「クリーンアップ」


プラントを訪れるのは久し振りのことだった。
カガリはお忍びとはいえ、慣れた足並みで目的である、
アスランの家を目指していた。
戦争が終結して、半年余り、もう直、新しい年へと変わるまでに
一ヶ月弱を残し、プラントもそれなりに平穏な営みに活気つき
はじめていた。
停戦が合意してからは、アスランは軍を退き、今は一般市民として
平凡な生活を、ここプラントで営んでいた。
もっとも、戦時中にはできなかった、自分が一番目指したかった
学業を収得し直すべく、ひとり立ちも兼ねてのものであったのだが。
亡くなった父、パトリックの遺産とも呼べる、資産、勿論、彼が
住んでいた屋敷も含め、アスランは自分ひとりで住むなら、こんな
広い家は必要ない、と云い、当座必要な物を残して、全てを処分
してしまい、代わりに自分だけのこじんまりとした中古の4LDKの
平屋を購入し、そこに居を移しひっそりとひとり暮らしをしている
と、いった具合である。
カガリとは遠距離な付き合いにはなってしまっていたが、今は自分が
遅れをとってしまった全てのことを埋める為の期間と、お互い納得し合い、
互いの時間が取れた時には「会う」というパターンに落ち着いていた。
そんな訳で、暮れも押し迫ったある日のこと、私用と公務を両立しては
いたが、カガリは一日だけ自由な時間を作ることに成功し、アスランの
家へと向っていた。
徒歩、というのが実に彼女らしい。
ボーイッシュなスタイルの私服に身を包み、それが誰の眼から見ても、
まさか、プラントと地球側との復興に一番の尽力を尽くしている、オーブの
代表者、などと解る筈もない格好に、カガリは鼻唄を小さく漏らしながら
闊歩していた。
幾ら、恋人の家を訪ねるにしても、手ぶらというのはどうも気が引けるので、
途中、ケーキ屋に寄ってマフィンの彩りセットを購入し、目的地を目指していた。
今日、彼の家を訪ねるのは、実を云えばアスランには内緒であった。
と、言うのも、約束をして、急遽キャンセル、などとなれば、申し訳なくて、
いい訳も出来ないし、というのもあったが、正直云えば、突然訪ねて
彼を威かせよう、というちょっとした悪戯心もあっただけなのだが。
少しだけ、期待に胸膨らませ、カガリはアスランの家のインターフォンを
軽く押した。
程なくして、訊き慣れた声の応対の返事。
「私だ。」
「カガリ!?」
その一言だけで、慌てた声のアスランに、カガリは可笑しくて噴出しそうになってしまう。
バタバタと忙しい音が響くと、扉が勢いよく開いた。
だが、久し振りの再会、だと云うのに、アスランの姿を見た途端に、カガリは
あんぐりと口を開け、呆けてしまう。
「・・・お前、なんて格好してるんだ?」
「え?・・・見ての通り、掃除中だったんだけど」
きょとん、とした表情でアスランは答えた。
これが、ほんの何ヶ月か前まで、颯爽とジャスティスを駆っていた、モビルスーツの
パイロットの姿かと思うと、非常に情けない姿にカガリは言葉を失った。
赤生地の模様入りバンダナを三角巾代わりに、ピンク生地のウサギのアップリケが付いた
エプロン姿。これは、以前カガリがこの家を訪ねた時の忘れ物ではあったが。
そして、ご丁寧に右手にははたきが握られていた。
「来るなら、来るで連絡くらい寄越せよ」
「・・・あ、・・・いや・・・、忙しいなら、またにするよ」
踵を返そうとするカガリの腕を、アスランは掴むと、家に中にひっぱり入れた。
「折角、来たのに、『帰る』はないだろう? お茶、くらい飲んでいけ」
「ん〜・・・でも・・・」
「ま、俺はやることだけはやらないと落ち着かないから、構ってはやれないけどな。」
にっこり、と彼に微笑まれ、カガリは遠慮気味に扉を潜った。
玄関から続く居間のソファに座ったものの、お茶は出してもらったが、忙しく
動き回るアスランにカガリは怒鳴った。
「あーーーッ、もうッ!!そんな、コマネズミみたいに動かれちゃ、落ち着いてられん!」
「気にしなくてイイよ。 カガリはお客さんなんだから」
「今更、客扱いするな!私も手伝う!」
「イイってば」
「何でだ!?」
暫く沈黙してから、アスランは冷汗と共に苦笑を漏らした。
「・・・いや、・・・カガリに手伝わせたら・・・なんか、余計に散らかりそうで・・・」
ぐいっ、とカガリはアスランの着ていたハイネックの服の襟元を掴んで引き寄せると、
ガンを飛ばす。
「『喧嘩上等』って言葉、知ってるか?」
乾いた笑いを漏らすと、アスランはカガリにも何か手伝ってもらうべく、仕事を
模索した。
「しかし、この暮れにきて、なんでまた、掃除なんだ?」
「母の方針だったんだ。母も仕事は持っていたけど、新しい年を迎える時くらいは
身の回りを綺麗にして、年を迎えるように、って。だから、どんなに忙しくても、毎年
手伝わされていたからな。」
「お前、お坊ちゃんだったんだろ?掃除なんか、幾らでもやってくれる人間、いるだろう?」
「ケジメ、って云えば、納得する?」
くすっ、とアスランは笑った。
「そうだな・・・じゃあ、カガリには・・・奥の部屋の本を整理してもらおうかな?」
ぱっ、と明るい表情になると、カガリは素直に返事を返す。
アスランは苦笑を浮かべつつ、カガリを奥の部屋へと連れて行った。
「ジャンルがバラバラなんだ。種類別に整理して貰えると助かるんだけど」
床に散らかった本の群れに、カガリはその一冊を手に取り、ため息を漏らした。
「相変わらず、小難しい本ばっかり読んでいるんだな。偶にはマンガくらい読め」
「マンガ?・・・興味ないな・・・そういうのは・・・」
「マンガを馬鹿にするのか?」
いやに、変な論法を持ち出してくるカガリに、アスランは苦笑しながらいい訳をする。
「いや・・・唯、興味がないと・・・」
「ま、いっか・・・お前がマンガ読んで笑ってる姿なんて想像出来ないから、
私が馬鹿だった、そういこと云うのは」
床に膝まずき、カガリが本を整理し始めるのを見ると、アスランはその場を彼女に
任せ、部屋を出ていく。
あっと言う間に、夕方の時間に差し掛かり、大方の片付けにもキリが見えてきた頃、
アスランは奥の部屋に向って声を掛けた。
だが、返事がないのに、彼は首を傾げると、カガリが居るであろう、部屋へ足を向けた。
部屋は彼が思っていた以上にきちんと整理されており、アスランは驚いて瞳を開いた。
が、ふと肝心のカガリを見ると、彼女は熱心にある、一冊のアルバムに眼を通してる
最中なのに、アスランは苦笑を浮べた。
「なに見てる?」
「あ、ごめん、勝手に。・・・ でも、本の整理してたらコレがでてきたんで、つい。」
そう、彼女は言って、赤い表紙のアルバムをアスランに見せた。
「ああ、・・・やっぱり、この中にあったんだ・・・。でも、探すのが面倒で、放ってあった
んだけど、見つかって良かった。・・・ありがとう、カガリ。」
「・・・いや、・・・それよりも勝手に見て・・・ごめん。」
少しだけ、申し訳なさそうにする彼女に、アスランは苦笑を湛えた。
「別に構わないさ。・・・カガリに隠すモノなんて、何もないからな」
「・・・アスラン・・・」
カガリの横にアスランも腰を降ろすと、彼はパラパラとアルバムを捲り始めた。
「これは?」
美しい女性と、肩を抱かれながら微笑んでいる少年の写真を指差し、カガリは
アスランに尋ねた。
「母だ。俺が6歳の時に撮ったやつだな」
「・・・6歳、って・・・なんか、お前、でかくないか?」
「そうか?あんまり気にしたことなかったけど、コーディネイターの特質のせいかも
しれないな。 成長の過程が多少違うんじゃないかな?」
コーディネイターは13歳で成人の扱いはされるものの、「扱い」という範囲のもので
あって、完全な成人として結婚等が認められる年齢は、共にナチュラルと一緒の
18歳である。
ふと、呟くようにカガリは言葉を漏らし、微笑した。
「お前は、母上似、なんだな。・・・とってもキレイだな、お前の母上は・・・」
少し、寂しい微笑みに、アスランは戸惑う。
そう言えば、カガリには母の記憶はない。
彼女とは双子の弟、キラには実の母の記憶はなくとも、養父母に惜しみない愛を注がれて
育ったという経験がある。
だが、カガリにはそれがないのだ、という事にアスランは思い当たり、言葉を紡げなかった。
不意に、言葉を静かに漏らすと、アスランはそっとカガリの肩を抱いた。
「・・・でも、その分、君はお父さんに愛されていただろう?」
今は亡き、父、ウズミのことに触れ、カガリはビクッと身体を振るわせた。
「・・・ありがとう、アスラン。・・・お前は優しいな・・・」
血のバレンタインでアスランは母、レノアを亡くした。その後は自分も参戦した一年戦争で、
父であるパトリックを。
カガリの父もまた、その戦争の犠牲となり、還らぬ人となってしまった。
心成らずも、起こってしまった『戦争』という悲劇の、彼らもまた、被害者なのだというのを
僅かに感じながらも、それは口にだしてはならぬ禁忌の言葉に、ふたりの間には
暗黙のルールが引かれていたのだ。
場の空気を和ますように、カガリは明るく笑った。
彼女がまた、パラパラとアルバムを捲る指先に、アスランはそっと指先を絡めた。
近づく互いの距離。
後、ほんの何センチかで、互いの唇が触れそうになった瞬間、
「プッッ!!」
と、カガリが思いっきり噴いた事に、アスランは機嫌悪そうに眉をしかめた。
「なんで、こんな時に笑うんだよ。」
「そんなこと言ったって! せめて、その三角巾とエプロンを外せ!
そんな格好で迫られても、唯のギャグだ!」
あははは!と、腹を抱え笑うカガリに、アスランは気持ちを挫かれてしまい、
ふて腐れたような表情を作ると、すくっ、と立ち上がった。
「何所、行くんだ?」
「まだ、風呂場の掃除が終わってない、それで終わりだから。」
「じゃあ、私も手伝うよ。」
と、云うなり、カガリはいきなり服の上着を脱ぎ、下着姿になるのに、アスランは慌てた。
「な、何やってんだ!?お前ッ!!」
「え?・・・だって、風呂場の掃除だろ?脱がなきゃ、濡れるじゃないか。着替えだって
持って来てないんだから。」
赤面しながら、口篭るアスランを無視して、カガリはさっさと浴室へと足を向けた。
カガリの後を追うように、付いていくアスランの気持ちなど解せず、カガリの平然とした
態度に、アスランは自分の理性が保てるかどうかの方が疑問だった。
幾ら、恋人同士だから、といっても、もう少し恥じらいとか、そういうものを持って欲しい、
と、アスランは心の中で叫んでいた。


この後、ふたりがどうしたかは・・・ご想像にお任せしよう・・・。



                                    

                                         〜 fin 〜