『時』がそうさせたのか・・・。
『時代』がそうさせたのか・・・。
コズミック・イラ70、「血のバレンタイン」 ユニウスセブンの悲劇が全ての
引き金だった。
攻撃を受けた側は、自分たちを守る為に立ち上がった。
そして、今では双方が引くことの出来ない泥沼と化した、飽くことのない
血に餓えた戦いが続いている。
否応なく、その渦に巻き込まれた、ふたりの少年たち。
ひとりは、ザフト軍として・・・。
ひとりは、地球軍として・・・。
どちらも、大切なモノを『守る』為に、という名目で。
だが、今のふたりは互いの大切な者を失いながらも、ひとつの武装組織の
傘下に属していた。
ザフト軍でもなく、地球軍でもない、別の武装組織。
ラクス・クライン率いる個人艦隊のモビルスーツパイロットとして、重要な位置を
キープする守りの要として。
治まらぬ戦火を鎮圧するべく、生まれた新しい組織の、その一員として。
アスラン・ザラ。まだ、16歳の少年、クルーゼ隊所属の元ザフト軍の軍人だった。
現在は、モビルスーツ「ジャスティス」のエースパイロット。
実の父親に拘禁される寸前、その身柄はラクスの命を受けた配下のクライン派の
一派に救われ、今に至る。
キラ・ヤマト。平和維持治安を目的と掲げる中立国オーブのヘリオポリスに学生としての
安穏な日々を過ごしていたはずが、何の運命の悪戯か、モビルスーツのパイロットとして、
今は「フリーダム」を駆る日々。
そんなふたりが再会したのが、よもや戦場であったとは皮肉としか言いようがなかったが、
互いの感情が最終的に落ち着いた時には、ふたりは同志として、同じ戦場に身を
置くこととなったのだった。
自分が一番嫌った筈の戦火の腕は、キラをその腕に抱き込み、離そうとはしなかった。
それは、当然、アスランも同意なことであり。
『時』は止まらない。
この世に神、という名のものが存在するとするなら、それはなんと残酷な神であることか。
まるで、生贄を求め、餓えた血の乾きを癒すが如く、血を欲する日々。
何時まで、こんなことが続くのだろうか・・・。
その血の流れを止める為に、今、ふたりはここに居た。
ラクスを先陣とする艦の中に。
コンコン・・・ プライベートを重視する様に、部屋の中の住人の様子を伺うノックが二度。
程なく、中から返事が返ってくる。
「はい・・・?」
「キラ?・・・入ってイイ?」
「アスラン?」
その声と同時に扉がスライドする。
くすんだ微笑を浮べたキラがアスランを自室へと招く。
ザフト軍の軍服を、ややだらしなく着込み、襟元を緩めた姿のアスランが苦笑を浮かべ
立っていた。
その時、アスランの顔面に、甲高い声をあげ、薄緑色の物体がぶつかってきた。
「ト・・・トリィ!?」
驚く声でアスランは眼を瞬かせた。
「翼の調子が少しおかしくてね。 今、メンテナンスをしようかと思っていたトコなんだ」
「だったら、俺が診るよ」
アスランの両の手のひらの中で、もがくような動きをする小型の小鳥メカ。
アスランがキラに贈ったモノだった。
メカを作ることに長けているアスランが、キラとの別れ際に贈った可愛らしい小鳥メカ。
「小型のマイナスドライバーある?」
「ああ、引き出しの中に・・・」
キラはアスランの問いに素直に答えた。
この小鳥メカの生みの親はアスランだ。幾らもしないうちに小鳥メカ、トリィの調子は
回復し、あっと言う間に、元の状態に戻って部屋の中を元気に羽ばたき始めた。
「トリィ!トリィ!!」
けたたましい程の鳴き声ではあるが、まるで元に戻ったことを喜んでいるかのような声だ。
「ありがとう、アスラン」
「いや・・・このくらい・・・」
元気に飛び回るトリィに、ふたりは優しい微笑を漏らした。
「あ・・・ところで、何か用事があったんじゃないか?」
思い出したように、キラは椅子に腰掛けたままのアスランを見る。
「・・・いや・・・別に用事は何もないんだ。・・・唯、キラの顔を見たかっただけだよ。」
この艦に移ってから、まだ日も浅く、度重なる戦闘にふたりは落ち着いて話をする
時間すらなかった。
漸くの時間の隙間を縫って、話をしようと機会を作ってはみたものの、互いの口は重かった。
不意に、キラはアスランの、その首筋に腕を廻した。
「キラ?」
驚くアスランの声に、キラは腕に力を込める。
「・・・死ぬんじゃないぞ、アスラン。・・・僕たちは生きなきゃダメなんだ・・・
生きなきゃ・・・新しい未来の為にも・・・」
「・・・それはキラも同じだろう・・・?」
瞼を緩く閉じて、アスランは苦笑を漏らした。
激しい『時』という波が、否定する間もなく、ふたりをその渦に呑み込んでいった。
己ではどうしようも出来なかった戦渦。
互いが失いたくない、大切な者を失った。どうしようもない喪失感。
それが過ぎれば、湧き上がるように込み上げてくる相手に対する激しい憎悪。
が、それを乗り越えた時、ふたりの間には切れることのない、深い信頼が生まれたのだった。
「・・・キラ・・・死ぬな・・・」
アスランは囁くよな声で、キラに言葉を紡いだ。
そっと、キラの背に廻した腕に静かに力が籠もった・・・。
= END =