そうこうする内に、目的の泉に到着する。
「こっち見ちゃ、ヤダよ。」
飛鳥はそう一言、シュラに告げると、シュラは赤面しながら、
飛鳥に対し、背を向けた。
シュル、シュルと、衣擦れの音に、飛鳥が神官服を脱いでる様が
容易に解り、シュラは益々、赤面していく自分の顔を片手で被った。
チャプン、と微かな水音がし、飛鳥は生まれたままの姿で、泉に
ゆっくりと入っていく。
泉の中央まで来ると、静かに空に向かい両腕を伸ばし、その桜色の
唇から歌うように囁かれる様に、詠唱が漏れる。
その儀式の最中に、シュラは自分の気持ちが不謹慎だと思いながら、
そっと、首だけを向けて飛鳥のその姿を盗み見た。
眼を瞑り、飛鳥は詠唱を唱え、気持ちを集中させていた。
その彼女の姿が眼に飛び込んで来た瞬間、シュラは眼を見開く。
泉を囲むように、伸びた樹木の中にぽっかりと口を開けた空間から、
月光が差し込み、飛鳥の裸身を照らし、浮かび上がらせている、その姿に
シュラの中で何かが弾ける。
光に曝された飛鳥がまるで、その光に導かれ、東洋にある民話の
月の乙女、かぐやのように、飛び去ってしまいそうな錯覚がシュラの中に
沸き起こった。
シュラは呆然と、飛鳥のその姿に眼を奪われたまま、逸らせないでいる
自分の視線に、自分の意思と反して、身体が動くのを止められなかった。
泉の中に踏み込むと、裸身の飛鳥を力強く抱き締める。
「・・・ダメだ・・・飛鳥・・・行くな・・・行かないでくれ・・・。俺を・・・
ひとりにしないでくれ・・・」
そのシュラの言葉に、飛鳥は驚き、彼の乱入により、中断してしまった
禊の儀に、神官としての義務の強さから、僅かに怒りを感じた。
だが、彼女の気持ちも顧みず、シュラはテレポートで飛鳥を抱き締めたまま、
身体を跳ばすのに、飛鳥は焦る。
彼女の同意も得ず、シュラは強引に自宮に飛鳥を連れ込むと、寝室の
ベッドに飛鳥の身体を投げ入れた。
シュラは纏っていた聖衣のパーツを投げ捨てるように外すと、アンダーウェアー
だけの姿になり、飛鳥の身体に覆い被さっていく。
激しく、彼女に口付け、その首筋に唇を這わせる彼に、飛鳥は戸惑いよりも、
何時ものシュラではない、その行動に恐怖を覚える。
神官と聖闘士との恋に関しては、アテナの恩赦により、解禁にはなったものの、
まだ、シュラとの浅い期間での恋人関係に、ここ最近、やっと唇を許せる関係になった
ばかりで、ふたりはまだ清い関係だったからだ。
何時かは、シュラとはそういう睦みあうような関係にはなりたい、とは心の中では
ひっそりとは思っていたが、よもや、予期もしないこんな状況下で、シュラが求めて
くるなど、今の飛鳥にとっては晴天の霹靂でしかない。
「やめてッッ!!シュラッ!!」
飛鳥のその叫びに、シュラはハッと我に返る。慌てたように身を起し、
「あ・・・ 俺・・・」
それだけ言葉を漏らすと、シュラは自分がとった行動に、戸惑いの表情を浮かべた。
彼はゆっくりと、ベッドに飛鳥を残したまま、ベッドの縁に腰を掛け、彼女に背を向ける。
両手で頭を抱え、シュラは飛鳥に対して自分がどんなに大変なことをしでかしてしまった
のか、苦痛の色を灯した顔を伏せた。
「・・・ごめん・・・ごめん・・・。飛鳥・・・こんなつもりじゃ・・・」
それだけを言うのが精一杯で、シュラはうめくように言葉を漏らす。
その彼の後姿に、飛鳥はそっと身を起すと、彼の背後から両腕を廻し、抱きついていった。
「・・・何時かは、貴方のものになりたい・・・私だって、そう思ってる・・・でも、こんな強引じゃ
素直に受け入れるなんて出来ないよ・・・」
「・・・今なら、まだ神事には間に合う・・・早く行け。」
飛鳥はそっと、シュラの背で首を振ると、静かに言葉を漏らした。
「・・・こんな状態の貴方を、ひとりになんて出来ないよ。」
そう言って、飛鳥はより一層、彼に強くしがみ付いていった。
その頃、神官宮では、待てど暮らせど、戻って来ないふたりに、半パニック状態に陥っていた。
アイオロスはアイオロスで、やはり、シュラなどに飛鳥の護衛を任せるべきではなかったと、
苦虫を潰した勢いで、憤りを禁じ得ず、怒りを募らせていた。
そんな中でも、時間は刻々と迫ってくる。
仕方なく、消息を絶ったふたりの捜索より、神事が優先する今、代理として、飛鳥の補佐を
担っているレダが変わりに神事を執り行う事となる。
何とかその場が終結し、神事が無事完了した時、飛鳥がシュラに借りた服を身に纏い、
シュラ共々、神官宮に姿を現した。
怒りの形相で、アイオロスはシュラの服の胸倉を片腕で鷲掴みにすると、彼の頬を殴りつけた。
「やめて!!ロス兄さん!!」
床に倒れ蹲くまってるシュラの前に、飛鳥は立ち塞がると、倒れたシュラを気遣うように、
跪き、その身体に両手を掛けた。
「どけ!! 飛鳥!! こいつがどんなに大変なことをしでかしたか、お前だって
解っているだろう!!」
「何もない!!シュラは何もしてないわ!!」
飛鳥は必死でシュラを庇い、その眼に涙を浮かべ、必死にアイオロスを制する。
その騒ぎを中断するように、凛とした声が神官宮に響いた。
「おやめなさい、アイオロス!」
その声にアイオロスは振り返る。
「・・・アテナ・・・」
静かに厳しい表情のアテナ沙織の姿に、アイオロスはシュラの起した顛末を、
訴えるように言葉を述べる。
「・・・もう、良いではありませんか・・・何もなかったと言ってるのだし。」
「しかし、このまま、この場を納めるなど、私には出来ません!」
アイオロスは厳重処罰をシュラに課すよう、求めた。
「・・・シュラ・・・飛鳥とは本当になにもなかったのでしょう?」
沙織はシュラの前に来ると、そっと尋ねた。
シュラは改めて、沙織の前に膝まずき直すと、静かに頭を垂れる。
「・・・はい。・・・貴女の名に誓って・・・。アテナ」
「シュラ・・・顔をお上げなさい。自分が恥ずべき行いをしていない、というなら堂々と
していれば良いのです。」
「・・・言い訳など、ありません。・・・唯、・・・唯・・・俺は・・・飛鳥が欲しい・・・どんなに許されない
事であっても、俺は、ひとりの女としての、飛鳥を自分のものにしたいのです。」
「・・・神官が乙女の証を失った時、結界はなくなると言い伝えられてはいます。ですが、
私は心から求め合い、結ばれる事が「穢れ」などとは思いません。寧ろ、本当に信頼出来る
絆がふたりの中に芽生えるなら、結界はより一層、力を増すはず。・・・私はそう思っています。」
「・・・アテナ・・・」
シュラは伏せていた顔を上げ、沙織を見つめる。
「シュラ・・・飛鳥を守り、慈しみ、彼女の信頼を裏切らないと誓えますか?」
シュラは沙織の言葉に頬を紅潮させ、強く頷いた。
「貴女の名に誓って・・・我が君よ。」
飛鳥は沙織とシュラの会話のやり取りを耳にすると、その眼に涙を浮かべ、シュラの首筋に
絡まりついていった。
そして、長かった掟の禁忌を解放出来たことに、頬を染め、子供のように声を上げて泣きじゃくった。
その彼女の身体を、シュラはきつく、しっかり抱き締めると、飛鳥に優しく微笑み掛ける。
話の終結を迎え、その場は落着をし、幕を降ろした。
暫くしてから、磨羯宮に飛鳥と一緒に戻る道で、シュラは飛鳥に囁く。
「飛鳥・・・少しづつで良いから、お前の私物、磨羯宮に運び込め。」
赤面しながら、シュラは顔を明後日の方に向け、言葉を漏らす。
「シュラ?」
「・・・一緒に暮らそう。」
シュラはポツと小さく言葉を紡ぐのに、飛鳥は一瞬だけ眼を見開く。
だが、すぐに微笑むと、元気よく、即答で返事を彼に返す。
「うん!」
赤面して、顔を逸らしたままのシュラに、飛鳥は彼の腕に自分の腕を絡めた。
天空に輝く満月が、ふたりを祝福するかの如く、放つ光を増したような気がした。
〜 FIN 〜