『冬景色』

一面、見渡す限りの銀世界。
半年前、カガリとアスランは無事に挙式を終え、その足で
新婚旅行先である、カナダに赴いた。
折角の新婚旅行だったというのに、ちょっとどころか、大変なめにあって、
アスランはアスランで、怪我まで負ったというのに、何故かふたりは
この大自然が甚く気に入ったらしく、僅かの期間を置いただけで、再び
この地を訪れていたのだ。
今度は無理せず、純粋に「観光」のみを目的とした、ふたりっきりの旅行だ。
まだまだ新婚間もなく、何所に行くのも何時も一緒のふたり。
今回の彼らの目的は、スキーをする事。
冬のウインターシーズンが到来すると、その為にと頑張ってきた仕事の
ご褒美として、ふたりは1週間余りの休みを手にいれることに成功した。
嬉々として、カガリは準備に余念がなく、アスランはアスランで嬉しそうに
はしゃぐカガリを見るのが楽しくて仕方ない、といった様子。
そんな訳で、ふたりが訪れた場所はカナダのバンクーバーから120km程
離れた場所に位置する、ウィスラー・マウンテン・スキー場。
100近いスロープが延び、スキー場としての規模は北米屈指。
高速ゴンドラで1837m地点まで昇り、更にリフトで山頂まで上れば、
標高2115mの高さ。
雄大な銀世界を堪能することができた。
オーブは南国に近い気候を維持する島国だ。
気象の関係で、寒気の通過の折、極偶に、雪なんぞがチラリ、とでも降るもんなら、
忽ち、ニュース扱いになる程だ。
当然、カガリはスキーは初体験である。
多少なら滑れる、というアスランに指南を受ける、ということで、安心感に
包まれていたのもあった。
自分だって自慢じゃないが、運動神経は悪くない方だと思っていたので、
さして不安はなかったのだが・・・
甘かった・・・
やはり、経験に勝る、身体の動きは別物だとつくずく痛感させられた。
山の中腹の斜面から、奇怪な叫びをあげ、白地に胸の部分に青のラインの入った
ウエアーの人影が滑り落ちてきた。
両足をくの字に折り曲げ、上半身は大の字姿のカガリ。
足の間に滑り落ちた時に溜まった雪が制動の働きをし、その身体はスピードを
落とし、自然と止まった。
その姿勢で寝転がったまま、彼女は不機嫌そうな表情を浮かべ、立ち上がろうともしない。
ザシュ、と小気味良い音をたて、アスランは華麗なフォームで彼女の側に滑り止った。
「大丈夫か?」
雪面に反射する強い陽の光を防ぐ為に、掛けていたレイバンのサングラスをあげ、
アスランは覗き込むように視線を彼女に落とした。
「この状態の何所が大丈夫に見える?」
カガリの声音は不機嫌さをモロに示すトーンの低さ。
はぁ〜と、溜息をつくと、アスランは呆れた口調で言葉を漏らした。
「だから言っただろ?まだ、ボーゲン覚えたばっかなんだから、下に居ろ、って」
「お前が上に行く、って言うのに、なんで私が下で練習してなきゃなんないんだよッ!」
カガリは寝転がったまま、癇癪を起し、アスランを怒鳴りつけた。
「練習、って、当たり前だろ?初心者なんだから・・・」
当然のことを極々当たり前に彼は言っただけなのだが、カガリの八つ当たりとも
取れる言葉は罵倒に近い。
「大体、なんで宇宙産まれの宇宙育ちのクセして、そんなに上手いんだ!?
納得できん!!」
それでも、彼は気にした素振りも見せず、苦笑を浮かべるだけ。
「プラントにだって、このくらいの事、楽しめる遊戯施設くらいあるさ。 まぁ、人工雪に
比べれば、自然の雪の方が少し重く感じるけど、特に問題ないし・・・」
「講釈はどうでもイイッ!見てないで助けろッ!」
カガリの言葉に、くすっ、と笑みを浮かべると、彼は右手のステックを外し、外したそれを
左手に持ってから、彼女に手を差し伸べた。
だが、彼の手に重心を掛けすぎたのに再びバランスを崩してしまう。
掴んだと思った彼の手が離れ、板が斜面を滑りだすのにカガリは慌てた。
「う、嘘だぁ〜〜っ!!」
「カガリッ!エッジを立てろッ!」
「エッジ??解らないッッ!!」
ひぃぃ〜〜という焦った叫びをあげ、彼女の身体が向かった先・・・
杉の幹が待ち構える林の中に彼女は突っ込んでいく。
派手な衝撃音が響くと、幹にぶつかり、やっと止まった身体の上に、枝に積もっていた
雪がどさっ、と音をたて大量に落ちてきた。
あ〜あ〜、と溜息をつくと、その光景を見て彼は自分の額を抑えた。
即席人間雪だるま化したカガリ。
笑ってはいけない、とアスランは思ってはいたが・・・ やっぱり噴出してしまった。
「笑ってないで、助けろッ!!」
彼女の怒鳴り声が林の中から木霊する。
呆れ、苦笑を浮べながら、アスランは彼女を助けに向かった。
林に入る前に自分の板を外し、斜面を流れていかないようにそれを雪面に突き刺す。
彼はカガリの身体を掘り起こしながら、彼女の両脇に手を潜らせ、その身体を引っ張りだした。
履いていたスキー板を外してやり、アスランは彼女を立ち上がらせ、身体を支えてやった。
「もう、イイ。私、このまま歩いて下山するから、お前先に行って良いぞ。」
拗ねた口調でカガリはアスランに告げた。
「歩いて下山?・・・そんな事したら二時間は掛かるぞ。」
「板で滑れないんじゃ、歩くしかないだろうが!」
怒った口調は相変わらず。
アスランは溜息を漏らすだけだった。
僅かに、先を歩く彼女が突然蹲ったのに、アスランは近寄った。
「カガリ?」
「ちょっと、足捻ったかな?」
「痛いの?」
「・・・少しな。・・・まぁ、大丈夫だろ。」
漸く冷静さを取り戻し、カガリは自分の我侭でここまで付いてきたのに、アスランに
八つ当たりしていた理不尽さに申し訳ない気分になったらしく、その彼女の言葉は静かな
響きに変わっていた。
アスランは刺していた自分の板を抜き取る。
斜面から滑り落ちないよう、横向きに板を置くと、蹲る彼女に自分のステックと彼女の
スキー装備を抱えさせた。
「アスラン?」
不思議そうな瞳でカガリはアスランを見上げた。
彼は有無言わせず、軽々とその彼女を抱き上げる。
驚いたのはカガリの方だった。
「な、なに?ちょっと、アスラン??」
「このまま下山する。」
拒否を許さない彼の声音に、カガリはぎょっとした。
バチッ、と上から反動をつけ、アスランは自分の板の留め金を両足に施す。
考える間もなく、カガリを抱いたまま、彼のスキー板が滑り出した。
引き攣ったカガリの顔が、尾を引くような叫びをあげた。
「無謀な事はよせッッ!!アスラアァァーーーンッッ!!」
止める暇すら与えず、アスランはゲレンデに滑りでた。
「15分で下山する。暴れるなよ、こんな状態で転んだらふたりで骨折だ。」
そのアスランの言葉に、カガリは機械仕掛けの人形のようにコクコク頷いた。
始めは直滑降に近い状態で彼の板は斜面を滑った。
スピードが乗り過ぎると、巧みにエッジで制動を掛け、速度を殺す。
障害になる他の滑走者を避け、彼はカガリを抱えたまま、ステックも無しに
麓まで滑り降りてきてしまった。
卓抜としたバランス感覚と、幾ら女性で体重が軽いとはいえ、ひとひとりを
抱えて滑走するという荒業を成し遂げる度胸の良さ。
伊達にパイロットをしていたわけじゃない、というなによりの証拠。
即決の判断と行動はモビルスーツを駆るには、何よりも求められる条件だからだ。
辿りついた麓のゲレンデで、華麗なまでに鮮やかに滑り込んでくる様は、まるで
映画のロケーション風景。
何人かそこにいた、スキーヤー達が感嘆の溜息と拍手でそれを出迎えられた事に
ふたりは赤面した。
カガリを雪面に降ろすと、ふたりは逃げるようにその場を後にする。
ゲレンデ近くの宿泊先のロッジに戻り、自分達の部屋に入るなり、アスランは
カガリをシャワールームに押し込んだ。
「身体、ちゃんと温めろよ。俺、フロントで湿布もらってくるから」
彼女の返事も待たずに、アスランは再び部屋を後にした。
なんか、全ての事に於いて、なんでもかんでもアスランにおんぶに抱っこな
状態のカガリは湯を浴びながら痛く反省していた。
自分の方が年上なのに、なんだか終始面倒見てもらってる気分になってたからだ。
こんなんで良いのだろうか?
ふと思い、カガリは溜息をつく。
昔はアスランはキラの事を終始、至れり尽くせりで散々面倒みてくれた、とは
キラ本人から聞いた事がある。
こんなんじゃ、対象が変わっただけで、キラと同じじゃないか、とカガリは重く
溜息をついた。
シャワーを浴び終わり、バスローブに袖を通してからカガリは浴室を後にした。
ふたりの立場であれば、高級ホテルのスゥイートを利用してもおかしくないのだが、
敢えてそれをせず、彼らは一般客も利用する普通の宿を選んだ。
簡素なツインルーム。
それでも、カガリはアスランと一緒なら何所でも良い、という気持ちが強かったので
文句の出よう筈もなかった。
部屋に戻れば、部屋着に着替え、ラフな格好に衣替えしたアスランは
自分の選んだベッドで転寝中。
くすっ、と微笑を浮かべると、カガリは静かに彼の身体に掛け毛布を掛けた。
傍らのもうひとつのベッドの上には、彼が用意してくれてあった冷湿布と包帯が
置かれていた。
ベッドによじ登り、カガリはその湿布を痛めた足に貼り、包帯を巻き付けていく。
それが済むと、まだ時間が早く、陽の高い晴れ空が覗く窓に視線を向けた。
ぼ〜っと、考えながら思い耽る。
始めからアスランの言う事に逆らわず、従っていたら・・・
もっとスキーを楽しめたのかな?・・・と。
だが、結論。
済んだ事をごちゃごちゃ考えても仕方ないか、ということだった。
視線の先を隣のベッドのアスランに移し変える。
何気に、彼女は寝入る彼の足元から四つん這いの格好で跨ぎ這い上がる。
彼の顔を覗ける位置まで来ると、じっと上からその寝顔を覗きこんだ。
自分の夫、という立場に彼がなって半年あまり・・・
正直、あんまり実感がなかった。
一つ屋根の下に一緒に住んでる、という現実以外、互いの関係にあまり
変動があるとは思えなかったからだ。
もっとも、一緒に住んでる以上は・・・そして、夫婦という関係になってからは
ちょっとばっかHの回数がかな〜〜り増えたのは別として・・・それ以外は
本当になにも変わらない。
しかし、見れば見る程、なんて綺麗な顔をしてるのだろう、とつくずく思う。
ふと、視線の先が彼の額の傷に移った。
半年前のアクシデントの名残り。
眼を凝らさなければ解らない程度の傷ではあったが、この範囲ならと結局、
アスランは面倒くさがって整形を受けていない。
カガリがじっ、と顔を覗き、落とした時、突然その重心が上からの圧力に
がくっ、と下がる。
彼女の触れた先は・・・アスランの唇。
彼は彼女の頭を右手で抑え込み、強引にその体勢に持ち込んだのだ。
「んんッッ!!・・・むぅ・・・んッッ!!」
息苦しそうなうめきがカガリの唇から漏れた。
数秒の後に、その唇から解放されると、カガリは突然の酸欠で失った呼吸を
取り戻そうとするように深く深呼吸した。
「お、お前ッ!狸寝入りしてたのか!?」
蒸気した顔でカガリはアスランに抗議の言葉をぶつけた。
「途中までは寝てたけど、こんな格好で迫られちゃ、嫌でも眼が覚めるさ。」
くすっ、と優しい笑顔の彼。
カガリは恥かしさのあまり、彼の身体から身を起こそうとする。
が、その腰をがっちりと両手で抑え込まれ、カガリは身動きできなくなってしまった。
アスランの腰を跨いだ格好・・・物凄い構図に、カガリは赤面して叫んだ。
「は、放せッ!」
「そりゃ、ちょっと無理な注文かな?」
にこっ、と笑みで応えるアスラン。
すっかり展開方向はヤバイ方面に傾いていた。
密着した身体が既に彼のその熱さを彼女に伝えていた。
そっと、彼女の背に廻ったアスランの腕が再び彼女の身体を引き寄せる。
「・・・まだ・・・明るいぞ・・・」
搾り出すような、彼女の恥かしさを含んだ声の響き。
「・・・我慢、なんて出来ないよ・・・」
優しく、甘い、アスランの低く求める声。
その声の響きは何時だって、彼女の心を蕩かす程甘味で・・・
求められるまま、互いの唇が再び重なった。
時間など、ふたりには関係なかった。
求められるから応えるだけ・・・
否、自分自身も求めている・・・だから、許せる・・・
彼の我侭も・・・全てを。
何度でも、この甘い時間を感じたいから・・・
身体の重心が反転しても、カガリが抵抗の意志を見せない事に、アスランは薄い笑みを
宿した瞳で彼女の自由を奪った。
僅かな時を経て、その桜色の唇からは甘い声が漏れ始める。
ほんの何十分か前まで、窓から見えるゲレンデはあんなに晴れ空だったのに・・・
何時の間にか、その風景は雪空に変わり、粉雪が舞い始めていた。
だが、それは彼女を男の腕の中に閉じ込めておく、最良の口実。
飽きる事のない口付けが何度も交わされていく。
囁く言葉は身も心も溶かし、のめり込ませていった・・・。







                                           ■ Fin ■








★あとがきです。
さて、久し振りのお題目でございます。
一ヶ月の休養期間の間にできるだけ、
溜めていたネタ、放出してやる〜〜てなモンで
更新スピード、びっくりで賞、な具合になってます。
しかし、アスカガにスキーやらせたい、と
漠然と考えて・・・そのシチュエーションをどう展開
させるか?・・・悩んで、結局危ないエロ小説。
<(T◇T)>わぁああああ! もう、自分これしか
考えてない状況かもしれん・・・
あきません、末期です。
どうでもイイけど、アスランにレイバンのサングラス・・・
すげー人相悪そう。つーか、サングラスのメーカーなんて
それしか知らんわい![壁]oT) エーンエーン
プラントに人工雪のスキー遊戯施設があるんですか!?
なーんて、突っ込みも右端にほっといてくださいな。
内容的には裏小説「ブライト」からの半年後な
話ということなんで、これもありの方向性で
お願いします。・・・て、やっぱダメ?(*°ρ°) ボー