリが声を掛けながら手を振る姿に、アスランは視線を向けた。
ゆっくりと、座っていた姿勢から腰をあげ、アスランはテラスに設けられた、白磁の丸テーブルが
ある場所に歩みを向けた。
「いらっしゃい。ゆっくりしていってくださいね。」
緩やかな笑みを浮べ、アスランは優しく言葉を三人に掛ける。
「もう、なんで私たちに話し掛けるのに、何時もそんなに丁寧語なんですか!?」
苦笑を浮べながら、アサギが言う言葉にアスランは複雑な微笑を零した。
彼は彼女達に心を許してない訳ではなかったが・・・どうも、苦手なのは相変わらずのようである。
「それよりも、今日はミューズちゃんを見に来たんですから!」
アサギ達は、はしゃぎながらアスランの腕に抱かれてる乳児を囲むように近寄った。
「抱っこしても良いですか!?」
始めに言い出したのはマユラ。
「どうぞ。」
アスランは優しい笑みのまま、自分の腕に納まっていた愛娘をマユラに委ねる。
「あ~ん、ずるい!マユラ!私も!次だからねッ!早く代わってよ!」
ジュリが透かさず文句を言うのに、忽ち三人の間で取り合いの様相を見せた事に、
アスランは苦笑を浮かべた。
ミューズ。
アスランとカガリの間に五年目にして、初めて生まれた女の子。
現在は三ヶ月。首も据わり始め、表情も豊かになってくる月齢だ。
三人の間で奪い合いのような状態になってると、ミューズは突然の環境の変化に
愚図りだした。
「わッ!やッ!!泣いちゃった、どうしよう!?」
慌てた三人は咄嗟に側に居たアスランに赤ん坊を渡す。
だが、その小さな身体がアスランの腕に渡った途端、赤ん坊の泣き声はぴたっ、と止んだ。
きゅっ、と小さな手でアスランの服を掴み、父親である彼を見詰め上げる、その緑の目線。
目尻には涙の粒が溢れていた。
「・・・ちょっと、怖かったみたいだね。」
くすっ、とアスランは緩く笑うと、三人に気まずそうな視線を向ける。
その時、タイミングを計ったように、カガリが人数分のお茶を用意したトレイを運んできた。
「お前ら!ミューズ泣かしたのか!?」
「し、してませんてばッ!カガリ様!ほら、ね。もう泣きやんでるじゃありませんかッ!」
焦ったように言葉を紡ぎながら、三人は必死に言い訳をし始めた。
「ま、イイけど。 お茶、冷めないウチに飲め!」
ぶっきらぼうなカガリの言い回しではあったが、きつく咎められなかった事に三人は安堵の
溜息をついた。
「カガリ様、ママになっても相変わらず~」
ジュリが透かさず突っ込んでくるのに、カガリは腰に手をあて、きょとんとする。
「母親になると、なにか変わらなくちゃならないのか!?」
「・・・いえ・・・そういう事じゃ・・・」
ジュリはバツが悪そうな表情を浮かべた。
三人に椅子に座るよう、薦め、カガリもアスランを促しながら、席に腰を降ろす。
「あ~あ~~・・・でも、こうやって改めて見ると、なんか全部カガリ様に先、追い
越されちゃった気分、再確認よねぇ~」
ぼやくようにマユラはお茶を啜りながら、カガリに伺う視線。
「先、越すって、何が?」
カガリはきょとんとした顔でマユラを見る。
「だって、こんなハンサムな旦那様に、可愛い赤ちゃんまで居て、文句ない人生じゃ
ありませんか!!」
「文句?・・・まぁ~文句は今のトコないな。それに育児は結構、アスランが手伝って
くれるから、私は楽させてもらってるし。あやすのもそうだけど、風呂とか入れるの私より
上手いんだから、母親形無し。」
お茶を啜り、お茶請けに出したクッキーをパリパリ食べながらカガリはぼやくように言葉を漏らす。
その彼女の言葉に、アスランは思わず噴き出した。
「ミルクとかも?アスラン様があげてるんですか?」
素朴な質問だったが、マユラの言葉にカガリは唸る。
「まぁ~7割母乳だけど、アスランが面倒見る時は粉ミルクにしてる。でも、おっぱい
あげれない時って大変でさ。」
ほ~~っと、感心しながら三人はカガリの話に興味津々で耳を欹てた。
アスランは腕の中の愛娘が眠りについたのを確認してから、自分の足元に置いてあった
ベビーバスケットの籐籠の中に降ろす。
やっと喉を潤すように、自分もお茶を啜りだした。
はっきり言って、このメンバーの会話には、彼は傍観者に等しい。
黙って聞いてるだけで、会話には参加しない。
何時もの事だ。
もっとも、この中に入って話をしろ、という以前に、かしまし娘のこの三人相手では
太刀打ちできないのは解りきっているので、黙って聞いているのが無難なのだ。
「ちゃんと授乳から授乳の間、空にしておかないと炎症起こしちゃうから搾って
おかなきゃいけないんだけど、気分ホルスタインだよ。それに搾乳器使うと結構痛くてさ。」
カガリは何時も自分がやってる事を、当たり前に口にしていたに過ぎなかったのだが・・・
「そんなに痛いんなら、アスラン様に飲んでもらうとかして、手伝ってもらえば
イイじゃないですか!?」
右手の人差し指をあげた笑顔のジュリの提案。
ジュリの発した言葉に、アスランは飲んでいる最中のお茶を激しく噴き出す。
ぶはっ、と思いっきりお茶を噴いた後、彼は激しく咽た。
「・・・お前、何言ってんだ?・・・ジュリ? ・・・母乳飲め、って・・・
言っとくけど、私はアスランにそんな変態プレイさせる趣味はないぞ・・・。」
げほげほと、顔を真っ赤にし、激しく咽ながら、アスランは背を丸め、視線を彼女達から外した。
なんちゅー会話だ・・・。
彼は心の中でぼやき、こんなんじゃ、付き合うどころか、唯、居るだけでも困った環境だ、
と思うと冷汗を浮べながら椅子から立ち上がった。
「お、俺、ミュー ベッドに寝かせてくるから・・・あ、三人とも、ゆっくりしていって。」
引き攣った笑みを浮べ、彼は足元のベビーバスケットを抱えると、家の中にそそくさと
入っていってしまった。
「・・・カガリ様。私なにか拙い事、言いました?」
きょとん、とジュリは不思議な瞳をカガリに向ける。
「さぁ~ よく解らん。」
カガリもカガリである。
アスランがさっさと場を辞退していった原因、揃いも揃って首を傾げたのは、他のふたりは
冷汗をかきながら、苦笑を浮かべるしかなかった。
楽しい時間、というのは瞬く間に過ぎていくものだ。
夕方の時間は、外で話に夢中だった4人にも、その風の冷たさに時刻の経過を伝えた。
タイミング良く、アスランはカガリに愛娘の授乳時間を告げに来た事に、三人は腰をあげた。
「なんだよ、帰るのか?夕飯食べていけば良いのに。」
カガリは名残り惜しそうに三人を引き止める。
だが、この後、シモンズ博士に工場区に呼ばれている、との話に、カガリは無理に
三人を引き止めなかった。
また、近い内に、・・・と約束を交わし、三人は屋敷を後にしていく。
催促するように子供部屋から響く愛娘の泣き声。
カガリは慌てて部屋へ駆け込んだ。
着ていたブラウスのボタンを外し、片方のブラジャーだけを捲って母乳を赤子に与え始める。
とにかく慌てていたので、始めは立ったままでしていたが、気持ちが落ち着くと、ソファに
腰を降ろし、ゆったりとした体勢で乳を与える。
彼女の腕の中の赤ん坊は、夢中でその乳首に吸い付き、やっと落ち着いたように食欲を
満たし始めた。
母親が我が子に乳を与える姿は実に睦ましく見える。
なんとなくその場に居たアスランはじっと、その光景を視線で追っていた。
「なんだ?」
不思議そうなカガリの視線が彼を見上げた。
「いや、母親が子供にそうする姿、って良いな・・・と思って。」
「そうか。・・・ま、赤ん坊なんて吸血鬼と同じようなモンだからな。」
くすっ、とカガリは嬉しそうな笑みを零しながら視線を腕の中の愛娘に落とした。
「吸血鬼?・・・そりゃ、また凄い表現だな・・・」
はぁ・・・と、溜息をつくと、アスランは立ったまま腕を組んだ。
「だってそうだろ?私の中の血液が乳腺を通して乳に変わるだけなんだから・・・
本にも母乳って、血液の成分とあんまり変わらない、って書いてあったから。」
「そうなんだ・・・」
納得するような声音を漏らし、彼は小さく呟いた。
そんな会話をしている中で、カガリの腕の中の赤ん坊は満足したかのように口元から
含んでいた彼女の乳首を離し、スース-と安らかな寝息を漏らし始める。
「あ~あ~・・・やっぱり片一方飲んだだけで寝ちゃったよ。・・・また乳搾りか。」
ぼやく彼女に、アスランは噴出す。
「笑い事じゃないぞ、アスラン。これサボったら、もう大変な事に・・・って、そんな事、
話してる場合じゃない! 痛ッ!ダメッッ!!早く搾らないと胸張って!後よろしく!!」
カガリはアスランに放り投げるように赤ん坊を託すと、部屋から飛び出していった。
が、そんなに乱暴に扱われても、彼に託された赤子は眼を覚ます気配すらない。
流石に度胸が据わっているのか、カガリの血が半分受け継がれている証拠なのだろうか。
苦笑を浮かべると、アスランはそっと愛娘の小さな身体をベビーベッドに降ろしたのだった。
早めの時間に夕飯を済ませ、入浴を済ませる。
カガリはバスローブ姿でキッチンに立ち、粉ミルクを一回分づつの分量に区分けの
作業をしていた。
アスランがミューズの世話をする時に困らない為である。
一回分のミルクに決められた量の湯を注ぐだけで、簡単に授乳用のミルクを作る事が
出来るからだ。
男の彼にとっては、カガリがそういった事の準備を整えていてくれる事は非常に助かる
工程のひとつだった。
カガリの後に入浴を済ませたアスランが、その彼女の後ろにそっと立った。
ちゅっ、と彼女の首筋に軽い音を響かせ、自分の唇を落とす。
緩く、彼女の腰に腕を廻して、彼女に寝所の相手をしてくれる催促をさり気にしてくる。
ふと、カガリは頬を薄く染めながら、空を仰いだ。
そう言えば、もう随分と長く、アスランとは身体の接触をしてないな・・・と、思い当たる。
出産予定日の一ヶ月前は早産を防ぐ為、当然禁止。
出産後は、産後の日経ちの経過の関係で一ヶ月は無理。
で、今日の日取りまで含めれば、優に五ヶ月はご無沙汰な勘定になる。
「する?」
コトン、と彼女は仰いでいた首を彼の肩に落とした。
「出来れば、お願いしたいです。奥様」
くすっ、と彼は微笑むと、彼女の腰に廻した腕に力を緩く込める。
「じゃあ、コレ準備するまで待っててくれ。」
何気ない夫婦の会話。
極々、自然なやり取りだ。
互いの唇を優しく交わすと、カガリはアスランの腕に身体を預けた。
ふたりで寝室に向かい、秘め事に身を任せる為にベッドにふたりは身を預けた。
重なるふたつの影。
薄暗闇の中でも互いの顔の表情ははっきりと解った。
アスランは愛しそうに、カガリの頬をその唇で撫で、それを受けているカガリの表情も
至極の微笑を浮かべていた。
が、彼がその彼女の胸に手を這わした瞬間、カガリの身体が凍りついた。
彼女の様子が急に変わった事に、アスランは僅かに起こした身体で彼女を覗き込む。
「カガリ?」
突然、カガリは物凄い勢いでアスランの身体を跳ね除けた。
「今日ダメッ!絶対ダメッ!!中止だッ!!中止ッッ!!」
搾乳器ッ~~~と、叫びながら彼女は寝室を飛び出していく。
呆然としたまま、ベッドの上に取り残されたアスランは上半身だけを起した状態で
がくっ、と肩を落とした。
「・・・中止・・・って・・・どうすんだよ、コレ。」
恨めしそうな視線が自分の下半身に注がれる。
その彼の中心部はギシギシと痛い程、その憤りをパジャマの中で激しく自己主張
しているのに、彼は重く溜息をついた。
ばったりと、力の抜けた身体がベッドにうつ伏せに倒れ込んだ。
「・・・こんなんじゃ・・・当分、二人目なんて無理じゃん・・・」
ぼやくようにアスランの呟きが伏せた枕の顔から漏れ聞こえた。
キッチンの方向からは、カガリの悲鳴が相変わらず続いていた。
胸に直接の刺激を与え、母乳がでるように促してしまった事が今夜の敗因・・・
今度からやり方変えなくちゃな・・・とは、彼は教訓として学びとった一夜であった。






                                          ■ end ■










★ あとがきっス。
はじめ、この話を書き始めた時には、裏に置こうか、
表に置こうか迷いましたが、結局内容がギャグめいて
いたので表に置く事にしました。(^。^;)
ま、ラブいのよりも、唯、アスランをひたすら
おちょくっているような内容にしか見えませんが・・・
こういうのは表、って許されるんでしょうかね~
私的には激しいHシーンがなければ、表OK派、
なんですが・・・ははは。