ある日の午後の出来事だった。
シュラはフェリスが午後の女官のパートに出掛けるのを送り出した直後、
教皇の間への呼び出しを受けた。
だが、呼び出されて出向いた、というのに、呼び出した当の本人、教皇の
姿は何所にもなく、シュラは唯、呆然と、だだっ広い空間の部屋で立ち
尽くしていた。
その時、部屋に入ってくる人の気配にシュラは扉の入り口に視線を向ける。
「・・・シュラ・・・?何してるの?こんなトコで?」
自分が声を掛けるより先に、入り口に佇む主に声を掛けられ、驚いたのは
シュラの方である。
その姿は紛れもなく、自分の妻であるフェリスだったからだ。
「フェリスこそ・・・」
咄嗟にでた言葉は、その一言だった。
「私は仕事よ、仕事!」
そう言って、手にしたバケツと雑巾をシュラに見せた。
立ってるシュラの横をすり抜け、フェリスはバケツの汲み置いた水に
雑巾を突っ込み、それを絞って教皇の玉座を拭き掃除し始める。
丁寧に、細かい彫りの模様の部分まで、埃を残さず拭き取る、その姿に
シュラは苦笑を浮かべる。
段々と彼女の姿勢が四つん這いのような形になり、玉座の下の部分まで拭き
進める、その姿にシュラはあらぬ考えを巡らせ始めた。
彼女の背後に、約1メートル程の距離を置き、お尻を着けない形で足を抱え込んで
シュラは座ると、ジッとその、掃除に勤しんでる愛妻の姿を食い入るように見つめた。
目の前で揺れる、滑らかな双丘は、実に良いアングルでシュラの気持ちを
高ぶらせていく。
そのシュラの顔は、ニヤニヤと実に嬉しそうな表情を漂わせ、満足気に、時々
ぐふっ、などという妙な声が混ざるのにフェリスは細い眉根を寄せ、後ろを振り向いた。
「・・・ちょっと・・・そんなトコで何、してるのよ・・・」
「気にしないでイイから、掃除してて、俺ここで見学してるから〜」
「見学ぅ〜??・・・」
眉根を寄せたまま、フェリスは上擦るような妙な声音を上げる。
自分のお尻の直ぐ後ろに、奇妙な視線を感じながらも、フェリスは自分の仕事
だけは済ませてしまわねばならない、という気持ちから、また掃除へと取り組み始めた。
不意に、シュラは目の前で揺れる、愛妻の臀部に手を触れさせたことに、
フェリスは悲鳴をあげる。
「何、すんのよ!!」
「ああ、気にしないで、掃除しててイイから」
ニコニコと罪の欠片も持たない、彼の笑顔で応えられても、フェリスは自分の背後に
佇む彼が気になって仕方なかった。
当然、といえば当然なのだが・・・。
後ろが気になりながらも、フェリスは時々入る邪魔を振り払い、忙しく手を動かす。
だが、暫くは我慢していたが、余りにもシュラの場所を分けまえぬ行為に、フェリスは
段々と腹が立ち、遂に怒鳴り声を上げてしまう。
「もう!イイ加減にしてよっ!」
後ろに首を巡らし、フェリスは赤らんだ頬をした顔をシュラに向け、嫌悪を含んだ
声音を漏らすのに、シュラは大いなる勘違いをし、彼女が悦んでいるのだと思った
ことが悲劇を招いた。
「何だぁ〜そんなに嬉しいのかぁ〜!?」
ガバッ、と、彼女の背に乗るように、シュラは飛びつくと同時に教皇の間にはとてつもない
大音響の悲鳴が響き渡った。
「ぎゃああぁぁ〜ッッ!!」
「何だよ!色気のない声だすなよ、萎えるだろ?」
相変わらずニコニコと満面の笑みを浮かべながら、シュラは簡単にフェリスの身体を
ひっくり返し、その肢体ににじり寄ってくる。
玉座とシュラに挟まれ、フェリスは顔面を引きつらせ、咄嗟に、彼女は手に触れた
水を汲み置いたバケツをむんず、と掴んだ。
「なぁ〜に考えてるのよぉぉ!!!このエロ山羊ッッ!!!」
一声雄叫びを上げると、フェリスはその水入りバケツをシュラの頭目掛け被せぶっ掛けた。
それと同時にフェリスはバケツごと、思いっきりシュラの顔面を利き足で蹴り付ける。
突然の愛妻の暴行に、シュラは油断した結果、バケツの中ではお寺の釣鐘の中に
頭を突っ込んだ時と同じ現象が起こっていた。
激しい耳鳴りと、蹴られた衝撃は普通の3倍は激しく体感できる。
そのまま、シュラは眼を回すと、ドサッと音を立て後ろにひっくり返ってしまった。
息も荒々しく、フェリスは赤面した顔でのびてる彼を見据え、一言。
「まったく、節操なしもここまでくると重症だわ」
そう、吐き捨てて、彼女はのびてる彼を放って教皇の間を怒りを含んだ顔のまま、
出て行く。
それと同時に、私用から戻った、教皇シオンと入り口で鉢合わせし、僅かに肩が
触れてしまったが、怒りヒート中のフェリスはそれどころではない。
「おお、フェリス、掃除は済んだのか?」
「いえ!!邪魔が入りましたので中断しました! シオン様、申し訳ありませんが
いらない<ゴミ>が玉座の横に放置してありますが、しばらく放って置いてくださいませ。
後で取りに伺いますから!」
その彼女の剣幕に、シオンは言葉を失い、何のことやら理解できぬまま、歩みながら
玉座に向かった。
が、視界に飛び込んできた、バケツを被り、全身びしょ濡れの男がのびてる様に
シオンはぎょっ、とする。
「・・・ゴミ・・・とは・・・このことか?」
思わず、シオンは教皇が被るマスクを外すと、玉座の段上でのびてる男の頭のバケツを
外し、顔を確認してしまう。
「・・・一体、何をやったのだ・・・カプリコーンよ・・・」
シオンはシュラの傍らに座り込むと、つんつんと、一昔前流行った、環境破壊ロボット少女の
ような仕草でシュラの身体を指先で突っついた。
それと同時に、教皇シオンの唇からは大きなため息が漏れる。
先刻、すれ違った、この床でのびてる男の妻とすれ違った時の、彼女の憤慨した態度を
改めて考えれば、大まかなことは検討はついたが、シオンはそんなことを追求するのは
愚かな事、と諦めたように首を振る。
そして、怒りのおさまった、この男の妻が一分でも早く、この粗大ゴミを引き取りに現れる
のを待つしかない現状に、彼は再度大きなため息を漏らしたのだった。
〜 END 〜